触手に絡まれてるナッシュの前でドン・サウザンドにセクハラされるベクターの話

 

 ミザエルのデュエルを観戦し終えたベクターはそのままバリアン世界へと向かった。遊馬が早速こちらへ向かっているという情報が入ったからだ。

「これはよからぬ状況だぜ……」

 ひとりごちてベクターは焦る。何故ならつい先程、ギラグを使ってナッシュをバリアン世界へと隔離する作戦を実行したばかりなのだ。バリアン世界にひとり取り残されたナッシュを尻目に自分が人間世界で遊馬を倒してやる算段だったのだが、このままではナッシュの一人勝ちである。全速力で異次元へのトンネルを飛び進み、辿り着いたバリアン世界。まだ遊馬の気配は感じられないことに胸を撫でおろしながら、振り返ったベクターは己の眼が捉えた光景に目を疑った。

「これは……よからぬ光景だぜ……」

 思わず似たような台詞を連発してしまったほどだった。

 目の前にあったのは、何本もの黒くて太い糸のようなもの――しかしそれはうねうねと虫のように蠢き、バリアン世界に漂う赤い光を反射してぬめっている、まさに「触手」という言葉を使うのに相応しい――を身体じゅうに巻きつけて空中に縛り付けられているバリアン七皇のリーダー・ナッシュの姿だったのである。

 ぎろりと青と赤の双眸が、顔にまで巻き付いた触手の隙間からベクターを睨む。

「ベクター……っ、これはお前の仕業かっ!?」

 いきなり図星をついてきたナッシュに、ベクターはびくりと肩を跳ねさせるも咄嗟にとりつくろう。

「は? そんな趣味あるわけねぇだろーが!」

 目の前でじゅるじゅると湿った音を立ててナッシュに絡みつく黒い触手は傍から見ていても不気味であるし心地よいものではない。ナッシュの背後にぽっかりと空いた謎の触手空間から飛び出たそれは、彼の背負う赤いマントをうまく潜り抜けながら、磔刑のように広げられた腕に絡みつき、首にも巻き付いて締めあげている。バリアンとしての高次エネルギー体の姿では呼吸の必要はないとはいえ身体の自由を奪われ苦しくないはずがない。そのうえ身体中にまとわりついた触手は肌の上を這い回り、まるで愛撫を施しているようにさえ見える。というか拘束するためだけには明らかにこんなに大量に絡みつく必要はないし、こんなにいやらしくうねり纏わりつく必要がないのである。

「なら、あまり近付くな……っ、お前までっ……巻き込まれるぞ、それと、ギラグに注意しろ……あいつは、ドン・サウザンドにっ……!」

 ナッシュが苦しげな声を出して忠告するが触手が締め付けを強くしたのか、それとも彼の弱い場所を掠めたのか……言葉は途中で遮断され、その後は苦しげな吐息が聞こえるだけだ。ほぼ同時に、触手が一本ベクターの方へ伸びてきた。湿ってはいるものの先端はつるりとしていてスライムのように見える触手。眼前に迫ってきたそれをベクターは反射的に叩き落す。いくらバリアンでも生理的に不快なものは不快なのだ。

 この黒い触手にベクターは見覚えがあった。……ドン・サウザンドの神殿で、己が玉座に拘束されたとき。その時とこの触手の性質は大変似ている。……その形状は自分が巻きつかれた触手に比べたら大分大人しいものだったが。

(おい、ドン・サウザンド……こいつはお前の仕業か)

 ナッシュに言われた台詞をそのまま、内に潜むドン・サウザンドに尋ねる。ギラグにナッシュを隔離しろと命じたのはベクターだが、それを実行できる力を与えたのはドン・サウザンドだ。

『ナッシュの力は絶大……このくらいせねばすぐに拘束を解かれてしまうだろうよ』

 確かにバリアンとして舞い戻ったナッシュの力は他のバリアンから突出していた。ただ縛っただけではすぐに逃げられてしまう可能性もある。だからといってここまでいやらしい動きを触手にさせる必要がない……というか拘束の手段を触手にする必要さえないはずだ。

(とかなんとか言って……ただ単にあんたの趣味が触手プレイってだけなんじゃねえか? よからぬカミサマ)

 バリアン世界の神に対する言葉とは思えないほどベクターは冗談めかして言う。すると神から返ってきた言葉は、『どうした、嫉妬かベクターよ? 安心せよ。我はどちらかというと貴様の方が好みのタイプだ』

 ……などというとてもバリアン世界の神が発する言葉とは思えないものだった。

「はぁっ?!」

 思わず声を上げてしまい、ベクターはない口を咄嗟に塞ぐ。ナッシュに何か感付かれてしまったのではないかと彼の方を見やるが、触手に視界も塞がれた彼はそれどころではないようだ。

「どうした、何かっ……ん、あったのか……っうぅ……」

 おそらく懸命に、与えられる不快感混じりの刺激に耐えているのだろうナッシュだが、そんな時でも彼はベクターのことを気遣っている。つくづく甘っちょろくて優しい胸糞悪いヤツだと思いながら、ベクターは「いや、大丈夫だ」と短く答えた。バリアンの肉体にも感覚はある。記憶を取り戻したてでまだ人間の時の感覚の方が強いだろうナッシュには辛いだろうが、ドン・サウザンドの触手には間違いなく性的な意味での刺激を与える意思が存在する。動きを見ればわかる。ベクターは経験者であるからなおさらだ。

 むき出しの股間で擦れる黒い触手の動きにビクンとナッシュの身体が跳ねたことから目を逸らしながら、ベクターは再び己の深層世界へ没頭する。

(好みのタイプってどういうことだよ! つかあの触手はマジでそういう意味で絡んでたってのか?! 偽ナンバーズ作成のエネルギー供給のためかと思ってたぜ?!)

『見よ、ナッシュに絡ませている触手を。貴様にしてやったものとは異なっているだろう?』

 確かにドン・サウザンドの言うとおり、ナッシュを責めている触手はベクターのときのものより大人しい、というかベクターを責めた触手は明らかに日曜午後五時半に放送していい形をしていなかった。完全にアウトだった。人間世界の基準で言うならば。

『触手を具現化するのにもそれなりの力は必要なのだ。貴様にしてやったものの方がその効果は遥かに高く……我も貴様もより気持ちよくなれる、そのうえナンバーズ精製のためのエネルギー搾取効率も良いものだったのだ』

(へえ……そりゃどうも、って言うわけあるか! ふざけんな!! 触手プレイされて喜ぶ男がどの世界にいるってんだ!)

『あの時の貴様の上げた声や反応、忘れてはいないぞベクター?』

 くつくつと笑い混じりに響いたドン・サウザンドの低い声にベクターは背筋が凍えた。……あの玉座に縛り付けられていた間、ドン・サウザンドから気まぐれのように快楽を与えられていたのは事実である。できればベクターにとっては忘れて欲しいし自分も忘れたい過去ではあったが。

(あ、あれはナンバーズ精製のために……)

『言い訳などせずとも、欲しいなら今にでもまたくれてやろう。貴様にならいつでも本気を出してやってもよいのだぞ』

 ナッシュに絡んでいた触手の一本が、またベクターの元へ伸びる。うねったスライム状の触手はベクターの目の前でボゴリと音を立てて泡立ち、形状を変化させた。甲殻類のような硬い質感を持ち、先端にサソリの尾のような、あるいは人間の男根のようなくびれを備えたグロテスクなものに。……かつてベクターに巻きついたときと同じ形状に。

(今はそれどころじゃねえだろうが! 遊馬のやつを倒したりナンバーズを手に入れたりナッシュを邪魔したりいろいろやらなきゃいけねえことはたくさんあるんだよ、欲求不満ならそこのナッシュで適当に遊んでやがれっての! きっといい声で鳴いてくれるぜ!)

 必死の言い訳である。

(それに……このままナッシュを俺たちの支配下におければ残りの奴らも意のままだろう。ナッシュの強大な力も手に入れば……遊馬とアストラルはおろか、世界は俺たちのモノだぜ)

『ふむ……貴様の言うことも一理あるな。いいだろう。今はナッシュで戯れさせてもらうとしよう……』

 そう聞こえると、ベクターの頬直前にまで迫っていた触手はシュルシュルと引っ込んでいく。再びナッシュの身体に絡みつく頃には元のスライムのような形状に戻っていた。やはりナッシュに対してドン・サウザンドは本気を出すつもりはないらしい。

(……やべえ。全然嬉しくねぇ……)

 かつて己にまとわりついたドン・サウザンドの触手の感触を思い出しながらベクターは身震いする。

「……すまねえナッシュ、俺じゃお前を助けられそうにねえ……代わりにナンバーズと遊馬たちのことは任しとけ……」

 そう言って、ベクターはその場から逃げるように飛んでいった。黒い触手がナッシュの身体を蹂躙しながらも、どこか恋でもするようにベクターが去っていった方向へうねうねとくねっていた現実から目を逸らしながら。

2013.11.04

千バト8で無配したやつです。突然のギラグたん触手にガタッとしたらナッシュがされてて目が点になりましたがなんでバリアン態でしてくれなかったんですか??

Text by hitotonoya.2013
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