どろどろどろげんか

 

 このテラスがいくら滅多に人が訪れる場所でないとはいえ、白昼堂々と野外で肌を晒す趣味は凌牙にはない。

「ふっ……くうっ……!」

「あー……いい顔、サイコーだぜナッシュぅ? ああ今は凌牙くん……いや、神代センパイ? それともシャークって呼んだほうがいいですかぁ?」

 その上憎たらしい相手に組み敷かれているというなら尚更である。

 

 太陽に手が届きそうなテラスは凌牙の気に入りのサボタージュ兼昼寝場所であった。しかし空はいつの間にか灰色の厚い雲が太陽光を遮り真っ昼間だというのに薄明るいくらいだ。それでも地上からはお構いなしに、はしゃぐ中学生達の声が聞こえてくる。ハートランド学園は昼休みの真っ最中であった。

 いつも通りそこで授業をサボっていた凌牙であるが、あたたかな日差しに誘われるように、硬いコンクリートの地面の上で眠ってしまったのである。普段の不規則な生活のせいか昼休みを告げるチャイムにも気づかぬまま。……凌牙が目を覚ましたのは、妙な寒気と肌を直接風が撫でる感触に震えたからだ。否、身体の震えは風や温度の変化だけが原因ではなかった。目を開けて真っ先に飛び込んできたのが、それはもう凌牙の見知った、それこそ前世から、二度とその顔を忘れぬだろう因縁のある存在そのものだったからである。……つい先日までお互い何もかも忘れていたのだが。

 ベクター。橙色の逆立てた髪に紫の瞳。服は黒ずくめの私服だった。彼は厭らしい笑みを浮かべて至極楽しそうに凌牙を見下ろしている。

「貴様っ、なんでここにっ……つぅ?!」

 凌牙の言葉は自らの悲鳴に遮られた。下半身に奔る痛み。ズボンがいつの間にか脱がされて、勃起させられた性器が晒されていた。そして人間の身体の急所でもあるそこはベクターの手の中に収まっている。強い力でベクターが押したのは陰嚢であった。反射的に手をのばそうとしたものの、凌牙の腕はほぼ動かないまま止まる。頭の上でまとめられていたのだ。よく見えないが、きっとどこにも見当たらない、凌牙自身が身につけていたネクタイが巻きつけられているのだろう。脚の間にベクターの身体が入ってきているため、凌牙の抵抗は殆ど封じられている。ヘタに声を上げて叫べば誰かがここにやってきてしまう。……状況を把握して、己の不利を悟り尚睨み上げてくる凌牙に、ベクターはぺろりと舌を出して笑んだのだ。

 

 暇つぶしだ、とベクターは言う。最早そう魂に刻まれているとしか思えないレベルで憎たらしい男を上から見下ろして、屈辱に塗れた顔をさせてやるのが最高なのだと得意げにのたまう。凌牙も勿論甘んじてベクターの欲求を受け入れてやるつもりはない。子どものケンカレベルのことを日々繰り返しては、殆どが凌牙の勝利で終わっている。この世界で人間として、その力の範疇で暮らす術は凌牙の方が経験の差の分の利がある。だからベクターは考えた。凌牙が抵抗できない間を狙って動きを封じるという方法を。わざわざ登校拒否状態の学校に来てまで実行するのだから、彼の行動力は相変わらず凄まじい。そして意地というか執着も……なのだろうか。

 何にせよ今日のケンカは珍しく凌牙の負けであった。すっかり油断して眠りこけていた自分に舌打ちしながら、凌牙はこらえきれない喘ぎを漏らす。

「っん……!」

 ぐぷぐぷと指が入ってくる。内臓を内から掻き回されるのは何度味わっても慣れず吐き気を催すが、苦しそうな表情をすればするほどベクターは喜んで興奮していく。だから凌牙は引き攣りながらも大したことのないように笑みを浮かべる。

「冷や汗出てるぜ? 苦しいなら悲鳴上げて泣き叫んでもいいんだ。それとも土下座してもうやめてくださいー! って言ってもいいんだぜ?」

「誰が……言うか、バカが」

「苦し紛れに強がりやがって」

 あからさまに不機嫌になって、ベクターは指の動きを乱雑にする。爪が当たるのもお構いなしで、凌牙は喉の奥で声を殺すのに必死だった。

 セックスだってあらゆる体位があるというのにベクターは絶対に凌牙を見下ろす姿勢に拘る。それと射精のタイミングも凌牙の好きにはさせてくれない。あくまで自分が支配する立場でありたいという願望が透けて見えるようだった。

 固いコンクリートの上で揺さぶられて背中のあちこちが痛く、快楽を感じる暇もない。髪を振り乱しながら凌牙は「あっ、あっ」と小さく喘ぐ。反射で声が出ているのか、それとも痛みさえ快感になっているのか分からない。よくわからないどろどろとした感情が、ベクターに犯されている間は胸の中で渦巻く。ベクターは腰を振りながらずっと凌牙の目を見てくる。逸らしても逸らしても逃げてこない。

 いつもは、逆、だった気がする。

 そう凌牙は思った。ベクターはいつもナッシュから逃げていた記憶がある。自分が不利になったらすぐに逃げ出して、子どもみたいに機嫌を悪くして喚き散らす……そんなベクターの視線に射抜かれたことなんてそういえば最近になるまでなかったような気がする。こうしてベクターが上から見下ろす優越感に浸っている時だけでなく、普段から目を見て捉えて離さないようになった。

 それが一体何を意味するのか、深い部分までは分からないものの、彼もあの闘いや前世の記憶を乗り越えて何らかの成長を果たしたのではないかと思えてくる。それは決して凌牙にとって喜ばしいとか微笑ましいとかいう感情ではない。よくわからないどろどろしたものに、新しくまたどろどろしたよくわからないものが混ざっていくだけだ。

「あっ、ああっ……もっ……うぅ……っ!」

「っはっああ……ああ、あぅ……!」

 いつの間にか夢中で腰を振り続けていたベクターの性器が凌牙の中で震える。ベクターとしては予告なく出してやっているつもりなのだろうが、性器の震えで凌牙には射精されるタイミングが分かってしまう。来る、と覚悟した次の瞬間にどっぷりと精液で満たされる。

「……浸ってる場合じゃねぇからな」

「っひっ、あぁっ!」

 ついでのように凌牙のほうの性器を扱かれて、達してしまったのは不意をつかれた形になってしまったが。間抜けな声を上げてしまったことには、恥ずかしさよりも、失態をベクターの前で見せた悔しさで頬が赤く染まる。覗きこまれてまたニヤリと得意げに笑われる。本当に子どもみたいな表情だ。腹が立つ。後孔と射精の別々の種類の快感に息を切らせている間に、一方しか快感を得てない分余裕があるベクターはすぐに立ち上がると、凌牙のネクタイをしゅるりと解いて、指でくるくる回しながら立ち去っていった。後でネクタイを取り戻しに行かなければならない。その手間を考えると、ただでさえボロボロになっている身体に追い打ちのように疲れが襲ってくる。……きっとその際もまた子どもじみたケンカが始まるのだろう。

 放置されたどろどろの下半身を見ながら凌牙はため息をつく。毎度のことながら倦怠感ばかりが襲う。どろどろした感情がまだかき混ぜられている。己の内側にそんな感覚を抱きながら、大の字になって空を見上げれば、雲に隙間が出来て太陽が差し込んでいた。

 校庭で遊ぶ中学生たちの遠い声はもう聞こえず、静かだ。

 

2014.09.17

文章のリハビリと、ED後のベクナシュのイメージ訓練。

Text by hitotonoya.2014
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