黎明の檻

 

 闇の中、鮮やかに咲く赤色の花が二輪。

 睨まれた先から弱々しく点った黒炎を今日も握り潰すように引き剥がせば、少年は怯えたように諦めたように目を閉じる。

「きかねぇんだから、その眼は使うんじゃねぇって言ったろ」

 未だ丸みを帯びた小さな輪郭に手を添える。手のひらの中に収めて、かぶりを振るのを押さえつけ、乱れていた黒髪がさらりとおとなしくなると長い睫毛に縁取られた瞼にナルトは口吻た。ふるふると小さく震える瞼をこじ開け、翳った黒色の瞳をまるで飴玉でも舐めるように舌先で転がす。

「あ、あぁ」

 小さな悲鳴が漏れ出ていく、それさえもナルトにとっては甘露の一滴のよう。

 この少年は眼球を舐められることを極端に嫌う。他のどこを暴きどこに触れようともここをこうするときほど絶望した顔をしない。よほどその眼に誇りを持っているのだろう。何せその目は忍世界に伝わる三大瞳術が一つ、今は亡きうちは一族の血継限界・写輪眼。

 己の出自すら覚えていなくとも、その身体に流れる血が少年を突き動かすのだ。

 

 うちは一族最後の生き残りであったうちはサスケは、十数年前に消息不明となっている。

 

 ぷくりと盛り上がった眼球に歯さえ立て、しかし決して傷つけぬよう柔く力を込めて食む。

 うちはサスケと同じ名を名乗り、あの頃の彼と同じ姿形をした少年の心を、七代目火影となったうずまきナルトはそうやってへし折ると、力の抜けた身体に追い打ちをかけるように、ようやく眼球から離した唇で小さな口を塞ぐのだ。呼吸さえも、与奪の権はこちらにあるのだと教えこむ。

 

 ナルトの元にこの少年が現れたのは今から何ヶ月ほど前のことだったか。

 かつて忍世界に戦火を放った“暁”の装束を身に纏い、第四次忍界大戦の首謀者であったうちはマダラと似た面差しとチャクラ。そしてうちはの血継限界写輪眼。……ただただ純粋な憎しみだけを持った彼が、他の誰をも手にかけることなく真っ先に火影の元に現れたのは幸運だっただろう。チチチと囀る雷の鋭さを制することができるのはナルトだけだっただろうから。

 果たして火影に凶刃を向けた少年はあっさりと返り討ちにされ、火影直々に捕らえられることになる。

 しかしナルトはその少年の存在を、犯した凶行を誰にも明かすことはなかった。何故なら彼があまりにも瓜二つだったからだ。かつて共に競い合い、高めあい、兄弟のようにさえ思った存在と。あんなにも追い求めていたというのに、戦争の混乱の中で邂逅すら叶わず消息不明という形で処理されてしまった友。皆に認められ、火影になるという夢を叶えた後でもナルトの胸にはぽっかりと穴が開き続けていた。大切なもので満たされるべきだった場所。

 鋭く研がれた刃のような赤く光る瞳に睨まれれば、忘れよう、忘れよう、と自らに何度も言い聞かせてきた想いが、若いころの情熱が、堰を切ったように身体の奥から湧き上がった。

(こいつは今、オレを見てる

(オレだけを見てる)

 それはかつて願った通りの――。

(今度こそ絶対に逃さない)

(オレの元から離れさせない)

 掴みあげた少年の細い手首から、骨が折れる鈍い音がする。

 

 どれだけ尋問してもうちはサスケは口を割らなかった。否、割れる口がなかった。彼にはどうやらほとんどの記憶がないらしい。曰く、気がついた時には己の名前とたったひとつの記憶だけを残して、立ち尽くしていたという。少年の拠り所のたったひとつの記憶……自分の目的が「木ノ葉を潰す」ということだけを頼りに、そこからこみ上げる憎しみの感情だけを頼りに、そこからこみあげてくる憎しみの感情だけは間違いないとばかりに、サスケはここまでやってきて火影を襲撃した。まるで火影さえ殺せば自身の記憶が戻ると信じているフシさえある。

 自白剤を打たれ幻術にかけられ、ナルトの腕の中で揺さぶられながら、サスケは涙を流して訴えた。

 絶対に許すことができないのだと。木ノ葉の里を、忍の全てを、オレが殺すのだと。

 どうして自分がそうしたいかさえも何も覚えていないくせに。

 サスケの写輪眼は間違いなく本物だった。先代火影のはたけカカシがそうだったように万華鏡写輪眼を開いていて、うちはサスケの兄イタチと同じく天照の黒炎を操った。だが最早九尾の力を自在に操るナルトにそんなものは効かない。幻術だってそうだ。サスケは自慢の瞳には頼れず忍術と体術で抵抗する他ないが、たとえ常人よりそれが遥かに優れていようとも、ナルトの手にかかってしまえば勝ることなどできないのだ。

 

 

 サスケには小さな部屋が与えられた。火影邸の中にひっそりと存在する、ナルト以外誰も入らない部屋。サスケが逃げ出してしまわないように入り口には厳重な封印を施して、サスケ自身にも印を結べないよう手枷をはめ、瞳術を使えないように目隠しをした。

 それは何も拘束だけが目的というわけではない。カカシがそうだったように、万華鏡写輪眼には強大な力を得るかわりに失明のリスクが伴っている。はじめのころは直ぐ天照や須佐能乎やらを全力で使ってきてナルトも手を焼かされたものだがサスケ自身への反動もその分大きかった。サスケの視力はどんどん落ちていき、霞んだ視界をどうにか焦点を合わせようとごしごしと血涙ごと目を擦る。こちらが万華鏡写輪眼のリスクを把握しているとも知らず何でもないように虚勢を張って。それでも戻らない視力にびくびくと怯えるサスケの姿はあまりにも痛々しく、ナルトはサスケが不用意に瞳力を使わぬように呪印の刻まれた布で目隠しをしているのだ。

 だがそれもサスケにとってはただの拘束具でしかない。

 ナルトが部屋に入ってきて封印が弱まる度に、すぐに拘束を外し眼に力を籠めて睨みつけてくる。どれだけ眼に激痛が奔っても、血が流れようとも、視力が失われていっても。そうすることしかできない彼はとても哀れでとても愛しい存在だった。

 だからナルトは、サスケの繰り出す弱々しい抵抗を全て受け止めしかし霧散させながら、黒い外套だけを羽織った彼を抱く。

 どれだけ夜を繰り返したか数えることはとっくに止めている。散々に激しく抱かれた白い身体には至る所に鬱血がありそれがひとつも存在しない日などなく、快楽にとっくに溺れて媚びてさえくる。口では嫌だ嫌だと言いながらも世界を救った英雄の、六道仙人にも等しい圧倒的な力の前に無力な少年は屈することしか出来ない。

 ナルトはサスケを抱きすくめ、揺さぶりながら耳元で囁く。

「お前はオレがいねぇと、何もできねぇんだ」

 毎日毎晩、淫靡な音と共にサスケの鼓膜は蹂躙される。それは事実だ。視力をほとんど失くし小さな部屋に閉じ込められたサスケが生きるための全てを、協力し奉仕してやっているのはナルトなのだから。

 身体の自由を奪われて、更には閉ざされていく視界も相まって、サスケは日に日に弱っていった。はっきりしない記憶。頼れる人も、心の支えになる存在も、彼には何もなかった。ただ曖昧な憎しみだけでは、サスケは生きていけなかった。

 

 

「もうどこにも行くんじゃねぇぞ、サスケ」

 サスケを抱きながらナルトは呻く。そうするとサスケは小さく首を傾げた。さらりと頬にかかる黒髪が落ちる。何が「もう」なのかサスケは当然分からない。だがナルトはそれでよかった。

 何も見えていないはずの黒い瞳がこんな近くにある。ナルトだけをうつして、朧に潤んでいる。

 昏い笑みをナルトは浮かべる。腹の底にある、満たされなかった器に水が注がれていく。ゾクゾクと背筋が震える。

 だが未だ足りない。サスケにもこの水を与えてやらなければならないのだ。サスケをこの檻の中に生かしているのはナルトなのだから。

 細い腰を思い切り引き寄せ、小さな身体の全てに、つま先から脳天までをも満たさんとばかりにナルトはサスケの中に精を注ぐ。

 サスケが自分という存在に塗りつぶされてしまうまで。

 

2016.08.24

ベアが発売されたことでにわかに提示された七代目×暁サスケという組み合わせに衝撃を受け誰もが萌えざるをえなかった…ナルサスは可能性に満ち溢れすぎですね。

Text by hitotonoya.2016
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