父親の過去なんて知ろうとも思わなかったから、例えばその右腕に常に包帯が巻かれていることも疑問に考えず過ごしていた。母から聞かされていたのは自分が生まれる前の大戦で、世界を破滅に導こうとした強大な敵を倒す際に失われてしまったのだということ。母は従兄を大戦で亡くしていたし、墓参りにもしょっちゅう行く。父さんが死なないでいてくれただけでも良かった。だから貴方がいるのと母は語った。
そういうものだと思っていた。
戦争のあった昔の時代では、死も、腕を失うこともきっと当たり前だったのだろうと。
だから、弟子入りした師匠がいつまで経っても何をするにも左腕を使わなかったり、身体をすっぽりと覆い隠すマントを脱いで現れた黒い長袖が、ヒラヒラと鳥の翼のようにはためいていたりしても、彼もまたそういう時代を生きた人だからなのだと勝手に理解し、とくに言及することはなかった。……するのが怖かったのかもしれない。
うずまきボルトは父の隣に座り、父と同じように見様見真似で自分の右腕に包帯を巻きつけた。
あの中忍試験三次予選の日、父を助け出すために師と五影と共に異空間に旅だったのは、ボルトにとって初めての大冒険であったし、初めて死の恐怖を味わい、またそれを乗り越えて大切なものを自分の力で守ることができた素晴らしい経験であった。何よりそれを経て得られたのが、父親とおそろいの、包帯ぐるぐる巻きの右腕というのが嬉しかった。自分が知らなかった何かに近づけたような気がしたからだ。
包帯の下でずるむけになった皮膚はまだ赤く、ずきんずきんと痛んだけれど、それも男の勲章というものなのだろう。父を、家族を取り戻せたのだから。ボルトにとっては格好悪いなんてちっとも思えない、栄誉の象徴だ。
「父ちゃんはさ、何を守るために、右手、そうなったの?」
ならばそんな疑問が浮かぶのも、至極当然だったろう。
父親は青い目を見開いた。ボルトが生まれて十年ちょっと。当たり前のようにあったその右腕に初めて言及されたのだから驚くのも無理は無い。そうしてナルトは微笑むとボルトの頭をくしゃりと撫でてくれた。
「世界を守るために、父ちゃんの手、なくなっちまったって母ちゃん言ってたけど」
「そんなたいしたことじゃねぇんだけどな」
包帯の巻かれた右腕を見る眼差しを、ボルトはどこかで見たことがあるような気がした。自分や、妹や、母に向けるものと違う目。どこか遠く、誰かの背を追い求めるような青い目。
「これ、母ちゃんには秘密にしてんだ。内緒の話だ」
「男の約束ってやつ? いいぜ、母ちゃんとヒマには秘密にするから」
父親との親子らしい会話には胸が高鳴る。
「ずっとケンカしてた友達と、仲直りの大喧嘩して、その時にオレもあいつも派手にやっちまって」
「……ケンカ? 戦争のときのじゃなくて?」
「まあ戦争と関係なくはねぇかもしれないんだけど……」
「どんな友達だよ、腕までふっ飛ばしてくなんて」
例えばサラダと喧嘩したとして、いくら彼女が驚くほどの怪力を発揮するとはいっても片腕が怪我するどころかなくなる規模のものなんて想像がつかない。しかもこの、火影と呼ばれる強大な父の腕を一体誰が吹き飛ばせるのだろうか。戦争の際に襲撃してきた異星人によるものだと説明されたほうがよほど納得行く。
「友達っていうか、兄弟っつーか……あいつとはやっぱり、よくわかんねぇままなんだけどさ。あいつを取り戻せたなら、腕の一本くれぇ、本当にどうでも良かったし、今でもこの腕はオレの誇りだ」
はにかんだ父親の眼差しにまた既視感を覚える。そうしてボルトの脳裏に過ったのは一人の男の姿。
黒髪で左目を隠した、隻腕の剣士。ボルトの師であり、サラダの父であり、そしてその存在は七代目火影唯一のライバルだと伝説のように語られている。
今日の犬探しの任務が終わった後は、彼に久々に稽古をつけてもらう約束になっていた。
うちはサスケ。
うずまきボルトの、忍道の師匠であった。
サスケとの待ち合わせはいつもの修行場の森だ。ボルトが息を切らせて駆けてその場に辿り着くと、いつのまにかその男はボルトの後ろに何事もなかったかのように立っていた。つくづくボルトの琴線を刺激してやまない男である。里の忍とは一線を画する、浮世離れしているサスケは街の中を歩いているより、こうした未開拓地の中にいるほうが似合っていると思う。
「任務は上手く行ったか?」
「楽勝だってばさ」
ふふんと鼻を鳴らす。包帯を巻いた右手で自分の胸を叩いてみせれば、サスケの目が細まった。
「腕の怪我の具合は」
「こんくらい何でもねぇってば。サスケのおっちゃんの方こそ、この前の傷とか平気なのかよ。うちのオヤジなんて火影仕事で身体鈍ってたから、あのあと家でずーっと腰痛えとか言ってるぜ」
サスケはふっと声を出さずに笑う。ナルトへの信頼が滲んだ顔なのが分かる。父と師の間には、かつて同じ班に所属していたという理由では説明のつかない、何者の介入も許されぬ、かたく揺るぎない絆があるのだと今のボルトには分かる。だがそこで彼の気が緩んだのをボルトは見過ごさなかった。
「へへっ!」
待機させていた影分身をサスケの背後に飛びかからせる。羽交い締めのような格好にして、よろけたところを本体で飛びかかる。黒いマントを思い切って剥いでやれば、やはりその下には布が垂れ下がっただけの左袖がある。
「……やるようになったじゃないか」
「サスケのおっちゃんが油断しすぎ」
包帯を巻いた右手でボルトはサスケの左袖を掴んだ。間近で見る師匠は、顔や肌までもやはり浮世離れしていて、父と同い年であるはずなのに吸い込まれそうなほどに白く綺麗だ。傷ひとつ残っていない。前髪に隠されたところも、顎も、襟の隙間からチラリと見える首から下だって。右袖とグローブの隙間からのぞく手首もそうだ。まるで完璧のようなのに、左腕だけが嘘のように欠落している。
「なあ、なんで左腕、ねぇの」
父に話を聞いて、確信はないがそうだろうという予感はある。ボルトは近道をしがちな性質を散々サスケに見せてしまったが、元々の出来は良いとは自負している。頭もそんなに悪くない。少なくともアカデミーで万年ドべだった親父よりは。
ならばアカデミーで常にトップだったという、ボルトよりも頭の良いサラダよりも優れているだろううちはサスケはもう、この問いかけをしてきた意味を察しているのかもしれない。
サスケはそっと自分の左腕に触れた。ボルトの、包帯を巻いた右手が握る袖との境目に指が触れる。剣を扱う男の指は、ペンやハンコばかり持っている父のものよりも細く、やはり綺麗で。
愛おしそうに自らの欠けた身体とボルトの右手を見つめる眼差しは、あの時ナルトを見つめた瞳と同じで柔らかく美しかった。
試写会の後にうわーとなってがーっと書いたやつです。ボルトがあの後父親の過去で真っ先に気になるだろうことが、右腕のことと大蛇丸のことだと思うのですが両方ともヤバくてヤバイ(恐怖)
Text by hitotonoya.2015