カイトが連絡用に携帯しているDゲイザーに着信を確認したのは数時間前のことである。どこからアドレスを調べたのか(きっと九十九遊馬からだろうが)、神代凌牙が連絡をよこしてきたのだ。内容は簡潔なもので、頼みがあるから何時に何処に来い、というもの。突然の、しかもカイト側の意思を確認しない一方的な内容で、要求に応えてやる必要は全くなかっただろう。だが、カイトは今こうして待ち合わせ場所に向かっている。凌牙の要求に応えなければならない、という義務感が筋を通す彼の中にはあったのだ。
随分と前のことになるが、カイトは一度、ナンバーズを持っていなかったときの、つまり一般人にすぎなかった凌牙の魂を奪っているのだ。ナンバーズにとり憑かれた悪人の魂だけを狩ることを貫いていたカイトにとって、そのことは心の奥底ではずっと後悔という感情を以って引っかかり続けていた。その罪滅ぼしの代わりに、まさに今回彼の要求を呑むことが出来ればと考えていたのだ。
待ち合わせに指定された場所は、廃墟と化したゲームセンターだった。本当にここはハートランドシティの一角なのかと思ってしまうほど辺りは薄暗く薄汚れていて、チカチカと明滅するネオンサインを煩わしく感じながらカイトはその中に入った。ガラスケースの割れたクレーンゲーム、レバーの壊れたアーケードゲーム機。塗装の剥がれたビリヤード台。乱雑に置かれたそれらを全て無視して、フロアの奥の階段を昇る。ここの二階に神代凌牙はいるという。コツコツとブーツの音を響かせて、二階にあがれば壊れた扉の向こう側から小さな光が漏れていた。
「……着たぞ」
部屋の中はやはりぼろぼろで、埃っぽく薄暗い。革のはがれかけたソファが部屋の真ん中に置いてあり、その上に横たわる少年の姿をカイトは見つけた。
「……本当に来てくれるとは思ってなかったぜ」
皮肉げな声とともに、神代凌牙はぐるりと首を回してカイトを見、唇の端を持ち上げた。
「用件はなんだ」
「いいから、座れよ」
上体を起こして、溜め息のような声で凌牙はぽすんと自分の横を叩いて示す。ソファから手の届くテーブルの上には飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルが一本。「飲んでいいぜ、それしかなくて悪いけどな」と凌牙に言われるが、カイトは無言のまま小さく首を横に振る。
固いソファに腰をかけて、カイトはちらりと隣の凌牙に視線をやる。長い横髪に俯いた顔が隠されて表情は良く見えなかった。いつも着ているジャケットは脱いであって、ソファの背に乱暴にかけられていた。腰にデッキケースはない。テーブルの上にも置かれていない。Dパッドも見当たらないのだから拍子抜けしてしまう。てっきり用件はデュエルなのだとカイトは思っていたのだ。あのときの凌牙はナンバーズ対策に拘るあまり彼本来のデュエルを見せてはいなかったとカイトは考えている。それを悔やんだ凌牙が全てのしがらみが無くなった今、再戦を挑んでくるものだと。
もう一度凌牙の方を見る。が、未だにこちらを見ようとしない。無言で俯いたままだ。
「……用件はなんだ」
「………」
「こんな場所にわざわざ呼び出したからには、ただのイタズラだなどとは言わせんぞ」
きっ、とカイトは刃のように研ぎ澄まされた視線で凌牙を貫く。すると、凌牙はゆっくりと顔をあげ、カイトとようやく目を合わせた。深い青色の瞳が、まるで海面のように濡れているのをカイトは見た。
「なあ」
吐息に混じった擦れた声はまるで熱でも出ているかのようだったが、伝染されない限りカイトには無関係だ。
「お前さ、まだ人の魂を抜けんのか」
その手で、と凌牙の視線が下がりカイトの右手を見る。何人もの人間の魂を、目の前の凌牙の魂をも抜き取り、握り潰した罪深き手。カイトはその手をぎゅっと握り締める。
「……ああ」
ナンバーズ集めが終わっても、一度変わってしまった身体は元には戻らなかった。異世界科学の力で人間を辞めた影響で止まっていた成長こそ少しずつ時間を取り戻すかのように遂げられているが、光子を操り人の魂に触れる術は未だカイトの中で健在である。それを訊いて彼はカイトに懺悔を求めているのだろうか。肯定に満足したように、安心したように笑みを浮かべる凌牙の表情に、カイトは一種の恐ろしさすら覚えた。だが。
「そいつは良かった」
ずいと顔が近づいてきたのに、カイトは思わずのけぞって避ける。凌牙はカイトの右手を左手で包み込むように握ってきた。ソファが軋む。凌牙が膝を乗せ上げたのだ。
「なあ……」
熱くてたまらないのだとばかりに、Vネックのシャツを手でかきむしるように広げて、薄い胸を晒して、凌牙は眉を寄せてカイトに懇願したのだ。
「お前のその手を、俺の中に突っ込んで、ぐちゃぐちゃにして、かき回してくれ……」
頬を赤らめさせながら、とりあげたカイトの右腕を胸に触れさせて言う凌牙に、カイトは目を丸くすることしかできなかった。
「……は?」
間抜けな声が出てしまう。凌牙の言葉の意味が分からない。中に突っ込んでぐちゃぐちゃにかき回せだと。否、カイトも性に関する知識が皆無なわけではないので彼の言わんとする意味は分かる。分かるのだが。
「……何を言っているんだお前は。おかしなものでも食べたのか」
冷静に突っ込めば、しかし凌牙はぎゅっとカイトの手首を離さないとばかりに握り締めてきた。
「俺だってこんなのおかしいって分かってるさ!!」
ゲームセンターじゅうに響き渡るのではないかと思える絶叫。飛び散った唾が顔にかかるが、しかし視界が捕らえた凌牙の表情に、カイトはこれが彼にとっては冗談でもなんでもないのだと痛感する。眉間にぐちゃぐちゃに皺を寄せて、泣きそうなまでに歪んだ羞恥に赤く染まる顔は、真剣そのものに思えたのだ。
「分かってるけどどうしようもねぇんだよ!! あのときから……あのWDCから! 俺の身体はおかしくなっちまった!! あのナンバーズに、会っていきなり胸に爪ブっ刺されて! おかしくなっちまうくらいに身体中熱くって! 胸は疼いて仕方なくって!! ようやく受け入れて落ち着いたと思ったら今度は顔面から頭ん中に手つっこまれたんだぞ?! 脳みそ鷲掴みにされたみてぇで、わけわかんなくて! どっちも痛かったんだよ! 痛かったはずなのに、痛くて痛くて仕方なかったはずなのに! 気づいたらなんだか気持ちよくなってて……ああもうほんとわけわかんねぇ! どうしても物足りないんだよ! 誰と何しても、最初っから開いてる穴に突っ込まれても! 気持ちよくねぇとは言わねぇけど、物足りないんだよ! もう俺は頭も身体もきっとおかしくなっちまってるんだ……でもどうしようもなくて! それでお前に前に胸に手つっこまれたこと思い出して! あのときもわけわかんなくて痛くてしょうがなかったけど、今ならきっと、お前は俺を満足させてくれると!! そう思っちまったんだよ! 笑いたきゃ笑え! なんだよ俺の言ってる意味もわかんねぇのか?! この朴念仁! 童貞! 人の気持ちも考えやがれ!!」
畳み掛けられて、カイトは罵られてもただ素直に聞くことしかできなかった。
つまりはカイトが辞めてしまった人間の身体に戻れないように、凌牙もまた変わってしまった身体が元に戻らず苦悩しているのだという。WDCで彼に何があったのか詳しいことをカイトは知らない。だが想像の範疇を余裕で飛び越えていった彼の発言が全て事実ならば、それはそれはおぞましい経験をしたのだろう。流石のカイトも開いてない穴にものを突っ込まれた経験などない。というか開いている穴に突っ込まれた経験すらない。本来男性はそのような穴などもっていないはずなのだから、凌牙の方が特殊な例なのである。
だが、ぎゅっと腕を縋るようにつかまれて、強がりながらも余裕のない瞳で睨み上げられて、そのうえもじもじと内股を擦り合わせる凌牙の姿に、彼の願いを叶えてやらねばとカイトは思ってしまったのである。先の魂を抜き取った罪悪感に加えて、今度は似たような境遇に陥ったものへの同情もあった。随分と大人びてはいるが凌牙もどちらかといえばカイト自身よりも遊馬の歳のほうに近いのだ。なんの決意も覚悟もなくあんな戦いに巻き込まれただけならまだしも性癖まで歪められてしまったとすればあまりにも残酷である。
「誰が童貞だ。貴様の言っている意味くらい俺だって分かる」
普段の調子を保ったまま、カイトは開いていた左手で凌牙の手を抑え、ゆっくりと自分の右手ごと下ろさせる。
「お前がそこまで言うのなら、言う通りにしてやろう。お前には借りもあるしな」
到底理解できないが、それで凌牙が満足するならばこれは正しい行いなのだろう。
そう思いながらカイトは凌牙の身体をソファの上に押し倒す。まだ大人になっていない細く薄い身体をまじまじと見下ろせば羞恥にか期待にか凌牙は僅かに目を逸らし頬の朱色を濃くする。無防備に曝け出された胸に掌を翳す。
「いくぞ」
念じれば掌から身体そのものが分離して出て行くような感覚に陥る。霊体のような光子の手がカイトの掌から伸び、凌牙の胸へ触れ、そして。
「うぁっ!」
悲鳴があがる。軽い抵抗はあったものの、それはすんなりと凌牙の胸の中に、まるでゼリーの中に手を突っ込むかのように侵入を果たした。びくんと凌牙の身体が震える。魂を抜き取ることが今回の目的ではない。凌牙の身体の内側、肉体そのものと精神のはざまにある、魂の収まる空間をかき回せと彼は言ったのだ。ずぷずぷと奥へ手を進めていく。水を掻き分けて波を立てるように乱暴に、激しく、カイトは凌牙の内側を蹂躙した。
「はぁぁぁぁっ、あっ、ああ、んっ」
凌牙の悲鳴は既に甘く、痛みを紛らわせるために発されているものではないと分かる。快感を得ているのだ。遊馬の学校の屋上でデュエルした後とは明らかに表情が違う。恍惚に青い瞳をとろけさせて、もっともっととねだるように身を捩じらせて、凌牙はぼやけた視界の中でカイトを見つめている。
「あっ、あぁ、イイっ……あ、気持ちぃい、これ……コレっ、たまんね、あっ、あぁぁ!」
縋るものを探して宙に掲げられた手を左手で握ってやれば、うっそりと色気すら伴った笑みを浮かべられ、カイトは困惑した。指の間に指を絡ませられて、促される。ばちばちと電流のような衝撃をカイトすら感じるというのに、凌牙はもう完全にイっていて、ふと下半身に目をやればズボンの下がふくらんでいて、じんわりと先走りが滲んでしまっているようだった。ベルトは既に外されていたので、窮屈そうなズボンの前をゆるめてやる。現れた性器はすっかり勃起していた。本当にこんなことをされて神代凌牙は性的興奮を覚える身体になってしまっているのだと、カイトは息を呑むが、次の瞬間に握られた左手をその性器におしつけられた。凌牙が自身の性器をカイトの手ごと扱き始めたのだ。
「お、おい、何をするっ!」
「はっ、あぁ……いいじゃねぇ、か、ちょっとくらい……手、貸せよ……あとで、あっ、お前のも抜いてやるから……んぁ、なんだったら、フェラでも、するし、俺の後ろ、使ってもいいぜ、あっあぁ、んっ!」
本来何の穴もあいていないはずの胸に手を突っ込まれ、内側をかき回されながらも、自身で性感を高め、導いていく凌牙の姿はあまりにも現実離れしていて、カイトはくらりと眩暈がした。そのせいか、触れないでいようとしていた魂に光子の指先が触れる。それが衝撃になったのか、それとも凌牙の性器を思わず握り締めてしまった左手がいけないのか。
「あ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」
一際高い声をあげて凌牙は射精を果たした。どくどくと流れ出た精液がカイトの掌にべっとりとついている。胸の内側から抜き出した光子の掌は、魂こそ掴みとってはいなかったが、ナンバーズハントをしていたころには感じなかった何か得体の知れない感覚を生身の右手に伝えていた。抜き取られた際の衝撃でまた凌牙の身体はびくりと跳ね、ぴくぴくと内股を痙攣させながら射精の余韻に震えている。
「……大丈夫か」
心配になってカイトは凌牙の顔を覗き込むが、その表情に、カイトは息を呑む。
「あぁ……よかった……気持ちよかった……もっと、もっと、欲しい……なぁ、もっと……」
快感にすっかり蕩けた淫らな瞳で、物足りないとばかりに凌牙は胸をかきむしって。喜びに笑みを浮かべながら凌牙はソファの上で請うように手を伸ばすのだ。
まるで中毒者のようだとカイトは思った。凌牙の指先がカイトの頬に触れる。引き寄せられて、そして、赤く染まった唇がねだるように重ねられる。
60話の顔面挿入は完全に予想外すぎて、シャークさん普通のプレイじゃ満足できない身体になってしまうんじゃないかと心配です…。
Text by hitotonoya.2012