部屋に運ばれてきたダンボールを抱え、IVはそれをリビングのテーブルの上に適当に放り投げるとビリビリとガムテープを剥がした。衝撃でティーカップの中の紅茶が揺れ、不機嫌そうにVが眉間に皺を寄せて一瞥する。
「またいつものかい?」
トロンが携帯ゲームを弄る手を止めてダンボールの中を覗き込む。そこには色とりどりの封筒がぎっしりと詰まっていた。極東デュエルチャンピオンであるIVに宛てたファンレターだ。今の時代、一般的には手紙よりも電子メールでのやりとりが多いが、矢張りファンレターは手書きで、そのほうが気持ちが籠もっているように見えるから、と考えている人も少なくない。
「ったく、人気者も大変だぜ」
「IV兄様はそういうところ律儀だもんね……」
IIIが苦笑する。ファンを大切にする温厚で真面目な、まさに優等生の見本のようなデュエリストが表の世界でのIVの顔だ。そんなIVはきっちりとファンレターにもひとつひとつ返信をしている。もちろん手書きで送られてきたものには手書きでだ。量が量なだけに一言メッセージ程度になってしまうが、しっかり中身を読んだうえで感謝の気持ちをつづっている。それがたとえうわべだけのものであっても、ファンは涙して喜ぶだろうから。
自室にまで運ぶのが面倒なときはIVはリビングでファンレターを読む作業をしていた。それはトロンたちに、自分は仕事をこなしているのだとアピールするためでもある。「貴方のデュエルが大好きです」だとか「先日出演されたテレビでの活躍素敵でした」だとか、例え彼らの瞳に映る自分の姿が偽りにまみれたものであっても、純粋な褒め言葉を捧げられるのは決して悪い気分にはならない。それがあるから面倒くさくてもIVはこの作業を行う気になれるのだが。
開封した手紙は別の場所にまとめて置いておいて、次の手紙をとるべくダンボールに無造作に手を突っ込む。
「ん?」
ずるり、と引きずり出されたそれは手紙にしてはやたら大きい、B5サイズの水色の封筒だった。かわいらしいドット柄のテープで封をしてある。紙以外のものは金属探知を通り抜けられないはずなのでこのダンボールの中には入っていないはずなのだが、一体こんなサイズの紙に何が書かれているというのか。疑問を抱きながらIVはペーパーナイフをすべらせる。中から出てきたのは、一冊の薄い本と、折りたたまれた手紙だ。
頑張って描きました、是非ご本人にも読んでいただきたく思い同封しました!
元気の溢れた女の文字だ。薄い本はどうやら雑誌の類ではなく、このファンの自作したものらしい。表紙を見る。漫画調のイラストで、金の前髪に濃い赤髪を逆立てた、目から頬にかけて十字傷の奔った男の顔が描いてある。この特徴は明らかにIV自身である。確かにこうしたイラストが送られてくるのは珍しいことではない。IVもしっかりそういったファンレターに対してはイラストの感想を添えている。だがそんなことよりも、IVの目を惹いたのは、そのイラストの右上部分に描かれている「18禁」という文字だった。
(俺の年齢知っててやってんのか? コイツ)
IVは大人びて見える(ように猫を被っている)が、十七歳である。18禁の意味する条件を満たさない。だが思春期ゆえの好奇心にIVは勝てなかった。ぱらり。薄い本の表紙をめくる。ぱら。ぱら。読み進める。絵は確かに上手かった。今まで見てきたファンアートの中でも上位に入る部類だ。だが、その漫画の内容が凄まじかったのだ。
いわゆる、「やおい同人まんが」だったのである。しかも、IVが女役を勤めている。
相手は以前テレビ番組で共演した年上プロデュエリストだった。内容はそれほどハードというわけではなく、夢に夢見る少女漫画のような甘ったるい雰囲気をかもし出していたが、猫かぶりの演技のままの自分がまるで素の性格であるかのように描かれ女のように扱われ抱かれている様はなんとも言えない。頬を引き攣らせて、なんとか精神の均衡を保つために笑顔をつくってみる。ふと違和感を覚えて横を見れば、トロンがしっかりとIVの手元を覗き込んでいた。IIIも、Vも、IVと、彼の手にした同人誌を凝視していた。
「へえ、なかなか上手く描けてるじゃないか」
仮面の下でトロンが笑う。慌てて同人誌を閉じて反射的にIVはソファから立ち上がる。
「見るんじゃねぇよ!!」
その顔は真っ赤である。
「はは、本当に自分のことみたいに恥ずかしいのかい?」
「誰だってそうだろうが!!」
少なくともこのファンにはIVがこういう目で見られているということである。トロンがもし自分があんなことやそんなことをされている漫画を読んだらと想像してみたが、彼ならばやはり笑って流してしまうだけのような気もした。
「何なんですか兄様、僕にも見せてください」
今度はIIIが立ち上がる。IVはIIIの手に届かないように同人誌を高く掲げた。トロンはともかくIIIにだけはこんなものは絶対に見せたくない。純粋にきらきらと大きな瞳を輝かせたIIIには。
「お前には絶対ダメだ絶対! ここに18禁って書いてあるだろうが! お前まだ十五だろ!!」
「お前もまだ十七だな」
すっ、と掌から薄い本が抜き取られた。いつの間にかVが後ろに立っていたのだ。
「あっ、てめぇ! 返せ!」
しかし先ほどIVがIIIにしたのと同じことをVにされてしまえばどうしようもない。Vのばかでかい身長にいつものことながら悔しくなりIVは歯を軋らせる。Vは手にした同人誌の表紙にだけちらりと目をやると、そのまま没収だとばかりに自分の部屋に持って帰ってしまった。
その日の夜、IVはノックもせずにVの自室のドアを開けた。アンティークの上品なランプの明かりが柔らかく照らす室内に、天蓋付きのベッドがある。その淵に腰掛けて、サイドテーブルに置かれたナイトティーを嗜んでいるのは当然Vだ。その手には一冊の本。Vは読書が好きだ。が、今日のそれは彼がいつも読んでいるものとは全く違う。昼間にVがIVから没収したファンからの贈り物だ。
「まだてめぇが持ってやがったのか。返せ」
舌打ちをしながらIVはつかつかとVのベッドに歩み寄る。
「返してお前はどうする」
ティーカップをテーブルに置き、Vは溜め息交じりに同人誌を閉じた。
「しっかり感想書いて送ってやらなきゃと思ってなぁ」
「そこまでしなくてもいいだろう。そもそも18禁なのだから、読めませんでした、とでも書いて送ってやればいい」
「それじゃファンが悲しんじまうだろ。おら、返せ!」
IVはベッドに飛び乗ると、奇襲するようにVの手の中の同人誌を奪おうとする。だがしかしVは僅かな動きでそれを避けてしまう。ぼすりと音を立ててベッドにIVの身体が沈み、スプリングが軋んだ。IVは諦めず、Vの身体に覆いかぶさるように手を伸ばす。
「早く返せよ。お前こそそんなホモエロ本こんなとこで読んで、今日のおかずにするつもりだったのか?」
皮肉交じりににやりと笑ってみせれば、Vは無表情を崩さぬまま冷たく言い放った。
「こんなもので抜く必要がどこにある」
とさ、と軽い音を立てて枕の横に同人誌が落ちる。それを拾い上げようとしたIVの身体をVはすばやく捕まえ膝の上にうつ伏せに乗せるようにすると、いきなりズボンをはぎとった。むき出しになった尻に、Vの指が触れると、何を覚悟する暇もなくいきなり穴に突っ込まれた。
「〜〜〜〜!?!?」
かなり無理矢理だ。慣らしも濡らしもしていない。きつく狭い穴の中にVの指が挿入されている。当然奔る激痛に、IVは暴れる。
「痛え! 痛いっつの!! てめぇいきなり何しやがるっ!!」
首をひねってVの表情を見上げる。いつも本を読んでいるときと変わらぬ落ち着き払った青い目が、指を突っ込まれた場所を見下ろしている。
「慣らしもしていないのにこんな簡単に入るわけがないだろう」
呆れたように言うVの指すところを掴むのに、少しばかり時間がかかったがIVにも確かに覚えがあった。IVの視界にちらりと見える同人誌だ。その中でIVは、つまり、たいへんスムーズに男の指を受け入れていたのだ。痛みもあまり感じた様子はなく。
「そりゃそうだよ!!」
これが二次元と三次元の区別のつかない人間かと脂汗を垂らしながら、IVはVから逃れようと暴れる。しかし上手い具合にVはIVの身体を押さえ込んでいて、しかも痛くてたまらないものだから上手く動けない。
「お前の反応も全く違うしな……もう少ししおらしければ、可愛げもあるものの」
手を伸ばし、Vは放られた同人誌のページを開く。そこに描かれていたのは男に指を入れられて、頬を染め高い声をあげて身を捩るIVの姿だ。似たようなシチュエーションを味わっている最中にこんなものを見せられるのは恥ずかしさでたまったものではない。IVは目を逸らし、Vを睨む。
「そっちの方が好みならそれこそコイツをおかずに一人でしてろよ!」
「断ると言っただろう」
同人誌を閉じると今度はサイドテーブルの引き出しからVはローションのボトルを取り出した。Vもこのまま続行するのは不可能だと判断したのだろう。器用に片手で蓋をはずすと、とろりと挿入されたままの尻の割れ目にローションが零される。甘い香りがたちこめる。まだ入っていない人差し指にそれを絡ませると、IVの秘所にじわじわと塗りこめ、そして既に入っている中指を抜かないまま、ずぷりと侵入させた。
「ってぇ――!!」
びくんと身体を跳ねさせ、IVは悲鳴をあげる。
「出す声も全く違うな」
淡々とVはIVの内側を慣らしていく。ぐちぐちと響く濡れた音。IVは痛みとじわじわと訪れる快感にシーツをきつく握り締めた。上質な白いシルクに皺が寄ってもVは気にも留めない。
「ちっ、くしょ……ホント、えげつねえなあ、俺のアニキはよっ……!」
気を紛らわせるため吐いた悪態は同時に背徳感からくる快楽を高めるためだ。兄弟でこのような行為をしているなど、IVの表の顔しか存じぬものは誰も知らないだろう。そもそも兄弟の存在をIVは公表していない。
「あの本の男のようにしてほしいのか?」
指の動きを止めないまま、Vは言う。見上げて、IVは強気に笑った。
「いーや、全然。そんなお前、きめぇよ」
誘うように、或いは内心での怯えや恐怖を覆い隠すように、IVは赤い舌を出した。
すっかり後ろがローションまみれになって慣れた頃、VはIVの身体をぐるりと回転させ、ベッドの上に押し倒した。服を脱ぎ捨て正常位の格好になり、VはIVの足を開かせる。IVの性器は勃起している。慣らされながら、Vの太腿に股間をこすりつけて快楽を得ていたのだ。Vも己の性器に挿入に必要な硬さを持たせる。
十分に慣らされた後ろにぐりと押し付けられるVの先端。訪れるだろう挿入にIVは深く呼吸をする。ぎち、と肉を割り開き、VはIVの中に自身を埋めた。
「――っ、っはあぁぁ……!」
指に比べるとやはり大きさが違いすぎる。痛みを逃がそうとIVはVの背中に手を回す。さらさらとした長い銀髪に指が触れる。Vの白い背中に、ぎりぎりと思い切り爪を立てた。肉に自分の爪が食い込む感覚がIVは好きだった。
「っ……」
引っかかれる痛みに流石のVも表情を歪ませる。その顔を見れば挿入の苦痛など忘れられてしまう。
「本当にお前は……」
IVの手を払わないまま、Vはぐいぐいと腰を動かし、IVを突く。ぎしぎしとスプリングが悲鳴をあげるがそれくらいではこのベッドは壊れないことを知っている。
「だから、あっちの俺のがいいならひとりでやってろって……っ」
「何度も言わせるな」
鼻先が触れ合うほどの距離で青い瞳と赤い瞳の視線が交差する。
Vは何も言わなかった。だがVの言わんとしていることをIVは汲み取れた気がした。それが自分の願望や妄想だけではなければいいと思いながら、ぐいとIVはVの身体を引き寄せるのだった。
結局その同人誌はIVの手には返却されなかった。ファンレターの返信には、Vに言われたとおり「18禁と書かれていたので読めませんでした、今度は僕にも読めるようなものを送ってくださいね」と書いてやった。
「ったく、ほんと有名人もイイことばっかじゃねえな……」
嘘で塗り固めた自分で売ってきたならば尚更だ。どこかでストレスを発散させなければ、おかしくなってしまうだろう。それが歪んだ形で出てしまったのが今のこの状態なのかもしれないとIVはVのベッドに横になりながら似合わない自虐をする。
しかし自身を題材にした同人誌が送りつけられてくるなどと、噂には聞いていたがまさか自らの身にふりかかってくるとは思っていなかった。今はシャワーを浴びているVの、サイドテーブルの引き出しが目に入り、悪戯心からなんとなくそれを開ける。そこにあの同人誌が入っていたら面白いなと期待して、かたりと木のすれる音をさせてわざとゆっくりと。
――本当にその本がその中にあって、あいつ本当はこいつをおかずにしてるんじゃないかと不安を抱いてしまったなんて、悔しいのだけれど。だが、それにしてはVは相変わらずIVのベッドの中での態度を咎めることはなかった。
「ゼアル世界ではIVさんのナマモノ同人誌が出てそう」という発想から発展した妄想への盛り上がりが逆CPのハードルを超えてしまったという話です。
Text by hitotonoya.2012