ベクター先生のよからぬ個人授業〜保健体育編〜

 

 空間転移に伴う浮遊感は、普段ならば何ともないはずなのだが、人間の姿をとっている今では負荷が増しているようで、ほんの少しだけだがドルベはバランスを崩した。足を半歩ほど後ろに引いて直立の姿勢をとることに成功する。やはり人間の姿は不便が多い。腕のブレスレット・バリアラピスを見やりながらドルベは思う。運良く修復されたバリアラピスだが、この世界で常にバリアン本来の姿を保つことは難しいようだ。

 周囲を確認すれば、薄暗く細い道にドルベは立っていた。左右を高い建物に囲まれているが、前方の道の先は明るく、車が走っているのも見える。街の中の路地裏に出たようだ。特に行き先を意識していなかったものの、ナンバーズの遺跡とは到底関係のなさそうな場所にたどり着いてしまった自分にドルベはため息を吐いた。

 瞬間、落とした肩を、ぽんと叩かれる。

「こんなとこで何しょぼくれてるんだ?」

 からかうような声は聞き覚えがある。振り向けば、そこには橙色の髪の少年の姿があった。ドルベはその姿を知っていた。ギラグやアリトの動向をバリアン界で監視していたときに、その少年はいつも九十九遊馬と共にいたからだ。

「……ベクター」

「よお」

 ドルベが鋭い視線を向けてもベクターは動じない。ドルベの肩においていた手を持ち上げて、挨拶するっようにひらひらと振ってみせる。

「調子はどうよ」

 察しはついているだろうにベクターはわざとらしくドルベに尋ねてきた。

「……封印のナンバーズのひとつ、No.44を遊馬に奪われた」

「オイオイ」

 呆れたように肩を竦めてベクターは茶化す。彼がそんな態度をとるのも無理はないだろう。今までバリアン世界で他人にばかり仕事をさせておいて、いざ自分が出陣したら成果をあげられないどころか敵に塩を贈るようなマネをしてしまったのだから。

「ま、今度俺が遊馬に会ったときに他のナンバーズと一緒にまとめてゲットしてやればいいんだけどよ。そう落ち込むなってドルベちゃんよー、まだ残り六つもあるんだからよ! ああそうだ、もうひとつの目的はどうした?」

「もうひとつ?」

「ナッシュの手がかりは……掴めたのか?」

 ベクターから出された名に、ドルベの目は一瞬弾かれたように見開かれる。

 ナッシュ。ドルベが最も信頼を寄せていたバリアン。一番の……そう、仲間、と言うべき存在だったかもしれない。ある日黙って姿を消してしまったナッシュの手がかりが人間界にあるかもしれないとベクターに言われ、ドルベは衝動的にこの世界に降りてしまったのだった。

 ナッシュは今本当にこの世界にいるのだろうか。いたとすれば、どんな姿をしているのだろうか。高次のエネルギー態であるバリアンはそのままの姿を人間界で保つことができず、人間に近い姿になってしまうがその姿は実際に人間界に降りてみるまで本人にも分からない。ナッシュがたとえ目の前を歩いていても、ドルベも気づくことができないだろう。そうすれば見分ける術は、魂しかないのである。手がかりは皆無に等しい。遺跡に眠るナンバーズを探すことよりも困難かもしれない。それでもドルベは、可能性がある限り諦めることはできなかった。

「………」

 眼鏡の奥で瞼を伏せがちにし、物思いに耽るドルベには最早ベクターの存在は感知すらされていないだろう。はあ、と今度はベクターがため息を吐く番だ。ドルベのナッシュへの思いは、確かに利用するには便利でおもしろいことは確かだが、重すぎると感じることもしばしばだ。

 そんなドルベを眺めながら、ベクターはよからぬことを思いついたように口元を笑みの形に歪ませる。

「なあドルベ。胃に穴があくほど頑張ってるのに成果のあがらないお前にサービスしてやろう!」

 ベクターのテンションの高い声に思考を中断させられたドルベが眉を顰める。

「サービス?」

「ああ。同僚の士気も高めてやらねぇと、この先の戦いは乗り越えられないだろ? すべてはバリアンのために、だ」

 言いながらも意地の悪い笑みを絶やさないベクターだったが、その行動力と計画性はドルベも十分に認めるところである。先の遺跡でのダメージや疲労もあり、ベクターに反論する気力もなかったドルベは人間界に一段と詳しい彼の話を訊くのも悪くないと判断したのだった。

 

 ベクターがドルベを案内したのは寂れたビルの中にあるボロボロになった部屋の中だった。人間が利用している様子はないが、椅子や机などは置かれたままだ。一部は埃や蜘蛛の巣にまみれているが、ベクターが以前から根城にしていたのだろうか、最近誰かが座ったかのように、埃のかかっていないソファなどもあった。

「こんなところで何をするんだ」

 周囲を見回しながらドルベが問う。

「そりゃあもちろん……よかれと思って!」

 意味不明な言葉をのたまうベクターの声は背後から聞こえた。いつの間にかドルベの後ろをとっていたベクターは、勢いよくドルベのズボンを落ろしたのだ。

「いきなり何だ!」

 ベクターにつかみかかろうとしたドルベだが、おろされたズボンで足をもつれさせ、バランスを崩してしまう。よろめいた体はそのまま傍にあったソファの上にダイブした。

「だから、お前にイイコト教えてやろうってんだよ。俺が人間の学校で教わった知識を分けてやろうってことだ。チュウガクセーのホケンタイイクみたいによ! 折角人間の身体なんだ、バリアンの姿じゃできないようなこと、してみたいだろ?」

 ソファの上に倒れたドルベの上にベクターがのし掛かってくる。足を持ち上げられて、露わになった下半身がぐいとドルベの視界に入るのだが……。

「これ。なんだか分かるか?」

 ベクターの掴んだ、両足の間にあるものは、ドルベにとってはじめて見るものだった。バリアンの肉体にこんなものは存在しない。

「……?」

 ドルベが首を傾げていると、予想通りというように満足げにベクターは笑む。そのまま手を滑らして、今度はその後ろ……尻の割れ目に手を入れ、そして。

「!?」

 そこに存在した、小さな穴に指をつっこんだのである。

 未知の感触に目を白黒させるドルベ。その反応を確認すると、ベクターはすぐに指を引っこ抜いた。

「なっ……なんだ、その穴は」

「人間の身体は穴が多いんだよな。この口だってそうだ。んで、この尻の穴だが……こいつはな……」

 もったいぶるように間をつくりながら、ドルベのそこを指先で撫でながらベクターは口を開く。

「……この中をいじってやると、めちゃくちゃ気持ちいいんだ」

 だから人間初心者のドルベにも教えてやろうと思ってよ! とベクターはげらげらと笑う。

「なれないうちはちょっと痛いんだが……ま、先輩に任せなさいって?」

 ベクターはズボンのポケットからチューブ入りのハンドクリームを取り出すと、その中身を自分の指と、ドルベの尻の入り口に塗った。皮膚にしみこんでいくクリームの感触にドルベは違和感を覚えソファの上で大人しくしていられない。

「力抜いてろよ〜? あまり力まれるとデュエルするのに大切な俺の指が折れちまうからなぁ」

 そうしてドルベの中に、再びベクターの指が押し込まれた。

「っう?!」

 狭い入り口は、ベクターの指たった一本だけでも窮屈で、裂けるような痛みさえドルベに感じさせる。

「貴様……ベクター、また何か企んでいるわけではないだろうな……っ」

 ぎりと歯を軋らせながら眼鏡越しにドルベはベクターを睨んだ。気持ちいいなどと言いながらベクターがドルベに伝えてくるのは痛みだ。ナンバーズ入手に失敗した制裁を加えられているのならば仕方ないとも受け入れられるが、だが彼が何の計画もなしにそんなことをするとは考えられない。アリトとギラグの件に関しても、サルガッソで遊馬たちを始末するための布石であったのだ。

「いいや? 本当に俺はただお前に気持ちよくなってほしいだけだぜ? この快楽をしらねぇなんて勿体ないって思ってよぉ? まあ少し我慢してろって……」

 ぐりぐりと中を押し広げるように、ベクターはドルベの中をかき回していく。そのうち痛みに慣れたのか、身体の中に何かむずむずとした、熱っぽい感覚が生まれるのをドルベは感じた。ドルベの表情が変わったことに目ざとく気づいたベクターは、にんまりと笑うと指をもう一本穴の中に挿入する。

「……っ、ベクター、これは……」

 ドルベの息が乱れ始める。

「良くなってきたか? 人間はこうやって気持ちよくなるわけだ」

「気持ち……いい、の、か? これは……」

 ぐちぐちと湿った音が響き出すがドルベはまだ戸惑いを隠せていない。もたらされる感覚を、快楽だと認識できていないのだろう。

「ああ。好きなヤツとこうしたりこうされたりするのが人間の愛情表現ってヤツらしいぜ?」

「愛情……」

「おいおい、そんなうさんくさそうな目で俺を見るなよ、俺だってお前への愛情は多少なりともあるんだぜぇ? 大切な同胞だしよぉ……、ま、お前はナッシュ一筋だもんな」

「ナッシュ……」

 呟いた名に艶が含まれていたことをベクターは聞き逃さない。

「そうだ、ナッシュだよ。ナッシュのやつを見つけたら、お前もしてやればいい。ほら、想像してみろよ……俺がもしナッシュだったらどうだ?」

 指をドルベの内側で動かして、ベクターは耳元で囁く。

「ナッシュ……?」

「バリアンの玉座でよくお前らイチャイチャと仲良くしてたじゃねえか。それと同じだ。このソファをあそこだと思ってみろよ?」

 ぐい、と腸壁を押し上げ、二本の指をバラバラに動かす。びくりとドルベの身体が跳ねた。感じる場所を刺激できたのだろう。

「っあ……!」

 唇からこぼれた甘い声はドルベがかつてナッシュに漏らしていたものと同じ響きだ。ベクターはここぞとばかりに執拗にドルベの感じただろう場所を押し上げ、爪でひっかいたり、こすったりして刺激していく。

「ナッシュ……ナッシュ……っ」

 そうしていくうちにドルベの頬は赤らみ、だらしなくとろけていく。お堅い優等生のような外見をとったドルベの表情が乱れていくのにベクターも興奮し、疼く下半身を堪えるようにぺろりと舌で自分の唇を舐める。

「んあ……?」

 何かに気づいたのか、ドルベの視線が一点を向いている。何かと思ってベクターがそれを追えば、そこにはドルベの性器があった。……ベクターが最初につかみあげたときは柔らかく垂れ下がっていたのに、今は堅さをもち勃起している。

「これは……?」

「こいつはいいぜ! ナッシュにやられるの想像しただけで勃起しちまうわけかお前はさ! 真面目に見せてとんだ淫乱だねぇドルベは!」

 ぎゅっと性器を握りベクターは笑う。衝撃にドルベは背を逸らし息を飲んだ。

「んっ!」

「人間の身体はな……好き、とか愛してる、とか思うとソイツに対してコイツが勃起するようにできてるんだ。んで、こいつも触ると気持ちいいんだぜ……? こんな風にな!」

 ベクターは輪にした手でドルベの性器を激しく扱く。同時に後ろに入れた指も動かす。

「っ!? あ、うあっ、ベクターっ、あっああっ」

「ベクターじゃないだろ? ナッシュ、だろぉ?」

「なっ……、ナッシュ、ナッシュっ、あぁっ、激しっ……!」

 顔を真っ赤にしたドルベはにじみ出た涙で眼鏡が汚れているのにも気づいていないようだ。唇の端から涎をたらし、我慢もせずに目覚めたばかりの快楽を受け入れるのは……ナッシュのことを思っているからだろう。

「気持ちいいだろ? ナッシュとしたいよなあ、ナッシュにこうしてもらいたいよなあ……ナッシュにも気持ちよくなってもらいたいだろ? したいだろ? だったらはやくナッシュのこと見つけないとなあ! 俺よりもきっと気持ちいいぜ、ナッシュとするのはよ!」

「ああっ、あ、ああっ……!」

 びゅ、とベクターによる激しい愛撫を受けたドルベの性器から白濁が溢れる。ドルベの腹に飛び散ったそれを、ベクターは「気持ち良かった、ってことの証明だ……分かるよな?」と指先にとってドルベに見せつけた。

 頷き、とろけた顔でドルベはベクターの向こうにナッシュを見る。ねだるように、眼鏡の奥でグレーの瞳が潤んでいる。

「……まだしたいってか? オイオイ……そんなに良かったのかよ」

 呆れたように言いながらもベクターは楽しそうに笑っている。

「いいぜ、もっとよからぬことを教えてやろうじゃないか!」

 そうして部屋のタンスの引き出しからベクターが取り出してばらばらと広げて見せたのは……数々の玩具。

「たっぷりあるから好きなようにさせてやるぜドルベ。人間の身体はおもしろいようにできててな。いじればいじるほど気持ちよくなるように出来てるんだ。前も後ろもよぉ! あとはまあ、こいつで検索でもして自分で調べるんだな」

 放り投げたのはベクターが真月を名乗っていたときに使っていたDパッド。

「この気持ちいいコトの名前教えてやるよ。セックスだ。ブックスじゃねえぞ、セックスだ!」

「セックス……」

 従順に反芻したドルベに、ベクターは囁いてやった。導くように。……かつて玉座の上で、ナッシュがドルベに語っていたときのように。

「上手くなって、ナッシュを満足させてやれればいいなぁ? あいつもきっと、この身体でこの世界にいるんだからよ!」

 ドルベの唇がうっとりと夢見るように笑みを形作る。その瞳はもう快楽を思い知り、逃げられなくなった中毒者のそれだった。

2013.04.24

バリアンには穴も棒もないよ派なので、人間態になったときのカルチャーショックにはたいへん夢を見ています。

Text by hitotonoya.2013
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