サスケがこの場所に来るのは初めてのことだった。
本当は永遠に、ここを訪れる予定などなかった。この闇の中で彼が生きている。彼が確かに存在している。その事実だけが分かれば十分だった。瞼を閉じれば今でも感じられる、うずまきナルトの存在。彼のチャクラ。だがそれが、今やあまりにも弱々しい。
終末の谷での二度目の戦いの後、カグヤや尾獣をそうしたように、サスケは地爆天星でナルトを閉じ込めた。石塊の中にナルトは生きながら眠っているような状態になって封印された。時の流れさえひどく緩慢なそこでナルトは飲まず食わずでも人間なりに長く生きたはずだ。……だがナルトはたとえ人柱力だとしても、生命力あふれるうずまき一族の血筋でも、所詮人間でしかなかった。その範疇の生物でしかなく、老いや寿命には勝ちようがなかった。
輪廻眼を開眼し、今や輪廻の外の存在となり生死さえ操ることのできるようになったサスケとは違うのだ。
暗い闇の中、サスケの足元に眠るように横たわっているナルトの姿を見て、どれだけの歳月があの時から経過したのかを初めて知ることになる。やせ細って、皺の寄って、老いたナルト。見慣れないその姿と自分の見慣れた掌を交互にみやる。あまりにも二人は異なりすぎていた。
微かな呼吸音がヒューヒューと闇の中にかすかな風を吹かせている。
自らのか細いそれだけで吹き消されてしまいそうな命の灯火を、サスケは見下ろしていた。
このまま失われていくだけだと思われた命は、どうやら最初で最後の来訪者に気付いたようで、うっすらとしわくちゃになった瞼が開かれていく。
その隙間から現れた、青が。
鮮烈にサスケの視覚を刺激する。
晴天の元に全てを曝け出されたようだった。長い間闇の中で生きてきたサスケにとってそれは焼かれるような息苦しさを齎す。
こんなに老いて、起き上がるどころか指先のひとつも動かせないような男に、だ。
「サスケ」
しゃがれてカラカラの声が、今や誰も呼ぶことはない名前を呼ぶ。
その声色に滲んだ感情に憎しみの一切ないことに、サスケは震えの止まらない指を隠すように拳を作った。
「無様だな」
出来る限り低く嘲笑ったはずの声は動揺を隠せていない。
「お前は弱い。だから死ぬ」
「そっか……」
「お前には寿命に逆う力もない」
「そうだな」
掠れ震える声をナルトは淡々と受け止めていく。これではまるで。
「……オレさ。ずっとこの中で、お前のこと、感じてた。お前が生きて、もがいて、頑張ってるの、感じてた」
「それが、どうした」
「六道の大じいちゃんに貰った力……ちょっとだけど、残ってたみてえでさ。お前のチャクラはハッキリ感じられたんだ。誰もいないのに、真っ暗なのに、自分の意識すらハッキリしなかったってのによ。お前がまるでずっとそばにいるみたいで……なんだか、このままでも、オレってば、幸せなのかな、って思ったんだってばよ」
「……頭がおかしくなっちまったんじゃないのか」
「そうかもしんねぇ」
はは、とナルトは確かに口元に皺を寄せて笑っていた。
「でも今も、サスケのチャクラ、すぐそばに感じる。昔っからずっと変わんねぇんだなぁ、サスケ。お前は。顔も、形も。チャクラも」
「お前とは違ってな」
握りしめて抑えこんだはずの拳の震えが止まらない。
「なんで」
膝が身体を支えきれなくなり、サスケはがくりと崩れ落ちた。倒れこんだ先には横たわったまま動かないナルトがいる。ナルトの細い身体にサスケはすがりついていた。
「なんでお前は……、オレを置いて行っちまうんだよ。何でだよ! オレを一人にしねぇって言ったのはてめぇのほうじゃねぇか! なんでっ! なんでっ!」
子どものように泣きじゃくるサスケにはもう理性のかけらも残っていなかった。何もかもが瓦解し、ただただ心の底からの欲求だけが露出する。
サスケの精神はそれほどまでに張り詰めていた。地獄の闇の中で生きることは、感情を殺したとしてもどれだけの痛みをサスケに与えただろう。震える足を支えていたのはナルトが生きているという事実だけだった。サスケもまたナルトと同じように、対のチャクラを感知できた。あたたかなその感覚を感じられるだけで何があろうと立っていられた。
一人であることを求めながら、その実決して自分は一人ではないと、ナルトの存在を常に求めていた。あまりにもその在り方は矛盾に満ちている。
サスケがここを訪れたのは隣に感じられていたチャクラが消えそうなほど弱まっていることに気付いたからだった。孤独に耐え切れず、ナルトの存在を求めてきた。だというのに、腕の中にいるナルトの命はいまにも消えようとしている。
殺せなかった命が、サスケの手を離れていく。
「オレをひとりにしないんじゃなかったのかよ……なんでてめぇは、オレどころか寿命にまで負けちまうんだよ、このっ、ウスラトンカチ……!!」
今まで殺していた感情を全て吐き出すように嗚咽するサスケに、ナルトはかすかな息だけで笑ってみせた。腕を伸ばしてサスケに触れる力さえ残っていない。サスケに触れようとした指先は、持ち上がることさえなく地に伏せられる。
「それ……、すっげー久々に聞いた……。まるで、ガキの頃に、戻ったみたいだってばよ」
最後に、お前に会えて、ほんとうによかった。
その言葉だけを紡いで、ナルトはもうどこもかしこも動かなくなった。
ずっと感じていた存在が儚くかき消えていく、その瞬間サスケはただただ泣き叫んでいた。
行かないでくれ、オレをひとりにしないでくれ。
結局うちはサスケは孤独になんて耐えられなかったのだ。
ツイッターで話題になって書いたものの長い間ぷらいべったーでしか公開してなかったんですが、アニメで革命宣言があったので約1年越しにサルベージしました。
Text by hitotonoya.2015