放課後卓球男のロマン

 甲高い音が響き、白いピンポン玉は遊馬の真横を風を切り裂くようにして飛んでいく。背後に落ちたピンポン玉が、コン、コンと跳ねる音。ふう、と呼気を漏らしてラケットを下げる凌牙の横髪がふわりと揺れた。

「いい加減少しは返せるようになったらどうだ。今の少し、手抜いたんだぞ」

 呆れたように凌牙が言う。水色のシャツに半ズボンという普段の彼からはなかなか想像つかない服を着ているが、しかし凌牙は遊馬と同じ学校の一つ上の先輩なのである。制服だって学年色が違うだけでデザインは同じだし、それは靴だったり、上履きだったり、各種スポーツウェアだって同じなのである。

 遊馬は慌てて背後に落ちたピンポン玉を拾いに行く。最早形式ばかりのスコアボードは11対0になったまま、長い間動いていない。

「だから、シャークに教えて、って頼んだんじゃんかよ〜……」

 掌の中でピンポン玉を弄びながら遊馬は頬を膨らませる。ちらりと視線を送った凌牙は、ズボンのポケットに片手を突っ込みながら寛いだ様子だった。

 今度の体育大会で、遊馬は卓球の競技に出ることになった。

 他のどの教科に比べても遊馬の体育の成績はずば抜けていた。調子にさえ乗らなければ、足だって早いし跳び箱だってクラスメイトよりずっと高く跳べる。サッカーもバスケットボールもクラスで一番とはいえなくても出来ないわけではない。しかし卓球はというと、元気とかっとビングの有り余っている遊馬にとって、卓球台は少しばかり狭すぎるのだ。勢いあまって卓球台を打ったサーブやスマッシュが通り越してしまうことばかりでなかなか点が入らない。

 見かねた小鳥が何でも出来る璃緒の元に遊馬を連れて行ったところ、「凌牙に頼めばいいじゃない!」と笑顔で回されたのである。当然嫌がったのは凌牙の方であったが……しかし遊馬に頼み込まれ、璃緒にも言いくるめられればこうして放課後の体育館で練習に付き合ってくれているのである。

 とはいえ流石璃緒の兄というか、卓越した運動神経を今まで何度も見せつけられはしていたが、卓球においても神代凌牙の実力は遊馬が期待していた以上であった。遊馬が打った球は全て返してくるし、それに対するレシーブも完璧で、手加減してくれているのだろうが、拾うだけで精一杯だ。

 ただ、遊馬も、本当に本気で打つことができていれば、せめて1点くらいは凌牙から取れていたかもしれない。

 ……遊馬が打たれた球を返すだけで精一杯になってしまった理由は、決して凌牙の卓球が上手いからだけではないのだ。

「シャーク、もう一回、お願い!」

「もういいだろ。今日はやめにしようぜ。また明日にでも付き合ってやるから」

「頼むよ、シャークのスマッシュ、もう少しで返せそうだから、1回だけっ! な?」

「……しょうがねぇな……スマッシュ1回だけだぞ」

 ため息をつきながらも凌牙はポケットから手を出して、ラケットを構えてくれる。遊馬が卓球台の上に玉を跳ねさせるのを、青い瞳は真剣に見つめてくれている。凌牙のそんな様子に、遊馬は少々の罪悪感を覚えながらも、ピンポン玉を放り、サーブを打つ。凌牙が打ちやすいだろう甘い玉だったが、遊馬はそれでよかった。玉が大きく跳ねるのを待って、凌牙はジャンプする。高い位置から叩きつけるために、腕を伸ばして、大きく振りかぶって。

 その瞬間、遊馬の目はボールではない場所を見ていた。それよりももっと下に視線は釘付けになっていた。ふわりと持ち上がる凌牙の水色のシャツ。ハーフパンツとの隙間ができて、そこからチラリと覗く、むきだしの肌。遊馬の肌に比べると日に焼けていない凌牙の肌は、普段は服に覆われている腹の部分は余計に色が薄く見える。ほっそりした線も、それでいて筋肉で張りがある凌牙の脇腹。その見え隠れに遊馬はすっかり目を奪われているのである。

 カァァァァァン。甲高い音と共に、そしてまた遊馬の横を通り過ぎていく凌牙のスマッシュ。

 しかし遊馬は、一片の後悔などもなかった。

「……コレでオシマイだからな。ったく、顔にやる気が感じられねぇぞ?」

 ラケットを卓球台に置いて、早速ネットを取り外しにかかる凌牙はしっかりと遊馬の表情の変化を見抜いていた。

「気、抜いてないでもっと集中しねぇと、一生俺から点は取れねえぞ」

 その理由にまでは、気づいていないようだが。

「へへへ……その、ごめん」

「なんで謝るんだよ」

「いや……なんとなくだけど。また明日も付き合ってくれるんだよな?」

「璃緒にもお前の友達にも頼まれちゃ、お前を何としてでも勝たせないと俺が困るからな」

 凌牙の返答も上の空のまま、遊馬は反対側のネットの紐をほどきながらも、凌牙の脇腹ばかりを未だに見つめていた。

 チラリと見える普段は隠されている肌はそれはとても、なんとも言いがたい胸の高なりを遊馬に与えてくれるのである。凌牙の腹なんて滅多に見られるものではないからだろうか、それともこうしてスポーツの間、汗の滲んだ状態で偶然のように見えるから魅力的なのだろうか……とにかく、遊馬はまだまだ物足りないのである。凌牙の肌をもっと見ていたいのである。あわよくば、不意に覗いたそこを手ですっと撫でてやったりもしたくなって、驚いた凌牙はきっと焦って声をあげて怒るのだろうなと想像して……。

「……ま、おい、遊馬!」

「えっ? ……うわっ! シャーク!!」

 気づけばいつの間にか凌牙が目の前にいたのである。遊馬が端の紐を持ったままのネットを掴みあげて。

「ったく、なにまたボケっとしてやがんだよ。練習やめて正解だったな。夜更かしでもしてたのか? さっさと帰って宿題やって寝るんだな」

 そうしてネットを遊馬に手渡そうとしていた。

「シャーク……」

 ちらり、と凌牙の顔を見る。

「ん?」

 遊馬が何を言いたいのかわからない凌牙は小首を傾げる。その仕草も可愛らしいが、今はそれより遊馬の興味はもっと下のほうに向いている。服に隠された、肌。もっと見たい。触りたい。撫でてみたい。

「おれっ我慢できねぇ!!」

 そうして叫ぶと遊馬はネットごと凌牙を思い切り引っ張る!

「うわっ?!」

 凌牙が体勢を崩したところをチャンスと見て、遊馬は卓球台の上に凌牙を押し倒した。中途半端に台の上に乗せられるかたちになった凌牙の身体は、遊馬の思惑通り、シャツが少し持ち上がって臍のまわりの肌が露出している。

「シャークっ!」

 がばりと遊馬はその上に覆いかぶさると凌牙の脇腹に手を当てた。

「なっ、なんだよいきなりっ!?」

 すりすりと撫でてくる遊馬の手つきに尋常でないものを感じて凌牙は上ずった声を上げるが、派手な抵抗は見せず遊馬がすることを受け入れてしまっているのは惚れた弱みだろう。それを利用するつもりは一切遊馬にはないのだが、凌牙は遊馬にきつくあたれないということは薄々わかっていた。

「シャークがいけないんだからな!! 俺が集中しようとしてるのに、お腹チラチラさせて……俺、全ッ然集中できなかったんだからな!!」

「なんだよそれ……」

 自分勝手なことを言っていることは遊馬も自覚しているが、事実なのだからそう言うしかない。顔色一つ変えず一時間以上卓球をしていたが、流石の凌牙の肌もやはり汗が滲んでいて、しっとりとしていた。シャツとハーフパンツの間から見える肌だけ弄るのは新鮮で、不思議な気分だった。

「おいっ……もう、やめろ、遊馬……っ、この体勢、いくらなんでも、キツイ……っ」

「もうちょっと……」

「ひぁっ!」

 そのうち触るだけでは飽きたらず、遊馬は顔を近づけて唇を落としだす。更には舌まで這わせていく。ほんの少し感じる汗の味は、まるで「あのとき」のものと同じで余計に遊馬の頬は赤らんでいく。それはきっと凌牙も同じなのだろう。声や吐息が、だんだんと熱を孕んできている。

「ぁ……、ゆうま、やだ、やめろ……っ」

 ふるふると震えながら凌牙は言うが遊馬は聞かない。つつ、と臍の周りを舌で舐め、手は卓球台にあたっている部分の肌を上下に撫で続ける。凌牙の呼吸にあわせて落ちてくる衣服の布が邪魔をするが、それもまた新鮮で面白く、遊馬を興奮させていく。

「……シャークって、こんな腹のとこだけでもすっげーえろくて、かわいい」

 にっこりと笑って凌牙の顔を見れば、卓球の最中にも想像していた通り、真っ赤に染まった顔が遊馬を待っていた。

「ヘンなこと言うな、っぁ!」

 不意をつくように唇で食んで、熱い息を直接肌にふきかければ凌牙はまた身体を震わせる。

「……なんか、このまま、したくなってきた」

「なっ、そんなの、ダメに決まってんだろ! ここ、どこだと思ってやがる! もし誰か来たらどうすんだよっ!!」

「大丈夫だって! 放課後だしもうこの体育館でやる部活終わってるはずだし!! 誰も来ないって!!」

「良くねぇ……っ!」

 凌牙が叫びかけたとき、ガラ、と体育館の重い扉が開く音がした。遊馬たちが卓球をしていた場所は、始めたときはまだいくつかの部活が活動をしていたので体育館の隅っこ……出入り口の扉のすぐ傍である。誰かが入ってくれば間違いなく見られてしまうだろう場所だ。

 反射的に扉のほうを見てしまえば、そこには一人の少年が立っていた。遊馬も凌牙も時が止まる。

「あ……」

 それは赤色のネクタイの制服を着た、ラテン系の雰囲気のある少年だった。手には何故かスナック菓子の入ったビニール袋を抱えている。

「……あ、アリトぉ?!」

「遊馬じゃねぇか、なにやってんだ??」

 体育館に入ってきたのはアリトだった。つい最近知り合ったのだが、遊馬とはデュエルで熱い闘いを繰り広げ友情を結んだ仲である。知り合いか? と目だけで問いかけてくる凌牙に小さく頷いて、遊馬は必死にごまかす。

「こ、今度の体育大会に向けて卓球の練習してたんだけどさ!! やっぱ俺にはこんなちっこい卓球台じゃもの足りなくて、思わずシャークとプロレスごっこしちまってたわけで!!」

 たいへんありがちで、苦しい言い訳である。しかし。

「へぇ、プロレスごっこか! いいな、俺も混ぜろよ!!」

 アリトは簡単に遊馬の言うことを信じてくれた。

 ほっと遊馬が胸を撫で下ろしている間に、凌牙はそそくさと卓球台の上から降りてしまう。

「ああ、いいぜ、皆でやろうぜプロレス!! 待ってろ、今卓球台、用具室に片付けてくるから」

「おう! ……って、あーーーーーーーーっ!!!」

 今度は叫び渡るのはアリトの絶叫だ。遊馬も凌牙も肩を跳ねさせる。

「ど、どうしたんだよアリト!」

「す、すまないな遊馬……、ちょっと用事あるの思い出したんだ、卓球台は俺が用具室に片づけとくから、先輩と二人で先に帰っててくれ、な!! 頼む!!」

 遊馬の返事を待たずアリトは既に卓球台を折りたたみ、用具室に向かおうとしていた。

「えっ?! いや、俺達が使ったんだし……」

「いいからいいから!! プロレスは、また明日やろうぜ!!」

 笑顔で何度も頭さえ下げてくるアリトの親切を断れず、遊馬と凌牙は言われるまま荷物を持って体育館を出た。

「なんだったんだ、あいつ……」

「んー、いいやつなんだけど、ちょっとヘンなところあるからな、アリトは」

「お前にだけは言われたくないだろ……」

 教室に戻って着替えながらしゃべっていると、ふと豪快に上半身を露出させている凌牙の姿が目に入った。同性しかいない場所での着替えなのだから当たり前のことなのだが、凌牙は遊馬の視線に気づくと一瞬で顔を真っ赤にして慌てて制服のシャツを羽織った。

「んだよ、またヘンなこと考えてたのか?!」

「いや……なんか、そういうふうにどーんと裸なのより、さっきみたいにチラチラ見えたり、見えそうで見えなかったりするほうが、コーフンするな、って思って」

「はぁ?!」

 凌牙が信じられないと言うような声を出す。遊馬も思い切り上半身を裸にしたまま、制服のシャツを手にとって、凌牙に笑ってみせた。

「今度するときは、服、着たままやろうな!」

 きっと優しくて、遊馬のことが好きな凌牙はこの願いを受け入れてくれるだろうことを確信して。

 同時に、翌日の卓球の練習の時間も既に待ち切れないほど楽しみにしながら。

 

2012.11.22

予告の卓球シーンの遊馬の顔がシャークさんの腹チラガン見してるスケベ顔にしか見えませんでした。

Text by hitotonoya.2012
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