うつくしい交わり

 

 眼の奥が、熱い。

 

 この目が光を映さなくなってからどれほど経っただろうか。馴染むまで時間がかかると告げたトビの言う通りに大人しく包帯を巻いたまま、部屋の中で過ごす日々は退屈極まりなかった。疼いて疼いてたまらなかったのは、その両目だった。はやくこの眼で世界を見たいと思った。あんなに焦がれた、憧れた、好きだった、兄さん。今ではもうおぼろげな思い出の中にしかいないその存在が今、両方の眼になって、俺という器にぴったりとはめこまれている。イタチの眼で世界を見れば、もっとイタチを感じられると思った。だが未だ許されないそれに、もうやきもきしてしまって、俺はただ横になって眠ることしかできない。

 包帯の下で瞼を下ろす。俺の瞼の中に、眼窩の中に、イタチが埋まっている。ズキン、ズキン、とまた眼が疼く。それは決して拒絶反応からくる痛みではない。歓喜の痛みだ。間違いなく俺は感じている。イタチを。兄さんを。

 

 もっと兄さんを、感じたい。

 

 俺はベッドの上に座っている。目の包帯はもう解けている。眼の奥が熱い。万華鏡写輪眼を使用しているときの感覚だ。両手を見る。はっきりとピントがあって像を結ぶ。失われていた視力は戻って、俺は俺の形を暗闇の中でもはっきりと認識することができた。

 ふと、サラリとした綺麗な髪が頬に落ちる。黒くて、長い髪。続いてそっと身体を包んでくれる腕は見間違えるはずがない。……イタチの腕だ。その色も、形も、イタチのものに間違いない。俺の背中にぴたりと密着するイタチの身体。イタチのチャクラ。背筋が震える。目の前で息絶えた、俺が殺した、俺がその眼を抉ったイタチが、すぐ傍にいる。素晴らしい世界だ。

 これはイタチの眼で、イタチの眼をはめた俺自身にかけた幻術。それはまるでイタチ自身の幻術にかけられているような瞳力を感じてゾクゾクした。自分自身にかける幻術だって、うちはの力を使えば才能のあるわけじゃあない俺にもできる。イタチは幻術が得意だった。昔からずっと、イタチはその類稀なる才で俺を惑わしてきた。その瞳力を、俺は再び感じている。イタチの力が、俺の中に間違いなくある。

 着物の帯をシュルリとほどく衣擦れの音。肩から落ちていく布。その布と皮膚の隙間に入り込んで、ゆっくりと筋肉をなぞっていくイタチのてのひら。ひんやりとした吐息が至近距離から耳元に吹き込まれると身体中から力が抜けていく。前のめりになってベッドの上に身体はうつ伏せに倒れる。露わになった背を、骨をなぞるようにイタチの髪が、寄せられた鼻先が、唇が触れていく。腕はしっかりと回されて、ベッドと俺の身体の隙間に入って、臍から胸へと撫で上げていく。かたい胸までたどり着くと、乳首をいたずらっぽく弄びはじめる。本当に俺が子どもの頃、俺のわがままをきいてじゃれあってくれたときのように。片手では乳首を爪弾きながら、もう片方の腕は浮ついた俺の腰を持ち上げて、尻を突き出させた。獣が交尾するときのような姿勢。イタチの視線が首筋に刺さるようだった。一瞬にして空気が変わる。ゾクゾクと震えがまた奔る。冷たい、真意のよめない、大人になったイタチの視線が刃のように突き立てられた。

 イタチは何も言わずに俺を抱く。俺は黙ったまま、振り向くことさえせずにそれを受け入れる。だって俺はイタチが何を言うかなんてわからないから。イタチがどんな顔をするかなんてもわからないから。でもそれだけで充分なんだ。イタチを感じられればそれでいい。それなら小さい頃から、きっと俺が生まれてすぐの頃から、抱きしめてくれていたイタチの腕だけあればいいんだ。

 記憶の中の兄の痕跡を閉じたままの瞳に思い出す。

 幼い頃に、たまに、でもとても優しく、抱きしめてくれた兄さん。

 木ノ葉で再会して……殺すつもりで飛びかかった俺を、殺す寸前まで痛めつけてきた兄さん。

 あの時折られた左腕の痛みさえも、今では決して手放せない宝物のように感じる。

 ベッドの上に力なくついた腕を愛おしむように撫でる。後ろから尻を持ち上げられて、激しく貫かれている。ギシギシと音を立てるのはベッドだけでない。俺の身体。肉。骨。イタチの熱を打ち込まれて、注がれて。本来の用途とは異なる場所に、本来は受け入れるべきものではないものを挿入しているのだ。乱暴にそっけなく突き放すようにさえ揺さぶられて、それでも時たま抱きしめてくれる腕は優しくて、そんな兄さんに翻弄されるばかりで。当然の苦痛に身体じゅうがあげる悲鳴を、それがイタチなのだと痛みと共に感じて、今ではすっかり骨もくっついて不自由なく動かせるようになった左腕をただただ撫でる。まるでそう、愛撫のように。

 

 眼の奥が、熱い。

 

 

 

 ベッドの上にサスケが横になっている。その両目には、包帯が幾重にも巻かれている。「その時」が来るまで開いてはならないとトビに制された瞳。親兄弟を殺しその眼を奪って得られる永遠の万華鏡写輪眼。

 行動を制限され、暗い洞穴の中に押し込められ、半ば軟禁状態の中で、サスケは眠っているのだと思ったら、ピクピクとつま先や手の指が不自然に動いている。眠っているだけにしてはあまりにも不自然な動きに、監視役のゼツは首を傾げた。近寄ってみるとハァハァと絶え間なく荒くしかし甘い息が零れている。薄く開いた唇は、かすかに、しかし何度も何度も同じ言葉を繰り返し紡ぐかのように動いている。

 理解できないようなゼツがそれ以上サスケに近づく前に、いつの間にかトビが隣に立っていた。仮面の奥の瞳で幻術という夢の中にいる少年を見下ろしている。その目が細められたのは、どのような感情からなのだろうか。

「ア……ッ」

 ハッキリとしたうめき声が一度だけ上がって、サスケの身体がビクンと跳ねた。目を覆う包帯と、それと、もう一箇所の布に、じんわりと滲むいろを見とめて、仮面の男は小さく息を吐いた。

 

2015.02.02

病んでるホモが大好物なのであそこらへんのサスケ好きです。

Text by hitotonoya.2015
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