連理の熱

 

 すっかり日も暮れた木ノ葉の里に、二人の下忍の声が騒がしく響いていた。里の外れに向かって歩いていくのはうずまきナルトとうちはサスケ。犬猿の仲と評される二人が仲良く手を繋いで並んで歩いている、ように見えるのは当然彼らの意志に沿ったものではない。

 今日の任務は果たしたものの、敵の攻撃によりナルトの右手とサスケの左手が粘着性のチャクラの塊でくっついて離れなくなってしまったのだ。サクラを人質にとられている間も、やれトイレに行きたいだ、うっかり二度目のキスをするハメになってしまったとか散々だったが、何よりも悩ましいのがこの状態があと2、3日は続くということである。べとべとに絡みついたチャクラの塊はそれぞれの皮膚にぴったりと貼り付いている。どうしても離れたいと言っても、お互いの利き手を切り落とすわけになんていかないので、一緒に寝泊まりするしかないというわけだ。

 口論の末、ナルトの家はベッドも狭く部屋も汚いということでサスケの家に泊まることになった。こんな状態ではロクに食事も摂れないため、片手で食べられるようにとカカシがたくさん持たせてくれたおにぎりの詰まったビニール袋をナルトは今にもサスケに殴りかからんとばかりに振り回していた。

 しかしいよいよ風景が閑散としてくると、ナルトも言葉数を少なくせざるをえなくなった。うちはの家紋の入った大きな門を潜る。たくさんの家が立ち並んでいるのにそのどこからも人の気配は感じられず、あちこちが傷んで蜘蛛の巣が張っていた。綺麗に舗装されている石畳の上をすたすたとサスケが歩いて行く。まるでお化けでも出そうな雰囲気に、ナルトはそういえば、とこの場所であった惨劇を思い出した。思わずサスケの顔を覗きこむが、ツンとすました顔はただまっすぐに家路だけを見据えている。何も感じていないかのように。

「こっちだ」

 ぐいと引っ張られて、角を曲がる。やはり家紋の刻まれた塀に囲まれて、サスケの家は静かに建っていた。引き戸を開けて、忌々しそうにサスケはナルトごと中に入っていく。靴を脱ぐのに手間取っている間にサスケはさっさと玄関にあがって、脱いだ靴をしっかりと揃えていた。

 サスケは「ただいま」を言わなかった。「おかえりなさい」を言ってくれる人もいない。

 家は驚くほど綺麗に掃除されていたけれど、静かで、ナルトの住んでいるアパートの何倍も部屋があるぶん、よけいに自分がちっぽけに見えた。

 サスケにつれられて早速風呂場に引きずり込まれる。蛇口をさっさと捻る、サスケはまるで当たり前のようにしていて、彼がどうしてここでこんなふうに生活できているのか不思議になった。否、そうであったほうがナルトも楽だったのかもしれない。

「上着、このままじゃ脱げねぇからな……くっそ」

「水で洗うのは何度も試したってばよ」

「オレもお前もドロまみれだろ。服が脱げなくても、タオルで身体拭くくらいはできる。……おら、そっち持て」

 水に濡らしたタオルを一人で絞ることさえできない情けなさにサスケは舌打ちしながら、お湯の染みこんだタオルをナルトに持たせた。せーの、で絞ろうとするもなかなかうまくいかない。少しはタイミング合わせろ、それはこっちのセリフだ、なんて言い合いが浴室でよく響く。家じゅうを通り越して、近所一帯にも良く聞こえただろうその声も、注意してくれる人なんて誰もいなかった。

 なんとか泥は落としても、次は食事を摂るのにも二人で協力しなければならない。しかもすぐとなりで肩を並べてだ。顔を合わせれば憎まれ口ばかり叩いてしまうのはナルトもサスケもお互い様で、しかも本意ではなく共同生活を強いられているなら尚更で、お互いの耳元で未だにぎゃあぎゃあと騒ぎ続けている様はとてもアカデミー卒業生には思えないだろう。サスケが耳を塞ごうとしたのに、繋がっているほうのナルトの手も持ち上げられてしまう。その様子が憎たらしいのにおかしくて、思わず笑ってしまえばサスケも吹き出した。

「あ……」

 ばつが悪そうにサスケがそっぽを向く。跳ねた黒髪からのぞく耳がほんのり赤くなっている。それに気づけばナルトはとたんに機嫌が良くなって、二人以外誰もいない世界は少しだけ静かになった。

 ナルトもサスケも騒ぎ疲れ、いつも眠る時間には早すぎるというのに、お互い揃っての希望でベッドに入ることになった。二階にあるサスケの部屋は忍術書や忍具が棚に綺麗に整理整頓されて並んでいる。棚の上には第七班で撮った写真も飾られている。確かにナルトのベッドより大きなそれには何故か枕がみっつも置いてある。そのうちの一つを借りて、ナルトはサスケの隣で横になった。

 あんなにも眠たかったはずなのに、闇夜の中、ナルトは目が冴えて眠れなかった。

 いつもの自分の布団と枕ではないからだろうか。

 違う、とナルトは小さく首を振った。洗濯されていて真っ白なシーツを左手で握りしめる。

 ベッドがあたたかすぎるのだ。

 隣にサスケが寝ている。自分ではない誰かが同じ布団の中に入っている。

 あの真っ暗な部屋の中で、ひとりぼっちでベッドに潜っていた毎日から、そんなことは考えられない。

 たとえ相手がサスケだとしても……否、サスケだから、なのかもしれない。

 ナルトと同じ、孤独な存在。親も兄弟も誰もいない、無人の集落でたったひとりのサスケだから。

 サスケの体温が伝わってくる。普段クールに振る舞って、素っ気なくて冷たいくせに体温はこんなにもあたたかい。

「……なぁ」

 小さな声がナルトの鼓膜を間近で刺激した。サスケの声だ。サスケも起きていたようだ。

「結合双生児って知ってるか」

 ナルトが起きていることを確認もせずサスケは独り言のように続けた。

「けつ、ごー……?」

 ナルトの声もサスケにつられて小さい。サスケに聞こえたかどうかさえ分からない。シーツの中にかき消されてしまったかもしれない。

「生まれた時から、互いの身体の一部がくっついて離れられない状態の双子のことだ」

 こんな風に、とサスケが囁く。無理やりに繋げられた右手と左手に力が籠もるのを感じる。不思議なくらいにサスケの声は頼りなかった。

「もしこのまま手が離れなかったら、どうする?」

「どうするって……」

 日常生活さえロクに送れないというのに、ずっとこのままだとしたら、なんて。任務もできないだろうし、火影になるという夢だって遠のくに違いない。四六時中サスケと共にいて、そのうちケンカすることさえバカらしくなって、当たり前に生きていけるようになるのだろうか。生活の全てを共にして、食事にも何にも不便することなくなっていくのだろうか。一緒にトイレに行くのにもサスケはあんなにイヤがったのに、何もかもが当然の日常になっていくのだろうか。

(あれ、おかしいな)

 想像力を最大限に働かせながら、ナルトは首を傾げた。

 そんなの絶対にゴメンだとか、どうにかしてチャクラの塊なんか外してみせるとか、叫ばなければならないはずなのに、言うべき言葉が喉から出てこない。

 おそるおそる振り返る。そうするとすぐそこにサスケがいた。サスケの黒い瞳が闇夜の中で間違いなくナルトを見つめていた。眠いのだろうか、欠伸でもしたのだろうか。黒い瞳は濡れた色をして、まるで甘えてくる子どもみたいにナルトをうつし出していた。

「そうしたらオレたち、本当の兄弟になれちまうのかな」

 聞こえたその呟きは、夢だったのかもしれない。幻だったのかもしれない。

 気づくとサスケの目は閉じられていて、ナルトのほうを向いてさえおらず、小さな寝息だけが隣から聞こえてくるばかりであった。あの黒い瞳で見つめられたのもナルトの気のせいだったのかもしれない。いつもすかしたサスケがあんな表情を無防備にナルトに晒すはずがない。

 だがあの瞬間、間違いなくナルトは思ったのだ。

(オレは、こいつと兄弟になるために生まれてきたんだ)

 くっついた手が深く絡み、融け、ひとつになっていくような熱も、確かにここに感じたのだ。

 

 

 

 ナルトとサスケは二人で暮らしている。

 今はナルトのアパートで、一緒に料理をして、買い物に行って、一緒に寝て過ごしている。

 あの時と同じように互いの利き手はかたく結ばれたまま永遠になくなってしまった。だけれども二人は互いに欠けた部分を補うように協力して生きている。それが当然になって、二人だけの世界は何日、何ヶ月、経っただろう。

 ベッドの上に向かい合って座っている。鏡のように見つめあう互いの眼に欠けた腕がうつっている。融けて、ひとつになっているのだ。だって繋いだ右手と左手がこんなにも熱い。同じ熱に浮かされて、心臓がどきどきと同じリズムで跳ねている。こんなのきっとひとつに繋がっていなければ不可能だ。

 サスケの黒い瞳がナルトを見つめている。

 甘えるようにナルトをうつす。

 ナルトはそんなサスケを左腕で抱き寄せて、黒く柔らかな髪をくしゃりと撫でてやった。

 心地が良い。

 あの日のサスケの声が再びナルトには聞こえた。

『そうしたらオレたち、本当の兄弟になれちまうのかな』

 サスケを抱きしめながら、肩で額を受け止めてゆっくりと髪を梳きながら、ナルトは幼い日のサスケに頷いた。

 兄弟とはきっとこのようなものなのだ。

 己に委ねられたサスケのこうべさえも、ずぶずぶと融けていくように熱はひとつになっていく。恍惚を味わいながらナルトはゆっくりと瞼を下ろした。

2015.10.09

ツイッターで、いきちさんのイラストを元に小説書くーというやつをやると言ってから4ヶ月後くらい経ってようやくできました(酷い) Gyaoで配信してたアニメの最悪の二人三脚見て、原作最終回考えるといろいろすごいアニオリだな…と思いました。

Text by hitotonoya.2015
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