人形は泣かない

 真実を何も知らず緊張に震える彼の姿はとても小さく見えて酷く滑稽だった。

「いよいよ決勝戦ですね。ここまで来たのだから、いいデュエルにしましょう。凌牙くん」

 微笑んで右手を差し出す。かたかたと小刻みに震える指先を握りこむ。小さな子どもの掌は、例えがたい興奮をIVに齎した。

 全てが仕組まれた決勝戦の幕が上がる。口角が吊りあがるのを抑えきれず、IVは声を殺して笑った。

 

 

 

「私からは特に言うことはありません。一言だけ言うならば……純粋に残念です」

 十六にしては出来すぎともいえる答え。インタビューの嵐から逃れるように、IVは控え室の扉を閉める。全国大会の決勝戦、表彰式も今後のスポンサーとの契約の相談もひととおりのことは全て終わり、やっと解放されたかと思えばしつこいマスコミはなんとか『被害者』からのコメントをもぎ取ろうと必死だ。本当の被害者は誰なのか、微塵も知らないだろう。デッキケースからカードを取り出して眺める。決勝の前に控え室に戻ったときはいい具合にばら撒かれていたカードたち。あの少年は、いったいどんな顔をして植木の隙間からこのカードを覗き込んだのだろうか。監視カメラが後姿しか捉えていなかったのが悔やまれる。

 ティーバッグの紅茶を傾けて一口啜る。安っぽいにおいと味が広がるがIVが不機嫌にならなかったのは遠くから見えたあの少年の失格を言い渡されたときの表情が目に焼きついていたからだ。きっと今はもっと良い表情になっているに違いない。『加害者』である彼に向かうマスコミの攻撃はIVの受けたものより更に厳しく、激しい。運営委員会も、観客も、きっと誰も守ってくれない。全てを味方につけているIVとは真逆の絶望の中にどっぷりと漬かっているはずだから。

 くつくつと喉から漏れる笑いを抑えきれずにいると、コンコン、と小さくノックをする音が聞こえた。カップを置き、椅子から立ち上がる。

「はぁい?」

 開閉ボタンを押す前に、ドア越しに声をかける。小さなディスプレイが目の前に表示される。そこに映っていた青髪の少年を、IVはよく知っていた。俯いて表情は良く見えない。彼は無言のまま、ドアの前に立ち尽くしている。

 人差し指でボタンを軽く押すと、シュンと小気味良い音をしてドアは開いた。

「……どうしたんです? 凌牙くん」

 現れた少年は、IVの決勝戦の相手。IVのデッキを盗み見たとして失格になった少年。神代凌牙だった。

 凌牙は俯いたまま、ぎゅっと両の拳を握り締めて黙っていた。ふう、とIVは溜め息を零す。

「とにかく、入ってください。マスコミに見つかると厄介ですから」

 凌牙の身体を部屋に引きこんで、ドアにロックをかける。こちらへ、と椅子を勧めるが、凌牙はIVの前に立ったまま動かない。

「凌牙くん?」

 諭すように、肩に手を置くとびくりと震えが奔った。そうしてゆっくりと顔があげられる。

 その表情に、IVは息を呑んだ。

 血の気を失った肌色。涙も乾き絶望に塗れた蒼い瞳。あらゆる負の感情が錯綜した無表情はまるでよく出来た人形のようだった。

 ぞくり、と背筋に震えが奔るのをIVは感じた。嗚呼、これは、なんてたまらない。IVの想像を遥かに超える逸品に凌牙は仕上がっていたのだ。

「……ごめんなさい」

 微かに動いた唇から、小さく紡がれた掠れた声は謝罪の言葉。

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい」

 壊れた人形のように何度も呟かれるそれは耳に心地よい。いつまでもいつまでも聞いていたくなるほどに。しかし残念なことに、この控え室にいられる時間は限られている。舌打ちを押し込めて、IVは掌を彼の頭の上に置いた。

「そんなに謝らないで下さい」

 ゆっくりと撫でるように手を動かせば、凌牙の声が途切れる。

「私はただ、あんな形でデュエルが中断されてしまったことを残念に思っているだけですから。本当はあなたとちゃんとデュエルで勝負をつけたかった。あなただってそれを望んでいたはずです。違いますか?」

 問いかければ、凌牙はまるで子どものように首を横に振る。

「許して……くれるのか?」
「許すも何も、私は最初からあなたを怒ってなどいませんよ」

 にっこりと。微笑みかければ凌牙の頬にさっと朱が奔る。血の気が少し戻ったようだった。乾いていた瞳に涙の粒がこみあげている。

「だから、泣かないで下さい」

 すっと指で目じりの涙を拭ってやる。肩に置いたままだった手を放そうとすると、反射的にだろう、放さないでくれと袖を掴まれた。ああきっと、彼をこうして庇うような言動をするものは殆どいなかったのだろう。IVには簡単にそれが予測できてしまった。優しくされて、こいつは喜んでいる。だったらそれに応えてやろうではないか。

「……凌牙」

 ぎゅうとIVは凌牙を抱きしめた。成長期前の子どもの身体は小さく細い。ゆっくりと背中を撫でてやる。たがをはずしたように凌牙はわんわんと声をあげて泣き出した。なんだ、まだ流す涙が残っていたのか。IVは忌々しく思った。この部屋に入ってきたばかりのあの表情が忘れられない。まだ涙が乾いていないというのなら、もっともっと絶望に濡れた美しい表情をこいつは浮かべられるはずなのだ。

「泣かないで」

 涙のわきあがる目尻に唇をつけて、ちゅうと吸い上げる。塩の味。

「お前に涙は似合わない」

 囁いても凌牙は泣くことをやめなかった。延々泣いて、泣きつかれて、ぐちゃぐちゃの顔をIVの服になすりつけて、IVの腕に抱かれたまま眠ってしまった。

「……ガキが」

 腕の中の少年に聞こえていないだろうのをいいことに毒づく。あんな顔を見せていなければ、とっくにそこら辺に捨てているところだ。眠りこけた凌牙を抱いたまま、IVは人知れず控え室を後にする。弄くりがいのありそうな玩具を拾った気分だった。

 

 

 

「……目が覚めましたか」

 ベッドに横たえた凌牙がようやく重い瞼を開けた頃、IVは優しく声をかけた。未だ潤んだ青い瞳が何度も瞬きを繰り返し不思議そうにこちらを見てくる。

「……ここは?」

「私がとっているホテルです。私の控え室に入った後のこと、覚えてますか?」
「………」

 凌牙は口ごもる。ふう、と溜め息をついて、IVは丁寧に一部始終を説明した。凌牙が泣きつかれて眠ってしまったこと。その後凌牙の保護者を探したが見つからなかったこと。凌牙がいくら起こしても起きなかったので、仕方なくIVのホテルへ運んできたこと。ほとんど丸一日、凌牙が眠り続けていたこと。

 聞き終えて、凌牙は頬を赤くしてシーツを握りしめた。

「何も恥ずかしいことじゃありませんよ。いろいろあったんですから
「は、恥ずかしいわけじゃない!」

 うわずった声で否定する様は図星をつかれていると白状しているに等しい。反吐が出そうな茶番だ。

「……迷惑かけて、すまなかった」
「いいんですよ。……さ、どうしましょう? 大会にはひとりで? ご両親も心配しているでしょうし、早く帰らないと」
「いい」

 続きを遮るように凌牙は短く言う。瞳にさっと暗い影が奔り、紅潮していた頬が一気に冷める。IVの予想通りの反応だ。

「……どうせどこにいっても、昨日と同じだ」
「凌牙……」

 すっと手を伸ばし、控え室でしたのと同じように頭を撫でる。肩を抱き、背中をさすってやれば凌牙は泣きそうな声で呟きだす。

「なんでだ? こんな風にしてくれるの、お前だけだ。俺はお前に一番、悪いことしたのに。デュエルを汚したのに」
「誘惑に負けてしまうことは誰だってありますからね。もし私があなたと同じ状況におかれたとしたら、どうしていたか分からない。だから、他人事には思えないんです。あなたを責められない」
「……いいやつなんだな」
「そんなことないですよ。ね。凌牙。泣かないで」
「泣いてない」
「涙が出ていますよ」

 眦に口づけて吸い取れば、凌牙の顔に血の気が戻った。

「……覚えてる」
「なにを?」
「これ……すごく気持ちよかったの、覚えてる」

 IVの唇の離れた場所に手を当てて、うっとりと凌牙は呟く。

「そうですか? それはよかった」
「……みんな、俺から離れていったのに、お前は近づいてきてくれるんだな」

 すっかり気を許したように微笑む凌牙に、IVはふっと笑みを雫した。

「私がいてあげますよ。凌牙の気が済むまでね」

 凌牙の身体を抱き寄せて、今度は唇に唇を重ねる。触れるだけのキスだというのに、凌牙は思い切り身体を震わせた。すぐに唇は離れる。

「なっ、なんだよ、いきなり!」
「あなたが気持ちよかったというので、もっとしてあげようと」
「男同士でするもんじゃないだろっ!」
「そうですか? 私のところではそんなことないですよ。スキンシップは愛情を示す一番の行為ですし」
「愛情……」

 反芻した凌牙はいかにもそれに飢え乾いているというのが見て取れた。そしてそれをIVに期待しているということも。

「あなたをもっと気持ちよくさせてあげたいんです、凌牙。あなたが涙を流す姿は似合わないから」

 もう一度口づける。再び小さく身体を震わせたものの、凌牙は今度はおとなしくIVを受け入れた。無防備な唇を舌で撫で、隙間から口の中へと滑らせても抵抗しない。それどころかどんどん従順になるように、IVの服を引っ張るようにしがみついてくる。何もしらない哀れな子ども。ちょろいもんだ、と内心でほくそ笑んで、IVはそのままベッドの上に凌牙を押し倒した。

「IV……?」

 大会の登録名を凌牙は呼ぶ。怖がらせぬよう、今は希望だけを与えるように、IVは優しく凌牙の頬を撫でる。

「大丈夫。私の言うとおりにしていてください。そうすれば、きっと――」

 魔法の呪文を紡ぐように。

 

「はっ、あっ、あぁ」

 小さな喘ぎ声がホテルの一室に響く。ベッドの上では裸にされた凌牙が性器に直接与えられる快感に悶えている。

「気持ちいいでしょう?」

 片手で凌牙の性器をしごきながら、もう片方の手で乳首を弄る。つんと勃った乳首をぐりぐりと押される痛みを性器に与える刺激で快感に変換する。

「あっ、あぁぁ、んぅ」

 発せない言葉のかわりに頷く凌牙の身体じゅうには、IVの口づけた愛情の跡が散らされていた。十分に愛された身体はIVの愛撫にすっかり敏感になっている。

「IV、なんか、ヘンだ、おれ、あっ、あぁっ」

 射精が近いのだろう。凌牙の身体がびくびくと震える。

「いいんですよそれで。気持ちいいって証拠です」
「あっ――!」

 ぴゅる、と飛び出した精液はIVの手と凌牙の腹を汚す。それを指先ですくいとり凌牙に見せれば、不安そうな色を瞳にうつす。

「あ……」
「構いませんよ。むしろ嬉しいですよ? 凌牙がこんなに悦んでくれているなんて。それより」
「うあっ」

 凌牙の脚を持ち上げ更に開かせる。すくい上げた精液を塗り込むように、尻の割れ目に指を這わせる。

「もっと気持ちよくさせてあげます」

 射精の快感にとろけた頭にIVの声は聞こえているのかいないのか。つぷりと中指を内側に入れれば、一転、凌牙の喉も身体も悲鳴をあげる。

「うあ、あぁぁぁぁ! やだっ、そんな、とこっ、痛い、痛い! あぁぁぁ!」

 痛みを紛らわすための悲鳴は美しいものではない。ぼろぼろとこぼれる涙も同じくだ。IVの舌打ちは凌牙の悲鳴にかき消される。

「落ち着いて、息をして。慣れれば気持ちよくなりますから」

 優しい声色をつくり、太股をさすってやれば凌牙は従順にあがりかけた悲鳴を堪え、息をしようと肩を揺らす。その隙に指を奥へと進める。本来は想定されぬ侵入者に凌牙の身体は抵抗するが、凌牙の心は既にIVに掌握されている。身体が慣れるのも時間の問題だった。ゆっくりとあやすように、凌牙の身体を撫でながら指でならしてしまえば、ようやく二本ぶんが入るようになった。まだ不十分といえたが、これ以上時間をかけるのも面倒だ。

「凌牙」
「な、に」
「また少し痛くなりますが、我慢してくださいね。もっと凌牙に気持ちいいことをしてあげたいんです」

 こくりと凌牙は迷いなく頷く。頬に涙の跡がついている。これからそれは更なる涙によって上書かれるだろう。
 ひょいと凌牙の身体を持ち上げて抱き上げると、IVはベッドの上に腰掛けた自分の上に座らせる。

「IV……?」
「なんだかわかりますか?」

 青い髪をかき分けて、背中越しに耳元に囁く。

 凌牙の後孔に触れるのは、IVの勃起した性器だ。

「――ッ!」

 凌牙が答えるまもなく、IVの導きと凌牙自身の身体の重さによって、それは凌牙の身体の中に入り込んでいく。めりめりと裂けるような感触。ぎゅうと締め付けの強すぎるそれに、IVは眉を顰める。

「ひぁっ、あっ、ああっ!!」

 定まらない呼吸。震える身体。ぼろぼろとこぼれる涙。

「大丈夫、ちゃんと、全部入りますから」

 ずず、と深く沈めるように、IVは凌牙に体重をかけた。彼が気持ちよく感じるように、片方の手で性器を握り、萎えかけたそれを勃起させ愛撫する。痛みと快感が同時に襲われる羽目になった凌牙はきっと脳の許容量を越えた感覚に支配されているだろう。

 根本まで飲み込ませた後は、じいとしているのもこちらにとって苦痛でしかない。ゆっくりと腰を動かし、凌牙の快楽を引き出していく。狭くて仕方ないが、それなりに時間をかけたおかげで動けないということはない。前をいじる手は休めずに、腰を上下させ凌牙をゆさぶる。

「IV、あ、あぁっ、IVっ、」

 ようやく意味のある言葉を発することができるようになった凌牙は、懸命にこちらの様子を伺おうと首を回してくる。今の彼の顔は、まだIVの望むものとはほど遠いというのに。

「泣かないで、凌牙。それとも、これが嫌なんですか?」
「違うっ、嫌じゃないのにっ、悲しくないのに……っ、寂しくもないのに、涙、止まらないんだっ、勝手に、出てくるっ……! あ、あぁっ、うぅっ」

 頬に舌を伸ばし、涙をなめあげると凌牙は熱っぽい吐息を吐き出した。

「泣き虫なんですね、凌牙は。……いいですよ。今は思い切り泣いてください」

 優しい微笑みの裏側で、IVはあの無表情の凌牙を思い出す。血の気を失った肌色。涙も乾き絶望に塗れた蒼い瞳。あらゆる負の感情が錯綜した無表情。

 今は涙も枯れるほど泣かせてやろう。枯れ果てた頃にはきっとたいそう美しい人形がIVの目の前に出来上がっているはずなのだから。

 

2011.11.29

お題:シャークさんの初めてを奪うIVさん。シャークさんが誰これ状態ですね…。IV凌はテンプレBLをさせたくなります。

Text by hitotonoya.2011
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