そして世界は反転する

 

 今年一番の大寒波が来るらしい。

 ナルトとサスケはこたつでみかんを食べながら、テレビから流れるそんなニュースを見ていた。三日ぶんの食料を確保しておけだとか、水道が凍らないように対策をしておけだとか、この世の終わりでも来るかのような内容のことをアナウンサーが話している。

 おもむろにサスケが立ち上がる。ワンルームの中、台所の傍らの冷蔵庫を開ける。サスケはなんとでもないようにナルトに振り返った。上下スウェットというだらしない格好だが、ナルトもお揃いだ。少々背中が寒く感じるのは、やはり寒波が迫っているからだろうか。半纏が欲しいななんて考えているとサスケの口が動いた。

「何もねぇ」

「マジで」

「おう」

 ナルトも立ち上がって、サスケの肩越しに冷蔵庫を覗いた。空になりかけの牛乳パックと、いくらかの調味料。主食になりそうなものは本当に何もなかった。みかんも今しがた食べたものが最後のふたつだった。

「買い出し行くしかねぇか」

「えー寒い」

「どうしょうもないだろ」

 そのままサンダルを引っ掛ける。忍たるもの雨だろうと雪だろうといつでもサンダルだ。隙間風に既に身震いしながら、玄関を開けるとそこは雪国だった。

「うわ……すげぇ」

 絶望よりも単純に感嘆の声しか出ない。大きな川の畔にあったはずのプレハブの家はなんとか積雪に耐えてはいるが、石だらけだった川縁はすっかり白い雪に覆われているし、穏やかに流れていたはずの川もすっかり凍りついていた。

「別の世界に来ちまったみてぇ」

 大粒の雪が灰色の空から落ちてくる。すぐにナルトの耳も鼻の頭もむず痒くなった。サスケの方を見れば彼の耳たぶも鼻の頭も赤くなっている。その姿が妙に情けなくて可愛らしくてナルトは笑った。サスケは忌々しそうに舌を打つ。

「どうすんだ、中戻るか。食いもんねぇけど」

「川で魚もとれねぇしな」

「ワカサギ釣りみたいに氷に穴開けるか。あとは適当に火遁で焼けばいいし、さっさと確保しろウスラトンカチ」

「人使い荒いってばよ。お前も少しは協力しろよ」

「オレは調理係だ。お前じゃ火遁は使えないだろ」

「火遁は使えねぇけどコンロの火は使えるってばよ」

 適当な言い合いをしていると頭や肩の上にどんどん雪が積もっていく。このままでは埋もれてしまいそうだ。

 ふとナルトは何かを思いついたように手を叩いた。白い世界の向こう、凍りついた川の向こうを指差す。

「この川すっげえ広いじゃん」

「だな」

「向こう岸、渡れなかっただろ。今なら行けるんじゃねぇかって」

「あっ、おい、待て!」

 好奇心に誘われるままにナルトは駆け出す。サスケが待てというのも聞かずに。

 川に張った氷は真っ白になっていて厚く、ナルトが体重をかけてもヒビひとつ入らない。しゃがんで拳で叩い 今年一番の大寒波が来るらしい。

 ナルトとサスケはこたつでみかんを食べながら、テレビから流れるそんなニュースを見ていた。三日ぶんの食料を確保しておけだとか、水道が凍らないように対策をしておけだとか、この世の終わりでも来るかのような内容のことをアナウンサーが話している。

 おもむろにサスケが立ち上がる。ワンルームの中、台所の傍らの冷蔵庫を開ける。サスケはなんとでもないようにナルトに振り返った。上下スウェットというだらしない格好だが、ナルトもお揃いだ。少々背中が寒く感じるのは、やはり寒波が迫っているからだろうか。半纏が欲しいな、なんて考えているとサスケの口が動いた。

「何もねぇ」

「マジで」

「おう」

 ナルトも立ち上がって、サスケの肩越しに冷蔵庫を覗いた。空になりかけの牛乳パックと、いくらかの調味料。主食になりそうなものは本当に何もなかった。みかんも今しがたむいて食べたものが最後のふたつだった。

「買い出し行くしかねぇか」

「えー寒い」

「どうしようもないだろ」

 そのままサンダルを引っ掛ける。忍たるもの雨だろうと雪だろうといつでもサンダルだ。隙間風に既に身震いしながら、玄関を開けるとそこは雪国だった。

「うわ……すげぇ」

 絶望よりも単純に感嘆の声しか出ない。大きな川の畔にあったはずのプレハブの家はなんとか積雪に耐えてはいるが、石だらけだった川縁はすっかり白い雪に覆われているし、穏やかに流れていたはずの川もすっかり凍りついていた。

「別の世界に来ちまったみてぇ」

 大粒の雪が灰色の空から落ちてくる。すぐにナルトの耳も鼻の頭もむず痒くなった。サスケの方を見れば彼の耳たぶも鼻の頭も赤くなっている。その姿が妙に情けなくて可愛らしくてナルトは笑ってしまった。サスケは忌々しそうに舌を打つ。

「どうすんだ、中戻るか。食いもんねぇけど」

「川で魚もとれねぇしな」

「ワカサギ釣りみたいに氷に穴開けるか。あとは適当に火遁で焼けばいいしな。オラ、さっさと魚確保しろウスラトンカチ。二匹……否、三日分だったか。六匹だ」

「人使い荒いってばよ。お前も少しは協力しろよ」

「オレは調理係だ。お前じゃ火遁は使えないだろ」

「火遁は使えねぇけどコンロの火は使えるってばよ」

 適当な言い合いをしていると頭や肩の上にどんどん雪が積もっていく。このままでは埋もれて雪だるまになってしまいそうだ。

 ふとナルトは何かを思いついたように手を叩いた。白い世界の向こう、凍りついた川の向こうを指差す。サスケの視線がナルトの指を追いかける。

「この川すっげえ広いじゃん」

「だな」

「向こう岸、渡れなかっただろ。今なら行けるんじゃねぇかって」

「あっ、おい、待て!」

 好奇心に誘われるままにナルトは駆け出す。サスケが待てというのも聞かずに。

 川に張った氷は真っ白になっていて厚く、ナルトが体重をかけてもヒビひとつ入らない。しゃがんで拳で叩いてみても、硬い感触だけが伝わってくる。確かにこれならワカサギ釣りだって出来そうだ。

「サスケも来いよ、向こう側、行ってみようぜ」

 川岸で立ち尽くすサスケを手招きする。だがサスケは首を縦に振らない。

「嫌だ」

「ここにいたって、食べ物もねぇだろ」

「一人で勝手に行け。オレはここにいる」

 頑ななサスケは言い出したら聞かない。ナルトはしょうがねぇな、と肩を竦めるとスキップを踏むように軽い足取りでサスケの元に戻ってみせる、つもりだった。こんなに飛んだり跳ねたりしても大丈夫なのだと見せつけたかった。

 だがしかし氷の脆さを油断してはいけなかった。チャクラで吸着しているわけでもない氷はよく滑り、ナルトはあえなく転んでしまう。

「うわぁ!」

 叫び声を上げ、大きく背中を打ち付ける。ミシ、と鈍い音がした。もちろんナルトの骨が軋んだ音ではない。衝撃で氷にヒビが入り割れたのだ。水柱が立つ。飛沫の中にナルトは沈む。

「なっ!」

 サスケの短い声が聞こえた。チャクラを練る暇もなくナルトは冷たい水の中に沈んでいく。太陽が見えない灰色の空の下で、水の中は驚くほど暗かった。服がすっかり水を吸って重くなって、身体の感覚が無くなっていく。不思議と恐怖はなかった。むしろ。

 バシャン、と鈍く大きな音が聞こえた。続いて上の方に立つ泡。飛沫。その中にハッキリと見える黒髪。黒い瞳。大切な友達。サスケ。

 サスケが手を伸ばし、投げ出されたナルトの手を握る。黒い目が細められる。喜んでいるのだろうか。サスケはいつもそうだ。身体を張ってナルトを助けてくれる。そんなことするつもりはないと言っているくせに、身体が勝手に動いてしまうらしい。彼のそんな性質を、ナルトはよく知っている。だから。

「!」

 サスケの目が見開かれる。間抜けなくらいまんまるに。ナルトはまた笑ってしまった。笑いながら、サスケの手を引いて、抱きしめた。冷たい水の中で、感覚もはっきりとしないのに冷えきっているだろうサスケの身体を抱き込んで、一緒に沈んでいく。

 サスケがもがく。離せと叫ぶように開かれた口から大きな泡がたちのぼる。

「離さねぇ」

 水の中に聞こえた声に、サスケがビクリと肩を震わせる。サスケの声も聞こえる。

 ――オレは、オレはっ、いやだ、兄さん、兄さん。

 そんな戯れ言全て飲み込んでしまいたくて、サスケの口を塞いでやった。交換する酸素も二酸化炭素ももうとっくにない。泡も立たない重く冷たい水の中でただサスケを手放さないことだけを考える。

 水底に光が見えた。怯え震えるサスケを間違いなく抱きしめながら、ナルトは辿り着くべきその場所めがけて上昇していく。

2016.01.24

全忍集結2で無料配布したペーパー用SSです。気付けばDiverとバイマイサイドが混じったような話に…。時期的には3通りくらい解釈できるように書きました。

Text by hitotonoya.2016
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