夢見るハンバーガー

 

 ぐぎゅるぎゅうぅぅぅぅ……。

 何とも形容しがたい異音に、ボルトの隣で無表情を貫いていたサスケの目がぱちくりと瞬く。

 手裏剣を的に当てる音が淡々と、風や木々のざわめき、小鳥の囀りに溶け込んでいたいつもの森の中。響き渡ったのは切ない腹の虫であった。

 ボルトが慌てて腹を押さえてももう遅い。サスケの耳に間違いなくその情けない音は入ってしまった。カッコつけたい年頃のボルトにとっては、殊更憧れの師の前では耳まで熱くなるほど恥ずかしい。

「もうそんな時間か」

 しかしサスケは空を見上げて太陽の傾き加減を確認する。なんて原始的な方法なのだろうと思いつつ、そんな浮世離れしたサスケの在り方に心を擽られているボルトである。忍の基本知識として太陽で時間を計るやり方はわかるが、ボルトはポケットの携帯電話を取り出した。ディスプレイに表示された時刻はとっくに正午を過ぎている。朝からずっと運動していれば、腹が空くのも道理である。時計を見つめていても腹は膨れない。ボルトは切ない腹を撫でる。するとサスケが黒いマントを翻し、踵を返す。

「里に戻るぞ」

「へ?」

「昼飯だろ。お前の好きなもの、奢ってやる。今日はそこそこうまく的に当てられていたからな」

 長い前髪に口元が隠れて分かりづらいがサスケは間違いなくボルトを見て満足したように微笑んでいて、素っ気ないようでいてしっかり自分を見てくれる師匠に、ボルトは腹はともかく胸は満たされた気分になり、黒いマントが靡く後を追いかけた。

 

 里の繁華街を歩く全身黒ずくめの男は実に目立つ。その上まるで田舎から上京してきたみたいにキョロキョロと辺りを不思議そうに見渡していれば尚更だ。

「ハンバーガー! 食べたい! っていうか、おっちゃん知ってる? ハンバーガー」

「そのくらい知ってる。ハンバーグをパンに挟んだっていう……やつだろ?」

 本で読んだり話を伝え聞いたり、まるで現物を見たことがないような答えをするサスケはいったいいつの時代の人間なのか。

「木ノ葉にもハンバーガーショップが出来たの知ってる? サラダだってよく来てるぜ。オレ、おっちゃんにも食べてみて欲しいんだ。すっげぇ旨いから!」

 肉汁の滴るパテに、ふんわりと焼けたパン。野菜はあまり好きではないが、ハンバーガーに入っているものはいくらでも食べられそうだ。アツアツのポテトに喉ごしの良い炭酸水がつけば最高だ。きっとサスケはその旨さを知らないだろうとボルトは半ば確信めいてサスケを誘った。ハンバーガーショップが出来たのは、ナルトが火影になった後だからだ。

 しかしサスケはボルトの予想以上だった。

 木ノ葉で生まれ育ったらしい、木ノ葉の火影の親友は、何故か木ノ葉の街中にちっとも詳しくない。

 服屋のショーウィンドウや、最近改装して大きくなったコンビニエンスストアを見ては、傍から見れば無表情でもボルトにはハッキリ分かる程度に目を丸くしている。普段は自宅と火影室とあうんの門しか行き来していないのではないだろうか。歩道橋の歩き方すら分からないような師匠の手をボルトは引っ張って目的地を目指す。大人しく自分に手を引かれるまま後をついてくる師匠に、今度は優越感のようなものを覚える。思わず笑ってしまって、サスケはほんの少し眉を顰めた。想定内の反応のせいで怖さはなく、むしろ微笑ましくさえ思える。いつもは教わってばかりで、サスケの実力ばかりを思い知らされている側としては、立場が逆転するだけでこんなにも気持ちがいい。

 さていつものハンバーガーショップに到着すると、昼時からは少々外れていたせいか混雑した様子はなく快適に過ごせそうであった。

「いらっしゃいませー」

 自動ドアの開閉と共に店員の明るい声が響く。ポテトの揚がる香ばしい匂いにボルトは益々腹が空いたが、その時サスケが手を口元にやって小さく呻いたのを見逃してしまった。

 サスケの手を引いて、レジに連れて行く。席につく前に注文はレジでするのだ。メニューをサスケに示す。

「オレはもう決まってるけど、おっちゃん何がいい? オレがいつも食べてるのが一番旨くてオススメだけど!」

「……いや、オレは……」

「遠慮すんなってばさ! あ、オレがおごってもらう側だけど……! 味は保証するってば! えーと、じゃあこのセット二つ……」

「っ……、すまん、ボルト!」

「えっ?」

 言うが早いかサスケは逃げるように見せから出ていってしまった。唖然とするボルトとレジの店員。ぐぎゅるぎゅうぅぅぅぅ、とまた腹の虫が鳴る。しかしボルトはサスケを追いかけて、大好物のハンバーガーショップを飛び出した。ちらりと見えたサスケの横顔は真っ青だったのだ。自分の空腹どころではない。

 

 

 

「ああーサスケな、脂っこいの、匂いだけでダメなんだ」

 ほろ酔い顔で帰ってきた父親に尋ねれば、声を上げて笑われてしまう。結局昼間は申し訳無さそうにするサスケの背中をさすりながら、人混みから外れた空気の綺麗な場所……修行に使っている森にまで送り届けた。昼食はその後一人で摂るハメになって、お金はサスケから渡されたけれど胸にぽっかりと穴が開いたような気分だった。サスケと一緒に好きなものを食べるということへの期待がいかに大きかったのか。

「あいつがたまに帰ってくるときだって、サクラちゃんも本当は豪華な料理食べさせたいって言ってるのに、焼き魚とか野菜の味噌汁とか、そういうのばっかり作ってるんだってよ。森での暮らしが長いと体質まで変わっちまうのかな。もしくはもう老けこんじまったとか?」

 酒が回っているのかいつもよりナルトの口はよく回る。愚痴っぽく吐かれた溜息にアルコールの匂いが濃く滲んで、ボルトは少々眉を顰めた。

「父ちゃん、酒飲み過ぎだってばさ。明日も仕事だろ?」

 酒はよく飲む方だと知ってはいたが、しかしここまで酔いの回ったナルトをボルトは初めて見る。今日は確か久々に同期の男たちで飲み会だったと聞いた。ハメを外しすぎたのだろうか。同期の男。ボルトはふと思う。そこにサスケも含まれているのだろうか。その疑問の答えはすぐに提示される。

「いやさあ、二次会まで出るのなんて、何年ぶりだってばよ! って感じでさあ、つい盛り上がっちまって。サスケとシメに一楽のラーメンまで食べてきちまった。カップ麺はいつも食ってっけど、やっぱ店で食うやつが一番旨いよなー!」

 お手本のような笑顔で満たされた腹を撫でるナルトに、ボルトは「え」と小さく声を上げた。

「サスケのおっちゃんと……?」

「おう。あいつも旨そうに平らげてよぉ」

 父は教えてくれた。サスケは脂っこいものが匂いだけでダメだと。それもついさっきだ。そして昼間、ボルトは確かにハンバーガーやポテトの匂いだけで顔を青くした。あれが演技だったとは思えない。一楽のラーメンならボルトも何度か食べたことがある。父親の好物であるし、里一番のラーメン店だ。こってりとした脂の浮いて照り輝くスープにとろとろに煮こまれたチャーシュー。胃袋を刺激する脂のにおいは店の外まで漂っている。

 どう考えても脂っこい。匂いどころか味もだ。スープまで完飲したとなればなおのこと。

「つまり……どういうことだってばさぁ!」

 ボルトは不条理を叫んだ。

 父親の好物のラーメンは食べられて、ボルトの好物は匂いだけで拒否とは一体サスケの身体はどういう風にできているのだろう。師匠の生態の謎がまた一つ深まってしまったことに、ボルトは無性に悔しくなる。

 ハンバーガーをテイクアウトして、森の中で食べればサスケもボルトの好物を味わってくれるだろうか。

 いつかサスケが美味しそうに自分の隣でハンバーガーを食べてくれる日を夢見て、ボルトは酔っぱらいの父親の厚い胸を小突いた。

 

2015.09.20

私はサスケのおっちゃんは、ボルトに重ねてるとしたらそりゃ最初はナルトだったと思いますが、どんどんどちらかというと自分を重ねていって、最終的にはボルト自身を一番見ていたのはサスケだと思っているのでこんな風になりました。鏡の中でボルトとサスケが会話するシーンが印象的です。

Text by hitotonoya.2015
inserted by FC2 system