だから俺が迎えに行ってやる

 遊馬は自宅のリビングで正座をしていた。明里や春、そしてアストラルにまで心配そうな眼差しで見つめられれば居心地がいいわけがない。しかし、待ち合わせの時間まであと僅か五分。それまでこうして待っていなければならないのだ。

 今日は新しいカードパックの発売日だった。いつもは鉄男と一緒にカードショップに朝一で駆けつけるのだが、今日は鉄男は家の用事で一日忙しいらしい。しかし発売日にカードショップに行きたい気持ちを遊馬は抑えきれず、しかしひとりで行くには未だ慣れず、ある人に頼むことにしたのだ。それが神代凌牙――通称シャークである。遊馬より一年先輩の凌牙だが、紆余屈折あったものの、今では遊馬の頼れる仲間のひとりだ。彼はデュエルが上手で、しばしば一緒に対戦してはアドバイスを貰うこともある。そんな彼に無理を言って今日のカードショップに付き合ってもらう約束をとりつけるまではよかったのだが、凌牙は遊馬にこう言い放ったのだ。

「朝の九時五十分に迎えに行くから家の場所教えろ。んで絶対それまでには起きてろ。起きてなかったら殴ってでも起こす」

 襟を掴まれながらそう言われれば、遊馬は頷くことしかできなかった。……遊馬は前にシャークを映画に誘ったことがあったのだ。そしてそのとき彼を一時間近く待たせてしまった前科があるのだ。彼の言うことに従うほか、遊馬には選択肢などありはしなかった。

 今は九時四十八分を時計の針は刻んでいる。あと二分。今日に限って早起きしてしまった遊馬は緊張のあまり三十分前からこうして正座で待機している。だがしかしカードショップの開店時間は十時で、ここからだと全力で走っても十分以上かかってしまう。どうしてそんな中途半端な時間を凌牙は指定してきたのか。遊馬が首をかしげているうちに、時計長針が十の字を刺す。九時五十分。同時に鳴り響くチャイムの音。

「は、は〜い! うわっ、いてててて……!」

 痺れる足を抱えて跳ねながら、遊馬は玄関に急ぐ。

『はじめから玄関で待機していればよかったのではないか?』

 アストラルの冷静なツッコミに、遊馬は「うるせぇ」と涙目で返すことしかできなかった。

 

 玄関の扉を開ければそこには当然だが凌牙がいた。頭には赤いヘルメットを被っている。そして、手にはもうひとつ、おなじヘルメットを持って。

「シャーク、それ?」
「さっさと行くぞ」

 ぽいと凌牙は手に持っていたヘルメットを遊馬に投げつけた。反射的に受け取ったものの、遊馬はわけがわからず目をぱちくりとさせる。

「へ?」
「さっさと被れ。んで乗れ」

 トントン、と急かすように赤い子供用バイクを叩く凌牙に、遊馬はあわててはねた髪の毛をヘルメットに押し込んだ。確かにこれなら、十時までにカードショップにたどり着くのも楽勝だろう。凌牙の促すままに先にバイクに乗ると、「足もっと開け」と言われる。気恥ずかしさに頬を赤らめながら遊馬が足を開くとその間に凌牙は座った。……いわゆる二ケツ、二人乗りだ。

「しっかり捕まってろよ。ほら、ちゃんと腰つかめ。そうだ。とばすから離すなよ」

 凌牙の背中に密着する姿勢をとらされて、遊馬は緊張に加え妙な興奮をおぼえて心臓の鼓動が逸るのを抑えられなかった。この心音が触れた場所から凌牙に伝わりそうな気がするとそこに羞恥心まで加わってもうどうしようもできない。知ってか知らずか、凌牙は遊馬のほうを向いてふっと柔らかく微笑む。どきりと心臓が一段と激しく跳ねる。

「行くぞ」

 凌牙がハンドルを握りアクセルを踏む。キュイイ、と単輪が激しく回転する音が響き身体が風をきり始める。火照った頬にあたる風は気持ちよく、このままいつまでもこうしていたいと遊馬は凌牙の背中に頬を寄せた。あとたった数分間しかこの時が続かないとしても、この気持ちが少しでも凌牙に伝わればいいなと考えながら。

 

2011.10.18

遊馬が乙女すぎたような気がしないでもないですが、たまには遊→凌もかわいいなと。あのバイクにこの2ケツは無理があるということはなに、気にすることはない。

Text by hitotonoya.2011
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