リバーサル・ワールド

 ワールド・デュエル・カーニバルの予選第一日目もそろそろ終わりを告げる。ホテルの最上階、ガラス張りの窓から見える景色は茜色に染まっている。トロンがソファに座り、携帯ゲームをしているとリビングのドアが開いた。現れたのはIVだ。

「兄様、お疲れ様です」

 IIIは兄の帰宅を認めるとすかさず立ち上がり、紅茶の準備にとりかかった。

「ったく、なんで俺一人でこんなにハートピース集めなきゃならねぇんだよ。トロンはともかく、Vには自分で集めさせろよ」

「私はフェイカー達に顔が割れていると何度言えば分かる」

 きっとVが冷たい視線で睨むのに、IVは方を竦めて大げさにため息を吐いた。疲れた様子でどかりとソファに腰を下ろす。

「ナンバーズ回収のほうはどうだ」

「誰が持ってるかハッキリわかんねぇから非効率的だが、集まってるっちゃ集まってるぜ。お陰でハートピースはたんまりだ。そろそろ三人分は集まりそうだ」

 じゃらりとルビー色の宝石がいくつも入った袋を鳴らしてみせる。まるでトロンにアピールするようだったが、当の彼が携帯ゲーム機から視線を逸らさなければ、折角IIIが紅茶を淹れてくれたのにも、むすくれたまま、不機嫌を治さない。

「……ねぇ、IV」

 ところがトロンが珍しくゲームを中断し、顔を上げたのだ。

「あぁ?」

「疲れてるところ悪いんだけど、ひとつ仕事があるんだ。お願いしてもいいかな?」

 トロンに頼まれれば、IVは口では文句を言っても決して断らない。トロンはそのことを知っていてわざわざ確認する。

「……なんだよ」

「ナンバーズ所持者を見つけたんだ。今からキミに回収してもらいたい。ただ少しばかり複雑な事情があってね……準備をするから、少し待っててもらえないかい?」

「準備? 呼び出しに時間でもかかるのか?」

 トロンはVに目配せをする。ソファからVが立ち上がり、別室へ向かっていくのをIIIが不思議そうに見ていた。

「今Vに準備をして貰ってるんだけど、今回のターゲットはWDC参加者じゃあない。その上キミと直接会ってデュエルをすることが不可能な場所にいる。安心して、僕がちゃんと対策を立てておいたから。……ああ、V。ありがとう。準備ができたようだね。さあ、行こうか」

 そうしてトロンはIVを連れて、広い空き部屋へと場所を移した。薄暗い部屋の真ん中に椅子があり、その上に少女の姿をした人形がただ腰掛けている。

「……これは?」

「この人形とデュエルすればいい」

 人形の肩を抱き、トロンは仮面の奥の瞳を光らせる。

「でも気をつけるんだよ、IV。今回のターゲットはなかなかの実力者だ。足元を掬われないようにね?」

「ハッ、俺を誰だと思ってる。極東チャンピオンの実力、ナメてもらっちゃ困るぜ」

「じゃあ待っていてね。僕のほうでまた準備ができたら、この人形が動き出す」

 そう言い残してトロンはIVと人形を残して部屋から去る。扉の外にはVが控えていた。

「……いいんですか」

 青い瞳にわずかばかりの感情も映さず、従順にVはトロンの意思を確認する。

「これからの予定を考えると、今日しか時間はないしね。それに、彼女の心の闇も、もう十分に広がった頃だろう」

 

 

 

 ガラス張りの窓の外の景色は茜色に染まっている。しかし、この広い病室の住人である少女にその事実を知る方法はない。目隠しするように巻かれた包帯の隙間からも、僅かな光さえも彼女には届かない。ベッドの上に身を投げ出して、ただ呼吸をしているだけだ。

 ジジッ、とARヴィジョンのノイズが入るように、彼女の枕元の空間が揺れる。その一瞬後、そこにはトロンが立っていた。仮面の奥から、ベッドに横たわる青い長髪の少女を見つめる。

「誰……」

 少女の小さな唇が動く。短く、弱々しい声。だがトロンは光を失っているはずの彼女が自分の存在に気がついたことに機嫌を良くした。

「キミの望みを叶えにきた、魔法使いだよ。神代璃緒」

「……随分とメルヘンな答えね」

 包帯の少女、璃緒は唇の端をくっとつり上げて笑った。

 璃緒がこの病院に入院しているのは約一年前からだ。デュエル中の事故で火事に巻き込まれ、身体中に火傷を負った。一時期は全身に包帯を巻いていたほどだ。今は身体を動かすことこそできるようになったが、目の包帯はいつまでもとれることがなかった。そのため璃緒もベッドから滅多に動こうとはしない。もう問題なく見えるはずだ、と医者は言うが璃緒の目は未だ光を取り戻していない。精神的なものが大きいのではないか、と主治医は苦い表情を浮かべてる。

「あなたは私の望みが何だか知っているの? 魔法使いさん」

 皮肉げに璃緒は言う。その瞳を見ることは叶わずとも、彼女の身体からどろどろの闇が滲み出ているのが分かる。予想以上に熟成されていた心の闇の様子に、トロンも満足気に悪魔の笑みを浮かべる。

「……一年前のデュエルモンスターズ全国大会の結果を知っているかい?」

 トロンの問いかけに、ふっと璃緒は息を零した。

「ええ、誰も教えてくれなかったけど、だからこそ分かるわ。……だってあれから一度も凌牙は私のところに来てくれないんだもの」

 一年前のデュエルモンスターズ全国大会。その決勝戦の直前に、璃緒は事故に巻き込まれた。決勝戦に出場する予定だったのは、璃緒の兄と、璃緒が事故に巻き込まれたデュエルでの対戦相手だ。

「そう。キミの双子のお兄さんは、キミの復讐を果たせなかった」

 物語を聴かせるようにトロンは後ろ手を組んで言う。璃緒の兄、凌牙は璃緒を事故に巻き込んだ男に負けたのだ。デッキを覗き見るという不正をして失格になった。彼が彼女に合わせる顔がなくなる理由としては十分だろう。賢い璃緒もそのことを理解している。

「そう……凌牙は勝ってくれなかった……絶対勝ってって言ったのに! 凌牙! どうして勝ってくれなかったの?! 私をこんなからだにした、憎い憎いあの男に!」

 歪な笑みを浮かべ、血を吐くように璃緒は叫ぶ。大好きだったデュエルを奪われ、美しく成長するはずだった身体を灼熱で傷つけられ、幸せに過ごすはずだった一年間を奪われ。璃緒の憎悪の感情が、あのデュエルの対戦相手に向くことは仕方がなかった。だから、持てる力を振り絞って、兄である凌牙に絶対勝ってと、復讐を願ったというのに。凌牙は璃緒の望みを叶えることなく負けてしまったのだ。

「憎いのかい、あの男が」

「ええ。憎いわ。あの男が。IVが憎い」

「自分の欲望に忠実な人間が、僕は大好きだよ」

 トロンは璃緒に一歩近づくと、ベッドの上に投げ出されたままの彼女の手をとった。

「キミにチャンスをあげよう。直に彼に復讐する力とともに」

 その手に握らせるのは、白紙のカード。ブランク・ナンバーズ。まだ所持者を持たぬそれはぼんやりとした光に包まれていたが、璃緒の指先に触れるとその色を黒く染めあげる。璃緒の心の闇に反応し、吸収し、餌とし、ナンバーズ・カードとして具現化する。同時にトロンは手を翳し、紋章を赤く光らせる。ナンバーズとは異なる異世界・バリアンの力。その輝きを受けると璃緒の身体はびくりと跳ねる。

「……っ」

 小さく息を吐いて、璃緒はベッドの上から上半身を起こす。それだけでも何日ぶりだったろうか。

「さあ、デュエルの準備はできている。そのナンバーズを使ってIVを倒すんだ」

 はらりと目を覆った包帯がとかれる。現れたのは、バリアンの紋章の光に似た真紅の瞳。復讐の暗き炎を宿らせたその瞳が見つめた黒枠のモンスター・エクシーズ。その番号はNo.32。彼女の流した血の涙と同じ色に身を染め上げた復讐の海龍。

 

 

 

 ARに投影された、凶悪な赤き海龍にIVは苦戦させられた。これまで何人ものナンバーズ所持者を相手にしてきたが、この使い手はかなりの実力者である。あっというまにレベル4モンスター3体という重い召喚条件をクリアしナンバーズを召喚してきた。

 先に場に出ていたIVのナンバーズ、No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラーは今まさに人形が出したナンバーズ、No.32 海咬龍シャーク・ドレイクに食い殺されてしまった。ジャイアントキラーは効果こそ強力だが攻撃力は心もとない。その隙を見事につかれた形だ。

「ちっ……!」

 衝撃波に崩れた体勢を立て直している間にも、人形はプレイを続ける。人形は声を出さない。カードのテキストとデュエルのプレイ内容が人形を通してARに映し出されるだけだ。シャーク・ドレイクの効果が発動する。赤き海龍の発生させた潮の渦が、墓地からジャイアントキラーを蘇生させる。

「何っ?!」

 オーバーレイ・ユニットを失い完全に無防備な攻撃表示を強制的にとらされたジャイアントキラーの攻撃力は、更に1000ポイントも下げられている。これではただの木偶人形である。

 破壊したモンスターを蘇生し二回連続攻撃を可能とする能力をシャーク・ドレイクは持っていた。大ダメージを受けるのは必至だ。人形が攻撃宣言をするように手を伸ばす。それに答えシャーク・ドレイクが牙を向く。憎しみを篭めるように、何度でも傷めつけてやるというように、シャーク・ドレイクは鋭い牙で木偶人形を粉々に噛み砕く。大幅に削られるライフポイントに、IVはギリと歯を軋らせた。トロンの言うとおり、このナンバーズの使い手は、このナンバーズの闇の力は、只者ではないようだ。

 

 

 

 トロンは璃緒の病室でデュエルを眺めていた。紋章の力により璃緒の眼前に投影されたIVの姿は、声こそ通さなかったが璃緒の憎しみを煽るのには十分だった。

 激しいデュエルの幕が下りる。膝を屈したのは璃緒の方だった。IVの繰り出した新たなナンバーズが、璃緒の憎しみの象徴をギリギリのところでかわし、競り勝ったのだ。赤い瞳から涙をこぼし、呪詛を吐く璃緒に容赦なくIVの紋章が襲いかかる。彼女のナンバーズがIVに奪われるのと同時に、璃緒の身体はバランスを崩し後ろに倒れこんだ。頭が床にぶつかる前に、彼女を支えたのはトロンだ。その顔には未だ悪魔の笑顔を張り付かせたまま。

「……残念だったね、璃緒」

「……悔しい。勝てなかった。復讐を果たせなかった。どうして。私の復讐は、こんなところで終わってしまうの?」

 ぽろぽろと涙を零す璃緒の顔から血の気が引いていく。ナンバーズごと魂がうばわれたのだ。間もなく璃緒は死んだように眠りにつくことになるだろう。

「いいことを教えてあげるよ、璃緒。キミの兄はようやくあの事件の真実を知った」

「!」

 璃緒の赤い瞳が見開かれる。

「凌牙はキミのために、血眼になってIVを探している。憎い憎いIVをね。……キミの魂を凌牙のところに送っていってあげるよ。さあ璃緒。これからはお兄さんと力を合わせてIVを倒すんだ。復讐するんだ」

「凌牙……そう、嬉しい……これで、やっと」

「良かったね、璃緒」

 そうして璃緒はトロンの腕のなか、真紅の瞳を長い睫毛の下に隠す。全てがトロンに仕組まれたことであるとは知らず、創られた復讐心を抱いたまま。

 トロンは紋章を光らせる。その後には、目に包帯を巻いた璃緒がベッドに眠る様だけが、常と変わらず残されていた。窓の外の景色は宵闇に変わり、眠らない街ハートランドシティの夜景が、誰にも見られることなく広がっていた。

 

 

 

『凌牙。私を受け入れて。私とひとつになって、一緒に復讐しよう? 憎い憎いあいつらに、私たちを陥れたあいつらに! だって、私たち元から、ふたりでひとつの兄妹じゃない!』

 復讐に狂った少女は、ソプラノで歌うように凌牙を誘う。

 No.32 海咬龍シャーク・ドレイク。復讐の赤き海龍を、それに宿った魂を受け入れた凌牙の瞳は、半身である妹と同じ赤色をしていた。

 

2012.09.13

赤目で妄想が捗る捗る! 個人的には前書いた「そして夢の幕引き」くらいの璃緒がいいですが(笑)。やっぱりサンホラの某曲の影響受けまくってます。

Text by hitotonoya.2012
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