比翼の鳥

1.

 

『かなりの友達』が告げた言葉に、ナルトが覚えたのはいいようのない、そしてサスケにとってはいわれようのないであろう怒りや苛立ちの感情であった。

「旅に出るってお前、そんなんで……なんで一人でなんだってばよ?!」

 ナルトが見つめるのは上着の左袖がだらりと垂れたサスケの身体だった。無意識にナルトの左手が掴んでいたのは同じように布が垂れるだけの自分の右袖。通されるようにできている中身が詰まっていない服。互いに亡くした片腕一本ずつ。ナルトもサスケも、つい先日ようやく退院して、日常生活を送れるようになってきたばかりだ。

 長い間里を抜けていたため住む場所のなくなったサスケは、英雄であり、同時に国際指名手配を経験した犯罪者でもあるその存在の複雑さも加味されて、戦後各里が安定するまでナルトの家で過ごすことになった。二人で暮らした時間は、わかたれていた三年間を埋め合わせるに充分な素晴らしい時間であったとナルトは思っている。互いが互いの右腕となり、左腕となり、足りない部分を補いながら生きることができていたはずだった。それはサスケの兄・イタチがナルトに語ったような理想の在り方の実現のようだとナルトは満足していたし、これからもずっとその時間が続くものだと思っていた。まるで古くより伝えられるつがいの鳥のように。

 だがナルトの目の前でサスケは告げた。

「贖罪の旅をする」と。「俺一人で」と。

 サスケは片方しかない翼でここから飛び立つという。飛べないままのナルトを残して、たった一人で。

 ナルトの元を、木ノ葉の里を、まるで窮屈な鳥かごだとでも言うのだろうか。

 サスケは昔から器用だったから、利き手でない右手だけでもわりと何でもこなしてしまった。ナルトがろくに箸も持てなかったというのに、サスケは昔から矯正されていたからと不便なく食事もこなす。ナルトは悔しくて仕方なくて、こっそりと箸を持つ練習を繰り返した。風呂で身体を洗うのだって、簡単な料理をするのだって、洗濯も掃除も、運動だって。まるで子どもの頃に戻ったように、ナルトはサスケを追いかける。そう、憧れた背中に、認めてほしいと渇望した存在にようやく追いつけたはずだったのに。

「お前もこれから、『その両手』でたくさんのものを抱えていくんだろう?」

 唇の端だけ持ち上げる笑みはまるでナルトを拒絶しているかのようにさえ見えた。だからナルトは不機嫌を露わにして、困ったように瞼を伏せながら扉を出て行くサスケの背を見もしなかった。視界の端にかろうじて捉えられたのは、ひらひらと揺れるばかりの左袖だった。

 先日サクラに一世一代の告白をし、きっぱり振られ、逆にスッキリしたときとは打って変わって、ナルトの胸の中には拭い用のない蟠りがこびり付いている。

 サスケとの二度目の別れは、無二の友の旅立ちを喜ぶなんて殊勝な気持ちには到底なれなかった。

 

 

 ナルトを掻き立てるものは今も昔もサスケの存在だ。

 右の手のひらにチャクラを集中させる。球状に回転させるイメージを描く。真ん中には墨で記した木ノ葉のマーク。幼い頃した修行の再現はやはり成果を出し、綺麗な渦巻くチャクラの弾がナルトの手のひらの上に生み出される。「よし」と小さく頷いてそのまま握りしめるとチャクラは暴走もせずに小気味良く弾けて消えた。右腕を介してのチャクラコントロールももうずいぶんとうまくできるようになった。痛みも殆ど無い。確かめるように何度も手を握る。

 初代火影・柱間の人間離れした細胞を使用して作成された義手は、ナルトの才能やうずまきの血族の力を持ってしても、はじめの頃は身体に異物が接続された拒絶反応で耐え難い痛みを齎した。だがナルトは懸命にリハビリに耐え、一年とたたずにすっかり自分の腕として右手を使えるようになった。

 小腹が空いてナルトは好物のインスタントラーメンに手を伸ばす。ビニールのパッケージを引き剥がして、丼に麺を入れる。そこに落とす卵だってもう右手だけで割れるようになった。お湯を注いで待つこと三分。ナルトにとってそれは長い時間だったはずなのに、今では少しものを考えているだけでキッチンタイマーがけたたましく鳴り響くようになった。

 サスケが最後に里に帰ってきて、ナルトの前に姿を見せた時から、果たして何分経っただろうか。インスタントラーメンと違ってサスケは特定の時間に必ずナルトの前に現れる、なんてことはない。最後に見送ったサスケもまた、長い外套の下には左袖をぶら下げたままだった。ナルトの右袖は、包帯の巻かれた腕が通されてパンパンに満ちている。

 サスケが里に帰ってくる度、義手をつけたナルトはサスケにも同じようにすることを望んだ。

 もういいだろう。ちゃんとくっつくけど、結構動かしづらかったり、痛かったりするんだってばよ。でも、きっとすぐに元通りに動かせるようになるって、綱手のばあちゃんもサクラちゃんも言ってたんだ。

 何度言っても、ナルトが自身のくっついた右腕を見せても、サスケは首を縦に振らなかった。

 あの時ナルトの右腕と同じように準備されていたサスケの左腕。当時の17歳の腕の大きさでは、今の彼にとってはアンバランスでサイズがあわなくなってしまっただろう。。

 アツアツのラーメンを箸で啜りながらふと壁掛けのカレンダーを見ると、今日の日付に赤字で印がつけられていた。木ノ葉病院での義手の定期検査の日。禁術にばかり使用されてきた柱間細胞を医療忍術に役立たせる。成果が上げられれば木ノ葉だけでなく、世界の未来を変えるかもしれない。そんなプロジェクトの中心にナルトは被験者としているのだれど、彼にはその自覚は薄かった。何を考えてナルトが病院に検査を受けに行くのか、その本心を知るものは彼以外にいない。

 時たま通う病院のどこかに保管されたままでいるだろう、片割れの義手に思いを馳せる。そこに行くと、同じ細胞で作られた右腕が共鳴するように疼き震えるのだ。

 

 

 義手に何の違和感も抱かなくなってきて、包帯を巻くのも煩わしくなってきた頃、ナルトはヒナタと付き合うようになった。初恋に別れを告げ、引きずらず、新しい恋を見つけたナルトを皆祝福してくれた。ヒナタにとっては念願の初恋の成就であった。傍目から見ても初々しい恋人たちの姿を木ノ葉の里じゅうが優しく見守る。

 女の子と付き合う経験など今までなかったナルトは未だにデートどころかヒナタと会うだけで恋を意識してしまい、緊張にぎこちなくなってしまっていた。手を繋いで歩くのだって妙に恥ずかしくなってしまう。恋人という関係になる前のほうが、自然にヒナタに接していられたではないかともどかしく思った。

 その上、恋人という関係において自分がヒナタに何をしていいのか、ヒナタに何を求めるべきなのかが分からないのだ。ヒナタもお嬢様育ちで世俗慣れしていないのか、決してナルトに積極的に押しを見せることはない。ナルトは自宅のベッドの上で寝転がりながら、傍らの棚に目をやる。そこに珍しくきちんとしまわれた本は、師・自来也の執筆した小説。ド根性忍伝だ。

「エロ仙人の本も……今読めば面白かったりするのかなァ」

 ため息のように独り言ちる。ド根性忍伝は主人公が自分と同名ということもあり、感情移入や自己投影の果てに涙まで流して何度も読みふけった。ナルトにとって唯一無二の大好きな小説だ。対して自来也と共に修行していたとき、推敲のために渡された原稿はそれと真逆といっていいエロ小説、イチャイチャシリーズである。カカシがその熱心なファンだということも知っていたが、当時のナルトにはさっぱり面白さが分からなかったのだ。複数の男女の繰り広げる愛憎劇。恋愛どころか親の愛さえもロクに理解できていなかった当時のナルトはその登場人物の誰にも感情移入できず、ただただ文字の羅列にしか感じられなかった。

(今度カカシ先生に借りてみよう……)

 ごろごろとベッドの上に身体を転がしながらナルトは再びため息を吐く。

 というのも、今日、ナルトはきっとヒナタを傷つけてしまったのだ。

 木ノ葉の人手不足は昔から深刻であるから、任務でヒナタと一緒になることは珍しくはない。しかも今回は雑用じみた簡単な任務だった。そつなくこなして、帰りに休憩がてらよった茶屋で、忍界大戦の話になってしまったのだ。きっかけは……よく覚えていない。雑誌とか、新聞とか、はたまたテレビとかで流れてきた情報の中に連想させる話題があったのだろう。とにかく本来はそんな日常会話じみたところから始まったはずだったのだ。

 大戦はたくさんの人やものを失わせた。今も木ノ葉だけでなく世界中が未だその傷跡を癒やそうと努力している最中だ。……そんな話をしたような気がする、とナルトは未だ熱の残る頭で思い返す。

 ヒナタも従兄弟を亡くした。ナルトにとっても何度も共闘したアカデミーの先輩であり、同じ中忍試験を受けた同期だ。そうしたらヒナタが、団子の串をつまんでいたナルトの右腕を見つめたのだ。未だ包帯のとけない腕は、傍から見れば痛々しいのだろう。

「ナルトくんなんて、自分の腕まで失って……私達を、世界を、救ってくれた」

 ヒナタは悲しそうに眉を下げる。ナルトはどうして彼女が自分の腕を見ながらそんな顔をするのかが分からなかった。

「あの時……ナルトくんに繋いでもらった手のひら。すごくあたたかかった。大きかった。今でもその感触、忘れられないよ」

 ナルトが串を皿に置いたタイミングでヒナタの手が伸びて、ナルトの右手をそっと包んだ。小さくて繊細な指先。包帯に覆われた手をぬるい体温がしっとりと包む。

「生きていてくれただけで嬉しいけど、ナルトくんの優しい手がなくなってしまったの、今でも辛いよ。リハビリも大変で……なんでかな、私がどうしようもなくつらいし、悲しい」

 そう涙ぐみさえしながら、緩んだ包帯を巻き直し始めたヒナタ。彼女の優しさに触れたはずなのに、ナルトは何故か無性に腹が立ってしまったのだ。そうナルトが頭で認識する前に身体は勝手に動いていて、パン、と乾いた音を立ててヒナタの手を右手は振り払っていた。中途半端に解けた包帯が垂れる。

 ……仕方ないことだと、ナルトには理解できていたはずなのに。ナルトの失われた右腕の真実は、あの無限月読の中意識を保っていたナルト、サスケ、サクラ、カカシ……旧七班メンバーだけの永遠の秘密だ。ナルトの右腕とサスケの左腕は無限月読の中でのマダラそしてカグヤとの戦いの最中で失われたという風に口裏を合わせた。だが真実は、ナルトとサスケの二人の相対の中でお互いがもぎ取ったということ。ヒナタは真実を知らない。だから当然の反応に違いない。平静な頭ではしっかりと叩き込んだはずなのに。

 そんな目で見るんじゃねぇ。などという暴言は口から出て行く前に飲み込むことに成功した。けれど表情には出てしまっただろう。ヒナタがビクリと肩を震わせた。どれほどの殺気を出してしまったのか、その時のナルトには頭に血が昇りすぎて分からなかった。

『あの時と同じ、ホンモノの俺の手でヒナタの手をまた握ってやりたかった』とか、『ホンモノの腕でお前を抱きしめてやりたかった』とか言えば良かったのだろうか。

 陳腐な台詞は考えただけで吐き気がする。どうやら自分には師のような文才はないのだとナルトは思い知らされるだけだ。ヒナタがそんな返しを望んでいたかなんて分からないが、ナルトは、自分自身がこんなことを考えてしまうことさえ心の底からイヤでイヤでたまらなかった。

 ナルトにとって片腕を失ったことは不名誉なことではない。むしろあの時のナルトは、その状態を……サスケと同じように欠落した自分自身を嬉しくさえ思ったからだ。

 だから今はサスケに義手をつけてほしくなった。サスケには、常に自分と同じでいて欲しかったのだ。

「サスケ……」

 無意識に口からこぼれた名は恋人のものではなかったのに、まるで恋するような熱を帯びていた。

 この大して大きくもないベッドを一人で寝るには広すぎると思い始めたのはいつからだったろう。気づけば窓の外は暗く、夜になっていた。

 大戦直後の病院での夜を思い出す。

 ベッドにサスケが潜り込んでくる。黒い瞳がナルトを見つめる。小さな顎におさまった唇から漏れる吐息がナルトの鎖骨を心地よく擽る。その唇の味をナルトは知っている。小さな頃から。最悪のファーストキスだったはずなのに、忘れられず、そしてサスケに対して、男に抱くにはおかしな意識を向けてしまうきっかけにもなっていた。あんな偶然の果ての事故のようなキス一度で、男を性的な目で少しでも見てしまうことがおかしいだなんてナルトは知らない。隻腕の二人はお互いの手の代わりにお互いの手を使って、寝苦しい夜の熱を覚ますように行為を繰り返した。性器を擦って精液を吐き出させるだけのそれはサスケにとってはただの作業だったかもしれない。

「めんどくさい」だとか「仕方ない」だとかサスケはいつも言っていた。片腕じゃうまく出来ないのは今もきっと変わらないだろう。だが今ナルトには右腕がある。あの時ナルトを導いたサスケの手を重ねるように、ナルトはその日は右手で自慰をした。

 閉じた瞼の裏側に思い浮かぶのは、サスケの顔だった。

 濡れた黒い瞳。快楽を耐えるように顰められた眉。眉間にくしゃりと寄った皺。白い肌はほんのりと赤らんで、小刻みに揺れる息。黒い髪が頬に流れる。後ろ髪は跳ねっ返りな性格を反映したようにツンツンしているのに、前髪はサラサラと柔らかくて滑らかで心地よいのだ。

 ベッドの上で身体を横にして向き合って浸る時間。肌に触れるサスケの存在が嬉しくて仕方なかった。呼吸も鼓動も交わって今ひとつになっているのだと、今までに経験したこともないような充足感が頭からつま先までをも駆け抜けていた。欠けた場所からナルトとサスケの存在はつながってひとつになって、この瞬間が永遠のものになることを願っていたし確信もしていた。その感覚をもう一度味わいたくてナルトは失われた右手をしきりに動かす。

(サスケも俺のこと考えながら、したりするのかな)

 ナルトは粘る精液の感触を手のひらに受け止めながら思った。

 サスケの左腕は、ここにあるままだというのに。

 

 

 翌日、気まずいところはあったがヒナタに会った。お互い休みだったからデートをする約束を随分前からしていたのだ。休みが合えば絶対にデートをする、とお互い示し合わせなくても自然にそうなっていた。最近では仕事を振る里側も、ナルトとヒナタの休みを合わせてくれているようなフシさえある。それなのに、すっぽかしなんてすればますます気まずくなるに違いない。待ち合わせ場所にいつもどおりナルトより前にいたヒナタは、いつもと何も変わらないようで、しかし少しだけ遠慮したような表情でナルトに微笑んでくれた。どう接しようか悩んでいたナルトにとって、ヒナタのその微笑みはどれだけ救いだっただろう。ナルトも、ヘヘ、と頭をかきながら照れくさそうに苦笑いをしてみせた。それから、今日は左手で手を繋いだ。生まれた時から変わらずうずまきナルトの細胞でできている腕。不器用に笑ってみせるナルトにヒナタは指を絡ませて、その感触を身体に染み込ませるように目を閉じた。ナルトも指を絡ませる。ふっくらとした頬を染める朱色。やわらかな唇が笑みの形をつくる。喜びの感情が見て取れた、だのに。

 嬉しそうなヒナタの顔を見ても、ナルトの胸のつかえはとれなかった。右腕がズキズキと痛む。検査してもおかしなところなんてまるでなかったというのに。

 貴重な休みのデートも盛り上がる前にお開きにしてしまった。自宅に戻ったナルトは項垂れる。また後で謝らなければいけないだろう。義手の包帯を一人で巻き直しながら思う。

 ……ヒナタの望んだ通りに、ホンモノのうずまきナルトの手で手を握り、抱きしめたのに。

 デーブルに突っ伏してナルトはぼやけた視界の隅に牛乳パックを見た。欠かさず飲んでいたお陰で最近ぐいぐい身長が伸びている。それにあわせて身体もどんどん大きくなる。柱間細胞でできた義手は不思議なものでナルトの成長と一緒に大きさを変えた。

 サスケは。

 小さな頃はサスケのほうが身長がほんのすこし高くて、悔しくて意地になって牛乳をたくさん飲んだ。一緒に暮らしていたときにはナルトの希望的観測も加味してだが身長が追いついた気がしていて密かに喜んだものだ。負けず嫌いで意地っ張りなサスケのことだ、口に出せばきっと機嫌を損ねただろう。

 サスケが里を抜けていた間、どんな生活を送っていたのかはほとんど知らない。同期の中でも高かったはずの彼の身長は気づけば小さかった自分と一番近くなっていた。別れている間想像していた彼の成長図とは驚くほど異なった成長を見せたサスケも、ナルトと同じように遅れた成長期を迎えているだろうか。

(ああ、まただ)

 木目の立った机に顎を擦り付けながら、ナルトは目を伏せる。

 またサスケのことを考えている。

 ……ヒナタを抱きしめた左手は、本当に、彼女のことを思っての動きだったのだろうか。

 ふいに浮かんだ自分への疑問にナルトはぞくりと背筋を震わせた。

 ヒナタにこの右腕に触れてほしくなかったからではないのか。

 俺のであって、俺のではない右腕。

 包帯の下の皮膚の色を透かして見ながら、なぜだかナルトは自分のことがとても怖くなった。

 閉じた瞼の裏で思う黒髪は、長くない。ツンツンと跳ねていて、それでいて触ると柔らかくて、心地いい。

 その日もまたナルトはサスケを思って右手で自慰をする。

 友達なのに、兄弟なのに。

 何故かナルトはサスケを思って勃起して、サスケを思って射精するのだ。

 

 

 とぼとぼと歩きながら、任務帰りになんとなく見つけた本屋にナルトは入っていった。雑誌も殆ど買わないし、活字も自来也のものしか読んだことのないようなナルトだから、目的は何もなくてただなんとなく歩いていただけで、売り場もろくに見ずただ床の上を動く自分の足だけを見ていた。

 ぽん、と肩を叩かれて、ようやくナルトは前を見た。今まで誰とも何ともぶつからずに歩いていたのが奇跡のような心地だった。

「こんなところにいちゃダメでしょー、お前が」

「カカシ先生」

 今は火影になっているカカシが目の前にいた。カカシと本、この二点で連想されるものは一つしか無い。

 カカシの向き合っていた本棚は、官能小説がびっしりと陳列されていた。もちろん自来也著の「イチャイチャ」シリーズは平積みになっている。

「………」

「こんなとこに長居したら女の子に見られちゃうぞ。自来也先生が恋しくなったのなら、俺の貸してあげるから」

「いや、そうじゃなくて……」

 プイと顔を逸らしたものの、茶化すようににっこりと笑ったカカシに肩を押され、ナルトは外に連れだされた。いつの間にか連れ込まれていたのは居酒屋であった。カカシは酒を、ナルトは烏龍茶を手につきだしの枝豆を頬張る。

「ようやく興味わいてきたのかーこういうのに」

 弟子のある意味での成長に嬉しそうなカカシに、ナルトはアルコールも入っていない茶で酔ったように顔を赤くした。

「だーかーら、違うってば! こ、これからの参考に、しようと、思って……」

 本屋に入って売り場に来てしまったのは無意識と偶然が重なった結果だが、イチャイチャシリーズについてそう考えていたことは間違いのない事実であった。

「今後の参考」

 カカシは一度目を見開き、次の瞬間には満面の笑顔になった。下心たっぷりの、純粋では決して無い笑みである。

「ほほう、つまりヒナタともうそこまで」

「ち、ちげーってばよ!! ヒナタとは結婚するまでしねーって約束!」

 語尾がどんどんしぼんでいくのが我ながら情けないとナルトは俯く。カカシはああ、と納得したようでお猪口に酒を継ぎ足す。いつもながらマスクに覆われたままの口でいつどうやって飲み食いしているのか分からない。

「まあ、日向のお嬢さんだからね。仕方ないか。お父さんも厳しそうな方だしね」

「それで、オカズにするんですか? そのエロ本」

 横から第三者の手が枝豆に伸びる。ナルトが振り向かずとも、その遠慮とデリカシーのないズケズケとした物言いは誰のものだか分かる。サイだ。

「サイ! それにヤマト隊長も」

「いやあ、二人の姿が見えたんでつい。僕らも任務帰りで」

 当たり前のように同席してくるチームメイトに、ナルトは肩を竦めながらも悪い心地はしなかった。

「で、ナルトの夜の事情がどうしたんです?」

「お前がそこに食いついてくるとは意外だねヤマト……」

「イチャイチャシリーズでオナニーするなら、思い切ってお店行ったほうがいいんじゃないかな? お互い初めてじゃ苦労するとかしないとかって本に書いてあったけど」

「だからんなことしねぇってばよ!! 本が気になってるのは、その、デートのしかたとか……女の子の気持ちとか、俺ってば良くわかんねぇから、そっちを参考にしたくて」

「おお、純情」

「一途な恋ってやつ? だとしたらあんまりイチャイチャシリーズはオススメできない気もするけど」

「反面教師ってやつにはいいんじゃないですか? 僕読んだことありませんけど」

「ハハ、今度お前にも貸してあげるから」

 好き勝手言われるのは嫌ではないが、運ばれてくる料理を自棄になって食わなければやってられないほど、浴びせられる言葉に罪悪感を抱いてしまう。

 純情だとか一途だなんて言葉がいかに自分に似合わないか、頭の中に未だによぎる一人の男の影と、箸を持つ右手が夜どのように動いているか思い知らされる。

「昔からナルトは一途だったでしょ」

「サスケに?」

 懐かしい思い出話のような笑いにトドメを刺された。

 

2015.04.18

Text by hitotonoya.2015
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