花の蜜味

 

「サラダの眼って、サスケのおっちゃんとちょっと違うんだな」

「え?」

 班での修行の最中、写輪眼を発動したサラダの眼を覗き込んでボルトはサラリと言った。いつかサラダに言われた「七代目より目が青い」という言葉と意図せずも似てしまえば、今度は赤面したのはサラダの方だ。服もメガネのフレームも両目も頬もと真っ赤なサラダはまるでトマトかいちごか何かのようでボルトはおかしくなって笑った。

「同じ写輪眼でもなんか柄?模様?が違う」

「あ、え、ああ……そういうことね」

 メガネのフレームをカチャリと上げたサラダがいつもの冷静さを取り戻す。そうしてその細い指が示すのは彼女の眼球だ。赤く光って見えるその瞳はうちは一族に伝わる血継限界。ボルトの母方の日向の家系に伝わる白眼と同じ瞳に宿る力、写輪眼。

「巴模様……この黒い勾玉の数がパパより少ないでしょ。私はひとつだけど、パパはみっつ。瞳力が高まっていけば、みっつに増えるんだって」

 少し悔しそうにサラダは言う。彼女だって早く父親に追いつきたいのだろう。そういう気持ちはボルトにはよくわかった。

「そういえば、サスケのおっちゃんのはみっつだった気がする」

「それもあるけど、パパのはまた違ってて……」

「写輪眼ってそんなに人によって違ぇの?!」

 ボルトは天を仰ぐ。瞳術使いを親に持つため他の忍たちよりは詳しい方だろうと思っていたのだが、母方の白眼は見た目は親戚一同ほぼ変わらない。例外といえば妹のヒマワリで、普段は父譲りの青い目をしているが能力を発動する際にだけ白眼になるのだが。写輪眼はどうやら通常が後者のタイプらしいが。

「万華鏡写輪眼……かつて六代目火影もその使い手だったという伝説の瞳術かな?」

 それまで黙っていたミツキが穏やかな口調で言うと、サラダは頷いた。彼のリスペクトしている親の教育の賜物だろう、ミツキの情報量と入手速度はときに勤勉なサラダさえ凌駕する。

「そ。パパとかママは万華鏡写輪眼まで開眼しなくていいって言うけど」

「まんげきょう……?」

「通常の写輪眼にはない、固有の強力な術が瞳に宿るとか」

「写輪眼とは眼も変わるんだ」

「それって、おっちゃんの左目のほう?」

 サスケの左目は常に波紋模様の広がる薄紫色をしている。人の目とはあまりにもかけ離れたそれは普段は前髪で隠されている。

「そっちはまた違う目。……あんたもしかして見たことないんだ、パパの右目」

 少し得意げにサラダが胸をそらした。

「なぁなぁ、どんなやつなんだよ? オレ気になるってばさ!」

「パパに直接頼めばいいじゃん。パパは七代目と違って優しくないから、見せてもらえないかもしれないけど」

 サラダは口の端を吊り上げて笑った。サスケに似た素直じゃなく皮肉っぽい表情。いつのまにか彼女の両眼は深い黒色に戻っていた。

「赤い花が咲いてるみたいだよ」

 

 

 

 

 相変わらずサスケの修行は地味で、基礎の基礎ばかりだ。

 螺旋丸のようなカッコイイ技なんて教えてもらえたことはない。ボルトは弟子入り前から雷遁を使えたのだからサスケの代名詞たる雷遁忍術の教えを請いたいところなのだが彼は了承しないだろう。サスケが与えてくる課題をまずは地道に乗り越えなければ。

「はっ、やっ!!」

 気合を込めた短い呼気。二枚投げた手裏剣のうち一枚がもう一枚を弾き、大きく曲がったそれは木に設置された的のど真ん中を貫く。

「よっしゃ!!」

 思わず出たガッツポーズに師は柔らかく微笑んだ。とはいえここで修行が終わりなわけがない。更に無茶な場所に設置された的を指さしてくるのがこのうちはサスケという男である。

「……次は?」

 だから先回りしてやれば、サスケはほんの少し目を見開いて驚きの感情を見せる。感情を滅多に表に出さずまさに忍といった風情の彼にそんな顔をさせてやったとなれば、ボルトは今度は心の中でガッツポーズをする。

「……休憩だ。この後はもっと厳しくするぞ」

「へへっ」

 素直じゃない師の思考パターンが少しずつ読めてくるだけで、手裏剣術だけでない自分の成長が実感できるようで嬉しかった。

「なあ、サスケのおっちゃんの右目」

「写輪眼に興味あるのか? 瞳術についてはお前の母親に訊いたほうがいいだろ」

「いやいや、そうじゃなくて!」

 自分が写輪眼を使いたいとでも勘違いしたのだろうか、素っ気ないサスケにボルトは首を横に振る。写輪眼がうちは一族にしか顕れないものだとこちらは理解しているのに聞き分けと学のない子供扱いされたようで悔しかった。

「サラダに聞いたんだけど、目が赤くなるの以外にも別なやつあるんだって? オレ、見てみたい。手裏剣曲げられたご褒美ってことで、ちょっとだけでいいからさ」

「……見たことなかったか? お前」

「ないってば!」

 意外そうな顔で言われてもないものはないのだ。こちらはどうしょうもない。

「別に構わんが、面白いもんでもないぞ」

「やった!」

 倒木に腰掛けるサスケの隣に駆け寄って、ボルトはわくわくと覗き込む。

「近すぎじゃないか?」

「よく見てぇの!!」

 サスケのチャクラが右目に集まるのがなんとなくでも分かる。細められた瞼がかっと見開く。くるくると回った巴模様が瞳に広がって紋様を作り出す。瞳孔の漆黒が萼のように割れ、赤い瞳は花弁のように開く。サラダの言ったとおりだ。

「……う、わ……」

 まるで赤い花が咲いたような瞳がボルトを見つめていた。

 瞳の表面に張る涙の膜がまるで蜜のように煌めいている。深い赤は蠱惑的に見るものを魅了する。蜜蜂を誘う美しい花のように。

 父も母も花が好きで、ボルトの家の庭にはたくさんの花が咲いている。花の蜜を吸う遊びを、昔したことがあるのを思い出した。甘い香りがする。

 サスケの睫毛を草のようにかき分けて、その先に咲く花にボルトは舌をのばす。

「っ……!」

 師匠の小さなうめきが下の方から聞こえて、ボルトは我に帰った。

「あ……れ?」

 いつの間にかサスケの身体の上にボルトが乗り上げていた。バランスを崩したのだろうか、座っていたはずの木の幹から転がり落ちて地面に背をつけたサスケの、なんとか起こした上体を抑えこむようにボルトの両手は白い頬を抑えこんでいて。

 舌先にちろりと残るは塩の味。涙の味。つい寸前まで触れていたのはサスケの眼。未だ赤い花の咲いたままのそれがボルトを睨みあげている。

「あ、あ……ごめんっ!」

 すぐに頭を下げてボルトはサスケの上から退いた。瞳術使いにとって眼は何よりも大切な箇所だ。幼い頃から散々言い聞かされて育ってきたのに。

 サスケに嫌われるだろうと肩を落としていると、しかし一度だけ目をこすった彼は何事もなかったかのように瞬きをする。たった一瞬の後に彼の右目の花は散り、瞳は黒一色になっていた。

「よほど腹でも減ってたのか」

 休憩時間だしな、とサスケはごそごそとマントの中からあめ玉ひとつをボルトの手の上に転がした。

「糖分補給は疲れがとれるからな」

 どうやらボルトがサスケの目をあめ玉にでも間違えたのかと思われたらしい。

「何だそれ」

 思わず本音が溢れる。サスケは怪訝そうに眉を顰めたが、しかしこの素直ではなく、そして天然ボケの気さえある男はきっと本気でそう思っているのだろう。今度は子どもと馬鹿にされているという悔しさよりもサスケのそんな思考がおかしくてボルトはくつくつとこみ上げる笑いをこらえられなかった。

「何だ」

「いや……おっちゃんってさ、オレのことなんだと思ってんのかなって」

 飴玉の包装を剥がし、口の中に放り込む。

 サスケは笑った。優しい、ボルトの好きな笑みだ。素直でないうえ修行も厳しいこの男が、稀に自分に向けてくれるこの笑顔に押されて自分はここまで諦めずに修行を続けられる。

 サラダはサスケのことを優しくないというが、それはきっと彼女もまた、父に似て素直になれないからなのだろう。

「お前はオレの一番弟子だろ」

「うん」

 歯を見せて笑えばサスケの目がまた細まった。

 ボルトは胸の中にふつふつと何かが湧き上がっているのを感じる。サスケは師であり、憧れだ。だがそれとは名前の異なるもっとドキドキする感情がこの中に確かにある。その感情の名をボルトはまだ付けられない。

 口の中に、いちごの甘酸っぱい味が広がる。もしかすると、あの赤い花の蜜もこんな味をしていたのかもしれない。しかし表層しか舐められなかった舌に確かに残った涙の味が浮き立って、その味も忘れられそうになかった。

2015.08.14

一ジャンルで一回は眼球舐め書いてしまう性癖なんですけどまさかボルサスでやってしまうなんて…人生何が起こるかわかりませんね…。

Text by hitotonoya.2015
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