けがれた控え室

「勝つんだ……俺は絶対に、勝たなきゃならないんだ……」

 妹が運ばれた病院からそのまま向かったスタジアム。通された控え室で凌牙は椅子に座ってまじないのように呟いていた。ハートランドシティで開催されたデュエルモンスターズ全国大会の決勝戦。若干十三歳にしてそんな晴れの舞台に立つ凌牙は、時間に余裕はあったが心に余裕など微塵も無かった。

 火事に巻き込まれ、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた妹の姿。今大会で共に優勝を目指した最も身近な戦友でもある彼女の突然の事故は凌牙の心を強く動揺させた。あんな目にあってまで、彼女は凌牙に言ったのだ。この決勝戦に勝てと。凌牙は呆然としたまま頷くことしかできなかった。そうなってしまえば重圧が凌牙の華奢な肩にのしかかる。妹と交わした約束を果たさなければ懸命に生きようとする彼女をどれだけ落ち込ませてしまうか、考えただけでも恐ろしい。両親はリオにつきっきり、ひとりきりの控え室。観葉植物で簡単に仕切られた控え室の向こう側にいる相手もまたここまで無敗で勝ち上がってきた強豪である。近辺の大会では見たことが無かった無名の実力者。勝てるだろうか。不安が凌牙の胸中で渦巻く。

 せめて、相手がどんなデッキを使っているのか事前に知ることが出来たなら。凌牙は対戦相手のデッキを知らなかった。相手のデッキを研究し、的確に対策を打ち相手のとりうる手を潰していくのが凌牙の得意とするデュエルスタイルだ。だがこの大会では選手の試合時間はうまい具合に調整されていて、まだ対戦していない相手の試合を観戦することができないようになっているのだ。もちろん動画を撮影することも運営だけにしか許されていない。相手がもしあのカードを使ってきたら? あの戦術をとってきたら? 凌牙は己のデッキを握り締める。……このデッキでは勝てないかもしれない。どうすれば絶対に勝つことが出来る。勝つために必要なものは何か。

「……っ、は」

 泥沼に沈むような凌牙の思考を中断させたのは、微かな音だった。音、というよりは声だ。妙にうわずった、男の声。小さくだが確実に凌牙の鼓膜を揺らしたその音はどうやらすぐ隣、対戦相手のいるほうから聞こえてくる。トーナメント表を思い出せば、相手の大会登録名は確かIVといった。控え室には決勝進出者だけしか入れないように警備体制が敷かれているはずだ。つまり断続的に聞こえるこの声は彼のものに違いないはず。

 凌牙が座ったまま、観葉植物の向こう側に視線を送っていると声は少しずつだが確実に大きくなっていく。次第にはぁはぁと荒い呼吸の音まで混じるのだから、気になって仕方ない。まさか体調を崩して熱でも出して苦しんでいるのではないか。こんな声と吐息を出す状況など、そのくらいしか知らない凌牙は幼さゆえの純粋さで敵であるIVを心配する。いくらどうしても勝ちたいとはいえ、相手が倒れてしまっての不戦勝では格好がつかない。それに凌牙は直前に病院で苦しむ妹の姿を目の当たりにしている。誰かがまたあのような目にあうのではないかという恐怖も少なからずあった。

 様子を窺うため、凌牙は椅子から立ち上がる。観葉植物の茂る葉と葉の隙間からIVの姿を探そうと。

 近づけば尚更大きく聞こえてくるIVの声と息遣いに凌牙は緊張しごくりと唾を飲み込む。観葉植物は近くで見れば思っていた以上にゆとりを持ってプランターに植えられていて、手でかき分けるまでもなく向こう側が見えてしまう。凌牙がその目に映した光景は。

「なっ」

 驚きに叫びかけた口を咄嗟に両手で覆い塞いだ。椅子に座るIVの姿が確かにそこにあった。俯き、金色の前髪を垂らしてまるで腹痛を堪えるかのように屈みこんでいる。しかし凌牙は彼が腹痛に苦しんでいるとは思わなかった。何故なら、凌牙の目に映った彼の下半身は露出され、むき出しの性器をしっかりと彼の手は握り締めていたからだ。

 決勝を控えたこのときに、IVは自慰をしていたのだ。

 精通は迎えていたし、やり方の知識も持っていたがしかしろくに実行に移したことはない凌牙はあまりの衝撃的な光景にどうすればいいのか分からず立ち尽くすしかない。

 凌牙が覗いていることに気づいていないであろうIVは、手の動きを止めることなく行為に浸っている。

 声の正体が分かってしまえば、聞こえてくる声や吐息が急に艶めかしいものに思え、顔が赤くなっていく。同性の他人の自慰を目の当たりにして何故か心臓の鼓動がどっどっと早まり身体中が熱くなっていく。凌牙はおかしい、ヘンだと思いながらも、しかしIVから目が逸らせない。IVの肌色の濃い指が、勃起した、凌牙のものよりもずっと大人の性器に絡みつき、彼自身の性感を高めるように巧みに動いてく。撫で、擦り、ときには抉るように爪を立てて。

「くっ……」

 びくりとIVの身体が齎されただろう快感に打ち震える。さらりと揺れる髪に、凌牙は今度は先ほどとは違う感覚を抱きながら生唾を飲み込んだ。おそるおそる手が伸ばされる先は凌牙自身のズボン。ベルトを緩めチャックを下ろせば、下着の中で凌牙の性器もまたむずむずと疼いている。布越しに触れてみる。熱を持った性器はそれだけで反応を示し、甘い痺れが全身に奔っていく。

「……ぁ」

 IVの吐息に紛れるように凌牙は小さく声をあげた。下着から未だ子どもの性器をとりだし握りこむ。IVから目を離さぬまま、その動きを真似するように凌牙は自身を慰めていく。

「ふぅっ……ふっ、ひっ……」

 震えながら、ともすればIVよりも大きな声をあげて凌牙は喘いだ。おかしい。こんなの。どうかしている。ここはデュエルの全国大会の決勝戦の会場、直後にチャンピオンの座を賭けた大切な闘いが控えている。だのに凌牙は他人の自慰を見ながら、自身も性器を扱いているのだ。直前までデッキを握り締めていた手で。この後に、妹の想いまで背負ってカードをドローする指先で。口に出して言うことの出来ないような恥ずかしい行為をしているのだ。それでも興奮は収まらず、中心にたまった熱は今や遅しと解放を待ち望んでいる。IVが親指でつうと裏筋を撫ぜるのにあわせて凌牙も同じようにする。はっ、はっ、と口をだらしなく開けて凌牙は内側にこもった熱を吐き出そうとする。その息遣いが、否、先ほどから垂れ流しになっていた喘ぎ声さえも聞こえていたのかもしれない。

 赤い瞳が、観葉植物で仕切られた向こう側からぎらりと輝いたのが見えたのだ。

 IVは首だけを僅かに動かして、凌牙をその赤い瞳で間違いなく射抜いていた。うっそりと細められた宝石のような赤色に、凌牙はびくびくと震え、しかし同時に背筋にぞくぞくとえもいわれぬ快感を奔らせる。にっとIVが笑ったような気がしたが、口元は丁度長く伸びたもみあげの髪で見えない。IVの指が更に性感を追い求めて動く。まるで凌牙を見えない糸で繋げて導くように。凌牙の指も同じように動く。まるで悪魔に魅入られてしまったかのように。

「――っあぁぁ!」

 どくりという脈動、掌に広がる精液の感触。ついに凌牙は衝動のまま射精し、へたりと床に座り込んでしまう。再び観葉植物に隠されて部屋の向こう側は見えなくなった。けれどIVの、誘うような、熱を持って艶めいた赤い瞳は凌牙の頭のなかにこびりついて離れることはなかった。

 放心して天井を見上げる凌牙は、まさかその背中の向こう側で監視カメラが回っていることになど気づけるわけがなかった。

 

 

 

 その後のデュエルの最中に凌牙は失格を言い渡された。会場じゅうにARで映し出された監視カメラの映像には、幸運にも凌牙が仕切り代わりの観葉植物に向かい合った背中しか映っていなかったが、しかし運営は凌牙が対戦相手であるIVのデッキ内容を不正に確認しようとしたのだと勘違いしたらしい。真実を告げることなど当然出来ず、凌牙は俯いたまま大人たちからの尋問に耐えることしかできなかった。

 重たく窮屈な取調べから解放され、ドアを開けるとそこにはIVがいた。凌牙の失格によりチャンピオンの座を手にし、これからの活躍が約束された彼はまみえるなりびくりと肩を揺らした凌牙に意地悪く唇をつりあげた。その唇がどこか赤く、色めいてみえたのは凌牙の気のせいだったろうか。

「……あなたとは正々堂々と勝負したかったのに、残念です」

 言葉は丁寧だがその表情はまるでそれと一致していない。凌牙の肩に手を置き、引き寄せ、IVは耳元で囁く。

「……とんだ淫乱だな、凌牙。人のオナニーをオカズにイっちまうとは」

「ふざけんなっ!!」

 そもそもIVがあんな場所で自慰をしていたのがおかしいというのに、凌牙だけが狂っているように言われれば反射的に声を荒げてしまう。間髪いれず、先ほどまで凌牙がいた取調室代わりの運営の控え室の扉が開き、何事だ、と大人が飛び出してくる。素早く凌牙から離れたIVが、猫かぶりの笑顔を浮かべ「彼が少し興奮してしまって、でも大丈夫です。僕だけでなんとかできますから」と言えば大人は当然今回の不正事件の被害者であるIVに同情し信用する。再び不当な扱いを受けた凌牙はぎりと歯を軋らせ、IVを見上げた。赤い瞳が凌牙を見下ろしてくる色に、あのときと同じ艶が僅かだが混じっていた気がした。

「あれだけじゃ、まだ足りないんじゃねぇか? 淫乱」

「そんなわけっ」

 凌牙の唇を塞いだのはIVの唇だった。誰が通るか分からない廊下でのいきなりの口付けに凌牙は目を点にする。何も出来ないでいるうちに舌を挿し込まれ、口内を蹂躙される。濃厚なキスに先ほどまでの自慰の熱を思い出した凌牙の身体はふるふると震え自身の身体さえ支えられなくなる。

「っ、んう……う……」

 やがて呼吸さえできなくなり、酸素の足りなくなった頭はくらりと眩暈を覚える。唇がようやく離されたときには凌牙はぐったりとIVの胸に身体を支えられる形になった。

 意識のはっきりしない凌牙を抱えあげて、IVはにいと唇を吊り上げる。まるで子どもを攫いとって食う悪魔のように。

「これからたっぷり遊ばせて貰うぜ、凌牙。オナニーだけじゃたりねぇだろ?」

 俺が一から仕込んでやるよと笑い、IVは右手の甲に紋章を光らせた。

 

 

 

 ゆらゆらと身体が揺れる。何かあたたかいものが身体を包み込むように密着している。首筋や頬にかかる吐息。たくしあげられた上着の中に滑り込み肌を撫でていく指先。

「……ん……」

 凌牙がは朦朧とした意識の中で瞼を開いた。綺麗に整備された個室。入り口の自動ドアが正面に見える。その部屋のつくりに凌牙は見覚えがあった。……決勝戦の際の控え室だ。

 状況が把握できず凌牙が目を瞬かせていると、ぐいと身体を引き寄せられる。

「ようやく起きたか」

 くつくつと耳元で響く笑い声はIVのものだ。首を回せばすぐそこにIVの顔があった。下半身の服を脱がされて、凌牙は椅子に座ったIVの膝の上で後ろから抱き込まれていた。べろりと舌で頬を舐められる。

「ひっ」

 ぬるりとした触感に、もしかしたら食べられてしまうのではないかと凌牙は怯え必死にIVの腕の中から抜け出そうとするが叶わない。成長期にまだ入りたての凌牙にとって、三歳の年齢差は大きい。ぎゅうと強く抱え込まれてしまえばいくら力を籠めてもIVはびくりともしないのだから。腹を撫でる指先がくすぐったい。同じ場所を行ったりきたりしてもどかしい。乳首をぎゅうと摘まれる痛みに凌牙は目を固く瞑る。そしてもう片方の手でIVは凌牙の暴かれた幼い性器を握りこんでいた。ゆるゆると扱かれれば、上半身への刺激まで甘い痺れに変換されて、全身が熱を帯び始める。

「ふっ……あ、やだぁっ……!」

 いいようにされている自分自身が悔しくて凌牙は涙を浮かべて拒絶の言葉を発する。だがIVはやめる気など更々無いらしく、逆に愛撫を激しくしていく。

「ついさっきじゃねぇか、お前がこの控え室でオナニーしてイったのは。今更イヤだとか言っても説得力ないぜ。お前のヘタクソなオナニーよりよほどキモチイイだろ? さっきはどうやってイったんだ? こうか? それとも、こうか?」

 IVの手が巧みに凌牙の性器を扱いていく。凌牙は「あ、あ」と小さく喘ぎ口の端から涎をたらしながらその動きを見つめていた。目が離せなかった。まるで同じなのだ、つい数時間前に観葉植物の葉と葉の間からIVの自慰を見たときと。IVはそのときと同じ手の動きで、今度は凌牙の性器を愛撫している。与えられる絶望的な質量の快楽に凌牙は何も考えられずただ翻弄されるだけ。

「あぅ、あ、あぁっ、あっ」

「どこに出した? 床に零したか? デュエル前に精神を集中させる神聖な場に? それとも魂のカードをあやつる手の中にか? ほら、どっちだ? 言ってみろよ凌牙」

 ぎゅうと付け根をきつく握りながらIVは自分のことを棚にあげて責める。射精は封じられているというのに、性器の先端、皮のほんの少しだけ剥けた先に爪を立てられ執拗に刺激される。

「あっ、あー、やぁ、あっ!」

 頭から爪先まで奔る痺れに凌牙は舌を出して喘ぐ。IVの言葉に反抗することもせず、そのまま受け入れ、こくこくと首を上下させる。

「てに、だしたっ……せーえき、だしたっ……」

「へぇ、よく言えたな」

 感心したようにIVは笑うがしかし解放されることはない。

「ね、も、ゆるして……っ、こんなのやだっ、いやだっ……! おれ、おかしいっ……! おかしくなっちゃうっ」

 がくがくと手足を痙攣させ、凌牙は唾液を顎に伝わせる。まともにものを考えることなんてできない。ただIVの与える愛撫に、齎される快楽に支配され、狂わされていく。

「……じゃあ、同じようにしてやるよ」

 付け根を握っていたIVの手が緩められる。同時にとどめとばかりに鋭い刺激を与えられれば、性器を包むように覆っていたIVの掌に凌牙の精液は放たれる。つい数時間前にこの場所で射精したばかりだというのに。あのときよりも粘度の低い薄い精液ではあったが、他人の掌の中に射精するなど凌牙にとっては初めての経験だ。どろどろに汚れた手を目の前に突き出される。褐色の肌に白色の精液のコントラストは映え凌牙を惑わす。……自分の自慰にせいいっぱいになってしまったが、あのとき、控え室のこちら側で、IVもまた彼自身の精液をこういう風に掌の中にぶちまけたのだろうか。

「舐めろ」

 耳元で囁く低い悪魔の声。

「自分で舐めてきれいにしろ、凌牙」

 その命令に凌牙は何の抵抗もせず、言われるままに舌を出してIVの掌を舐めていく。初めて知る自分の精液の味。ぼんやりとした脳で、IVの精液の味もこれと同じなのだろうかと考えてしまうほど、凌牙は既に狂わされ隷属の道を歩み始めていた。

 

2012.08.12

夏だから頭沸いてました。トロンさんの指示でIVさんは不本意ながら控え室で自慰するに至ったのだと思います決してIVさんが露出狂というわけではありません(目を逸らしながら)

Text by hitotonoya.2012
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