恋色アドレッセンス

 

 各人の様々な都合により、今日の学校の帰り道は遊馬と凌牙がふたりきりになった。

「シャークとふたりで帰るのって、なんか新鮮だよな。歩きで来てるのも珍しいし、そもそも最後まで学校にいるのすら珍しいし」

 弾けたような笑顔を見せて、凌牙の顔を覗き込みながらスキップ混じりで歩く遊馬。対して凌牙はポケットを手に突っ込んだまま、遊馬と目を合わそうとしない。

「べつに、そこまではしゃぐようなことじゃないだろ」

 ……などとクールな先輩を装ってはいるが、その実凌牙の心臓は遊馬にさえ聞こえてしまうのではないかというほどに大きな音を立ててどっくんどっくんと鳴り響いている。紅潮した頬も、ごまかせているのは赤らみかけた空の色のお陰だ。目を合わせないのは……合わせられないからに決まっている。この緊張混じりの嬉しさを、遊馬のように表に出せる性格を凌牙はしていない。

 大好きな遊馬と帰り道の間ふたりきり。そんなシチュエーションが、男同士とはいえ恋愛をはじめたばかりの中学生に嬉しくないはずがないのだ。

 視界の隅でぴょこぴょこと跳ねる遊馬の赤い前髪をできる限り気にしないようにしながら、凌牙は何も言わずに歩く。とはいえこのままでは家についてしまうのも時間の問題である。本音は長い時間を遊馬とふたりきりで過ごしたい。だが素直に言うことも行動で示すこともできない。複雑な思春期男子の典型である。

 悶々と悩みながら歩き続けていた凌牙だが、ぐいと引っ張られる感覚と共にその動きは中断された。凌牙より背が低いくせに元気が有り余っているのか動きを無理やり停止させることができたのは、当然遊馬であった。ポケットに入れていた方の腕をいつの間にか組まれている。

「シャーク! 話聞いてるのかよ!」

 どうやら意識の外で遊馬はずっと何かを凌牙に伝えようとしていたらしい。目をぱちくりと瞬かせ、悪いことをしてしまったと思いながらようやく遊馬の顔を見る。むすっと頬を膨らませた遊馬の赤い瞳が凌牙を捉えるとすぐにその表情は嬉しそうな笑みに変わった。

「コンビニ! 寄ってこうぜ!」

 遊馬が指差した先には一軒のコンビニがあった。

 ハートランド学園は明確に買い食いの禁止は校則とされていないものの、登下校の最中にコンビニに寄ることは中学生にとっては少々勇気がいることだった。「いらっしゃいませー」という店員の声と共に入店しただけでそわそわしている遊馬をよそに、凌牙は慣れた様子で早速店内の物色をはじめようとする……が、早速遊馬にもう一度腕を組まれて妨害されてしまう。

「んだよ、いきなり!」

「なんかお菓子買ってこうぜ! んで、一緒に食べよう。買い食いってしてみたかったんだよなー、なんかワルっぽくてカッコイイじゃん?」

「コンビニで買ったもん食うくらい、お前だってお友達といつもやってんだろ?」

「学校帰りに直接、ってのが重要なの。それにシャークとだと余計雰囲気があるっていうか?」

 学園一の札付き、というのがハートランド学園での神代凌牙の一般的な称号である。一体遊馬が自分のことをなんだと思っているのか、少々不安になりながら凌牙は溜め息と共に抵抗するのをやめた。遊馬に引きずられるままスナック菓子やチョコレート菓子の並んだ棚に連れて行かれる。目を輝かせながらひとつひとつを物色していく遊馬を見ながら、凌牙もその視線を追う。コンビニ自体はしばしば利用するものの、こういう菓子を自分からは買わない生活を送っていたため、知らない商品ばかりで新鮮だった。

「んー……じゃあ、コレかな」

 だが遊馬が手にとったのは定番中の定番。凌牙もよく知る赤い箱に入ったチョコレート菓子……ポッキーだった。それも普通の。期間限定の味だとかいちご味だとかではなく、ごくごく普通のポッキーだった。

「いいのか、それで」

「いいだろべつに」

 凌牙に尋ねられたのに拗ねたのか、遊馬は両手で小さな箱を抱えてさっさとレジへ向かってしまう。慌てて(ただし顔には出さないように足を動かす速度だけを早めて)追いかけて、会計が始まる前に凌牙は遊馬から箱を取り上げた。

「なんだよ」

「そんくらい俺が奢ってやるよ」

「えっ、マジで?!」

 素直に目を輝かせて喜ぶ遊馬に凌牙も思わず頬が緩む。

「俺の方が年上の先輩だからな」

 ポケットから取り出した財布から硬貨を取り出して会計を済ませる。小さなビニール袋に入れられた箱を遊馬に手渡すと、「そう言われるとなんか悔しくなる」とまた拗ねた顔をされた。ころころと表情を変える遊馬を愛おしく思いながらコンビニを出る。

「あ、シャーク今笑っただろ、何がおかしいんだよー!」

「笑ってねぇよ、なんでもねぇ」

 後ろを追いかけてくる遊馬の顔をやはり正面から見ることは出来ないのだ。

 

 

 帰り道の小さな公園に入って、そこのベンチに遊馬と凌牙は二人で腰掛けた。公園といってもベンチ数台と芝生かないような小さなもので、日が暮れ始めた今ではおそらくここで遊ぶのだろう、遊馬たちよりも小さな小学生や幼稚園児の姿は見当たらない。

「ポッキーくらいなら、歩きながら食べればいいだろうが」

「座ってゆっくり食べたいの」

 パッケージを開封しながら遊馬は鼻を鳴らす。とはいえ凌牙もこうして肩を並べて座っている今の状況はたいへん嬉しくてたまらないのだ。歩いて帰るだけではすぐに終わってしまうふたりきりの時間が、こうして寄り道をすることで長く続いてくれることが。

「シャークも食べるだろ? ポッキー」

「あ? ああ……ていうか俺が奢ったやつだろ」

「そういやそうだった。ありがとうな、シャーク」

 嬉しそうに遊馬がポッキーを一本袋から取り出す。そうしてそれを凌牙に手渡すのだとおもいきや……持ち手となる、チョコレートがかかってない部分を口に早速咥えてしまう。

 そうしてポッキーを咥えたまま……凌牙の口元に、その先端を差し出してきた。

「はひ」

 そのまま満面の笑みを向けられる。凌牙は事態を一瞬で把握することができなかった。

「………?」

「ひゃーく、ほっきー、はへるんらろ?」

 何を言っているのかすらよくわからない。そんな中遊馬の顔はどんどん近づいてくる。唇にチョコレートが触れそうなくらい。……そこで凌牙はようやく自分の身に降り掛かっていることを理解した。

 ポッキーの端と端を咥えて、食べ進んでいくパーティゲーム。それを遊馬は凌牙に提案してきたのだ。先に口を離したほうが負けとなるが、両方が勝ちを狙い続ければ行き着く先はキスである。

「っ!! お前こんなとこでそんな!!」

 顔を真っ赤にして凌牙は立ち上がって叫ぶ。

「誰もいねーじゃん、ここ」

 ようやくポッキーを口から離した遊馬がまともな言葉をしゃべる。凌牙は辺りを見回すが、確かに誰もいない。大きな声で叫んでしまった自分が恥ずかしくなって、凌牙はおずおずと再びベンチに腰掛ける。

「せっかく俺たち……その、つきあってるんだからさ。たまにはこういうことしてみたいなって思って……」

 な、いいだろ? と言う代わりに遊馬は再び手にしたポッキーを咥えなおす。そうして凌牙の肩に手をかけながら顔を近づけてくる。凌牙の口から「嫌だ」という言葉が出ないことを確信しているかのように。

「………っ」

 そうして凌牙は遊馬にねだられるまま、覚悟を決めて差し出されたポッキーの先端を咥えた。両側からかかる力に、張り詰めた糸のようにポッキーが二人の間を繋ぐ。さくり。遊馬がひとくち食べ進めるのに、凌牙も一口齧る。広がるチョコレートの味とプリッツのさくさくとした触感。咥えたポッキーを落とさないよう、すぐにその先に吸い付く。遊馬も同じだ。

 どんどん近づいていく距離に、味覚を支配していくチョコレートの甘さとほろ苦さ。遊馬は目を開けたまま凌牙をずっと見ている。まっすぐに、しかしいつもとは違う……恋という感情をにじませた赤色で。そんな目を向けられて、凌牙が目を開けていられるわけがなかった。瞼を閉じながら、睫毛の間から遊馬を見る。近い。息が肌にかかるほどだ。

 遊馬のペースは早く、すっかり凌牙は口の動きを止めてしまっている。今口を離さなければもう唇と唇が重なってしまいそうだ。心臓の音が割れてしまいそうなほど激しく聞こえる。顔に熱が昇っていく。耐え切れるはずがない。それでも持ち前の闘争心が、ゲームの負けを認めることを拒否する。もう一口。あと一口。

「〜〜〜〜〜っ!!」

 バリィ、とポッキーが割れる音にしては、激しすぎ且つ重すぎる音が公園に響いた。ついでに赤い光も派手に輝いた。

 バリアルフォーゼ。

 凌牙はその身体を一瞬で人外のものへ……バリアンのナッシュの身体へと変化させたのである。バリアンは口がない。だから凌牙……いやナッシュが咥えていたポッキーは変化と同時にぽろりとこぼれ落ちる。

「うわあっあぶねえ!」

 咄嗟に遊馬が手を出して、抜群の反射神経で落ちかけたポッキーを掴んで救い上げる。

「ギリギリセーフっ!!」

 得意げに爪の先ほどに短くなったポッキーを掲げてみせる遊馬に、ナッシュは二色の目を気まずそうに逸らした。

「……何してんだよ、シャーク」

「……俺は口をポッキーから離してない。勝手に落ちたんだ。だからこのゲームはノーカウントだ」

 どこから出ているのか分からない声でナッシュは意地を張り続ける。口がないため表情の読みづらいだろうバリアンの姿だが、遊馬はくすりと笑って、手にしたポッキーのかけらをぱくりと自分の口に放り込んだ。

「そこまですんなら、そういうことでいいけどさあ。シャーク、顔真っ赤だぜ?」

 つん、と、紫色で血の通っていない頬を指で突かれて言われれば、ナッシュは動揺を隠せない。

「なっ、赤いもなにも、赤くなるわけねぇだろ、どこが赤いのか言ってみろよ!」

「いろんなとこ赤いじゃん。こっちの目とか……このオデコのやつも」

 額の中心の赤い宝石のはまった場所もつんつんと突かれる。いくら装飾めいていてもナッシュにとってはそれは全て肉体の一部なのだから、くすぐったいと何度言っても遊馬は分かってくれない。……いや、わかっていてわざと弄っているのだろうか。

「そこは元からだろ!」

「へへ、お前って、ほんとカワイイよな。分かりやすいっつーか」

「どこがだ!」

 人間の姿でも精一杯感情を見せぬようごまかして、今の姿ではそれこそ表情も読めないはずなのに、遊馬はそんな凌牙且つナッシュを見て得意げに鼻先をこするのだ。

「全部。全身でシャークが俺のこと好きだって思ってくれてるの、伝わるからさ」

 そうしてぎゅっと抱きしめられる。誰もいないとはいえ住宅街の公園に似つかわしくない、異世界人の姿のナッシュを。同性の凌牙を。硬い胸の装飾が頬に当たって痛いだろうに、気にせず顔を埋める遊馬を見下ろして、その耳も赤く染まっているのは夕焼けのせいではないとナッシュは理解した。

「……この後、お前んち、行ってもいいか」

「いいけど?」

 顔を上げた遊馬と、やはり目を合わせることはできなかったけれど。

「勝負、やりなおしだ。今度は最後まで離さねぇから、覚悟しとけよ」

 

2013.11.11

ポッキーの日にかこつけてナッシュ(バリアン態)かわいいよナッシュ(バリアン態)布教

Text by hitotonoya.2013
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