不良鮫シャークのよからぬ追試験〜卒業編〜

 

「ふっ……んん、はぁ……っ」

「ナッシュ……っ、ナッシュ……」

「ドルベ、そこ、もっと……もっとぉ……」

 甘い囁きとくちゅくちゅと濡れた淫靡な音、そして小刻みに震えるモーター音。廃ビルの一室に響くそれらにすっかり慣れてしまったベクターは、カフェのBGMのようにそれらを遠くに聞きながら、拾ってきた人間界の雑誌のページをめくっていた。

 そもそもこの部屋はベクターが使っていたものであるが、ドルベがすっかり自分のもののようにしている。しかも『恋人』まで連れ込んで、だ。

 だがその原因の一端は自分にあると自覚していたベクターは、彼を非難することをせず、自由に使わせてやっていた。どんどん知識を増やしていくドルベのおかげで新しいオモチャは勝手に増えていくし、ベクターが使わせてもらうこともあった。それを部屋代のかわりだとベクターは認識していた。……元々勝手に廃ビルに上がり込んでいる以上、部屋代もなにもないのだが。

「ん」

 ふと隣の空間に歪みの気配を感じたベクターは雑誌を閉じて顔を上げる。渦を巻いて現れた黒色の穴から現れたのは、金色の長髪を靡かせた男。バリアンの騎士、ミザエルだ。

「ドルベ、ベクター、ようやく見つけたぞ。長い間姿を見せず、一体何を……」

 言い掛けてミザエルは口元を押さえ、眉を顰める。性のにおいが鼻についたのだろう。彼にもベクターが一度悪戯をしかけているため、それが何を意味するかは十分に理解できるはずだ。そうしてミザエルはベクターの奥で性器をいじくりあっている二人の姿を見つけ、目を見開く。それがミザエルの慕うドルベと、ミザエルの嫌悪する人間であればなおのことだ。

「ドルベッ!」

 駆け寄るとミザエルは人間……神代凌牙からドルベを引き剥がす。きょとんと目を丸くするドルベだが、その性器はすっかり勃起して先走りでてらてらと光っている。ミザエルはそれを見るとすぐに目を逸らし、側にあったブランケットをドルベに押しつけて隠すようにした。

「こいつは……神代凌牙?! いったい人間などと何をしている!」

「彼は凌牙じゃない。人間じゃない。ナッシュだ」

 淀みなく答えるドルベの瞳は眼鏡のレンズごしにもまっすぐだった。

「ナッシュだと……? 何をバカなことを言っている! こんな汚らわしい人間が、ナッシュなわけがないだろう!」

 両腕を天井に吊され拘束されている凌牙を冷たい目で見下ろしてミザエルは叫ぶ。凌牙は何も言わず、ただ床にぼやけた視線を向けている。性器を勃起させて。尻の中でバイブレーターの振動音を響かせながら。

「いいや……ナッシュだ。ナッシュにしか私は勃起しないのに、見ろミザエル、こんなにも私は……ナッシュを求めている。ナッシュの中に入れたくて仕方がない。ナッシュに入れられたくて仕方ない。いや、でもまだだめだ。だめなんだ。ナッシュが……彼からそう言ってくれないと。もう少しなんだ、もう少しできっとナッシュも、そう言ってくれる」

 頬を上気させながらうっとりと語るドルベに、ミザエルは背筋が震えるのを感じた。こんなドルベははじめて見たとばかりだ。

「ベクター、貴様ドルベに何をした!?」

「おいおい俺の責任かよ」

 目を光らせ敵意をむき出しにするミザエルにベクターは肩をすくめる。

「お前に教えてやったのと同じように、人間の身体で味わうキモチイイコトをドルベにも教えてやっただけだよ。ただお前と違ってこいつは変態の素質があったのか、拗らせすぎちまっておかしなことになっちまっただけだ。正直俺だってびっくりどころかドン引きだぜ」

 ミザエルはベクターに以前もたらされた快楽を思い出し、顔を赤くしていた。だがドルベと凌牙の様子をもう一度見ると、気を取り直したのか怒りの表情を再び作る。

「一度バリアン世界に帰るぞ、ドルベ。我々の使命のためにも、話し合う必要があるからな」

 言いながら手をかざし、バリアン世界への扉を開く。

「待ってくれ、ナッシュも」

「あれはナッシュではない!」

 言いかけたドルベを無理矢理転移の渦に押し込む。

「……ドルベ」

「ふざけるなッ!」

 最後の呼びかけに答えるように名を呟いた凌牙の髪を乱暴に掴み上げ、ミザエルは刃のような視線でにらみつけた。

「貴様はナッシュではない……! 下等な人間が、そんな声でドルベの名を呼ぶな!」

「………」

 うつろな目をするだけで何も言い返さない凌牙に、果たしてミザエルの声は届いているのか。ベクターは思う。彼に届く声は最早ドルベのものだけだ。そうなるように仕込んだのは他でもない、ドルベ自身だということをミザエルは分かっているのだろうか。

 舌打ちをして、凌牙の髪を掴んでいた手を乱暴に振り払うとミザエルはベクターに目もくれず、バリアン世界へ続くワープホールに飛び込んでいった。ベクターは肩を竦める。

「おー怖」

 ひとり取り残された凌牙に目をやる。長い間ドルベに監禁され、正常な判断能力を失っている彼の中に未だ『神代凌牙』は生きているだろうか。

 天井からのびた縄がギシギシと軋む。凌牙の腕にすっかりその跡が色濃く残り痛々しい。ベクターは立ち上がると、凌牙に歩み寄り、縄をほどいてやった。久方ぶりに自由になった両腕は、しかし力なく重力に従って床の上に落ちる。バランスを失い傾いた身体をベクターは反射的に支えた。勃起したままの性器が震えている。

「……こいつが『ナッシュ』、ねぇ」

 呟いて、ベクターは凌牙の背中を支えるように抱く格好になる。腕を前に回して、まだ筋肉がつききっていない、柔らかさの残る胸をふにふにと揉んだ。

「あっ、やぁ……」

 身をよじる凌牙に、彼がそこが弱いことをベクターはすぐに理解する。ドルベは結局人間のセックスについてそこまで詳しくはならなかった。性器と肛門への刺激にばかり一生懸命で、他の性感帯への愛撫を一切知らないようだった。だから、凌牙はキスもされなかったし、こうして乳首を弄くられるもなかった。開発すればさぞかし敏感な性感帯になるだろうに。ベクターの指でこりこりと摘まれながらすでに充血しだしている乳首を見ながら思う。性器もびくびくと連動して震えだしている。

「ミザエルの言う通りだぜ。お前はナッシュじゃねぇ。神代凌牙だ」

 耳元で囁きながら、ベクターは凌牙の性器を輪にした手で導き、射精させる。びゅると跳ねた精液は連日の射精で薄い。尻に手をやり、中に埋め込まれたバイブレーターを抜く。よほど恋しいのか切ない声が上がる。こんな声や顔を宿敵であるバリアンに見せていると思い出したら、凌牙はどれだけ悔しがるだろうか。

 凌牙がナッシュであるわけがないのだ。ナッシュでいてたまるか。ベクターは無意識のうちに眉を顰めさせていた。なぜなら、ナッシュは……。

 凌牙を正面に向かせ、ベクターは彼の顔を平手でぺちぺちとたたいた。

「起きやがれ神代凌牙。俺の顔を忘れたか? お前のだ〜い好きな九十九遊馬をボッロボロに裏切って、これまたお前のだ〜い好きな妹を瀕死に追い込んだバリアンのベクター様だぜー?」

 煽るような言葉とともに殺気すら含んだ瞳で凌牙の目をまっすぐに見つめる。はじめはベクターの姿さえ認識することが出来ていなかっただろう瞳が次第に焦点を取り戻していく。

「ドルベ……?」

「違う。俺、ベクター」

「べくたー……」

「そうだ、遊馬を裏切った憎い憎いベクター」

「ゆう、ま……遊馬……」

 頬を更に叩かれれば、凌牙は痛みを思い出していく。彼が最も信頼する仲間の名を呟けば、みるみるうちに目に光が蘇る。

「思い出したか? 神代凌牙ぁ」

「ッ!?」

 びくりと身体を跳ねさせた凌牙は腕を大きく払いベクターを遠ざけようとする。しかしその力は弱く、ベクターは少し背を反らすだけで避けることができた。

「ベクターっ、貴様……っ!」

 自分の格好がほぼ全裸であることに気づいた凌牙はなんとか制服の前をかきあわせてベクターを睨みつけた。久方ぶりに神代凌牙であることを思い出したらしい彼にベクターは機嫌を良くした。

「俺じゃねぇよ。覚えてねぇのか? お前にアンナコトやソンナコトをしたのはぜーんぶドルベのやつだ。むしろ俺はお前を正気に戻してやったんだ。感謝されてもいいくらいだぜ」

「誰がそんなことを……っ!」

「そんなことよりさっさとどっかに逃げることだな。またドルベが戻って来ちまうかもしれないぜ? そうなれば、今度こそ『神代凌牙』に戻れなくされちまうかもしれないぜ?」

「くっ……」

 凌牙は自分の横に落ちているロープや、つい先ほどまで彼の中に入っていた極太のバイブレーターを目にして青ざめる。両腕にくっきり残った縄の跡。吐き出された精液の臭い。それら全てが、今まで彼がどのような目にあわされていたかを思い出させる。

「……借りだとは思わねぇぜ」

「結構」

 吐き捨てて、凌牙はふらつく身体をなんとか支えながら、脱がされた服を抱えて部屋から出て行った。バタン、と重い音を立てて閉まった扉を見届けてから、ベクターは幾日かぶりに一人になった部屋でソファに腰を下ろした。

 

 

 無事にあの部屋から逃げ出すことの出来た凌牙は、璃緒や遊馬に心配されたものの、次第に日常を取り戻すことができた。バリアンはやはり敵なのだと改めて強く認識するとともに、守るべき彼女らに余計な心配をかけたくなく、何が起こったかを伝えることなど出来なかった。なんとか誤魔化すことは出来たし、散々快楽を教え込まれた身体も、続く遺跡のナンバーズ探しというそれどころではない事情によって、あの日々を忘れることも簡単だった。

 このまま日常に戻れる、ドルベの狂気に触れた日々は忘れることができると思った矢先だった。

 凌牙が、自分自身の存在に疑念を抱き始めたのは。

 海底遺跡から帰ってきて以降、眠り続ける璃緒に凌牙はつきっきりになっていた。過去も現在も共有してきた唯一の存在。そんな彼女に、二人で、神代凌牙と神代璃緒として生きてきた証拠を尋ねることが出来たらどんなに気が楽になるだろうか。しかし璃緒は何度呼びかけても目を覚まさない。凌牙の望みは叶わない。

 頭に響き続ける、クラゲのようなバリアンの言葉。彼によれば自分は既に死んでいるはずだという。

 どうして。なぜ。俺はこうしてここに立っているのに。心臓は鼓動しているというのに。璃緒だって心電図が常に病室のモニターに映し出されているというのに。どこが死んでいるというのか。

 そう思えども凌牙は常に不安を忘れずにはいられなかった。絶望に打ちひしがれながら、それでも己の記憶の正当性を証明しようと凌牙は病院の屋上へと足を運んだ。そこで凌牙は何度かデュエルをした。しっかりと覚えている。璃緒を取り戻すためのデュエル。雨の中遊馬としたデュエル。

 強い風が凌牙の頬を撫で、髪を靡かせる。分からない。一体いつからの記憶が正しいのか、いつまでの記憶が嘘なのか。

「ナッシュ」

 呼ばれた名に、思い浮かんだのは海底遺跡で見せられた、海上の王の姿だった。凌牙にうりふたつの少年王。その記憶は、なぜか自分のものに間違いないと魂が叫んでいる。その名に振り返ってしまったのは。

「……お前は」

 声の主に疑問を抱くのが遅れてしまったことを、凌牙は後悔する。

 目の前には銀髪に眼鏡をかけた少年が立っていた。ドルベ。彼の姿を最近見たのは記憶の中でだった。天馬に跨がり、凌牙にうりふたつの王を友と呼んだ騎士。続いて蘇る、かつて彼に監禁され、散々身体を弄ばれ、神代凌牙ではない存在にされていた記憶。ぞくりと背筋に冷たいものが這っていく。それは最早、神代凌牙という存在の危機さえ覚えるものだった。

「ようやく見つけた」

 ゆっくりと歩いてくるドルベから逃げだそうとしても、足がすくんで動くことが出来なかった。

「違う、俺は」

「ナッシュ」

「違う、違う、俺は、俺は」

「また忘れてしまったのか、君は」

 眉を下げ悲しそうにするドルベに悪意は感じられなかった。そこにあるのは無邪気すぎるまでの狂気。それだけだ。

「君が何者なのか、もう一度、思い出させてあげよう」

 ドルベの銀色の目が、飲み込まれてしまいそうなくらい近くに見えた。

 

 

 

「あの時は手荒な手段に出てしまって申し訳ないと思っている。だから、君の自由を奪うことはしない」

 押し倒した凌牙の身体を割り開き、組み敷きながらドルベは言う。ドルベの吐息が肌に触れると、封じていたはずの記憶が蘇り、凌牙の身体を熱く疼かせる。力が入らなくなった足を持ち上げられ、尻を晒す格好をとらされる。嫌なはずなのに、なぜか逃げられない。

「私が君に教えた快楽を、覚えているかい」

「そんなのっ、忘れたに決まってんだろ」

「そうか、残念だ。でも心配することはない。すぐにまた思い出す」

 ドルベが取り出したのは小さなリモコン式のローターだ。ひくひくと震える凌牙の尻の穴の中に、ドルベの唾液で濡らしたそれが押し込められる。

「ひっ……!」

 ドルベの指が続いて挿入され、奥へ奥へと配置される。痛みをそれほど感じず、むしろ導くように受け入れる己の身体が凌牙には恐ろしかった。忘れることができたと思っていた身体は、ドルベに仕込まれたまま変わっていなかった。

 コードにつながったリモコンのスイッチが入る。耳になじんだ振動音が懐かしい。続いて直腸を揺らす小刻みな振動が、凌牙にあの頃を思い出させる。

「ふあっ……あああ、あっ!」

 久々の刺激に身体が喜び、高く甘い声が出る。唇を手で塞いでも遅かった。ドルベはうれしそうに微笑んで、ローターを飲み込んだ凌牙の後穴の入り口を撫でている。

「やはり、君も恋しかったようだな」

「ちがうっ……こんなの、恋しくなんかねぇっ、離せ、離せよっ」

「……分かった」

 テープでリモコンを太股に固定したドルベは、妙におとなしく凌牙を解放した。驚けば、ドルベは眼鏡のブリッジを持ち上げる。

「言っただろう、君の自由を奪うことはしないと。あの時は手荒にしすぎてしまった。……君をもう離したくなかったんだ。だが、それが君を怖がらせてしまって、君はあの部屋から逃げ出した」

 反省するように俯くドルベだが、挿入したままのローターを抜いたりスイッチを切ったりする様子はない。また拘束される可能性だってある。今のうちに抜いておかなければと、凌牙は太股のスイッチを外そうと手をのばす。

 だが。

「っああああああぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 屋上に響いたのは絶叫だった。触れた場所から奔った電撃のような衝撃が、凌牙の体中を駆けめぐったのだ。もちろん、内側に埋められたローターにも伝わり、凄まじいまでの刺激が腸壁を蹂躙する。目の前が真っ白になり、凌牙は地面に横たわり、びくびくと身体を痙攣させる。その様をドルベは表情を変えず見下ろしていた。

「そのローターを外そうとすると、衝撃が奔るよう術をかけておいた。外そうとしなければ何もない。君が日常生活を送りながら、快楽を思い出せるように」

 何が日常生活を送りながらだ、と凌牙は肩で息をしながらドルベを睨む。

「……妹の側に付き添っていてやらなくていいのか?」

 その言葉に凌牙は目を見開いた。

「てめぇっ、まさか璃緒にっ」

 脱がされかけたままだったズボンと下着を急いで身につける。中に挿入されたローターの始末はとりあえず後にして、凌牙は屋上の扉を開け、階段を駆け下りた。璃緒のことで頭がいっぱいだった。

「璃緒っ!」

 駆けつけた病室では、今まさに璃緒が回診を受けている最中だった。医師と看護師が驚いたように入り口に立つ凌牙を見ている。

「大丈夫ですよ、お兄さん。璃緒さんの様態には、変化ありません。目は覚めていないですが、命に別状はありません」

 はぁはぁと息を切らせた凌牙はふらふらと病室に入った。パイプ椅子によりかかるように腰掛けて、そこでようやく、身体の中で異物が振動していることを思い出した。振動音が医師に聞こえているのではないだろうか。不安はあったが、とりあえず璃緒の無事が確認できて安心する。……否、目覚めないままの璃緒が、どうして無事だと言えるだろうか。

 何度も見慣れた診察を今日も繰り返す医師の姿にやり場のない苛立ちを覚えながら、凌牙は震える身体を抱いた。じわじわと襲いかかる快楽に、太股を擦りあわせた拍子、スイッチが動いてしまったのか、ローターの振動が強くなる。

「っう!」

 ビクンと身体が跳ね、椅子ががたりと音を立てた。看護師が振り返る。璃緒は未だベッドの上で眠り続けている。凌牙は羞恥に俯くしかなかった。

「凌牙くんも、大丈夫? 看病で疲れているんじゃないかしら。顔色が……」

「っ、大丈夫、だっ」

 のばされる手を振り払い、凌牙は病室を飛び出した。

「っは、はぁっ、はぁ……」

 病棟の外れの人気のないトイレの個室に駆け込んで、凌牙は肩で息をしていた。内側で焦れったく振動を続けるローターは止まらない。こんなものを入れたまま、普段通りに璃緒の前にいろだなどと、ドルベは頭がおかしいとしか思えなかった。おそるおそるズボンの前をくつろげる。下着の布を持ち上げている己の性器に凌牙は絶望する。感じてしまっているのだ。こんな機械がもたらす刺激に。ドルベに味わわされた快楽が、身体に染み着いてしまっている。

「んっ……」

 また内股がもじもじと動く。漏れた甘い声に、ドルベのとろけて濁った瞳を思い出す。あんな顔を、また自分はしてしまうのだろうか。ドルベの手で性器をしごかれて、後ろを弄くられて、大きくてごつごつしたバイブを入れられて。いっぱいになった直腸に、バイブについた突起が擦れてごりごりと抉っていく。突かれる快楽に身体中が喜びの悲鳴を上げる。想像するだけで、悪寒と同時にぞくぞくと甘美な震えが奔る。凌牙は首を横に振った。

 とにかく、ローターを抜かなければ。じきにおかしくなってしまうのは明白だった。今だってこんなに更なる刺激を欲して後孔が蠢いている。ローターに触れれば、頭が真っ白になるほどの刺激が凌牙の身体に襲いかかる……はっ、と凌牙は息を飲んだ。自分は今、何を考えていただろうか。ドルベの攻めから逃れたいはずなのに、ローターを外すことではなく、触れることによって奔る刺激に期待しているようではないか。

「まさか……な」

 自嘲してくっとつり上がった唇を引き締める。覚悟を決めたように。手早くすれば一瞬ですむはずだ。引き抜くまで耐えれば、解放される。あとはドルベをどうにかあしらえばいい。それだけのはずだ。扉にもたれ掛かり、ズボンを下ろす。白い脚が露わになる。股から不自然に延びた、ピンク色のコード。忌々しいそれに凌牙は手をのばして、掴んだ。

「あっあああああああああああああああっ!!」

 絶叫は一体どこまで響きわたっただろう。びくんびくんと身体を跳ねさせ、凌牙はすぐにコードを掴む手に力を入れることが叶わなくなった。それでも指はコードに触れている。だからドルベの施した、外そうとした者に絶望的な快楽を与える呪いは解けない。スイッチを最大に入れたときよりももっと激しく震えるローター。電撃が奔るように、痛みさえ伴う刺激が腸内に直撃する。すっかり快楽を受けるための器官と化した凌牙のそこには、たまらないものだった。

「あっ、ああっ、ああああっ! これっ、イイっ、あっ、気持ちいいっ、気持ちいいっ!」

 頭の中が真っ白になる。押し寄せる快楽の波に飲み込まれる。触れてもいない性器がすっかり天井を向き、ぴゅっと精液を吐き出す。

 ずるりと凌牙の身体はトイレの床に倒れ込む。口元から涎を垂らし、内股を震えさせ快楽に悶える彼の瞳は、暗く濁っていた。

 

 

 

 気がつくと凌牙はいつもの通り、璃緒の眠るベッドを目の前にしてパイプ椅子に座っていた。

 頭上から降ってくる吐息に顔を上げる。そこにはドルベがいた。ドルベが凌牙の座る椅子の後ろに立っていた。目が合うと同時に、顔が近づいてくる。唇に彼の唇が触れた。キスをされた。凌牙にとって、他人にされる初めてのキスだった。

「人間のセックスの方法について、君がいない間私も知識を深めたんだ。キスをして、愛撫をして、それからセックスをする。それが真に愛し合う恋人のするセックスなんだと。ベクターも意地悪だ。はじめに教えてくれないのだから。……いや、私とベクターは恋人ではないのだから、それで正しかったのかもしれないな。私が愛しているのは……ナッシュ、君だけだ」

 ドルベの両腕は凌牙を抱くように降りていた。指先がシャツの上から乳首を摘み、揉んでいる。布越しでも感じるドルベの指先の愛撫は、初めて触れられるはずなのに甘く痺れるようで心地がいい。

「あっ、ああ……」

 唇から漏れていく声がドルベの唇の中にまた吸い込まれていく。まるで心の底から、魂から愛し合う恋人のようだと凌牙は思う。彼の唇の感触を、温度を、自分の記憶は知っているような気がしたのだ。脳裏に過ぎる、海底遺跡で見せられた記憶。その中にいたドルベ。彼の過去の姿を思い描く。きっと今凌牙が抱いている気持ちも、自分の記憶に刻まれていたものなのかもしれない。

 むずむずと熱を持ち始める身体の中心。後孔からは、いつの間にかあのローターが抜き取られていた。ドルベが抜いたのだろうか。ぼんやりと考えながら、そこが待ちわびるように疼いていることに自覚を持つ。

 欲しい。中に挿れてほしい。無機質な玩具なんかではなく、人間の性器を。熱く充血し勃起した欲望の固まりを。それはきっとさぞかし気持ちがいいのだろう。つい先日まで何も知らなかった、無垢だったはずの凌牙だが、今ではそう確信さえ覚えるのは、実は自分は「知っていた」からに違いないと思う。ドルベに抱かれ愛撫され口づけされ心地よいと思ってしまうのも。とくんとくんと心臓が穏やかに鼓動を打つ。

 おかしな話だった。自分が今まで14年間生きてきた記憶が本当のものなのかわからなくなっているくせに、どうして知らないはずの、体験なんて絶対していないはずのことを、「知っている」と確信できるのだろう。間違いのない自分の記憶だと信じることができるのだろう。

「ナッシュ」

 呼ばれる知らない名さえもそうだ。自分の名だと認識できる。神代凌牙がそれを否定しても、凌牙の中の魂が、呼びかけに答えようとする。

「ドルベ」

 頬を伝って涙が流れた。眠る璃緒、夕日に包まれた病室。にじむ視界に見えた景色。それがきっと、最期だった。

「セックスしたい。お前と。お前のが欲しい。俺の中に、入れて欲しい」

「ナッシュ……」

 ドルベが目を見張る。感極まったように口づけられる。凌牙もそれに答えた。舌を絡ませるのだと分かった。知っていた。何も知らなかったはずなのに。

「璃緒の前じゃいやだ……別の場所がいい。ドルベ。俺たちの、あるべき場所で、お前とセックスしたい」

 妹が目覚めないままなのに、性欲と快楽に負けてしまった、情けない兄の姿を晒したままではいたくなかった。すぐにこの場から消えてしまいたいという凌牙の願いを、ドルベはすぐに聞き入れてくれた。空間が歪み、ワープホールが開かれる。ドルベに抱かれるようにして、凌牙はその中へ入った。

 バリアン世界では人間の姿をとれないため、セックスをするには人間界でする必要があるのだとドルベは言った。結局戻ってきたのは、凌牙が監禁されていたあの廃ビルの部屋だった。ベクターは今日はいないようだった。二人きりの部屋で、ソファに座る。ドルベが続く。身体の上にドルベが乗ってくる。顔が近づいて、唇が重なる。ソファの上に、凌牙の背中が落ちた。

 それはドルベにとっても、凌牙にとっても、念願の交わりだった。

「んっ、あぁっ、あっ、ドルベっ、ドルベ、気持ちいい、きもちいいっ……! セックス、こんなに気持ちいいの、やぁっ、おかしくなるっ、おかしい、おかしいっ……!」

 凌牙は甘い声を上げ続けた。初めての挿入のはずだったが、散々玩具で開発された身体は苦もなくドルベを飲み込み、きゅうきゅうと締め付けた。ドルベも初めて凌牙に挿入するのだというのにその攻めは的確で、感じる場所も弱い部分もすべて熟知しているようだった。初めてのセックスのはずなのに、おかしいくらいに気持ちがよく、おかしいくらいに身体にしっくりとなじんだ。自分の身体はドルベとセックスするためにあったのではないかと思ってしまうほどに。生き分かれた恋人と、久方ぶりに再会し愛し合うときはきっとこんな気持ちなのだろうと、凌牙はドルベに懸命に抱きつきながら痛感する。

「ナッシュ、私もだ……君とのセックスが、こんなに気持ちいいなんて

……気持ちいい、ナッシュ、ナッシュ……好き、ナッシュ、ナッシュ、もう君をはなさない、二度とはなさない」

 腰を激しく打ち付けながら、ドルベは凌牙にキスをする。唾液や腸液、精液がぐちゅぐちゅと湿った音を立てても、二人の耳には心地よい海の潮騒にしか聞こえなかった。

「俺もっ……ドルベ、お前と……もう、はなれたくない」

 ようやく、また会えたのだから。

 そう魂が叫ぶのを聞いて、凌牙は目を閉じた。甘い声を出しながら交わり続けるドルベとナッシュは、運命の恋人のように、幸せと快楽に包まれていた。

 

2013.08.21

次回(118話)予告のドルベ襲来に恐怖しながら書きました。いやードルナシュって運命の恋人ですね(しろめ)(まだシャークさんがナッシュと確定してませんが国王様が前世?であることはガチそうなので)

Text by hitotonoya.2013
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