神代凌牙はかわいくないかわいい

 

 じゃらじゃらと耳を劈く無数の音楽が鳴り響く。暗めに落とされた照明にあちらこちらで瞬く電飾。日常の中にあって日常とは少しばかり離れた場所。現実から逃げられる空間。それがゲームセンターである。

「………」

「………」

 小さな子どもたちがメダルゲームのコインを持ってはしゃぎ親が後ろを追いかける。

 制服を来た高校生が真剣な顔でビデオゲームに座り込み画面を睨みレバーを裁く。

 音楽ゲームの大きな筐体の舞台で華麗なパフォーマンスを見せるプレイヤーは順番待ちの客の目を釘付けにする。

 そんな空間には似つかわしくない渋い顔と沈黙を背負っているのが、この二人。デュエルの世界ではアジアチャンピオンとして名を馳せているWと、その彼を先日のWDCで打ち負かした神代凌牙だ。

 今日はオフの日なので、ファンに見つかって面倒なことにならないよう、Wは帽子にサングラスで変装をしている。凌牙のほうは彼の通う学園内では知らぬものがいないということだが、全国的な知名度はないだろう。普通に歩いていても、何も言われないただの中学生にすぎない。とはいえ、こんなファミリー向けのゲームセンターに彼らがいることは、二人を知る者からすれば意外であることは間違いない。

「……なんで俺がお前とこんなとこに来なきゃならねえんだ?」

「こっちのセリフだ」

 毒づきあいながらそれでも暇を持て余した二人はゲームセンターの中をぶらぶらと歩いて行く。その剣幕には客も店員も自然と道をあけてしまうほどだった。

 

 経緯はこうだ。

 とあるカフェでWとVの兄弟と、凌牙と璃緒の兄妹は偶然の邂逅を果たした後、一緒にこのショッピングモールに来ることになったのである。甘いものに弱いVと璃緒が意気投合し、このショッピングモールの地下にあるスイーツ売り場めぐりをする、とのことだったのだが、Wと凌牙は興味が彼らほどあるわけではない。その上Wは立場上、人の多い場所で正体がバレてしまったらややこしいことになる。それを警戒したVと璃緒により、二人は上の階にあるゲームセンターに追いやられてしまったのである。凌牙がWの監視、お守り役を押し付けられた格好だ。当然凌牙の機嫌は悪くなるし、自由を奪われたWもまた然り、だ。

『時間かかるからゲームセンターにでも行って暇つぶしてきて!』

 と璃緒の言葉どおりにここに来てしまったが、素直に従うことなく別の場所に行っても良かったのではないだろうか。それこそカードコーナーにでも行ったほうが、凌牙も自分も相手のことを考えずともそれぞれが十分に時間を潰せるだろうとWは思う。しかし、自分の立場を思い出してWは舌を打った。最も自分の正体がバレそうな場所なのだ、カードコーナーというところは。

 とはいえゲームセンターに置かれてるものにそれといった興味が有るわけではない。クレーンゲームのプライズの人形は、Wの趣味とはかけ離れていたし凌牙の好きそうな海の生き物みたいなものもなかったのである。ただ辺りを見回しながら会話もなく歩くのは、流石のWも虚しさを感じた。

「お前まだ14だろ。もっとはしゃいだらどうだ」

「こんな場所ではしゃぐ歳じゃねえよ」

 ポケットに手を突っ込んでWの方に振り向きもせず言う凌牙の声はすぐ騒音にかき消されてしまう。可愛くない、とWは息を吐いた。前にVとゲームセンターに行ったときは、Vはいろんなゲーム機に興味を持って、ころころと表情を変えてはしゃいでいたというのに。

「お前が興味あるならやったらいいんじゃねえのか。好きなんだろ? こういうの」

 猫のマスコットキャラクターのぬいぐるみが詰め込まれたクレーンゲームを指さして凌牙がぶっきらぼうに言う。

「そういうんじゃねえよ、俺が好きなのは」

「……正直どうでもいい」

 説明してやろうと思ったところを間髪入れずに遮られる。益々可愛くない凌牙に、WはVを思う。今頃璃緒とケーキのショーケースを眺めながら、目を輝かせたり、笑っているのだろうか。一緒に出かけるならやはりああいう反応を示してくれる人のほうが楽しいと切実に思う。

 どんどん歩いて行く凌牙の後を追いかけるようについていく。まるで子どもの面倒を見るような気分だとWは思う。そうして凌牙が行き止まりに気づいたのは、大きなグラビア写真が印刷されたカーテンが無数に垂れ下がったプリントシール機……いわゆるプリクラが大量設置されたコーナーだった。

「プリクラ……撮りたいのか? お前そういうキャラだったか?」

 意外なところで足をとめた凌牙を思わずからかってしまうと、「ちげーよ!」とものすごい剣幕で否定される。

「ただ行き止まりがここだっただけだ! だいたいなんでこんなに同じようなヤツがいっぱい並んでなんの意味があんだよ……」

「結構違いがあるもんらしいぜ?」

「璃緒も同じこと言ってやがった」

 吐き捨てる凌牙に、彼が以前妹につれられてここに来たことがあるのだろうことをWは察する。

「今はカメラ機能だって皆Dゲイザーについてるだろうが。わざわざこんなことする意味わかんねえ」

「記念みたいなもんだろ。加工もラクにできるし、印刷されてくるしな。データとは違う良さがあるもんだぜ、印刷された写真にはよ。なんつーか……手元にしっかりあるってのがな」

 思い出してしまうのはかつて撮った家族写真だ。家族がバラバラになってしまった間も、あの写真を支えにしてWは生きてきた。しっかりと紙に印刷され刻まれた思い出が、手に取ることができる。それは揺らぐ自信や記憶を支えてくれ、WやV、Xを、家族を取り戻す目標の成就へと突き動かしてくれた。

「この前Vと撮ったんだぜ、ほら」

 手帳を取り出して、そこに貼られたシールを凌牙に見せる。きらびやかなスタンプのたくさん押された写真には、ライトに照らされたWとVがはしゃいでピースさえして写っている。

「……加工されすぎだろコレ。どんだけ修正したんだ」

 目を細めて訝しむ凌牙に、Wはフンと鼻を鳴らす。

「何言ってやがる。俺は素でこれくらいカッコイイだろ? わざわざ自然に写るって評判の機種で撮ったんだ」

「うさんくせえ」

 シールとWの顔を見比べて悪態を吐き続ける凌牙に、Wのプライドが刺激される。

「そこまで疑うなら今ここで撮ってみようぜ? 凌牙、お前も一緒にな。そうすりゃ加工されてないことが分かるだろ」

「は? なんで俺が巻き込まれなきゃならねえんだよ!」

 筐体に引きずるように凌牙の腕をとるWだが、全力で抵抗される。凌牙の扱い方は心得ているとはいえ、運動能力に優れている凌牙をおとなしくさせるのには手がかかる。

「んだよ、自分の写真写りに自信ないのか? 俺はあるぜ?」

 伊達に仕事でモデル業のまねごとまでさせられてるわけではない、とWは自信満々に凌牙を見下す。煽られれば凌牙の闘争心に火がついたようで、青い目は先程までのやる気のなさとは打って変わって鋭くぎらつく。

「てめぇ、ナルシストかよ」

「お前とは違って自分に自信がある、といってほしいね」

「ああ? 俺のほうがお前よりずっと写真写りいいに決まってるだろ。つーか、お前に負けるもんがあるとは何一つ思えねぇな」

「生意気な口聞きやがって。だったら今すぐ勝負しようぜ。ちょうど目の前にプリクラがあるんだからよ」

「てめぇの情けない写りの写真とってやるぜ」

「ハッ、んなことより自分のことを考えるんだな」

「俺だって璃緒と一緒に撮ったことあるぜ!」

「おうならなんの問題もねえな、さっさと始めるぜ」

「お客様、こちらのコーナーは女性もしくはカップルの方限定となっていまして……」

 揉めている間に寄ってきたらしい店員が苦笑いを浮かべながら寄ってくる。が。

「「ああん?」」

「ひっ!」

 鋭い赤と青の睨みに加え、凄みのきいた低い声が重なるのに、店員は哀れな悲鳴を上げた。

 口論を邪魔されたファンサービスの申し子と札付きの不良の負の感情の矛先を同時に向けられれば、いくらその辺のチンピラの扱いには慣れているだろう熟練の店員も怯えてしまうのは仕方ない。

「こんなに筐体あんのに客に使わせないってどういうことだ? おかしいだろ? 混雑してんならともかくガラガラじゃねえか?」

 凌牙は店員を下から睨み上げ、唇を吊り上げながら店内を見回す。確かに今このプリクラコーナーは賑わいを見せておらず、客の人数に対して筐体は余っているくらいだ。

「つーかこの前俺と弟でココでこの機械でプリクラ撮ったが何も言って来なかったぜここの店員? 日によって態度変えるのはよくねえよなぁ〜?」

 変装用のサングラスをして特徴的な髪型も帽子でかくしてしまえばWの顔の傷は見るものを怯えさせるのに十分だろう。

「そ、それは……申し訳ございませんでしたあっ!」

 逃げるように去っていった店員の背中を二人は腕を組み満足気に眺めると、堂々と筐体のカーテンの中に入っていく。その姿は先程まで彼ら(とくに凌牙)が一緒にプリクラを撮るのを躊躇していたなどと一切思わせなかった。

「……で、コイツをどうするんだよ」

「は? お前さっきコレでプリクラ撮ったとか言ってなかったか?」

 筐体の中に入るなり画面を見つめて硬直するWに凌牙は眉を顰めた。

「操作なんて全部Vがやってたからな。お前だって妹と撮ったんじゃなかったかよ」

「あれも璃緒が勝手に全部……とりあえず金入れればなんか始まるだろ。400円……おい、半分出せ」

「小銭持ってねぇよ。カードでいけるか?」

「現金は」

「全部万札」

 いかにも高級ブランド品といった長財布を取り出したWに凌牙は眉間の皺を深くする。

「イラつくヤツだぜ。後で絶対返せよな半額」

 吐き捨てながら100円玉を4枚投入する。とたんに大きな音を出して動き出す大画面に、初めて使うわけでもないのにびくりと肩を跳ねさせてしまう凌牙。

「さっさと終わらせるぞ」

 決意と共に顔を上げ、カメラの真正面に立つ凌牙の真剣な顔に、Wはにいと唇を釣り上げ、サングラスと帽子を外した。

 

 

 何度かシャッターが切られた後、ディスプレイに表示された結果を見てWは笑った。

「なんだこれ」

 同じく画面を見る凌牙は悔しそうに唇を噛んでいる。Wとできるだけ距離をとるようにして写真を撮ったせいか、凌牙の写真写りはどれも非常に残念なことになっていたのである。

「だっ……お前が邪魔するからだ!」

「邪魔なんてほとんどしてねぇだろうが。勝手に自滅して、情けねぇなあ」

 それに比べて見てみろ俺を、とタッチペンで自分を指してWは胸の前で腕を組む。撮影の仕事で鍛えた写真写りの腕はプリクラでも十分に発揮されている。当たりすぎの光量を弱め、加工の補正も少なめに、ちょうどよくしてやればこのままファンに売ればかなりの値段がつきそうな仕上がりだ。まあ、たいへん残念なことになっている凌牙が隣に写っているのだが。

「………」

 凌牙は無言でタッチペンを手に取る。落書き画面にさっさと切り替えると、Wの顔の上にヒゲを書いたりヘンな髪型やメガネのスタンプを押し出す。

「てめぇ何しやがる!」

「うるせえ、こんなもんはナシだ、ナシ!! もう一回だもう一回!!」

 そうしてさっさと印刷ボタンを押して凌牙は終了させてしまう。消す暇も与えられなかったため、Wの顔はぐちゃぐちゃに落書きされた状態で印刷されてくるだろう。

「万札持ってるんだろ、よこせ! 両替してきてやる」

 顔を真っ赤にして言う凌牙にWは財布を取り出した。

「素直に『もう一度俺と撮ってください』とは言えねぇのかよ」

「誰が言うかそんなこと!」

 Wの財布を奪い取ると、凌牙は筐体から飛び出し両替機へ向かった。すっかりムキになって肩を怒らせる凌牙の背中を見て思わず頬がほころぶ。本当に素直じゃない。けれどもそんなところが彼の魅力だ。

 Wもサングラスと帽子をかぶり直して、カーテンの外へ出る。筐体の外側にある取り出し口から、ちょうどストンとシートが落ちてきた。凌牙が落書きした通りのWのヒゲでアフロになっている顔と、その横で実物よりもほんのすこし不細工に映ってしまった凌牙のツーショット写真。Vと撮ったものと頭の中で比べる。やっぱりかわいくないヤツはこう写りもかわいくなくなってしまうのだろう、とWはくすりと笑った。写真の中でも頬をふくらませて不機嫌そうな凌牙の顔を撫でる。

「ほんと、かわいくねぇヤツ」

 そう言いつつもその指の動きは愛撫のように優しい。凌牙に捨てられてしまう前に一枚、こっそりと剥がして手帳に貼ってから、Wはそれがバレないようにシートを折りたたんだ。

2013.08.06

「相変わらず可愛くねぇ野郎」とか「素直に感謝しろ」とかなんなんだよ本編が同人誌かよちくしょう(その後から目を逸らしながら)

Text by hitotonoya.2013
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