レヴァスレイター

 深い夜の静寂に、水面の月が清かに映える。バイクを降りて、凌牙はヘルメットを外した。湖の真ん中に浮かぶのは、廃墟となった美術館らしい。無防備に開け放たれたままの門をくぐり、館へ続く橋を歩く。なんとなく、あの館に誰かがいる気がしたのだ。

 凌牙がこの場所に来たのは、遊馬を追ってだった。WDCの二日目を終えて、家に帰る最中だった。えらく慌てた様子で走っていく遊馬の姿を見つけたのは。かすかに聞こえた、彼がDゲイザーで通信していた相手の名前は「カイト」だった。その名前に凌牙は心当たりがあった。――ナンバーズハンター。遊馬の大切なペンダントを奪い、そして凌牙の魂を奪った男。ナンバーズハンターと遊馬は敵対しているはずだった。なのに、何故彼と連絡をとりあっているのか。

 本来ならば凌牙には関係のないことなのかもしれない。だから、一度はそのまま家に帰ろうとしたのだ。けれど、凌牙はそれができなかった。また彼が何か危険なことに足を突っ込んでいるのではないかと気になって気になって、結局遊馬の走り去った方向へ向かっていた。もちろん遊馬の姿は既にどこにも見当たらない。凌牙は遊馬の電話番号もメールアドレスも知らない。だから連絡の取りようなどなく、ただ方角だけを頼りに凌牙はバイクを走らせた。

 大会は明日以降も続くというのに、一体何をしているのだろう。本当に遊馬がここにいる確証などどこにもないのに。自嘲を浮かべながら、凌牙は橋を渡りきる。古びた扉に手をかければ、それは簡単に凌牙を迎え入れた。ステンドグラスの窓から差し込む月明かりに浮かび上がって見えるのは、高い天井、それに届かんばかりの大彫像。奥へと続く厳かな階段。細かな埃が舞っている。人の気配が濃く残っている。ついさっきまで誰かこの場所にいたのか、それとも奥に行けば人がいるのだろうか。凌牙が足を踏み出しかけたとき、コツン、と高い靴の音が鳴った。

「遊馬?」

 反射的に音のした方に首が動き、名前を呼ぶ。音は聞き間違えではなかった。闇の中から人影が現れる。ただしそれは、遊馬ではなく。

「九十九遊馬ならさっき帰ったばかりですよ? 残念でしたねぇ、凌牙」

 耳に障る、嘘に塗れた敬語。暗い部屋に浮き上がる白の衣。僅かな明かりの下でもぎらつく赤い瞳は遊馬のものとは全く別の色に見える。

「IV……! なんでテメェがこんなところに」

 この日の朝に、凌牙がとり逃がした男が目の前に立っていた。会いたかったような、会いたくなかったような複雑な気持ちが胸中を渦巻く。IVはわざと響かせるように足音を立てて、凌牙に近づいてくる。

「それに、『さっき帰ったばかり』って……どういうことだ」

 凌牙はIVを睨み付ける。厭らしい笑みを貼り付けたIVは、両手を大げさに広げてみせた。

「そのままの意味ですよ。ついさっきまで彼はここにいて、私とIIIとデュエルしていたんですよ。知らなかったんですか?」

「遊馬が……お前達と?」

 デュエルの勝敗よりも凌牙には気になることがあった。ここで遊馬がデュエルをしていたというIVの話が本当ならば、足りないものがひとつある。遊馬と連絡をとっていた、カイト――ナンバーズハンターの存在だ。

 そんな凌牙の心境を見抜いたのか、IVがにやりと口角を吊り上げる。

「……ああ、カイトとタッグでな」

「タッグ……? 遊馬と、カイトが?」

 タッグデュエル。二人一組の、チームワークが要求されるデュエルだ。それを、敵対しているはずのナンバーズハンターと遊馬はやってのけたというのか。凌牙は目を瞬かせた。そんなことが行われていたという可能性を全く考えていなかったからだ。

「どうした? 何ショック受けたような顔してやがる」

 IVはいつの間にか凌牙の目の前にいて、くいと顎を持ち上げられる。腕を強く薙いで振り払い、凌牙は首を横に振った。

「テメェには関係ねぇだろ」

「なかなかいいチームワークだったぜあいつらは。息ぴったりって感じでな。随分と苦戦させられちまった」

 にやつくIVは凌牙を煽る。意味が分からなかった。頭の中はぐちゃぐちゃで真っ白だ。凌牙の知る情報とIVから齎される情報に差がありすぎる。何故遊馬がカイトと共闘したのかが、理解できない。

「そんなに信じられねぇのか? 遊馬がカイトと仲良くしてたってのが。男の嫉妬は醜いぜ?」

「なっ、何言ってやがる!」

 凌牙は自分の顔が真っ赤になっているのに気づかなかった。

 嫉妬? 俺が? 何に嫉妬しているというんだ。

 脳裏を過ぎった遊馬の無邪気な笑顔。その隣にいるのは、凌牙の魂を奪ったナンバーズハンター。

「お前のそのフ抜けた顔見て分からねぇわけないだろ」

 ハン、と溜め息を投げかけてIVは凌牙の顔を見やった。

「随分とお気に入りみたいだなぁ、あの遊馬ってガキが」

「……うるせぇ」

 うまく言葉が発せない。

「遊馬の方はカイトと随分仲が良かったけどな」

「黙れ」

 混乱しきった頭はまともに回ってくれない。

「お前はどうなんだ、凌牙」

「何が」

 握り締めた掌に汗が滲んでいる。

「遊馬と」

「あいつとはなんでもねぇ!」

 それ以上何かを言われる前にと、必死で声を張り上げた。生唾を飲み込む。凌牙は目を細めて、精一杯の気迫を籠めてIVを睨み上げた。

「そんなことより、丁度いい、ここでお前に復讐を」

 それが今の凌牙の一番の目的で、今や存在意義にも等しいというのに、

「遊馬が言ってたぜ。『俺はデュエルを復讐には絶対に使わない』って、こえー顔してな」

「……っ」

 IVの言葉に魂ごと揺さぶられたような錯覚に陥ってしまう。デュエルを純粋に愛する彼は、一体どんな顔をしてその言葉を発したのだろうか。

「嫌われちまったかもなあ」

 凌牙の復讐の対象が自分だと知っているくせに、まるで他人事のようにIVは言う。否、当事者だからこそそんな風に言えるのかもしれない。

「……遊馬は、関係ない」

 凌牙は喉の奥から絞るように声を出した。復讐という行為が他人から見て決して好ましいものではないことくらい凌牙も分かっている。それでも復讐すると誓ったからこそ、凌牙は遊馬と関わるのを絶とうとしたのだ。遊馬に醜い自分を見せないために。おせっかいな遊馬が万が一関わって、危険な目にあわないように。

「関係ないんだ」

 自分に言い聞かせるように、繰り返す。遊馬に嫌われようと、自分には何も関係ないのだと。遊馬とは所詮、ただ何度かデュエルをしただけの関係にすぎないのだと。そんなことで自分の心は揺らぐことはないのだと。凌牙のすべきことはただ、目の前のIVへの復讐で。

「分かり易い嘘だな、全く」

「なっ」

 がちがちに固まっていた身体はあっさりとIVに抱きこまれた。身を捩って逃げようとすると、背中を向けさせられて後ろ手に捻りあげられてしまう。どん、と乱暴に背中を押され、小さく皹の入った壁に突き飛ばされる。なんとか両手をついて直撃は防いだが、壁についた右手にIVの手が重なって、おさえつけられてしまう。壁とIVとに挟まれて逃げ場を奪われた。

「んぁっ……!」

 IVは服の間にするりと手を滑り込ませ、肌を直接撫でてくる。背筋が粟立つ。IVの指先は凌牙の弱いところを知っている。するりと滑る指が、動揺しきった凌牙を弄ぶ。

「身体が震えてるぜ? 本当にショックなんだな。好きなんだろ? 遊馬のことが」

「違うっ」

 否定するしかできない。自分の身体が震えていることも、凌牙は信じることができなかった。壁に額を押し付けて、目を瞑る。遊馬の顔ばかりが思い浮かんでしまう。

「好きで好きでたまらないんだろ?」

「違う……」

 違うと思い込まなければ、苦しいのは自分だった。ずぐりと胸の奥が疼く。IVの手に身体が蹂躙されても、凌牙は抵抗できなかった。投げかけられる言葉を否定することだけで精一杯だった。かちゃりとベルトが外される金属の擦れる音。ほんの少しだけ腰を動かしてみても当然IVには通じない。さらり、とIVの髪が頬にかかる。生暖かい吐息がうなじと耳朶にかかる。耳に直接吹き込むように、まるで悪魔のそれのような響きでIVは囁く。

「知らないうちに別の男と仲良くしてるのに嫉妬しちまうくらいに」

 嫉妬という言葉に凌牙は目を見開いた。息を飲み込む。頭の中に一瞬でイメージされる、遊馬とカイトが共に決闘する姿。

 あいつはどんな顔でIVとデュエルした。どんな気持ちでカイトとタッグを組んだ。俺の知らないところで、何がおこっていたんだ。

「そんなんじゃ」

 絞りだしてようやく出たのは擦れた小さな声。その有様に、IVはくつくつと喉の奥で嗤う。

「お前だっていろんな男相手にしてきたくせに、ひでぇ独占欲じゃねぇか」

 こんな風にな、とばかりにIVは凌牙の尻を割り開く。

「ひっ……!」

 挿入される異物に引き攣った声が上がる。内側で動くIVの指。吐き気と独特の感覚がこみ上げる。

「本当は遊馬にこういう風にしてもらいたいんだろ?」

 凌牙の肩に顎を乗せ、IVは頬をなめてくる。唾液になぞられた部分に夜の空気が触れ冷たい。

「あっ、ちが、あぁっ、やっ」

「名前出されただけで興奮してんのか? 触ってもいないのに勃起してるぜ?」

 胸が焼けるように熱くて凌牙は苦しかった。それでも元々一年前にIVに開発された身体は、凌牙の全てを知り尽くしていると言っても過言ではない彼の技巧によって齎される快楽に敏感に反応を示す。男に抱かれることで喜ぶ己の身体を凌牙は快くは思っていないはずだというのに。

「ひぐっ、うぅ……」

 感じるところを押され、凌牙は悲鳴を堪えた。久々とはいえ散々経験のある身体はあっさりとこの状況を受容して火照っている。

「いいぜぇ凌牙。俺を大好きな遊馬クンだと思ってくれてよ!」

 ずるりと指が引き抜かれると入れ替わりに、IVの性器があてがわれ挿入される。背中越しに犯されれば、IVの顔は見えない。凌牙は固い壁にすがりつき、涙の溢れる目を閉じた。激しい突きに、がくがくと腰が震える。

「あっ、あぁっ、遊馬っ……ゆーまぁっ!」

 IVに犯されているはずなのに、頭の中では遊馬のことばかりを考えているせいか口をついて出るのは遊馬の名前。

 心臓に焼けた杭でも打ちこまれたかのように胸が熱い。身体も心もぐちゃぐちゃで、もう何がなんだか分からない。

 ――遊馬。太陽のように明るい俺の遊馬。お前が笑いかけてくれるだけで、俺は幸せになれた。溺れていた深い闇ばかりの海から抜け出すことができた。純粋で穢れなく、強い意志を秘めた瞳のきれいな遊馬。手を繋がなくても、言葉を交わさずとも。遠くから彼を見ているだけでも、俺は満ち足りていた。《本当に?》――違う。本当はもっと傍にいたかった。遊馬に触れたかった。遊馬に俺だけを見て欲しかった。でも遊馬は皆を等しく照らす太陽だから、俺はそんな望みは心の奥底に仕舞いこんだ。そもそも俺にはそんな資格すらない。だって俺はこんなにもよごれている。心も、体も。俺が触れればきっと遊馬を穢してしまう。そんなこと、できるはずがない。だから俺は《遊馬に抱かれたいと思う気持ちを押し殺してきた、その結果が》これなのだ。遊馬の隣にいるのはもう俺ではなく別の男で。穢れた俺を《もう遊馬は認めてくれないだろう》。どうしてだ、遊馬。こんなにも俺はお前のことが好きなのに。どうして他のやつと一緒にいる。遊馬。大好きな遊馬。俺の遊馬。

「あっ、ああああぁぁぁぁぁ――!!」

 胸が熱い。快楽を凌駕し痛みさえ伴う衝動に悲鳴が上がる。

 遊馬。こんなにも苦しいのは《遊馬が俺を見てくれないからだ》。そうだ、俺はずっと遊馬に愛されたかった。この身体は遊馬の熱を求めていた。男に抱かれて嬌声をあげるこんなよごれた身体で、《それでも俺は遊馬を欲しいと思っていた》。絶頂が近い。《遊馬に抱かれて得るそれはさぞかしキモチイイだろう》。放たれる白濁。遊馬のそれを受け止めたいとずっとずっと思っていた。《他の誰かに奪われる前に》、遊馬に自分だけを見て欲しい。IVから与えられた熱が引きぬかれる。ぽっかりと穴が開いたような空虚さに、身体も心も物足りなさを訴える。まだ足りない。もっと欲しい。遊馬が欲しい――!

「ゆう、ま……」

 ずり落ちくずおれる凌牙の身体を見下ろして、IVが昏く嗤う。精液が太腿を伝う感触を味わいながら、凌牙の意識は闇に飲み込まれていく。

 

 

 

 小鳥ともカイトとも別れ、ようやく遊馬は家路についていた。

「こんなに遅くなっちまったの、はじめてだよ……またねえちゃんとばあちゃんに怒られちまうかな」

 できるだけ足を速めて、近道を選びながら遊馬は急ぐ。街灯もなく狭い路地だが、大通りを抜けるよりはずっと家に着くのが早いはずだ。しんと静まり返った、降り注ぐ月明かりだけが頼りの夜道。もちろん今まで誰ともすれ違わなかったその道をようやく抜けようとしたとき、立ちふさがるようにゆらりと人影が現れる

「え」

 遊馬は目をぱちくりと瞬かせた。暗闇に慣れた瞳が伝えた、目の前の人物は遊馬の見知った顔だったからだ。

「待ってたぜ、遊馬」

 鼻にかかった、甘くまとわりつくような声が鼓膜を揺らす。その主はシャーク――神代凌牙だ。普段の彼が出さないような声に、遊馬は違和感を覚える。

「シャーク!? なんでこんなところに」

「遊馬」

 遊馬の問いかけには答えず、凌牙は遊馬に歩み寄ってくる。その尋常ではない様子に、遊馬は思わず後ずさった。虚ろな目は闇を抱いてぎらついている。だというのに凌牙の顔には表情がない。まるで何かに操られた人形のように見えた。遊馬に向かい、凌牙の右手が伸ばされる。その甲が光るのを見て、遊馬は目を見張った。

 凌牙の右手の甲に浮かんでいたのは、ナンバーズの紋章だった。朝に、遊馬の目の前で凌牙がデュエルしたときには、彼は間違いなくそれを押さえ込んでいたのに。

『遊馬、彼はナンバーズに』

 アストラルが言い終える前に、遊馬の身体は凌牙に押し倒されていた。コンクリートの床に頭をぶつけなかったのは幸いだったが、打ち付けた背中の痛みを耐えている間に、凌牙の綺麗な顔が目の前にまで来ていた。

「シャークっ」

 止める暇もなく、唇に唇が重ねられたかと思うと、凌牙は遊馬の口内に下を差し入れて深い口付けをしてくる。

 なんで、どうして、シャークが、こんなことを。

 突然の、そして予想外のことに驚いて動けない遊馬をよそに、凌牙は貪るように行為を続ける。絡みつく舌はねっとりと甘い。ようやく唇が離れれば、唾液が銀色の糸を引いた。

 うっとりと笑った凌牙の手の甲には、やはりナンバーズの紋章が浮かんでいた。明らかに凌牙は正気ではない。デュエルをして、ナンバーズの呪縛から解放してやらなければならない。ナンバーズにとりつかれた人間も、デュエルを望むはずだ。それなのに。

「遊馬……」

 凌牙はデュエルをする気はないようで、優しく遊馬を抱きしめたかと思うと、ズボンに手をかけてチャックを下ろしていくのだ。

『遊馬!』

 アストラルが叫ぶが、彼にはどうすることもできない。

「シャーク、何してんだよ、シャーク!!」

 遊馬の幼い性器を握り、凌牙はいとおしそうに口付ける。そんなことを誰からもされたことがない遊馬は顔を真っ赤にして止めさせようとするが、しかし凌牙はちろりと赤い舌を覗かせると、口の中にそれを含んでしまった。

「うわっ……!」

 凌牙の口内に包まれる未知の感覚に、遊馬は抗うことを忘れてしまった。遊馬にだってほんの少しくらい知識はある。精通だってしている。だからこんなことは普通でないことは分かっていた。

「シャークっ、やめろよ! どうして、こんなこと!」

 上体を起こして凌牙の髪を掴む。舌を動かすのを一度とめた凌牙が見上げてくる。遊馬は息を呑んだ。暗闇の中でも凌牙の瞳が熱を持って潤み、恐ろしいまでの色香を放っていることが分かったからだ。情けないことに、その表情に、見蕩れてしまった。

 遊馬の性器が固さを持ち勃ちあがるのを確認してから、凌牙は唇をようやく離す。もうすぐにでも射精してしまいたくなる衝動を、遊馬は堪えた。

「遊馬……」

 遊馬の腹のうえに乗りながら、凌牙が服を脱いでいく。

「ずっとこうしたかったんだ。お前の熱が欲しかったんだ」

 ぱさり、ぱさりと乾いた音を立てて布が地面に落ちていく。闇に浮き上がるような凌牙の白い肌。とてもひとつしか歳が違わないとは思えぬほどの妖艶な振る舞いは、ナンバーズのせいに違いないのに。

「遊馬」

 ズボンを脱いで全裸になった凌牙の性器は既に勃起していた。凌牙は後ろに手を回すと、尻の割れ目を広げるようにして、遊馬の性器をそこで咥え込む。

「あっ……」

 恍惚に満ちた声が凌牙から漏れる。導かれた凌牙の中は既にぐちゃぐちゃに濡れていて、いとも簡単に遊馬を迎え入れる。そうしてきゅうと締め付けてくる。待ち望んでいたとばかりに。恋しくて恋しくて欲しくて欲しくて仕方がなかったのだと言うように。

「シャーク……っ! だめだ、こんなのっ……! シャーク……!」

 凌牙は遊馬の腹に手をついて腰を動かす。本当は凌牙を止めたい。しかしはじめて襲い掛かる快楽の波に、遊馬の身体はすっかり飲まれてしまう。

 気持ちがいい。けれど、こんなのは間違っている。間違ってるって思うのに。

「遊馬……遊馬、好きだ……なあ、遊馬、俺を見てくれ……俺を愛してくれ……」

 腰を揺らしながら、遊馬を見下ろす凌牙の瞳は、いつか見た誰かに救いを求めて彷徨うそれと同じで。頬を伝う涙に思わず手を差し伸べてしまった。

 

 

 

 冷たいシャワーを頭から浴び、凌牙は浴室でうな垂れていた。電気もつけない暗闇の中。脚を伝って流れ落ちる白濁。たっぷりと注がれたそれは二人ぶん。まだ最奥には咥え込んだ性器の感触を覚えている。

「俺は……」

 零れる声は擦れている。

「俺は……ッ!!」

 乱暴に壁を叩く。

 俺は、なんてことをしてしまったのだ。何も知らない、何も悪くない遊馬に無理矢理、あんなことをして。自分の欲望だけを押し付けて、遊馬を、汚してしまった。よりにもよって、この手で。彼だけは守りたいと思っていたのに。あんなに大切に思っていたはずなのに。

 耳の奥でIVの嗤う声が聞こえる。きっと全てIVの思惑通りだ。首を横に振ってふり払う。濡れた髪から水滴が舞った。己の弱さが悔しくて仕方がない。

《それでも気持ちが良かったんだろう?》

 闇の中で誰かが囁く。疼く胸をぎゅうと押さえつける。この声の正体はナンバーズか、否、凌牙にとってはそれは最早もう一人の自分だった。

《あのとき九十九遊馬は間違いなくお前だけを見ていた》

「黙れ」

 遊馬の熱の感覚を、凌牙は忘れることができない。最後に遊馬が凌牙の身体を慈しむようにかき抱いてくれたことも、記憶にしっかり残っている。嬉しくなかったといえば嘘ではない。

《遊馬を永遠に自分だけのものにしたいと思わないか》

「黙れぇ……!」

 闇の誘惑を必死に拒むように、凌牙は歯を軋らせる。目を瞑る。凌牙を抱いた遊馬の顔は笑っていなかった。悲しそうな表情を浮かべていた。そんな顔を遊馬にして欲しいわけではない。遊馬には笑顔でいて欲しい。遊馬の笑顔を思い浮かべる。その周りにいる彼の仲間達。遊馬の同級生。カイトの姿もある。それなのに……自分の姿はない。

 ああまだ俺は嫉妬している。どうしようもないほどに、嫉妬してしまっている。

 己の中に渦巻く醜い闇を凌牙はもう認めるしかなかった。

「遊馬……」

 暗い天井を見上げる。降り注ぐ水圧に、まるで嫉妬の海の底を漂っているようだった。道しるべとなってくれた太陽の姿はもう、遥か遠く、濁った水に遮られて見えない。助けを求めるように伸ばした右手の甲は、鈍く輝いていた。

 

2012.02.01

「カイト?」の一言から妄想。シャークさんは流石リバイスドラゴンを具現化した男だと言われてしまうのでしょうか!(笑

Text by hitotonoya.2012
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