廃ビルの中の無人のはずの一室。ソファの上で、眼鏡をかけた少年は、懸命に愛しい人の名を呟きながら己を慰めていた。
「はっ……ああ、ナッシュ、ナッシュ……っ!」
与える刺激は性器にだけではない。肛門にはアナル用としてはかなりの大きさのバイブレーターが挿入され、振動を少年の身体に伝えている。
「あっ、ああ……!」
びゅるり、と手のひらの中に吐き出された白濁を見て、少年……ドルベは気だるげな息を吐く。ソファに背中をもたれさせ、精液をティッシュペーパーで拭うと股の間に差し込んでいた玩具を引き抜く。下半身を襲う喪失感にため息がこぼれる。
何も入れられていない、何の刺激も受けていない状態が物足りないと感じてしまうほど、ドルベはベクターから教えられたセックスという行為に夢中になっていた。
あの後、ベクターから受け取ったDパッドでセックスについていろいろと調べ、いろいろと試してみたが、ドルベはナッシュのことを考えながらでないと勃起することがなかった。ベクターが言うにはこの身体の股間に生えている性器……ペニスという器官の勃起という現象は、対象への好意、主に恋愛感情がないと起こらない事象らしい。つまりはドルベが一途に慕うはナッシュだけであり、ナッシュへかつてより抱いていた感情は人間で言うところの恋愛感情に相当するということだ。
更に調査を進めれば、このペニスは人間の身体の穴に挿入することで、愛を確認する行為に使用するものらしい。つまりは、この直腸内へのたまらない刺激と、性器をこする快楽が愛する者同士が同時に味わえるということだ。……本来この行為をヒトはセックスと呼ぶのだと、ドルベは知識として刻んだ。
ベクターはドルベにペニスを挿入しなかったが、人間の間では、ペニスの初めての挿入は大切な意味を持つらしい。真に愛しあうもの同士がペニスを入れられ、入れることは恋人として最大の幸福なのだという。ベクターはそのことを知っていたのだろうか。「ナッシュの代わりだと思え」と言った彼なりの気遣いだったのかもしれない。
性器を入れるのも入れられるのも、はじめてはナッシュがいい。
そうドルベは感じていた。その日に憧れながら、ドルベはベクターにより教えられた知識を元に日々己を開発し続けた。いざナッシュと再会したときに、彼にもこの快楽を教えてあげたかったし、彼からもまた至高で尊いだろう快楽を与えてもらいたかった。前も後ろも、ベクターにされた以上のものをひとり遊びながらドルベは既に知り、その結果身体は更なる快楽を求めていた。
すっかりドルベの居場所にもなってしまったベクターのアジトでもある廃ビルから、必要なものの買い出しに出かけた帰りだった。紙袋を抱えながら路地裏を歩いていると、ガラの悪い男数人がいつのまにかドルベの周りを囲んでいた。
「へへ、お使いの帰りかい? 兄ちゃん」
「お前みたいな真面目なぼっちゃんがこんなとこ歩くもんじゃねえよ?」
「金持ってるんだろ、カネ。……出したら見逃してやるぜ」
ごろつきたちは単純に金品目当てで、大人しそうな外見のドルベを狙ってきたようだった。ドルベは状況を確認しながら、バリアラピスに目をやる。
こんなところで真の姿を見せる必要はないが、彼らの体格と今人間の姿をとっている自分を考えると、状況は不利だろう。それに……。
じり、とドルベがコンクリートの地面に靴の擦れる音を立てたとき。
「いい歳した大人がガキ相手に小遣いせびるなんて……情けねぇと思わないのか?」
違う靴の音がコツリと細い路地に響く。一斉に声のした先を見る男たち。その視線の先には、近くの学園の制服を着た、ドルベの姿よりも幼い少年がポケットに手をつっこんで立っていた。
青い瞳が鋭く獲物を狙う鮫の牙のように男たちを射抜く。それは神代凌牙だった。
「お、お前はっ」
「シャーク……!」
体格差の相当ある凌牙に対して恐れおののく男たちにドルベは驚く。彼の身体能力は確かに人間離れしたものがあったが、明らかに年上の男たちさえ恐れるようなものだったとは。
「何びびってやがんだ、ガキだろ! かかれっ」
男のうちのひとりが先導するようにドルベを通りすぎて凌牙の元へ駆ける。振りかぶった拳はしかし宙を空しく切るだけだ。
「!!」
何でもない風にポケットに手を入れたままそれを避けた凌牙は男の腹めがけ強烈な蹴りを入れる。
「ぐへっ!」
間抜けな悲鳴をあげた男がうずくまるのに、動揺する他の男たちに向け、凌牙はにっと唇の端をつり上げて笑って見せた。
「さあて……次はどいつだ?」
挑発に乗ってくる愚か者はいなかった。凌牙の足下でうずくまっていた男も這うようにして必死に逃げていく。
「ち、ちくしょう!」
「おぼえてやがれっ!」
三流以下の悪役じみた台詞を吐きながら、背中を向けて去っていく。凌牙はそんな彼らに「情けねぇ」と呆れのため息を吐く。
「あ、ありが……」
礼を言おうとドルベが凌牙に手を差し出した瞬間、きっ、と凌牙の眼差しが先ほどまでの鋭さを取り戻す。気づいた直後には、ドルベの身体は傾き地面に背中をぶつけていた。
ゴン、と大きな音を立てて先ほどまでドルベが立っていた場所の、コンクリートの壁に石がぶつかる。ごろつきたちが最後の抵抗とばかりに投げていったのだろう。あのままいいればドルベの顔面や頭に直撃していたかもしれない。……そしてその危機からドルベを身を挺して守ってくれたのは、凌牙だ。
丁度No.44の遺跡の時とは逆に、凌牙がドルベの身体を地面に押し倒して石から避けさせてくれたのだ。
「……すまない、凌牙」
「勘違いすんじゃねぇ。あのときの借りを返しただけだ」
ドルベのすぐ側で凌牙の声が響く。声は凄みをきかせて低く、口調は荒いがその中に確かに優しさを感じる声。抱きしめられるように密着する身体。首元をくすぐる吐息。背筋にぞくぞくと心地よいものが奔るのをドルベは感じた。
やはり凌牙の魂はよく似ている。ナッシュに。
だってこんなにも身体が熱く、疼く……。
求めるように手が伸びたのは無意識のうちだ。いつの間にかドルベは凌牙に腕を絡め抱きついていた。
「おい、放せ、ドルベ」
「放さない」
敵対する関係に加えこの状況としてもおかしな返答をするドルベを凌牙はいぶかしんだ。ぎゅうと締め付ける腕の力を振り切るように凌牙は顔を上げる。だがそこにあったドルベの顔に、目に、表情に、凌牙は目を見開いた。恐怖さえ覚えた。
「ナッシュ」
ぞくりと凌牙の背筋に奔った震えはドルベが先ほど感じたものとは正反対の性質を持っていただろう。それは悪寒。逃げなければ。今すぐに、この腕の中から。凌牙の本能が警鐘を鳴らす。
「ナッシュ……君はこんなところにいたのか」
かつて名乗ってきた偽名を、何故か凌牙に向けて呼びかけてくるドルベの瞳はどろどろとした深い闇のように濁っていた。
……次に瞼を開いたとき、凌牙はソファの上に座らされていた。
いつの間にか意識が飛んでいたらしい。ボロボロの天井や壁に、家具。どこかの廃ビルのどこかの部屋の中に凌牙は連れ去られていた。身体も頭も重く、意識が朦朧とする。ソファの上にはもう一人いた。凌牙の隣に、しなだれかかるような格好でドルベがいた。
「ナッシュ、ナッシュ」
凌牙の耳元に、とろりと甘くとろけた声を囁いてくる。
バリアンの力の影響を受けてしまったのだろうか、凌牙は自分の身体を思うように動かすことが出来なかった。
ソファの上に投げ出された手に、不思議な感触を覚えて凌牙は目を動かす。あたたかく、そして湿った何かに触れている。自らの手に行き着く前に、凌牙の視界に入ったもの。それは、ドルベが彼のズボンの前を緩め性器を露出させている様だった。他人の性器がこんな風に勃起しているところなんて初めて目の当たりにした凌牙はぎょっとする。そして勃起したドルベの性器こそが、凌牙の手に擦り付けられているものだった。
「ナッシュ……」
そんな状態でうっとりと囁かれれば、たまらず凌牙は声を張り上げる。
「さっきから……っ、誰だよソイツは! 俺は神代凌牙だ!」
「いいや……君はナッシュだ」
凌牙の目を真っ直ぐに見ながらドルベは事実をあっさりと否定する。
「何を言って」
「私がこんなにも勃起してしまうのは、ナッシュ。君に対してだけだ」
確かめてくれとばかりに凌牙の皮膚にドルベは勃起した性器を押しつけてきた。固くて、熱い。どくどくと脈打つのが伝わってくる。粘膜のしっとりとした触感。
「だから俺は、神代、」
「関係ない。お前が自分を何だと思っていようが」
眼鏡の向こう側から睨んでくるドルベに凌牙は言葉を失ってしまった。今まで凌牙が関わってきたどんな不良やごろつきたちよりも、その眼光は殺気に研ぎ澄まされていた。
殺される。
凌牙の頭の中を、その恐怖が一瞬で支配する。
「君はナッシュだ。ナッシュは君だ。私がナッシュにしてみせる。……そこにいるんだろう、ナッシュ。……君と話したいこと、君に教えたいことが山ほどあるんだ」
凌牙の制服の上から股間を撫で、存在を確認した後にドルベの指先はズボンを脱がしていく。怯えて震えるばかりで逃げることもできない凌牙にドルベはふっと優しげに微笑む。
「セックスは初めてか?」
「セッ……?!」
真面目そうな少年の口から飛び出したとんでもない言葉に凌牙は目を丸くする。
「私もこちらの世界に来てから初めて知ったのだが……とても気持ちがいいんだ。今まで君にはずっと世話になってきた……だから、私は君をこのセックスで気持ちよくさせてやりたい」
そして凌牙のズボンを下ろしたドルベは、脚の間に手を滑らせていく。ゆっくりと力を込められて、凌牙は脚を開かせられた。するりと太股を通って尻を撫でられる。指が割れ目をなぞる。
「ひっ!」
情けなさもみっともなさもお構いなしに凌牙はひきつった声を上げた。
「人間の身体は、ここを弄ってやるとすごく気持ちがいいんだ」
言いながら凌牙の後孔をドルベはつんつんと指でつついてくる。
「……あっ、あたまおかしいんじゃねえのか?! セックスに、んなとこ使わないはずだろ?!」
叫ぶ凌牙だが、ドルベは眉尻を下げて困ったように笑うだけだ。
「知らないのか? ベクターと同じ学校に通っていたのだろう? ホケンタイイクで教わらなかったのか?」
「こんなの保健の授業で習ってねぇよ!」
「ああ、お前はよく授業とやらをサボっていたんだったな」
まるで授業に出席していなかった凌牙以外は学園の誰もかもがこの行為を知っているのだとばかりにドルベは言った。
「大丈夫だ。初めは痛いかもしれないが、すぐに良くなる。……私が君を良くしてみせる……ナッシュ……」
あやすように語りかけながらドルベは手を伸ばす。その先にあったのは外で凌牙がドルベを助けたときに彼が持っていた紙袋だ。その中から一本、プラスチックのボトルをドルベは取り出した。セロファンの包装を開封して、キャップを開ける。逆さにされたボトルから、とろりとした液体がドルベの手のひらの上にこぼれ落ちた。それは凌牙の尻にもたっぷりとこぼされた。ぬるぬるとした感触に凌牙は不快感を露わにする。
そうして普段は誰にも見せたことのない、凌牙自身でさえも見たことのない尻穴を、ドルベは脚を持ち上げて凝視し、しつこいほどに触ってくるのだ。くすぐったいと思うことよりも、恥ずかしさと理解しがたさが凌牙を支配する。
入念に入り口に専用のローションを塗りたくったドルベは、入り口のマッサージを終えると凌牙に断りも入れず指をまずは一本、穴の中に押し込む。
「〜〜〜〜!!」
衝撃にビクンと身体を跳ねさせ、目を見開く凌牙。声にならない悲鳴が上がる。
「すまないナッシュ……私が下手なばかりに」
謝罪らしき言葉を口にしながらも、凌牙を見るドルベの瞳は申し訳ないなどという気持ちを持ち合わせているようには見えず、指を抜くこともない。それどころかじわじわと奥へ押し込まれる。真っ白に弾け飛びそうな意識をつなぎ止めてくれるのは容赦ない激痛。
「抜けっ……! はやく、いますぐ、抜けよっ……!」
「大丈夫だ、落ち着いて……もう少しだけ我慢してくれ」
凌牙を……否、『ナッシュ』の身体を気遣うような言葉を囁いて、ドルベは凌牙の身体の内側で指を動かし始めた。固く閉ざされた蕾のような穴を押し広げ咲かせるように、上下に腸壁を押し上げる。押し寄せる苦痛と吐き気に凌牙の喉からは呻きばかりが出ていく。
「うっ、ああっ、あっ」
「君の中は狭いんだな」
どこか得意げに、眼鏡の向こうでドルベの瞳が光ったのが見えた。
「少しずつ慣らして……拡げていこう。この中には、たくさん入ったほうが気持ちがいいんだ」
ずるりとドルベの指がようやく抜かれる。第一関節……否、第二関節までしか入れられていたかった。それでもこの短い時間で、凌牙の受けたダメージは心身共に甚大だった。はぁはぁと胸を上下させて呼吸を整える。そんな凌牙の前にドルベは立ち、おもむろにズボンを下げ始めた。すとんと床に落ちる布。薄暗い部屋に浮き上がるように白い脚。
現れたのは、勃起し、先走りを待ち遠しいとばかりにこぼした性器。
そしてその向こう側で伸びている、ピンク色のコードがあった。その先の一方は、ドルベの太股にテープで張りつけられ、固定されている。何かのボタンがついている。ドルベはその丸いボタンを押しながら、テープをはがした。
「んっ」
甘い声とともに引っ張り出されたのは、ころんとした小さなピンク色の丸い何かだった。
凌牙は目を疑った。
だってそれは、濡れててらてらと光るそれは、さっきまでドルベが凌牙に指を入れていた場所と同じところから出てきたようにしか見えなかったからだ。
テーブルの上に放り投げられたそれはカランとプラスチックじみた音を立て転がる。それと入れ替わりに、ドルベはテーブルの上にあった、別のものを手に取った。
紫色をした、グロテスクにさえ見える突起物があちこちについた、太い棒のようなもの。
「こいつが最近気に入っているんだ」
愛しそうに両手で持ち上げた紫色の棒に、ドルベはぺろりと舌を這わせる。そしてあろうことか、凌牙の目の前で、ドルベはそれを自らの後ろ穴に挿入しはじめたのだ。
「この突起が……ナカを、こすって……たまらないんだ、ナッシュ。君にも……是非、感じてもらいたいんだ。……ああ、そして、君が良ければで、いいんだが……君が『そうしたい』と、思ってくれたら……私のナカに、そう、この中だ、この中に、君のペニスを入れてほしい……んっ、人間は、そうやって、っ、愛と快楽を共有しあうらしいんだ……。君が、私への、愛情で……ペニスを勃起させてくれたら……はぁっ、そのペニスをここに挿入してくれたら……、どれだけ気持ちいいだろうか……。ああ、もちろん、私だけ気持ち良くなるわけではないんだ。ナッシュ、君のことももちろん私が、私が、気持ち良くさせてみせる……。はぁっ、ほら、見てくれ、君のことを考えているだけで、私はこんな風に勃起してしまうんだ。君の内側が苦痛なく私を受け入れてくれることが出来るように、私も、手伝いたい。いいだろうか? ナッシュ……」
とろけた瞳で語るドルベは以前デュエルしたときや遺跡で会ったりしたときとはまるで別人のようだった。その後ろ穴に何の抵抗もなくグロテスクな棒が埋め込まれていく様を凌牙は見せつけられる。生肌に触れる湿った空気が、先ほどドルベにほんの指一本だけを内側に入れられた激痛を蘇らせる。
……くらりとした目眩と共に、凌牙は逃げるように意識を手放した。
久しぶりに自分のアジトに戻ってきたベクターは反射的に笑ってしまうほど驚いていた。
精のにおいの染み着いた生ぬるい空気の満ちた部屋の中に、一人の少年が縛られていた。天井から伸びたロープに両腕を吊し上げられ、床の上に膝を屈している。黒い布が目を完全に覆い、口にはボールギャグまで噛まされている。はだけられた制服から垂れ下がるほどけかけのネクタイは青色。シャツの袖は緑色。ハートランド学園の二年生のもの。学園指定のズボンはどこへ消えたのか、少年は下半身に何も纏っておらず、先走りを垂らした性器が天を向いている。根本はきつく縛られ射精を禁じられている。そして極めつけは、そのむきだしの尻から覗く電動のバイブレーター。鈍い音を出し続けているそれは、ベクターの私物にはなかった種類のものだ。少年がびくびくと小刻みに身体を揺らす度に、吊されたロープが軋む。
「こいつは……」
苦笑が混じりうわずった声でベクターは呟いた。
神代凌牙。バリアン世界の復活の邪魔をする人間。遊馬とアストラルの仲間の一人だ。
「ベクター、戻っていたのか」
ギイ、とドアを開ける音と共に聞こえたのはドルベの声。ベクターと同じくそれに気づいた凌牙はビクンと身体を怯えるように跳ねさせた。
「すまないが、部屋を使わせて貰っていた」
現れたドルベの表情や声は、以前にはなかった艶があり、快楽を知り、それに溺れた者の目をしていた。
まさかあの真面目なドルベがここまでになるとは、ベクターは思ってもいなかった。ミザエルにも同じようにセックスを教えたが、彼はいつまでもベクターを疑い、行為に対しても素直に受け入れることはしなかった。だからミザエル以上に真摯なドルベもまたセックスを拒むようになるのではと思っていたのだが……。
ドルベは神代凌牙のこんな異様な状態を見ても眉ひとつ動かさない。彼が、凌牙をこんな風にしているのだろう。
「待たせてすまなかったな、ナッシュ。私のことだけを考えていてくれたかい」
吊された凌牙に歩み寄り、両手で頬に触れ顔を上げさせるドルベに、ベクターの予想は確信へと変わる。
「へぇ、ついにナッシュを見つけたのか」
おめでとう、とベクターは皮肉を込めて笑う。確かに凌牙はナッシュに似ている部分があるが、彼が本当にナッシュなのかはベクターには分からなかったし、彼がナッシュではないという気持ちのほうが強かった。
「ナッシュに対する割には、扱いが荒くねぇか?」
かつてはドルベのほうがむしろ荒い扱いを受けていたような気がするし、ドルベがナッシュに対してこんな拷問めいたことをするなんてベクターさえも考えたことはなかった。
「ナッシュは私のことを愛してくれているんだが……凌牙が邪魔をしているんだ」
凌牙はナッシュと共に逃げ出そうとするからこうして縛っているのだとドルベは言う。彼のとろけた頭の中では、どうやら凌牙とナッシュの関係は複雑なことになっているらしい。
「だがベクター、見てくれ。ナッシュは間違いなくここにいるんだ……私を愛してくれているんだ……」
うっとりと呟きながらドルベは凌牙の勃起した性器に手を伸ばし、愛撫を施していく。凌牙が封じられた口からくぐもった音を漏らし、びくびくと身体を跳ねさせている。射精を遮られた性器に対する更なる快楽は拷問だろう。神代凌牙は何も知らない人間の子どもなのだから。
「はじめは痛がるばかりだったけれど、もう後ろもこんなに拡がった。ナッシュは私のことを思って勃起しているんだ」
愛しそうに勃起した凌牙の性器を見るドルベだが、彼は真実を知らない。ベクターは愛するものに対して性器は勃起するのだと教えたが、人間の性器は愛情がなくとも触られたり興奮したりするだけで簡単に勃起してしまうものなのだ。だがドルベはベクターに吹き込まれたことを信じたままのようだ。確かに渡したDパッドには、アクセス制限をかけてよからぬウェブサイトだけを見られるようにしてあったが……これもひとえにドルベのナッシュを求める心がそうさせたのだろうか。
「ああそうだベクター、お前にもあのときの礼をしたいんだ」
「礼だ?」
「ああ。お前にセックスを教えて貰ってから、私もかなりテクニックを磨いてきた」
言いながらもドルベは凌牙の性器を弄くるのをやめない。爪先でひっかくように、凌牙の根本を戒めていた拘束をほどく。
「こうやって、ナッシュを満足させられる程度には、な」
そうしてぐりと指先で刺激を与え、凌牙を射精させながらドルベは言う。どくどくと溢れる凌牙の精液。ドルベの腕の中、ナッシュと呼ばれる少年は小刻みに震えて待ちわびた快楽の中に容赦なく沈められている。
「私はお前では勃起することはできないが、前にお前がしてくれたように、指や道具を使って中に刺激を与えることは出来る。お前にも世話になっているからな、ベクター」
真面目な顔でさらりといってのけるドルベに、さすがのベクターも冷や汗混じりに引きながら、「え、遠慮しとくぜ……」と後ずさることしかできない。あのとき何も知らなかったドルベがこんなことになるなんて、とベクターは自分で蒔いた種ながら恐怖さえ感じていた。
「それより凌牙……じゃなかった、ナッシュにしてやれよ。ああ、そういや、セックスの『本番』はしたのか?」
問いかけにドルベは首を横に振った。
「無理矢理はしたくないんだ。ナッシュと合意の上でセックスをしたい。ナッシュが私へのペニスの挿入をしたいと……この口で自ら言ってくれたときにしようと、決めているんだ」
凌牙の口をふさいでいたボールを取り外すドルベ。唾液でべとべとになったボールは無惨にも床に転がる。自由になった凌牙の口からは荒い息が漏れるだけ。真っ赤になった唇が唾液にまみれ艶めかしい。
ドルベは凌牙の目隠しもほどいていく。はらりと青い髪の隙間から落ちていく黒い布。中から現れた青い瞳は熱に潤んでいる。うつろな瞳はベクターに助けを請うこともしない。彼が憎んだバリアンに対する殺気は完全に殺され、ドルベだけを焦点のあわない瞳で見つめている。快楽の沼にずぶずぶと沈みかけているのが見て取れる。ベクターは息を飲んだ。神代凌牙という少年を、何も知らなかっただろう彼を、ここまで作りかえてしまったドルベの手腕と異常さに。
「ナッシュ」
優しく恋人の名を呼ぶドルベに、少年の唇から、艶を孕んだ声が答える。
「ドルベ」
満足げにドルベは凌牙をぎゅうと抱きしめた。子どもが母親にそうするような無邪気な抱擁だった。
「まだ欲しいんだろう、ナッシュ」
ぐいぐいと尻からはみ出た玩具を弄れば、凌牙は甘い声をあげ、射精を終えたばかりの性器を再び勃起させる。
「あぁ、あっ、ドルベ、もっと、もっと……っ」
「そう……君も私のことを愛しているんだ、ナッシュ。だから君は勃起するんだ。私もだ、ナッシュ。私はナッシュにしか勃起しない。君を前にして……ほら、こうして私が勃起している。だから君はナッシュなんだ」
凌牙の性器に自身の性器を擦り付け、事実として教え込むようなドルベの言葉を、判断能力を奪われた凌牙は素直に聞いているのだろう。
「ようやくナッシュを見つけたんだ……二度とはなしてなるものか」
ナッシュの身代わりだろう、とベクターは思うが口には出さない。
ドルベの手には紫色の、極太のバイブレーターが握られている。それはドルベが気に入りだと、凌牙の前で自分自身の中に挿入してみせたものだ。
既に凌牙の中に挿入されていた玩具を抜き、ぺろりと先端を舐めて唾液をつけたあと、ドルベは凌牙の入り口にそのバイブレーターをあてがう。
「もうこれも入りそうだな、ナッシュ……本当にこれは気持ちがいいんだ。君にも、是非感じて欲しい」
めり、めりと凌牙の穴を押し広げて挿入されていく玩具。
「ああっ、はっ、すご……い、これ、入って……入ってる……っ!」
凌牙があげるのは最早悲鳴ではない。ドルベに調教された凌牙はしっかりと快楽を受け止めている。
「良かった……ナッシュ」
挿入しながらドルベは凌牙と自身の性器を愛撫し続ける。
「ナッシュ……私の名前を呼んでくれ」
「ドルベ……ドルベ、ドルベ」
自ら快楽に溺れるように、凌牙は愛しいとすりこまれた名を呼び続ける。彼が未だ神代凌牙として生きているかは分からないが、ドルベが望んだセックスもいずれ出来るだろう。そう思いながら、ベクターは自分の仕込んだ悪戯が元で狂っていった二人の少年の乱れる様を見て、自身の身体も熱を持つのを感じていた。
ドルベの超三段論法の犠牲になり人違いでいろいろ奪われるシャークさんすげーかわいそうだなと書いた後思いました…ごめんシャークさん…えろいこともっとされろ
Text by hitotonoya.2013