二人の食卓

 

 冷蔵庫を開ける。中に入っているのは牛乳パックとインスタントラーメン用のたまごが数個、それだけだった。いつも通りの時間に目が覚めたナルトは今日はちょっと準備を急がないと、と慌てて着替える。くしゃくしゃのTシャツとズボン。アイロン台なんて前に火傷してしまってからしばらく使っていない。やかんから白い蒸気が溢れだしたのを見てすぐに丼にインスタントラーメンを開ける。それから卵を落として、タイマーをセットしてからの三分間が煩わしい。がま口財布の中身を確認して、ズボンのポケットにねじ込んだ。今朝はアカデミーに行く前に、コンビニに寄らなければいけない。弁当のパンと飲み物を買っていかなければ、お腹がすいて仕方がない。

 里に子どもはたくさんいて、公園に行けばその中に混じって遊ぶこともできたけれど、自分と他の子どもが『違う』ということに気づいたのは、夕焼け時になってからだ。真っ赤に染まった太陽に長く黒い影が浮かび上がる頃、大人たちがたくさん公園にやってきて、ひとさらいのようにそれぞれの子どもを連れて消えていく。公園に残るのは何も言わない遊具と、風に転がっていくボールと、ブランコにひとり取り残されたナルトただ一人。いつまで経ってもナルトを連れて行く大人は来ない。赤がどんどん沈んでいき、影も見えなくなった頃、ようやくナルトはひとり自分の暮らすアパートに帰る。鍵のかかったドアを開けて、蛍光灯のスイッチをつけて、インスタントラーメンをたべるために一人分の湯を沸かす。

 アカデミーに入学して、クラスメイトたちと授業中や放課後に馬鹿騒ぎしてもそういう生活は一切変わることなく続いていた。昼食時もそうだ。机に座って皆は各々の弁当を頬張る。色とりどりの弁当包みが開かれる。けれどナルトが開くのはいつもコンビニのビニール袋だ。あんパンと、パックの牛乳。妙に気まずくて、教室の隅が昼時のナルトの定位置だった。目立たないかもしれないけれど、教室はよく見渡せる位置だった。

(あれ)

 いつ食べても変わらない味のあんパンを頬張りながらナルトはちょっとした違和感を抱いた。

 いつも同じ場所で、一人で弁当を食べているクラスメイトがいた。しばらく欠席していた彼が久々に登校してきたかと思ったら、目の前に広げている弁当がいつものとは違った。水筒はいつもの青色のままだったけれど、キレイな包みとおかずがたくさん詰まっていた弁当箱が広げられていたはずの机の上には、竹の皮にちょこんとのった不格好なおにぎりがふたつ。無理矢理口の中に押し込むようにおにぎりを平らげると、彼はすぐに教室から出て行ってしまった。扉の向こうへ消えていく背中には、黒い上着に紅白のうちはの家紋。成績優秀で運動神経も抜群で、男子どころかくノ一クラスの女子も誰もが認めるエリート。誰もが放っておかない、ナルトからすればいけすかない存在。それがうちはサスケだった。

 あれからサスケの弁当は、毎日おにぎりになった。テストがあった日も、ナルトが忍組手でサスケにあっという間に負かされた日も、サスケはずっと不格好なおにぎりを食べていた。ナルトはずっと、コンビニで買ってきたパンを食べながらそれを見ていた。

 

 今日も冷蔵庫の中身がすっからかんだ。授業が終わった後、ナルトは食料調達のため久しぶりに商店街に行った。大人たちが多い場所はあまり好きではないが、何もしない限りはそのへんの石ころみたいに誰もナルトを気に留めない。それはそれで悔しいから、毎回やめておけばいいのに騒いだり馬鹿やったりしてしまうのだけれども。

 すると八百屋に自分と同じくらいの黒い影を見つけた。サスケだった。いつもはアカデミーの練習場で遅くまで残って手裏剣投げばかりしているのにこんな場所にいるとは珍しい。手にはすでにどこかの店で買い物をしてきたのか、ビニール袋がいくつかさがっている。

「おつかい? えらいわね。おまけしておいてあげるから、お母さんにおいしいものつくってもらいなさい」

 おばさんが人の好さそうな笑みを浮かべてサスケに商品を渡す。ナルトが店前でうろついている時とは別人のような顔で、腹の奥のほうでいやなものがこみ上げてきた。けれどサスケはむっとした表情を崩さない。むしろ眉尻が少し下がっている。この騒がしい商店街でナルトだけが彼が困ったようにしていることに気づいた。店にいた客の一人が、おばさんに耳打ちをした。

「あんた、よしなさいよ。この子……」

 すでに踵を返したサスケの背負った家紋を見ながらひそひそ話が続けられる。

 似たような光景をナルトはアカデミーでも見ていた。クラスメイトたちがサスケを見ながらひそひそ話をしていた。サスケの一族、うちは一族が皆殺しにされたこと。サスケが家族も親戚もみんないなくなったこと。サスケが住んでいた里はずれの集落には彼以外誰もいなくなったこと。

 竹皮に包まれた不格好なおにぎりを食べるサスケ。

 ああ、あのおにぎりは、サスケが自分で作ったのか。

 ナルトは昼間の彼の食事風景を思い出して笑った。腹の中で渦巻いていたどろどろとした気持ちがなぜだかたったそれだけで晴れていった。

 その日、ナルトがインスタントラーメンをいくつかとおしるこを買うはずだったお金はお米に化けていた。

 幸い家には炊飯器があった。前に使ったことがあるはずだがよく覚えていない。米屋に行ったら店主のおじさんに化け物でもみたような顔で驚かれて、「あんた米の炊き方知ってるのか?」なんて心配までされてしまった。アカデミーの教科書にも野営の際の米の炊き方しか載っていなかったので、それを見ながら適当に米を研いで、水を入れて、炊飯器のスイッチを押した。

 それから待つ長い時間はカップラーメンができるまでの時間の何倍も何十倍もしたけれど、不思議と退屈はしなかった。同じ里で、同じ空の下で、サスケもきっと同じ時間を過ごしている。たった一人で。ただ生きるためだけに食事をするために。そう思うだけで嬉しくなった。

 ようやく炊きあがったご飯は水の分量を間違えてとてもおにぎりなんて握れないくらいべちょべちょになっていた。ナルトは仕方なく茶碗に盛り、何とも言い難い食感と味のごはんを梅干しと一緒に食べた。米をうまく炊くのも難しいんだなと唸る。

 ナルトは自分がひとりだから何もできないんだと思っていた。けれどサスケはひとりになってからも勉強はできるし、運動もできるし、米を炊けておにぎりを握ることができた。ただ、その黒い目が、同情とある種の優越感を滲ませた大人をどんな風に見ていたか、ナルトはあの八百屋ではっきりと確認した。冷たくて、暗い。何も写さない目だった。忍組手でナルトを組み敷いたときと同じ目だった。ひとりになったサスケは、その目で誰をも見ようとはしなくなった。それだけだった。

 次の日もナルトは教室の隅でひとりコンビニで買ってきたパンを食べる。サスケもひとり自分で握ったおにぎりを食べる。広くて騒がしい教室の中で、二人きりが浮き上がって無音の空間を共有しているようだった。サスケはナルトのほうも、他のクラスメイトの誰のことも見なかったけれど、ナルトはずっとサスケを見ていた。

 ひとりになったサスケの黒い瞳が何かを見ることがあるのなら、きっとオレしかいないんだ。

 ナルトは勝手にそう思って、また嬉しくなった。

 

2016.9.11

今のOPがすごくショタ推しだったので触発されて書きました。「闇が浅いだろう」って歌ってるのにネタメモに「闇の深いショタナルサス」って書いてあってちょっと笑いました。

Text by hitotonoya.2016
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