比翼の鳥

2.

 

 今日の定期検査はヒナタが付き添ってくれた。同じ休みの日、任務は調整してもらえたが、こちらはそうはいかなかったというわけだ。検査や問診を適当に受け流した後のいつもと変わらない待合室。包帯の巻かれた腕の反対側にヒナタが座っている。

「何か具合悪いところないって?」

「ああ、全然ないって。ただ、ほら、俺ってば最近背伸びてきたじゃん? それでこっちのほうの大きさが釣り合わなくなるんじゃないかって心配してたみたいなんだけど、ご覧の通り、何の問題もないってばよ」

「そっか、なら良かった」

 胸をなでおろしたヒナタが待合室のテレビに視線をやった、その瞬間だった。

 ぞわりと肌が粟立つ感覚。首筋にまるで刃をつきつけられたような、それでいて心地良いような、そんな感覚がナルトを支配し腰を浮き立たせた。

 気配のしたほうを振り返る。そこに見慣れた色を2つ見つけてナルトは目を見開く。

 その名の通り桜色の髪と、そしてその隣にいる黒い外套の男。

 先刻までなんともなかったはずの右腕がプルプルと小刻みに震えだす。まるで共鳴・共振するかのように。

 おとなしく座ってなんかいられず、病院という空間に不釣合いな大きな音を立ててナルトは立ち上がった。

 

「サクラちゃん!」

 呼び止めた時には、そこにはもうサクラの姿がひとつあるだけだった。サクラが唖然として口を開ける。想定外の事象に出くわしたかのような表情だった。素早く手首を掴んできたナルトに、サクラは目を合わせられればもう逃げられないと観念したように肩を竦める。ため息ひとつ吐いて、サクラは頭を抱えた。

「ナルト。あんたヒナタは?」

「先に帰らせた」

 即答にサクラは更に眉を下げる。

「ああ、こっちが気を使ったってのに、もう」

「いつから帰ってきてたんだよ、サスケっ、なんで教えてくれなかったんだ」

「私だって、今さっき外で見つけたばっかりよ! 私だってサスケくんがいつ帰ってくるのかなんて教えてもらってないし……サスケくんの身体、いろいろ心配だから無理にでも引きずってここまで連れてきたの。検査入院とはいえ病院には無理させて迷惑かけちゃったんだけど。……そうでもなかったら、アンタが今日ここに来るって知ってて、こんなことしないから」

「義手……つけるって?」

 未だ震える右の拳を握りしめる。サクラは首を横に振った。

 待合室とは離れた廊下に設置されたソファに、ナルトとサクラは並んで腰を落ち着けた。もうサクラの手首を拘束はしていない。

「サクラちゃんさ、ホントは俺を恨んでない?」

 静寂の中に投げられたナルトのぽつんとした声に、サクラはこめかみを痙攣させた。

「俺がサスケの左手を奪ったんだって」

「バカじゃないの?!」

 沈むナルトを一刀両断するようなサクラの声が響く。廊下の端で器具を運んでいた医療部隊の足が驚きに止まるほどだ。サクラも病院側に親しい立場のはずなのに、頭に血が登っているのだろう、ルールやマナーのことはさっぱり忘れて、ただ真剣にまっすぐなまでの感情をむき出しにしてナルトに向き合っている。

「何言ってるのかさっぱり意味がわからない。私が思ってるのは、ただ、あんたたちって二人とも本当にバカだってことだけ。それに」

 そっと優しい手がナルトの右腕に触れる。不思議と嫌な心地がしなかったのは、彼女が知っているからだろう。この失くした腕の真実を。同じく片腕のない彼のことを。

「あんたがここまでしなかったら、サスケくんは戻ってこなかった」

 勲章みたいなもんでしょ、あんたにとっても。

 笑顔でパチンと義手を叩いてみせたサクラに、ナルトはほんの僅かだが心の澱が減った気がした。それでも、ほんの少しだけだすぎて、つもりに積もったそれはナルトの内で沈殿し続け身体も心も重くしている。だから、

「サスケは……本当に戻ってきたのかな」

 そんな弱音で相槌をうってしまうのだ。

 表情の晴れることのないナルトに、サクラも笑顔を消した。

「これは……思ったよりかなりヤバそうね」

 ひとりごとのように言ってナルトを覗きこむ。

 確かにサスケは今も里に殆どいない。旅に出て、時折だがちゃんと帰ってきてはくれるけれど、彼のこれまでを考えれば里に居づらいということもよく分かる。そこに例え唯一無二の友がいたとしても、サスケが今更木ノ葉の里に属することなんてありえない、と結論を出してしまうのも容易いほどに。

 ナルトはもうすぐ火影になるだろう。里の内外で背負う責任も大きくなっていく。短く散髪されたナルトの髪を見上げてサクラは思う。アカデミーを卒業下ばかりの頃はサクラより小さかったナルトを今では見上げなければ目をあわせることが出来ない。ナルトはあの時からいろんなことを知った。ヒナタと付き合い始めて、恋愛を知って、ナルトはどんどん大人になっていく。そんな彼を見ながら、サクラは喜びを感じると同時に寂しいと思うこともあったのだ。

「……サスケくんに会っていけば」

「え?」

「会わせないつもりだったけど、そんな顔のあんたのこと見たんじゃ、放っておけないもの。会って、話して、スッキリしてきなさい。病院のほうには私が話つけといてあげる」

 サスケのことを持て余す病院側では、むしろナルトが同じ部屋にいて監視してくれるほうが安心できるのかもしれないし、とサクラはできるだけ軽いことのように言う。

「あんたが説得してくれたら、サスケくんも、スッキリするかもしれないし」

 つぶやいたサクラの目は、ナルトの義手を通してこの病院のどこかにあるだろう、サスケのために作られて放置されたままの義手を見ていた。

 

 

 個室の中は明かりひとつついておらず、しかし開けっ放しのカーテンに遮られない月明かりが差し込んでいた。記憶にある月夜と同じであった。ベッドに横になっているサスケの目元には相変わらず封印術式のついた目隠しがついている。どれだけその眼が恐れられているのか、普段里にいない分、彼が戻ってきた時は余計に否定的になってしまうのだろう。

「サスケ」

「……なんでお前がここに」

 釣れない第一声だ、とナルトは笑う。サスケの眼を覆う布にゆっくりと手をかける。前髪が随分伸びている。ナルトが目隠しを外そうとしているのに気づいたのか、サスケは身体を起こした。さらりと落ちた黒い髪は、あんなに跳ねっ返りだったのに、少し伸びただけで随分と重力に従順になっている。しつこく撫でていれば、流石にサスケも不機嫌そうに唇を曲げて、首を傾げた。

「んだよ」

「髪、伸びたな」

 サスケの目隠しが解かれる。うっすらと開かれていく、睫毛に縁取られた黒い瞳が夜闇の中に不思議と輝いた。左目は長い前髪に隠されていた。サスケはナルトの良く知るサスケのまま、久方ぶりに手の届く場所に在った。

 手が届く、どころではない。指先が、この手が触れている。きめのこまかなしろいはだに。

「お前の方は随分短くなった。それに、知らない間にずいぶんデカくなったじゃねぇか」

 サスケは黒い瞳でナルトを見上げた。成長し、体格の良くなったナルトは、彼が木ノ葉にとどまっていたときと比べ随分と異なる印象を与えるほどだろう。例えるなら、ナルトが二年半ぶりにサスケと再会した16歳のあの時のような。

 サスケの髪を撫でる中、頬に触れていた手のひらにサスケがそっと手を重ねる。かたちを確かめられるように撫でられる。

「手もでかくなるもんなんだな」

 他人ごとのように言うサスケにゾクリと背筋が粟立った。その手つきがまるで思い起こさせるようなのだ。今と同じ闇の中、二人の間で秘めた行為を。サスケがナルトの男性器を握って、処理をしていたということを。

 できる限りの動揺を押し殺してナルトはサスケから手を離した。

「最近、どうなんだ?」

 連絡は何度もとろうとしているのに、返事も全くよこさないヤツがよく言う、とナルトは息を吐いた。

「ヒナタとさ、付き合い始めた」

 危惧していたよりも随分と喉から透明に発音された声は個室によく響いた。サスケはきょとんとしてまるで子どもみたいに目を瞬かせた。それはそうだ、ナルトはサスケが里にいたときからサクラに惚れていることを隠しもしなかったのだから。しかし言葉の意味を飲み込むと、彼らしいニヒルな笑みを口元に浮かべた。

「サクラにふられたのか」

「そりゃあ、サクラちゃんにはキッパリふられちまったけど! それだけの理由で、乗り換えたとかそういうことじゃねえってばよ?」

 ふっとサスケは笑う。お前がそんなことするやつじゃないことは知っていると言わんばかりに。

「……いや、良かったよ。お前にそんな存在ができて」

 口元を歪めて肯定するサスケの表情が、そうじゃなかったら、きっとこの後のナルトの行為には繋がらなかった。

 なんでそんなに苦しそうな顔をするのか。

(俺たちは)

 ぷるぷると拳が震えた。いつの間にか左手が拳の形を作っている。右手は耐えなければだめだった。

(俺の喜びはお前の喜びじゃなかったのか?)

 息が詰まる気持ちだった。何度か経験したことのある感覚。

(それが俺たちの、兄弟みたいな……)

 違う、とナルトは息苦しさを振り払うように首を動かす。

(俺は、俺が、サスケにこのことを伝えるってことを、喜んでないんだ)

 疑いではなく確信だった。だからサスケがナルトを反射して、苦しそうな顔をするのだ。

「俺に気を使わなくていいぜ」

 ナルトの表情の変化を暗闇の中でも察したのだろうか、サスケが言う。

「好きなんだろ? 本気で」

 答えはイエス、で間違いない。ノーであるわけがない。なのに。

「……結婚まで、もう考えてる」

「順調じゃないか」

 ぷつん、と何かが切れた音がした。まるで時限爆弾のような、若しくは擦り切れて弱った糸が全くの偶然で切れるような、そんな現象。

「でも、サスケ、その前に、俺もお前もひとりのうちに、どうしてもやっておきたいことがあるんだってばよ」

 ナルトの右手から、何かがベッドの上のサスケの膝の上に落ちた。

 それを見とめると、サスケは目を見開く。ナルトが放り投げたのは、ヒトの片腕だった。紙のように白い左腕。柱間細胞の義手だ。サスケがぎょっとするのも無理は無い。その形は人工物とは思えぬほど完全にヒトのそれと同じで、何より、旅立つ前のサスケ自身の腕と同じ形なのだから。

「やっぱ、少し小さくなっちまったな」

 どこからか持ち出してきた義手を、ナルトはもう一度手にすると包帯に覆われたサスケの左肩にあわせる。どこか恐怖さえ齎すその行為に、サスケは後ずさるようにみじろいだ。

「それつけて、俺と戦え」

 張り詰めた声が低く、夜の病室によく響いた。

 サスケは目を閉じる。ゆっくりと首を横に振ると、黒い髪がサラサラと揺れていく。

「無理だ」

「そんなの、左目の力でどうにでもなるだろ?」

 サスケの薄紫色の目に秘められた強大な力をナルトは何度も目にし、味わっている。柱間細胞という超常の存在であれば余計、手術せずにくっつけることもたやすいはずだろう。サスケ自身もそれを分かっている。分かっているのにサスケは旅に出た。償いだと言い、贖罪に腕は必要ないと隻腕のまま。

「それでもくっつける気はない」

「お前まだそんなこと言ってんのかよ、もう十分だろ?!」

 衝動のままに唾を飛ばして怒鳴ってしまえば、サスケはすっと目を開く。赤い瞳と薄紫の瞳がまるで人でないような色をして、からかうように笑んだ。

「そんなに俺とおそろいがいいなら、お前がその腕をもぎとればいいだろ?」

 本気の言葉ではないことは分かっていたはずなのに、ナルトの頭には一瞬で血が登る。汗が頬を伝う。

 サスケが旅立つ前に言って残した言葉が走馬灯のように巡る。

『お前もこれから、その両手でたくさんのものを抱えていくんだろう?』

 拒絶するような笑みはまるで今のサスケと同じだった。

「そうじゃねえ!! 俺は、お前と、今のうちに……もう戻れなくなっちまう前に、決着つけときたいんだ!」

「戻れない? 何から?」

 よく分からないまま、感情が直接脳を解せずに喉から飛び出たというのに答えられるはずがない。

「わかんねぇ……わかんねぇけど! そのためには、お前と対等に戦うには、お前にこの腕が必要なんだってばよ!」

「必要ない」

 ぴしゃりと拒絶するような氷の声音。しかし次のサスケの言葉は、弱々しく震えるようにか細かった。

「必要ねえんだよ……勝負自体が。俺はもう、お前を認めちまってるって、言っただろ」

「お前、ホントにバカじゃねぇの?!」

 あの日の問答を繰り返すつもりかと食ってかかれば、サスケは煽るように笑う。身体中の血がざわめいて、鼓動の間隔はどんどん短くなっていく。冷静でなんていられる余裕は一切なかった。だから、サスケの右腕をナルトは力任せに掴んでいた。ベッドの上に乗り上げて、強引に組み敷く。右腕をシーツに縫い付ける。片腕のサスケは当然抵抗できないでいる。二の腕の途中でなくなった左腕が、ひくひくと動いて悶えているのがおかしかった。

「ほら見ろ、こんなんじゃ勝負になんねぇだろ。俺の好きなようにできちまうってばよ」

 あれだけ拒絶の言葉を並べていたサスケだったのに、悔しそうにわずかに息を上がらせてナルトを上目遣いに睨んでいた。腹の底からこみ上げる気分は悪いものではなかった。睨み返してみれば、サスケの右目は黒色に戻っていて、月明かりを反射して表面の涙がまるで珠のように輝いている。花の蜜のような甘いにおいがくらりと目眩を誘う。そういえば、サスケの新しい目は、黒い瞳の中に赤い花が咲いているようだった。

 その花に、きっと魂が惹かれているのだ。

 気づけばナルトはサスケの唇に吸い付いていた。サスケの唇と自分の唇が重なるのは初めてのことではなかった。あれからもう何年経つだろう。互いにどんどん成長しているのだから、女の子とは益々違って、やわらかくも気持ちよくもないだろうと思っていたのに、サスケのそれは驚くほどやわらかく心地よく、触れた部分から全身がとろけそうな感覚だった。そのまま白く浮きあがった首筋にも噛み付く。骨と筋ばっているはずのそこも何故かたまらなく愛おしい。身体の奥の奥の奥底のほうから、目の前の存在を欲している自分がいる。

 サスケは抵抗してこなかった。ただ少しだけ驚いたように、瞼をいつもより大きく持ち上げて、それを縁取る睫毛をぷるぷると震わせている。体術では隻腕であればナルトに敵わないと知っているだろう。幻術も効かないことを知っているだろう。何より今のサスケは印も結べない。

 片腕のお前はこんなにも無力だ、とばかりに、ナルトは煽るように嗜虐的な笑みを浮かべる。しゅるしゅると包帯をとき、欠けた切断面を撫でてやった。

 お前の左腕は、ここにあると、思い知らせるように掴んだ腕をきつく握った。

 解けたサスケの包帯で右腕をベッドの支柱にくくりつける。サスケの服を開けさせ、ナルトは自由になった左手をズボンの中に潜ませた。

「んっ!」

 サスケの喉が反る。性器を握りこんだだけでこんなにも甘い声を出すなんてよほど溜まっていたのだろうか。あの時の再現のように、ナルトは夜の病院のベッドの上で、サスケの性器を扱いた。

「はっ……! んっ、あぁ……っ」

 小さく喘ぐサスケの身体に、ナルトは食べるように舌を這わせた。くりくりと硬くなった乳首を舌先で転がすと、子どもがいやいや訴えるようにサスケは身体を捩る。

 愛しくてたまらない。

 ゾクゾクと背筋に奔る震えが、ナルトを簡単に後押しした。

 以前一緒に入院していたとき、自分の性器を扱くだけでも不便だった記憶が未だ鮮明だが、やはり義手とはいえ両腕があるというのは大違いだと実感した。サスケの身体を思う存分に愛撫する。いいにおいのする白い肌は外で旅を続けているわりには日焼けのあとも一切なく、すべすべと滑らかでまるで浮世離れしている。月夜に浮き上がるそこに思い切り吸い付く。サスケは透明な涙を流していた。頬を伝って流れ落ちていく、その先に赤い花弁が散った。まるでサスケの眼からこぼれ落ちたようで、とても綺麗だとナルトはそれを指先で撫でた。首筋、鎖骨、胸、腹と、サスケの白いからだに赤い花弁が落ちていく。

 そうこうしているうちにサスケの性器はすっかり勃ち、解放を待ち望むように先走りを垂らし始めた。以前までならここで更に気持ちい場所を指で擦ってやって、射精させて終わりだった。だが今日は違う。ナルトはもっとサスケと近く在りたかった。とけて一つに成ってしまいたかった。サスケが全身で感じていただろう気持ちよさがナルトにも伝わったのか、いつの間にかズボンの中で性器は勃起している。前を寛げて出てきたものを、サスケが涙の浮いた目でとらえた。

「んっ……」

 ナルトは自分の指を舐めて唾をたっぷりとからめると、その手をサスケの性器の更に奥にもぐりこませる。端正な顔形に細身だが引き締まった身体を持つサスケは尻まできれいな形をしている。すりすりと撫でながら、湿った指先を割れ目に這わせる。ひくひくとうごめく入り口に指先が触れると、サスケの身体がビクンと怯えるように跳ねた。

「相変わらず、ビビリなのは変わってねーのな」

 普段は強がってクールぶっているくせに、たまに妙におとなしかったり臆病になったりする面を見せるサスケ。その格差に、ナルトは翻弄されたものだ。

 安っぽい挑発と同時にナルトは中に指を挿れる。サスケが白い喉を反らして悲鳴を上げる。狭くて熱い。何とも形容しがたい不思議な感覚だ。それでもナルトの唇は笑みの形を勝手につくりあげる。サスケの中に自分がほんの一部でも入っていると思うと、それだけでたまらなく、同時にもっと深くへ入り込みたくなって押し進めた。

「っう! あっ……、ナルト、お前……っ!」

「今更だろっ、俺たち……」

 後になんてもう引けず、ならばと性急に指をもう一本押し入れる。内臓を押し上げられながらサスケは悲鳴を殺しながら荒い息を吐き続けた。白いシーツの上に伸びた黒髪がぱらぱらと散って乱れる。ほつれた毛先が白い肌の上に汗と涙で張り付く。その姿にナルトも唾を飲み込んだ。おいしそうな食事を目にしたときと似て非なる感覚。ある意味では同じなのかもしれない。これからサスケという存在と、もっと深いところで繋がってひとつになれるのだから。

 異物の侵入にサスケの内側も最初は必死に拒絶してきたものの、指が三本奥まで入って、横に広げられるようになってくればいい具合に絡みついてきた。この指先の心地よさだけでとろけてしまいそうになるのをナルトはなんとか耐えながら中を擦る。

「ひっ、あ、あっ、そこ、やめろ……!」

 どれだけの時間そうしていたか分からないが、サスケの中の特定の場所を刺激してやれば、サスケもまたとろけそうな顔をして、甘い蜜のような声を上げる。そこを自分の性器で突き擦り上げてやればどんなに気持ちいいだろうか。想像すれば耐え切れず、ナルトは指を抜いた。

「ほら、サスケェ、逃げるなら今のうちだってばよ……」

 見せつけるようにサスケの脚を思い切り抱えて持ち上げて、ほぐれて赤くなった尻の入り口にナルトは己の勃起した性器の先端を押し付ける。ほんの少し腰を動かせば中に入っていくだろう。

「ナルト……っ」

 最後通告にもサスケは弱々しく名前を呼んで、黒い瞳で懇願するように見上げてくるだけだ。眉が下がっている。前髪の間からのぞく薄紫のほうの瞳。途中からなくなった腕が何かを求めるように動いている。サスケは結局最後まで逃げようとしなかった。

 だから、ナルトは予告もなく腰を進めた。力を籠めて割り開けば、慣らしたとはいえサスケの内側はきゅうきゅうときつく狭くナルトの侵入を拒んだ。ナルトは諦めずその奥にあるものを求めて進んでいくだけだ。

「あっ、ああっ! あっ!」

 ベッドの上でサスケが揺さぶられている。サスケの中に入っていく度に、そこから得られた彼の熱がナルトの全身に伝わってきて、汗が流れて止まらなかった。べっとりとした肌と肌を密着させて、酸素を求めて開閉するサスケの唇に吸い付く。何度食んでもやわらかい。

「サスケ、サスケっ」

 腸壁に自分の性器の気持よくなる場所を擦り付けながらナルトは腰を前後させる。かくかくと本能のまま求めるままに動く様はさぞおかしいだろうに、やめられるはずがなかった。サスケも耳まで真っ赤にして、全身が熱くなっている。皮膚と皮膚の触れた場所からこのままとけて繋がってしまえそうだ。

 もしそうなればどうだろう。熱に浮かされ理性のきかなくなった頭でぼんやりと考える。

 繋がってひとつになってしまえたらどれだけ素晴らしいだろう。

 ただそれだけを求めて、ナルトはサスケを思う存分に抱き続ける。面倒くさい言い訳も理由も何もかもそこには必要なかった。ただ魂が求めているままに身体は動いた。

 きっと、サスケも。

 サスケの中に己を解き放って、ナルトは肩で息をしていた。どろどろに絡みつく、己の精液とサスケの内蔵の感触を改めて味わえば、萎えたばかりの性器が再び熱を持つのも仕方がなかった。興奮はなお高まる一方だ。

「はは、はっ!」

 乾いた笑いが喉から溢れる。

「すげえサスケ……俺、ようやくわかったってばよ。俺、ずっとこうなりたかったんだ。サスケのこと、こうしてやりたいってずっと思ってたんだ……だってよ、だってよ、こんなに、気持ちいい。サスケとひとつになりたかったんだ。なりたくて仕方なかったんだ、だからあの時だって……お前に手でされて、全然イヤじゃなかったんだ、お前とひとつになりたかったんだって」

 ぐいとまた腰を押し付けて密着させる。サスケの性器もナルトと同じだ。腹の上に真新しい精液を飛び散らせているのに、持ち上がりはじめている。

「ひっあっ、ああっ!」

 再度の抽挿に喘ぐサスケの声は高い。感じているに違いないものだった。

「お前も、イヤじゃないんだろ、サスケ」

 ぎゅうとサスケの脚を持ち上げて折りたたんでより近く、近くに身体と身体を密着させる。サスケがすんすんと鼻をすするように泣く音もよく聞こえる。涙と涎でぐしゃぐしゃになったサスケの顔はそれでも綺麗なままだった。うっすらと瞼が開いて、その中で黒い瞳がナルトを見ている。小さく顎が動く。それは先程のナルトの問いかけへの肯定であった。

「……イヤ、じゃない、イヤじゃないんだ……おれも、お前とおなじで、気持ちいいんだ」

 とぎれとぎれに紡がれるようやく引き出せた本音。サスケの左腕がまた、求めるように上がる。抱きしめてほしいという声が聞こえたような気がして、ナルトは繋がったまま、サスケの身体をぎゅうと抱きしめた。

「嬉しいと思った……お前とひとつになれて。ずっとそう、たぶん、俺は、願ってた……」

 ふわふわと身体が宙に浮くような感覚だ。ぼんやりとした光の中にナルトとサスケだけがいる。拳を合わせたときと同じように、サスケの本音が手に取るように分かる。サスケもいつになく素直に口を動かしている。夢かもしれないとナルトは思った。だがこれは間違いなく現実の世界なのだと、触れるサスケの体温が教えてくれる。ナルトと同じ体温だった。

「だが……このザマだ、俺は」

「どういうこと、だってばよ?」

「お前に俺は抵抗できない。……俺はお前をどうしようもなく認めちまった。俺は、お前ともうきっと真剣勝負なんてできない。俺はお前が俺の上に、前にいるのを見て……安心するようになっちまったんだ。そんなこと、お前に知られたくなくて……」

 サスケの頬をぽろぽろと玉のような涙が伝っていく。

「だから俺は、本当は、腕をこのままにしておく理由は贖罪のためなんかじゃなかったのかもしれない」

 あまりに透明なそれに、ナルトは目を奪われた。

「言い訳なんだ、お前に気づかれないための」

 眉間をしわくちゃにしてサスケは泣いた。プライドの高い男だ。悔しくて仕方ないのだろう。ベッドの脇に、落ちる落ちないの寸前で、サスケのためにつくられていた義手がひっかかっている。もうすっかり今のサスケの身体に対してあわなくなっているだろうその存在が酷い皮肉のように思えた。

「お前と……隣にいたかった。ずっと」

 サスケがそんなことを言う。片腕でもなんでも器用にこなして、ナルトを置いて飛んでいったサスケ。なのに彼自身は、自分を置いて行かれた側みたいに言う。サスケの気持ちがナルトには分かった。同じ気持ちをきっと抱いていたのだ。気付かなかっただけで。

 ナルトには普通の友情が分からない、普通の兄弟というものが分からない。全てを持っていなかったから。

 だが自分とサスケの関係は、たぶん、そういうものと全く異なり、同時にそれら全てを内包しているのだろうと今改めて実感する。

 唯一無二の、名前さえつけられない感情が皮膚の下で融け合って交じり合っているのがわかる。

「……俺も同じだ、サスケ。俺、ちょっとおかしくなってた……お前に隣にいて欲しくて、お前にも俺と同じになってほしくて、腕つけろってこんなに、無理やりに迫っちまった。……ごめん」

「謝るんじゃねぇよ、今更」

「でも、分かったってばよ」

 引っかかっていたサスケの義手を、ナルトは潰すように掴んで投げ捨てた。あまりに乱雑な扱いにサスケは目を見開く。ナルトは笑っていた。

 そこでナルトはようやくサスケの右腕の拘束を解いた。力なくベッドの上に落ちた腕。そこにめがけて、ナルトは左手で拳をつくって、突き出した。

「お前の腕はここにある」

 連れられるようにサスケが握った拳に拳をつきあわせて、ナルトは里の誰もが愛する笑顔を見せる。心からの笑みだ。

「俺たち多分、最初から、二人で一つだったんだ」

 囁いて、ナルトは身体を起こす。包帯がみっちりと巻かれた義手と、千切れた箇所の境目に左手を添えて。

「俺の右腕もお前が恋しくてたまらないってばよ」

 そうして先程サスケの義手にしたように、ナルトの指に力が篭もるのをサスケは見逃さなかった。

 肉の千切れる耳障りな音は途中で止まる。ナルトが自分の義手を無理やりもぎ取ろうとしたのを、サスケが止めたのだ。融合していた皮膚が千切れて血は出たが、傷は浅く、腕として機能しなくなる前にサスケが左手首を握ったのだ。

「何やってんだこのウスラトンカチ!」

 つい先刻、サスケ自身が挑発してみせたことを実行しようとしたのに、酷く痛ましく深刻な顔をして叫ぶサスケに、ナルトは笑ってみせた。

「多分、同じなんだ、俺たちは」

 白い包帯が血に染まる。垂れた赤がナルトの左手を伝い、サスケの右腕をも朱に浸す。

「隣にいるべきなんだ。だから――」

 ひとつのベッドの中で寄り添い合って、互いの腕になって眠る。あの満たされていた頃の再現は、心地良い風のようにナルトの心を吹き抜けた。

 

 

 ナルトが自分の義手を千切ろうとしたこと、サスケの義手を無断で持ちだしたことは、それは至極当然であるがサクラにこっぴどく叱られた。朝になって血まみれでサスケのベッドにいるナルトを見て、彼女はどう思ったろうか。

 再度の癒着手術を終え、血も止まった白い腕に包帯を巻いてくれているのは知らせを受けて駆けつけてくれたヒナタだった。こうして繋ぎ目が露わにされるとやはりナルトの肌の色と義手は全く違う色をしていた。

「……どうしてこうなったのか、ナルトくんも教えてくれないんだね」

 寂しそうに彼女はその境界を見つめ瞼を伏せる。サスケに会いに行ったことはヒナタも知っているだろうが、サクラはそれ以上のことは彼女に話さなかったらしい。ナルトもまた、話す気はなかった。

「私ね、ずっとナルトくんに憧れてた。だから、ナルトくんが修行で里を離れたとき、決心したの。ナルトくんの背中を追いかけるだけじゃなくて、隣に立ちたいって、並んで寄り添えるようになろうって。それから必死に頑張って……あのとき、ナルトくんの隣に立って、手を繋げて、とても嬉しかった」

 ぽつりぽつりと話すヒナタの言葉を聞いて、ナルトの瞼の裏に様々な記憶が蘇る。ヒナタにとってどれだけその時繋いだ手のひらの感触が大切なものだったか。それでも今、ナルトの右腕は義手になっている。紙のように白い、とてもナルトの皮膚とは似ても似つかない腕。彼女が惜しみ、願うのも当たり前だろう。

「なあ、ヒナタ」

 自分でも驚くほど透明な声が出せたとナルトは思った。それまで彼女に抱いていたわだかまりがすっきりと晴れたような感覚。どきりと顔を上げたヒナタの頬がほんのりと色づいているのを見て、ナルトはやはり彼女に自分が恋愛という感情を抱いていることを実感した。かわいい、と思った。好きだ、と思った。

 だからこそ、ようやく気づけた本当のことを、はっきりと告げておかなければならないのだ。

 拒絶でもなく、彼女の願いを受け入れるでもなく。

「俺の右腕は、ここにはもうねぇ。お前ともう、二度と俺は俺の右腕で手を繋いでやることも、抱いてやることもできねぇ」

 義手の指を自在に動かしてみせながらも、やはりこの腕はうずまきナルトのものではないのだと、自分とヒナタに言い聞かせる。

「それでもさ……俺の心は覚えてるから。お前に繋いでもらった手のこと。だから、もう……二度と同じことはしてやれない。俺の右腕はここにはねえ。他の何もきっと、俺の右腕のかわりにはなれない。俺はそう思ってる。それでも、いいか?」

 ヒナタは息を呑んだ。そうしてしばらくして、その眦に涙が浮かぶ。

「……うん、当たり前だよ、ナルトくん」

 そうして左腕でナルトは彼女を抱き寄せた。腕の中でヒナタは嗚咽する。

「ごめんなさい、ナルトくん。私がわがままだった。そうだよ。私だって……ずっと、心のなかにあるよ。ナルトくんとの思い出」

「謝んなくていいってばよ。俺だって……ピリピリしてた。ヒナタにつらくあたっちまった。でも俺も、分かったからさ。もう大丈夫だ」

 もうためらわず迷わず、この先に向かって進んでいける。寄り添い合うことで互いの片翼を補って空を飛ぶ比翼の鳥のように。ナルトの番いたる右腕は、終末の谷でサスケを取り戻したあの日、あの時から、義手などではなく存在し続けていたのだ。

 今は再び木ノ葉を出たうちはサスケ。うずまきナルトの右腕は、彼でしかない。

 彼がここにいなくても、魂はきっとサスケとずっと隣になって寄り添って、一つになって比翼の羽で同じ未来を目指して飛んでいる。これから先、互いが死んでしまってもずっと。

 

2015.04.18

ナルトが失った自分の右腕について唯一無二のものだと思っていたらいいなという衝動のままに書きました。多方面にナルトがひどい男になってしまってすまぬ…すまぬ…。外伝始まる前に終わらさねば、と必死になってました(笑)

Text by hitotonoya.2015
inserted by FC2 system