王子様になれなかった

 

 また今日も同じ夢だ。

 気づけば私は足場も不確かな紅い世界にいる。ガーネットの原石のような鉱物があちらこちらに飛び出し、浮遊している薄暗い空間は幻想的というよりも恐ろしい。そして私の目の前には、ローブを纏った誰かが立っている。顔の見えない人物の腕の中には気を失っている凌牙が抱え込まれている。

 凌牙が誰かに連れて行かれてしまう夢。

「凌牙っ!」

 助けなければと懸命に手を伸ばす。けれどローブの男の裾はひらりとはためいて、私の手をするりと避けてしまう。走っても走っても追いつけない。手を伸ばしても伸ばしても凌牙の指先にさえ届かない。

 そのうち足下の地面が崩れていって、私の身体は宙に投げ出される。

「――――!!」

 それでも、最愛の兄の名を断末魔の如く叫びながら、私は届かぬ手をのばし続けていた。

 

 

 悪夢に魘されて跳ね上がるように起きる。嫌な汗がじっとりと額に滲み、前髪がはりついていた。振り返れば目覚まし時計がその役割を果たすべく秒針を刻んでいる姿が確認できた。耳をつんざく電子音が鳴り響く前にスイッチを押して止めておく。肩で息を整えてから、私はベッドから立ち上がる。

 カーテンを開ければ今朝も眩しい太陽光が差し込んでいる。実に平和な平日の朝だ。だというのに心はちっとも清々しくも晴れやかでもない。このところ毎日、繰り返し何度も見る夢のせいだ。兄が、凌牙が何者かに連れ去られていく夢。助けられない夢。それは一体何の兆しなのだろうか。

 物心ついた頃から自分には霊感のようなものがあった。私自身には記憶がない場合が多いが、凌牙がいうにはしょっちゅう意識がのっとられでもしたように、予言じみたことをつぶやいていたらしい。意識があるときも、たとえば「出る」と言われる場所に近づけば悪寒を覚えその声が聞こえることさえあった。その力は時折夢となっても現れる。

 来る。やつらが、大切なものを奪いに来る。

 先日まで入院していた最中に、まがまがしい力の波動を察知して自分の口から飛び出た言葉はそれだった。誰の何を、とまではわからないままだが、良くないことが近く起こる覚悟はあった。それを避けるように、凌牙やその友人たちが動いていたことも知っている。……もちろん私も同じだった。私の一番大切なもの。それを決して奪われてはなるものかと。

 制服に着替え終えた後、兄の部屋に行くのは日課だった。凌牙は朝に弱いお寝坊さんだ。目覚まし時計を何個かけてもちっとも布団から出てきやしない。私が入院している間には目覚ましをかける習慣すらなくしていたというから余計ひどい。だから私が直々に部屋に行って起こしてやらなければならない。

 凌牙の部屋のドアをノックもせずに開ける。閉じられたカーテンの間かからうすく光が差し込んで、顔に直撃していても凌牙はその瞼を開けようとしない。

「凌牙、朝だよ、朝」

 ジャっと大きな音をわざとたててカーテンを勢いよく開ける。かけ布団を引きはがす。容赦なく凌牙の身体じゅうに太陽の光を浴びさせる。

「学校に遅刻するでしょ、起きなさい」

 ……それでも凌牙は微動だにしない。瞼を閉じて、かすかな寝息を立て続けているだけだ。

「起きてよ、ねえ、凌牙……」

 そうして今日も絶望とともに私の朝が始まった。

 WDCに出場し、決勝戦で惜しくも敗退した凌牙は、そのデュエルの後からずっと昏睡状態のままだった。大会が始まる直前に、一年ぶりに目が覚めたらしい私と入れ替わるように凌牙は目を開けなくなった。

 はじめはARデュエルの衝撃からくる疲労が原因だと思っていた。けれど一日、二日経っても目覚めぬ兄に、恐怖を抱いて医者にすがりついたのはもう何日前のことだろう。ずっとふたりきりで生きていた私たちに頼れるものは少なくて、かかりつけのお医者様に家にまで来てもらって簡単な検査をしてもらった。けれど医者は「異常は見あたらない、眠っているだけのようだ」と言うだけだった。病院に連れて行ってもおそらく無駄だろう、そう判断した私は凌牙を家で寝させることにした。この状態が病気か何かにはとても思えなかったのだ。イヤな予感が頭の中で警鐘をならし続ける。かといってどうすれば凌牙が目覚めるのかはちっともわからない。肝心なときに役に立たない能力だ、と自分の不思議な力が憎々しい。

 凌牙の眠るベッドの元にしゃがみ込み、投げ出されているばかりの手を握る。悪夢の中では届くことのなかった手。指の間に指を絡ませて、ぎゅっと繋ぐ。薬指に輝く指輪は私の小指にはめられているものと同じものだ。ふたりの決して絶たれることのない絆の証。

「これじゃ、まるで凌牙が眠り姫みたいじゃない」

 眠り姫の物語。何をしようと目が覚めぬ呪いをかけられた美しい姫は王子様のキスで目を覚ます。そんなおとぎ話に、すがるように凌牙の唇に目をやった。ゆるく閉じられた唇。ゆっくりと顔を近づける。整った顔にきめこまかな肌は女の自分が見ても妬けるほどで、丸みの残るこどもっぽい輪郭に、しかし自分とは異なる男らしさも滲み始めている。唇を重ねる。あたたかくやわらかい。薄い皮膚を通じて凌牙が生きていることが伝わってくる。私の呼吸と凌牙の呼吸が重なるのを数回ぶん味わって、顔を離す。しかし微動だにしないままの兄を見て、いたずらをした後みたいに自嘲することしかできなかった。

「私が目をさまさない間に、もしかしたら凌牙も一度くらい同じこと、してくれたかな?」

 こう見えてロマンチストな兄に思いを馳せながら、彼の王子様にはなれなかった自分を思い知って泣きたくなった。兄に守られるばかりの私じゃないと、兄に守られるどころか、逆に守ってあげられるような強い私になりたかったはずなのに。

 

 

 WDCの後も、私だけは何事もなかったかのように学校に通っていた。兄と同じ学園に転入手続きをしてからずっと一緒に登下校していた。ひとりきりで歩く帰り道は寂しい。

「おっ、妹シャークじゃん!」

 元気のいい声が響いて振り返るとそこには一年生の赤い制服を着た少年少女の集団があった。九十九遊馬をはじめとした、ナンバーズ倶楽部の皆だ。

「だからその呼び方はやめてくださる?」

「あはは……」

 ドスをきかせた声で言っても遊馬は笑顔で誤魔化すばかりだ。けれどもシャーク、というあだ名で親しみを籠めて、学園一の不良だなんて不名誉なレッテルを張られた兄を呼んでくれることは素直にうれしかった。

「今日はシャークと一緒じゃねえの?」

 学年の違う彼らと昼休みをともに過ごすことはあったが毎日ではなく、教室も階が違う。だから私が何日こうして一人で登校しているかは知らない。

「兄は今日は学校に来てませんの」

「えー、サボり?」

 病気の心配ではなくそっちを真っ先に予想されるあたり、荒れていた生活がうかがえるが反論する元気も今はない。

「そうそう、WDCさ、シャーク惜しかったじゃん。もう少しで優勝できたのにさ。俺も優勝したやつと戦ったけどすげー強かったから、シャークからの感想も聞きたかったのにさ」

「そういえば、遊馬、あなたも準決勝であたったのですわよね、凌牙を負かした男と」

「ああ。ドルベって言ったっけ。なんか不思議なやつだったけど、デュエル強くて楽しかったぜ」

「あ、ボクも当たりましたよ、予選で、しかもボロ負け……でしたけど。確かに不思議な人でしたね」

 遊馬の横からひょいと顔を出したのは彼らのクラスの委員長の等々力孝だ。

「遊馬も、孝くんも、デュエルした……」

 凌牙が目を覚まさなくなったのはWDCの決勝戦の直後、ドルベという少年とデュエルで負けてからだ。駆けつけた私を訳知り顔で見下ろした眼鏡の少年。背格好は私と同じかすこし上くらいのものだったが、その眼差しは遙かに大人びていた。

「その後、二人ともなんともない?」

「なんともって?」

「とどのつまり、どういうことです?」

 クエスチョンマークを頭上にうかべきょとんと首を傾げるふたりが何を言わずとも答えは明らかだった。どうして、何故、凌牙だけ。凌牙が目を覚まさなくなった原因はドルベという少年とのデュエルに確かに関係しているだろうに。

「ちょっとその……ドルベという人に興味があるの。詳しく話を聞かせていただけませんか?」

「シャークを負かした相手へのウラみを感じるウラ。きっとリベンジマッチをしかけるつもりウラね」

「徳之助、ヘンなこと言わないの」

「でもそのドルベってやつ、これまでのデュエルの大会でもちっとも名前きかないやつだったし、主催側も素性は一切不明って言ってましたよね。その後もぜんぜん姿を見せないから、ハートランドシティの誰もが正体不明のデュエルチャンピオンの行方を知りたがってる状況ですよ」

 鉄男がたしなめるように言う。WDCに突如として現れ凌牙を大衆の前で負かし、優勝をかっさらっていった男はあれきり世の前に出ていない。

「優勝商品も全部無視してどこかへ消えてったって話だし……何で大会に参加してたんだろうなあ」

「ボクとデュエルしてたときは、誰かを探してたみたいですよ」

「誰か?」

 孝の言葉にぐいと彼に歩み寄る。

「えっ、えっと確か……ナッシュ? とかいう名前で……そうそう、いきなり言われたんですよ、『お前はナッシュか?』って、出会い頭に!」

「人を探しているのにその人の顔を知らないってこと?」

「とどのつまり、そうみたい……でしたね、その後デュエルして、誤解はとけましたけど」

「あ、俺も聞いたぜ、その名前! ナッシュがどうこうってデュエルの前も後もぶつぶつ言ってたけど、そいつを探しに大会に出たんじゃねぇか?」

 遊馬も同意する。

「だったら優勝の願い事でそのナッシュという人を探してもらえば良かったんじゃない?」

 小鳥が首を傾げるが、鉄男が首を横に振る。

「優勝商品全部無視して帰ってったんだって」

「じゃあ、その人のこと、もう見つけたのかもしれねぇな」

 遊馬がまるで自分のことのようにうれしそうな笑顔で言うけれど、私はぜんぜんそんな気分にはなれなかった。

「……遊馬、あなた準決勝でその人と当たったのですわよね?」

「そうだけど?」

「そのときまだ彼は人を探していた……けれど凌牙に勝った後はもうそのナッシュを探していなかった……?」

 準決勝と決勝の間の時間は少なかったはずなのに、だ。

「片っ端からデュエルしかけて探してたみたいですからねえ」

「当たり前だけど、シャークはナッシュって名前じゃないしな」

「俺もまたあいつとデュエルしたいな。デュエル続けてれば、きっとどこかで会える気がするんだ」

 ぎゅっと拳を握りしめる遊馬がそう言えば、かなわぬ夢さえもかなってしまいそうな気がすると凌牙は言っていた。私もそんな気持ちを抱きながら、しかしその言葉に去り際のドルベの声を、目を思い出していた。眼鏡越しに向けられた銀色のまなざし。デュエルが私たちを引き寄せる。そう告げたドルベ。確かに遊馬の言うとおりなのかもしれない。でも、そこまで気長に待ってはいられない。凌牙が目を覚まさない限りは。凌牙の異常の鍵はきっと彼が握っているに違いない。

 結局ろくな手がかりは手には入らぬまま、凌牙の現状を説明する勇気もわかずにひとりで家に帰ることになってしまった。

 

 

 今日の夢はいつもの悪夢ではなかった。

 一面に広がる花畑の中で私はお姫様のようなドレスを着て、花輪をつくってはしゃいでいる。見上げた先に立っていたのは兄だった。まるで王子様のような格好で、金の鎧を着ている。まるでおとぎ話の世界だ。花畑の向こう側には穏やかできれいな青色の海が見えて、反対側には大きなお城が聳えている。子供の頃に憧れた世界のようだった。風が吹いて赤い花びらが舞い散り、私の長い髪がなびく。高く雲一つない空だったはずなのに急に陰がさして、何事かと見上げれば同時に馬のいななきが頭上から降ってきた。真っ白な毛並みのペガサスが翼を羽ばたかせ舞い降りてきたのだ。天馬を駆っていたのは白銀の鎧を身にまとった銀髪の少年だった。その顔に見覚えがあった。

「ドルベ」

 凌牙を決勝戦で負かした男その人だった。敵意も悪意もない純粋な行為ばかりの笑顔をドルベは天馬に跨がりながら向ける先は凌牙だ。

 璃緒が駆け寄る間もなく、ドルベは凌牙の元に降りる。

「ナッシュ」

 愛しそうに呼ばれた名は、凌牙のものではなかった。

 

 

 そこで飛び起きたのは、全身が心臓になったかのような鼓動が襲ってきたからだ。今まで感じてきたイヤな予感を最大限に高めて集めたようなそれに、制服のままベッドに倒れ込むように寝てしまっていた私はほかの何にも目をくれることなく凌牙の部屋に向かう。すっかり夜になって暗い廊下は十歩もかからないはずなのに長い長い迷宮のように思えた。息が切れる。凌牙の身によくないことが起こる。不安が心臓を握りつぶしているようだった。

「凌牙っ!」

 間違いない兄の名を叫びながら開けはなったドアの向こう、カーテンが夜風に揺れていた。間違いなく窓を締めて、カーテンも締めたはずなのに。さあと差し込む月明かりに、凌牙の眠る傍らに立つ何者かの姿が浮かび上がる。鈍く光る銀色の短髪は、先ほど夢の中で見たばかりだ。

 私の存在を全く無視してそこにいる眼鏡の少年は、WDC決勝で兄を負かしたドルベだった。正体不明のデュエリストはいつの間にか、そして当たり前のように凌牙の部屋の中にいた。どこから入ってきたのか、窓からだとしたらそれはあり得ないはずなのに。

 ドルベは眠る凌牙をただ静かに見下ろしていた。世界にまるでドルベと凌牙しかいないように。私もなぜか、ドアに手をかけたまま、一歩たりとも動くことが出来なかった。動け、動けと足に力を籠めてもはりついたように動けない。唇を噛みしめながらも、目はドルベの一挙一動に釘付けになっていた。

 ドルベの手が持ち上げられる。ゆっくりと指が凌牙の頬を撫でていく。いとおしそうに、優しく、そこに決して危害を加える意志はうかがえない。凌牙を昏睡させた張本人のはずだというのに。

「君を迎えに来た」

 凌牙の耳元にそう囁きながら、しゃがみ込んだドルベは優しく凌牙の身体を抱き起こす。そうして何のためらいもなく、王子様が眠り姫にそうするように、凌牙の唇にキスをする。

 どれほどの間だったろう。一瞬のような、永遠のような、曖昧な時間。ふたりの唇が離れると同時に凌牙の睫毛が震えた。瞼が動く。喜びよりも、そんな、どうして、なんで、という疑問と驚きばかりが私の中にわき上がる。

 凌牙の王子様は私じゃなかったのだと思い知らされて。

 ゆっくりと瞼が開かれて、凌牙が目を覚ます。

 寝ぼけたようにぼんやりとうつろなままの瞳の色が、左右で異なっているように見えたのは陰や反射のせいだろうか。左目が、普段の凌牙の目の色とは正反対に真紅に染まっていたように見えたのは。

 ドルベは凌牙のその瞳を見つめると、うれしそうに微笑んだ。やはり君だったのか、私が君を間違えるはずがなかった。そう、満足げに。

「待ちなさい!!」

 そのまま兄の身体を抱き上げようとしたドルベを見て、私はようやく声が出た。ドルベはそこで初めて振り返る。眼鏡の奥の瞳は部屋が薄暗くて色がよくうかがえない。

「ずっと……探してたわ、あなたのことを」

「そうか。私も探していた。彼のことを。君たちのことを」

 相変わらず訳の分からないことを言いながら、ドルベはしかし凌牙を抱いたまま離さない。まだはっきり意識が覚醒していないのだろう凌牙も無抵抗のまま彼に身体をあずけたままだ。

 奪われる。凌牙を。連れて行かれる。さらわれる。

 恐怖が私の足を震えさせる。

「凌牙に何をしたの。あなたとデュエルしてから、凌牙はずっと目を覚まさなかった」

「私はただ、デュエルをしただけだ。デュエルを通じて、彼に伝えたかっただけだ。自分が誰で、何を為すべきかということを」

 淡々と低い声が紡がれる。

「凌牙は凌牙よ。私の兄。あなたには渡さない」

「……相変わらずだな、君も」

 何かを知っているようにため息をこぼしてドルベは凌牙をベッドの上に再び寝かせる。少し待っていてくれ、そういうように彼の手が凌牙の頬を撫でると凌牙は再び瞼を閉じて眠りについた。

「やはりあなたが凌牙を……!」

 Dパッドを取り出し、構える。決闘者にとって闘う手段。決勝戦の直後に約束した通りだ。いずれデュエルすることになると。今がまさにそのときなのだと思った。

「いいだろう。君にも、思い出してもらわなければならないからな」

 ドルベはDゲイザーを装着せず、左目を光らせると真紅に変化させた。光の粒が左腕に集まって不思議な形のデュエルディスクを形成する。人間の技術では到底不可能だろう事象が目の前で起こっている。彼は一体何者なのか。恐怖に背筋が震えても、私はデュエルしなければならなかった。勝たなければならなかった。私が何より恐れているのは、兄と共に生きられないことなのだから。

 Dゲイザーを装着し、Dパッドを投げ上げデュエルディスクを展開する。デッキをセットする。相手は兄さえ負かしたWDC優勝者。その実力は観客席でも見せつけられた。決して兄が勝てないような相手ではなかったはずなのに、そのデュエルに込められた尋常でない気迫のようなものが兄を追いつめ、負かし、そして長い長い眠りの淵へと追いやったのだ。

「凌牙は……渡さない」

 決意を込めてデッキからカードを引く。忘却の都で羽ばたく飛べない鳥たちが、私の運命を暗示していることなど知らずに。

 

 

 ドルベの繰り出したオーバーハンドレッド・ナンバーズの強烈な一撃が、シルフィーネの力を封じ打ち破り私を襲う。その禍々しい力は人知を超えるものだった。仮想現実とは思えぬ衝撃に私の身体は宙に飛び、廊下へと打ち付けられる。ライフポイントを刻むカウンターがくるくると回る。ゼロを刻む鈍いブザー。私は負けた。展開していたフィールド魔法の白い海の都が幻のように霧散していく。

 ドルベが私を見下ろしている。その目は決して蔑むでもなく見下すでもなく、何かを期待しているようなそんな眼差しだった。その目を私は見たことがあった。決勝戦の後、倒れた凌牙にドルベが向けたものと同じだった。

「りょう、が……」

 ドルベの背に隠されるように眠る、最愛の兄の名を呼びながら、瞼が降りる。闇が私の目の前に広がって、意識はそこで途切れた。

 

 

 気づけば私は足場も不確かな紅い世界にいる。ガーネットの原石のような鉱物があちらこちらに飛び出し、浮遊している薄暗い空間は幻想的というよりも恐ろしい。そして私の目の前には、ローブを纏った誰かが立っている。白いフードの下に隠れていた顔は鈍い銀色の仮面のようだったけれど、それはドルベだったのだと分かった。覗いた銀色の瞳は間違いなく彼だと思えた。

 それは凌牙がドルベに連れて行かれてしまう夢。

「凌牙っ!」

 今度こそ助けなければと懸命に手を伸ばす。ドルベが踵を返して立ち去ろうとするのに、しかし彼の抱えた凌牙の手が私に向かって伸びた。指が絡む。凌牙の手を私は確かにとった。ようやく彼を助けられる、取り戻せる。そう歓喜がわきあがった瞬間、私の身体はぐいと強い力で引っ張られた。凌牙が、私の手を引っ張っていたのだ。

「お前も一緒に行こう、―――」

 片目がこの世界と同じように紅く染まった兄は、私のじゃない名前で私を呼んで、口のない顔で確かに笑った。

2014.01.12

セルフ誕生日プレゼント(せつない)。デュエカのシャークさんの気絶と璃緒VSドルベフラグはたいへんおいしかったので是非やってほしいです。遊馬とドルベのデュエルも好きだーナッシュへの二人称は勝手に直しました笑

Text by hitotonoya.2014
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