デュエル飯の美味しい握り方、そしてデュエル飯を食べることによるその効果。

 

 

『あー……それでな、その……俺にとってはどうでもいいことなんだけどさ。あの後どうなったんだ? アイツ。アイツだよ。……凌牙だよ、凌牙。アイツ、なんかおかしかったじゃねぇか。折角クラゲ野郎の毒も消えてデュエルにも勝ったつうのに、元気ないっつうか……毒の影響かもしんねぇけど、足取りもふらついてたし、前よりも痩せた気がするしよ。ちゃんとメシ食べてないんじゃねえか? ……いや、アイツのことなんてどうでもいいんだけどよ? 俺は。ただ、遊馬もアイツの妹もあんな状態なのに、アイツがしっかりしなくてどーすんだよっつーか……』

 右手首で瞬く腕輪から発される通信の声に、Vは思わずふふっと声に出して笑ってしまった。浮き上がる映像は潜水艦で待機している兄・Wのものだ。九十九家のリビングですっかりくつろいでいたVの元に、一人で寂しいのか連絡を入れてきたWは何を話すかと思えばずっと凌牙のことばかり。家族以外に殆ど気を許すことのなかった兄が照れ隠ししながら心配する様を、弟ながらVは微笑ましく思ってしまう。

 Wと凌牙は先日タッグデュエルをした。バリアンからの刺客に襲われた凌牙と璃緒を、Wが助けた形だ。かつて敵対した凌牙とWが華麗な連携コンボで勝利を収めた瞬間をVもしっかりと瞳に焼き付けた。兄が凌牙とその妹に抱いている複雑な感情を知っていたからこそ、デュエル後に凌牙と軽口を叩き合う姿は得も言われぬ感動さえ覚えたのだ。自分が遊馬という友達を得たのと同じように、兄もまた、友を得たのだと。

『んだよ、なんか可笑しいことでもあったか?』

 むすっと目を細めてWが睨んでくるのに、Vは首を横に振った。

「いいえ、なんでもありません。……確かにシャークは璃緒さんに付き添って病院に篭もりっきりらしいから、ロクなもの食べてない可能性はあると思うよ」

『何でお前がそんなこと知ってんだよ』

 浮き上がった映像の中でWがまた機嫌を悪くする。独占欲の強い兄のヤキモチだ。本当に兄は分かりやすい。父や長兄の言うとおりだと、Vは弟ながらふたつ年の離れた次兄のことを可愛らしく思ってしまう。

「小鳥さんからきいたんだよ。それに、あのとき本当は璃緒さんとシャークの様子を見に病院に行ってたんだ、僕達。結局ちゃんとしたお見舞いはできてないままだけど……きっとシャークは今も病院にいると思う。そうだ、改めて一緒にお見舞いに行こうよ兄様。何か元気の出る食べ物持って行ってさ」

 誘ってみればWはこちらから目を逸らして恥ずかしそうに頬を人差し指で掻く。兄の機嫌が取り戻されたことをVはそれだけで理解することが出来る。

『元気が出る食べ物……ステーキとかか?』

「そんなもの病院に持ってってどうするんですか」

 真面目な顔でボケる兄に溜め息をつきながらも、しかしVもいい案をすぐに出すことはできなかった。通信を維持したまま、うーんうーんと二人で頭を抱えて考える。入院のお見舞いというわけではなく、お見舞いしに来ている凌牙に差し入れする食べ物だというのが難しい。文化圏の違う人種だということまでも考えだしてしまえばキリがない。

「ん……?」

 ふと蒸気がシュンシュンと立つ音が聞こえ、Vはリビングからキッチンの方を見やる。ちょうど遊馬の祖母の春がやってきて、実の孫にするような優しい笑みを向けてくれる。

「もうすぐご飯が炊けるようじゃの、Vちゃん」

 それは炊飯器の音だった。そういえば、今日はナンバーズクラブの面々と、まだアストラルを失ったショックから抜け切らない遊馬を励ますためにと春の指導のもと夕食を作ることになっていたのだ。

「おや、電話中だったかい。ごめんね」

 ニコニコと頭を下げる春に、しかしVは満面の笑みを浮かべる。

「いえ、ありがとうございます! 春さん!!」

 興奮に思わず立ち上がったVは、そのまま通信機に顔を向けた。

「W兄様、いい案を思いつきました!」

 

 

 Vに呼び出され潜水艦から上陸したWはが連れて来られたのは、九十九家のキッチンだった。

「………」

 呆然と立ち尽くすWの前にはお櫃にもられた炊きたてごはん、水の入ったボウルに塩。笹の葉。そしてそれらの並べられたテーブルの向かい側に立つは、春と……ナンバーズクラブのメンバーである武田鉄男と等々力孝だ。

「すみません、いきなり混ぜてもらって!」

「Vちゃんのお兄さんなら大歓迎だよ」

「……なんだよ、コレ」

 ようやくそこでWが口を開く。

「特製のデュエル飯の作り方をW兄様に是非伝授して頂きたくて! よろしくお願いします、春さん、鉄男くん、孝くん!」

「お前……」

 ぺこりと頭を下げるVをWは信じられないものを見るような目で見下ろしていた。初対面の遊馬の祖母はともかく、よりによって目の前にいるのは鉄男と孝。……WDCでWがファンサービス全開に絶望に突き落とし墓まで建ててやったメンツではないか。しかもその場にVもいたはずなのに。Wは実弟の神経の図太さに驚嘆する。ちらりと正面を向けば、春は微笑んでいたが、残りの二人はやはりばつが悪そうだ。

「他の皆は?」

「今回は遊馬を驚かすってねらいもあるだろ。だから、小鳥たちには遊馬と一緒にパトロールしてもらって……」

「とどのつまり、料理と縁通そうな僕達があえて作ることで驚きを倍にする作戦なんです!」

 鉄男と孝が説明する。つまり彼らと一緒に何らかの料理を作らされるということに、Wは肩を下げた。

 Wは多少の料理はできるが、米料理……日本料理の経験などない。ましてやデュエル飯などという言葉さえ聞いたことがない。未知の料理への想像をふくらませるが、しかし目の前に並んだ材料はあまりにも少ない。

「それじゃあ、手は綺麗に洗ったかい? 早速はじめようか」

 その瞬間、春の目から鋭い光が放たれたのをWは見逃さなかった。殺気にも近い研ぎ澄まされた闘志。決闘者のそれに似た……否、そのもののオーラが老婆の身体から迸る。

 料理は戦いだ。

 そんな言葉をどこかで聞いたことがあるような、ないような気がした。

「一! ボウルの水を手につける! あんまりビショビショにならないように軽くね」

 キビキビとした言葉に逆らえない雰囲気を感じ取り、Wは袖をまくった手をボウルにつけた。他の3人も同じようにしている。

「二! 次に塩を手に振って……手を合わせてよーくなじませる。優しく、つけすぎないようにね」

 手を合わせる春の真似をする。ザラザラとした塩の感触はそれほど気持ちのいいものではないがここでヘタに文句を言えば何故だろう、恐ろしいことになるとWの決闘者としての本能が告げている。

「三! 手にご飯をとって……さっと手早く握る。二、三十秒くらいかのう、ぱぱっと手早くやらんとごはんのツブが潰れてしまうからの」

 そうして驚くべき軽快さで動いた老婆の手が開くと、その中にはつやつやと輝く白い白米の弾が出来上がっていた。

「……これは……オニギリ?」

「そうだよ兄様。デュエル飯。おいしいんだあ」

 早速白米を手に握りだしているVに、Wは目を瞬かせる。

「んな、ごはんに塩振っただけじゃねぇか」

「食べてくれる人への愛情をたっぷり籠めることで、とびきりおいしくなるんだよ。うちの遊馬だっていつもコレ食べて元気だしとるんじゃから」

 信じられないといわんばかりのWに、春が語る。

「春さんのデュエル飯、ほんとおいしいですよね!」

「うちのねえちゃんやかあちゃんがが作るのと、やっぱどっか違うんだよなあ……」

 言いながら鉄男も孝も握り始める。さすがにオニギリを握った経験はあるだろう彼らの手際は春までとはいわなかったがWから見れば十分に良い。何故かVも慣れた手つきだ。……妙な屈辱を覚えたWは、しゃもじを手に取ると、塩のついた左手に思い切りつややかな白米を盛った。

「……できた」

「ぷっ」

「おいVてめえ今笑っただろ!」

「だって兄様、すごい凸凹でぶかっこうだよこれ! おいしくなさそう」

「ハッキリ言うんじゃねえ!」

 両手を米まみれにしたWが皿にのせたデュエル飯は、それはもう例えるならギミックパペット・ナイトメアのような歪な形をしていた。その様には思わず鉄男も孝も見入ってしまうほどだ。

「はじめて作ったんだから仕方ねぇだろ!! だいたいなんで俺がこんなもん……!」

「ちゃんと春さんの見てないからだよ兄様」

「米丸めただけのやつなんざ、俺がもう一度やれば……」

 強がりを言うWの目の前に、つややかな白い球が差し出される。

「ほれ」

 春が握ったデュエル飯だ。

「ひとつ食べてみな」

「……チッ」

 舌打ちするも、Wはデュエル飯を受け取る。自分の握った米が未だあちこちについた手のままだったが、彼女の握ったデュエル飯の米はなぜか掌につかず、輝いて見えた。

「………」

 ぱくり。一口食べる。舌に染みる適度な塩気。噛みしめる歯ごたえ。じわりと広がる米の甘み。信じられないとWは目を見開いた。米と水と塩しか使っていないはずなのに。身体の芯から元気が出てくるような、そんな味がした。今ならなんにでも挑戦できそうな、勇気が滾滾と湧いてくるような感覚。

「おいしいでしょ、兄様? 『お見舞い』にぴったりだと思わない?」

 にっと唇の端を持ち上げて微笑む弟に、Wは反論することが出来なかった。

 もう一度手に水をつけて塩を振り、米を握ることに挑戦する。向かい側では鉄男と孝も同じようにデュエル飯を握りながら、Wの様子を心配そうに見ていた。

「……おい、そっちの青髪のほう」

「は、はい!?」

 Wが声をかければ、びくりと肩をはねさせたのは孝だ。

「……腕、もう大丈夫なのか」

 Wよりもずっとリズミカルに動く両手を見て、孝ははっと気付く。Wにかつて腕を折られ、入院するハメにさえなったことを。

「……ご覧のとおり、大丈夫ですよ!」

 Wの予想とは裏腹に、孝から帰ってきたのは屈託のない笑みだった。未だ彼らには恐れられ、恨まれていると思っていたのに。Wは続ける言葉を失う。

「なんか、そのおにぎりを見てたら、Wさんも人間なんだなって思っちゃいました」

「そうだよな。俺たちにとっちゃ、雲の上の……あこがれの人だったもんな。極東チャンピオンのW。今でも、尊敬してる」

 鉄男はWに目をあわせなかった。けれど、真剣な声に嘘偽りなど一切感じられない。

「サイン、まだ大切に持ってます。……またデュエルしてくださいね。今度は負けませんから!」

「俺もだ、今度は負けねぇ!」

 ごはんの粒を潰さないように握らなければならないのに、手が震え、ぎゅっと握りしめるようにしてしまう。Wは顔を上げると、くっと唇の端を吊り上げた。以前彼らに見せたような紳士の仮面の笑顔ではない。彼本来の笑みだ。

「……ああ、是非。今度も俺を、楽しませてくれるようなデュエルをしてくれよ」

 先ほど食べたデュエル飯の味が口に残って、しょっぱかった。

 

 

 

 どうにか見れた形にWの手で握ることができたデュエル飯をふたつ、春は笹の葉に包んでくれた。

「一緒に食べていかないのかい?」

 遊馬たちはまだ帰ってきておらず、今は春は唐揚げを揚げている。

「こういうところでメシを食べるのは、俺の美学に反するんでね」

「何いってんだか。……じゃあ兄様、あとはよろしくおねがいします。僕はここで晩ご飯いただいてきますから!」

「は? お前も行くんじゃないかよ?」

 ダイニングの椅子に腰掛けてつまみ食いをはじめたVに動く気は全く無いようだ。

「兄様一人で行ってきて下さい」

 そうしてVはこそりとWに耳打ちする。

「僕がいたんじゃ、凌牙とゆっくり話せないでしょう? うまく元気づけてあげてきてね。デュエル飯、食べてくれるといいね」

 とたんに顔に熱がのぼり、Wは頬を赤く染めた。

「なっ……誰がアイツとゆっくり話すんだよ!! 俺は別に、アイツのことなんて……」

「ほら、もう面会時間終わっちゃうから、急いで急いで。タクシーはもう呼んであるから!」

 そうしてVに背中を押されて、Wは挨拶もそこそこに九十九家から追い出されるといつの間にか手配されていたタクシーに押し込められる。日が短くなってきたのか、もう空はオレンジ色になっていた。

「………」

 手には唐草模様の風呂敷。それに包まれたデュエル飯はふたつ。璃緒がもし目覚めれば凌牙と彼女で、まだ食べられない状態だというなら凌牙と……そして自分で食べてみるか。そうWは考える。

 ブレーキがかかれば、もうそこはハートランド一の大病院だった。先日璃緒を見舞おうと訪れた場所。病室の場所も既に調べはついている。……凌牙はどんな顔で、そこにいるだろうか。

 面会の手続きを済ませてコツコツとブーツの音を響かせて病室に向かう。

 何と声をかけよう。何と言ってロクに栄養もとっていなさそうなシケたツラのアイツにこいつを食べさせよう。

 具体的な案は一切出てこなかったが、それでもなんとかなるような自信がWの胸には間違いなくあった。

 きっと先ほど食べたデュエル飯のおかげなのだろう。そう思ってWはふっと笑う。随分と遊馬たちに感化されてしまった自分を自覚して。

 神代璃緒と書かれたプレートの部屋の前に立ち、Wは深呼吸する。一歩を踏み出すのにかかった力は、想像していたよりもずっと軽い。

 シュンと小気味良い音を立てて開かれた自動ドア。そこには凌牙の背中があるはずだった。ベッドで眠る璃緒の姿があるはずだった。

「……凌牙?」

 静まり返った病室。夕日が照らすガラス張りの窓。広い個室はもぬけの空で、誰もいない。

「……タイミングしくったか? 誰もいねえ……」

 璃緒のベッドの掛け布団は乱れたままで、触れて見ればまだ暖かい。凌牙が座っていたのだろう、ベッドに寄り添うように配置されたパイプ椅子も同じくだ。検査か何かだろうか。

 きょろきょろとあたりを見回す。もうすぐ面会時間が終了する。どうしてこの病院の面会時間はこんなに短いのか。はぁ、と溜め息と舌打ちをして、Wは手の中の風呂敷を見やった。

「……ま、そのうち戻ってくるだろ」

 見舞いの花の活けられた花瓶の置かれたサイドテーブルに風呂敷を置く。置かれていたメモ帳にさらさらと走り書きをする。

『俺が直々に握ってやったんだから、早めに食えよ』

 その一言だけメッセージを残して、Wは病室を立ち去った。期待が外れた寂しさを抱いている自分に苦笑しながら、それでもきっとそのメモと風呂敷を見つけた凌牙がデュエル飯を食べて、その場にいない自分に向かって可愛くない文句を垂れる様を想像しながら。

 

 ……結局その風呂敷が凌牙の手によって開けられることは、なかったのだけれども。

 

2013.10.23

ドルベが病室に来た回あたりからラストシーンのイメージをしていて、いつか書きたいなーと思っていたのですが、124-126話でIVさんがあんな感じで、友で熱くてかっとビングで、そしてクリスとミハエルがデュエル飯を食べていたので「これは書かなきゃ!」と衝動的に書きました。

Text by hitotonoya.2013
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