キスの先ってなんだろう!

 

 ちゅっ、ちゅと小鳥のさえずりのような口付けを交わすのにも、未だ遊馬は慣れない様子だった。

 遊馬の家の、遊馬の部屋。普段は使われていないベッドの上で交わすのはこうした甘い時間の共有だ。遊馬がキスしたいと言って、凌牙に迫ってくる。凌牙は抵抗もせずそれを受け入れる。触れるだけの初々しい口付けはもう数え切れないほど凌牙の唇に降り注いでいる。

「シャーク……」

 唇を離して零される切なげな声。いつもならばここで終了だ。むずがゆい衝動をおさえたまま、お互い離れて部屋を出る。その前に一度くらい、遊馬の頭を撫でてやろうかと凌牙が手をあげた瞬間だった。

「あのさ」

 遊馬が普段とは違う行動に出たのは。

「キスの先って、なにすんの?」

 ぽりぽりと頬を人差し指でかきながら、恥ずかしそうに口に出された言葉に凌牙の目は点になった。

「……はァ?」
「だから、キスの先」

 凌牙の上に身体を乗せたまま、遊馬が肩をゆさぶって尋ねてくる。キスの先。恋人同士が交わす行為。凌牙は知らないわけではない。だが遊馬に教えるのはどことなく憚られる。だってこんなにも純粋に目を輝かせている相手にどうして男同士の非生産的で背徳的な行為を教えられるだろうか。今まで凌牙が受けた数々の行為を思い出す。相手が遊馬(凌牙が心から好いている人物だ)とはいえ、罪悪感しか覚えられない。

「……自分で考えろ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てれば遊馬は頬を膨らませた。

「あーやっぱり、おまえは知ってるんだな、キスの先!」
「なんで怒るんだよ」

 余計に拘束を強めてきた遊馬に事情を尋ねてみれば、こうだ。

「今日クラスのやつと話になってさ」

 恋人同士がする行為は手を繋ぐ、キスをする、そしてその先にまだあるのだと、と遊馬より多少色気づいた男子はにやにや顔で教えてきたのだという。じゃあ何をするんだ? と遊馬が訊いても、男子は「お子ちゃまには教えられねーよ!」と逃げていってしまったという。

「……つまりお子ちゃまと馬鹿にされたのが悔しいってワケか」
「……まあ、そうともいうけど! 気になるのは確かなんだよ!」

 はあ、と凌牙は肩を大きく動かして溜め息を吐く。全く以って遊馬はそのクラスメイトの言う通りお子様である。中学生にもなってそんなことも知らないなんてどれだけ朴念仁だというのか。きっと頭の中はデュエルのことでいっぱいで、ベッドの下に隠してあるのもそっち系の本ではなくカードばかりなのだろう。とはいえ凌牙もベッドの下にものを隠したことはないのだが。

「教えてくれるまで帰さないからな!」

 凌牙の肩を掴んで放さない遊馬は、こうなったらてこでも動かないだろう。大人しく無難に教えてやることにして、凌牙は学習机のほうを指差した。

「保健の教科書読めよ」
「保健?」

 動くなよ、と凌牙に念を押してから遊馬はベッドから飛び降りると机の上に置かれた保健の教科書を手にとって、またベッドの上に戻ってきた。

「どのページ? 俺まだたぶん習ってない」
「寝てたんじゃねーの? ここだここ」

 そうして遊馬に保健の教科書を読ませる。熱心に遊馬が瞬きもせず読みふける数分間後。

「……これなの?」
「ああ、それだ」
「いきなり子ども作るの?」

 凄まじい質問だ、と凌牙は舌を巻いた。保健の教科書を読ませた自分の選択は間違いだったのかと思うほどに。

「出来るときと出来ないときがあるんだよ。後は授業できけ、俺だって男なんだから詳しいことはわかんねぇよ」
「そう、そこなんだよ」
「どこだよ」
「やり方がわかんない」
「シ方なんてちゃんと書いてあるだろうが、ほら、ここだここ!!」

 丁寧にそしてシンプルに図説された部分を指さしてやる。教科書の図や文からはいやらしさの微塵も感じられないのに、口に出すのはたいへんに憚られてしまうのは意味が分かっているせいだろうか。

「えー、女性のヴァギナに男性のペニスを……?」
「口に出して読むんじゃねーよ!」

 遊馬の頭を拳骨で小突き、凌牙は羞恥心のかけらもない男の口を噤ませる。

「いてっ。……だからこれってさ、男と女とのやり方じゃん?」
「ああそうだな」
「俺が知りたいのは、男と男のやり方! おまえ男だろ?」

 ……目が点になる。あんぐりと口が開く。呆然とするというのはこのことを言うのだろう。

「男同士のセックスってどうやるの?」

 凄まじいを通り越して酷い質問である。

(こいつは俺とセックスがしたいと言っているのか!)

 凌牙は暑くもないのに自分の頬につうと汗が流れるのを感じた。確かに遊馬とは一応恋人という関係になっているし、キスだって何度もした。だけれどもいきなりそう言われると焦ってしまう。なぜならキスだって舌を入れることを一度もしたことがないピュアな関係なのだ。遊馬の中の恋人関係とはそういうものなのだと凌牙は夢を見ていた。それこそまだまだお子様なのだと。しかし現実は遊馬も思春期の中学男子であった。興味が湧かないはずがない。そんなことは自分の経験上からも分かるはずなのに。

「なあなあ、シャーク」

 さも凌牙が方法を知っているかのように遊馬はずいと顔を近づけて迫ってくる。方法なんて知ってる。知っているが、それが普通のことでないことを遊馬は知らないというのか。こんなに無遠慮に訊いてくるということは間違いなくそうなのだろう。男同士のセックスにあまりよい印象を凌牙は持っていない。そんな行為を経験済みだと遊馬には知られたくないという気持ちがあった。

「知るか! そんなに知りたきゃゲイビデオでも借りて来い!」
「ゲイビデオ??」

 また余計なことを言ってしまったと、凌牙は布団に隠れてしまいたくなる。

「……AVだ、AV」
「AV!」

 それなら知ってる、と叫ぶ遊馬に凌牙は掌で口を塞いでやった。遊馬の大きな声なら階下にいる彼の家族に聞こえてしまうような気がしたからだ。

「でもAVってじゅーはちきん、なんだろ? 俺借りられねぇよ」

 全く以って正論である。ついでに言うと凌牙も借りられない。中学男子がAVを観る方法なんてだいたい兄の部屋からこっそりくすねてくるくらいである。

「精通もまだしてねぇお子様には早すぎるってことだよ、もう諦めろ」
「だからお子様じゃねぇって! 精通なら知ってるぞ!」
「自慢になんねーよ! 小学生で習うだろ!」
「だってこの前精通したもん、俺」

 凌牙は自分の耳を疑った。こいつが。九十九遊馬が、精通。

「シャークがこの前来て帰った後さ、前からずっと、その、股間のあたりがむずむずするなって思ってたんだけど……トイレ行って、ちょっといろいろしてたら、白いの出てきたんだよ」

 しかもよりによってそのシチュエーションではおかずは自分である。夢を見ていた自分が馬鹿らしく思えるほど、遊馬はもう戻れないところまできていた。

「……今もけっこうむずむずしてる」

 頬を赤らめながら言う遊馬に、凌牙の胸と同時に股間まできゅうと締め付けられる思いだった。自分に欲情している遊馬に凌牙も欲情している。

「なあシャーク、男同士でどうすんの?」

 荒い呼吸と一緒に遊馬が誘うように囁く。舌を入れるキスを知らない男とは同一人物とは思えない瞳の赤色にくらりとする。

「シャークもむずむずしたりしない?」

 そっと股間に手を伸ばされる。ズボンの下で、硬くなり始めたそれを布の上から撫でられる。びくりと肩が震えた。その反応に味をしめたのか遊馬はチャックとボタンを外して凌牙のズボンの中に手を突っ込んできた。やり方を知らないと言ったばかりの男がこれである。凌牙は動揺してすっかりペースを遊馬に握られてしまった。

「ひぅっ」

 遠慮なく握りこまれて、上ずった声が漏れる。反応が面白いのか、遊馬は何も言わずに凌牙の性器を弄くるのに熱心になる。しゅっしゅと扱かれ、撫で上げられ、ついでに唇にやはり触れるだけのキスをされる。

「あっ、あっ」

 初々しい遊馬の手つきに身体はすっかり喜びの声をあげる。天井を向いて勃起した性器は今にもはちきれそうだ。

「シャーク、なんかおまえすっげぇ、えろい……」
「んなこと言うなてめぇ……っ!」

 耳元で熱を伴って囁く遊馬に凌牙は我慢しきれず、手を伸ばして遊馬の股間を掴んだ。触れば、そこが既に勃起していることが分かり凌牙は更に恥ずかしくなる。

「うあっ!」
「てめぇだって、こんなにしてやがんじゃねぇか……っ」

 遊馬が凌牙にしたように、服の上から撫でさすってやれば遊馬の動きが止まる。

「うわっ、しゃーく、やばい、でちゃうっ……」

 下着が汚れるから、放してくれと涙目で懇願されれば、どうしても遊馬に甘くなってしまう凌牙は言うことを聞いてやるしかない。遊馬が急いでズボンと下着を脱ぐ。まだ下の毛も生えそろわないような性器はそれでもしっかり勃起していた。男性器特有のグロテスクさは微塵もないのに目を覆いたくなるのは何故だろう。

 はぁ、はぁと肩で呼吸をして、遊馬はもう一度凌牙のものに手を伸ばす。一緒に、と促されれば、下半身の都合もあって、断ることなんて出来なかった。ふたりぶんの快感に塗れた声が、小さく、あがる。

 

 

「男同士ってこうやるのかな……」

 二人で背中合わせにベッドに横になりながら、遊馬がうっとりと呟いた。まだ射精の快感に浸っているというのが声色だけで分かる。

「そういうことにしとけ」

 対して凌牙はもう平常どおりだ。

「あ、聞こえたぞ、シャーク。まだ先あるんだな?」

 こういうところで妙に察しが良い遊馬が、起き上がって凌牙の肩をゆさぶる。この先を教えるのは明らかに未だ早い。何で自分は知ってしまっているのだろうと悲しくなりながら、凌牙は手を払ってごまかす。

「さあな」
「さあなじゃねーよ!」
「なんでそんなに気になるんだよ!」

 相変わらず遊馬はしつこい男だった。我慢しきれず振り返ると、そこには予想とは違い顔を真っ赤に染めた遊馬がいた。居心地悪そうに、凌牙から目を逸らして、呟く。

「……シャークのえろいところ、もっと見たいんだもん」

 あんな顔するなんて思わなかった、と遊馬が言うのに、凌牙も耳まで顔を赤くした。

 

2011.11.03

ゆましゃのえろに挑戦したらやっぱり何かシャークさんがいけない人みたいになってしまうのですがどうすればいいでしょうか…。

Text by hitotonoya.2011
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