遊馬は遅刻ばかり

 駅前広場で凌牙はズボンのポケットに手をつっこんで立っていた。通り過ぎていくたくさんの人影。たんたんと足をで地面を叩いてリズムを刻む。別に音楽を聴いているわけではない。ただ単に彼は暇を持て余しているのだ。

 

 そもそも彼がこうして駅前広場にいるのは九十九遊馬が原因だった。

「シャーク!」

 とぼとぼと下校しているとどこからともなく現れた彼は、一枚の紙切れを押し付けてきたのだ。

「んだよ、コレ」
「劇場版エスパー・ロビンの無料招待チケット! ロビン役の風也と友達でさ! 家に送られてきたんだけど、鉄男も小鳥も明日は家の用事で来られないっていうし、明里ねえちゃんもばあちゃんも行けないっていうしで、頼れるのはシャークだけなんだよー」

 消去法か、と凌牙はチッと舌打ちをする。してから、頭の中で「べつに悔しいわけじゃないんだからな……!」と言い訳をするハメになってしまったのだが。

「……だったらひとりで行けばいいじゃんかよ」
「せっかく二枚貰ったのにもったいないだろ! それに、一人で行くより二人でいった方が絶対楽しいし。そうだ、シャークはロビン観たことあるか?」

 異次元エスパー・ロビンは大変人気のある特撮番組だ。凌牙の学年でも好きなヤツはたくさんいるし、凌牙も観たことが無いわけではない。

「……まあ、な」

 こんなところで嘘をつくのも面倒なので適当に答えると、遊馬の大きな赤い瞳はきらきらと輝きを増した。凌牙は嘘をついておけばよかったと後悔することになる。

「じゃあ決まりだなッ! 今回の映画は相当お楽しみの大盤振る舞いだってCMでもやってたし! 超楽しみだよなっ!?」
「あ、ああ……」

 同意を求めて身を乗り出してくる遊馬に凌牙はすっかり気圧されて頷いてしまう。そうして待ち合わせは駅前広場で、時間は十五時ちょうど、と一方的に決められてしまったのだ。

 

 別に約束なんて破ってしまって、駅前広場に行かなくても良かったのだ。

 しかし以前、凌牙も遊馬に一方的な約束をとりつけたことがあった。しかも待ち合わせ場所は全く同じ駅前広場。その時遊馬は友人のデッキがかかっていたとはいえしっかりと待ち合わせの場所に現れた。だというのに、今回、凌牙が遊馬の約束を破るのは少々癪だと思えたのだ。

 しかし遊馬はなかなか来ない。時計の時刻を見ればもう十五時を指している。すぐのモノレールにのらなければ上演時間に間に合わないのではなかったか。

 トントン、トントン。苛立ちにだんだん足の刻むリズムが速くなっていく。十分経過。十五分経過。まだ遊馬は現れない。こうしていつまでも広場に立っていることさえ恥ずかしくなってくる。こんなことならば遊馬のDゲイザーの番号を聞いておくべきだった、と凌牙は歯を軋らせる。文明の利器もアドレスを知らなければ役には立たない。ポケットから自分のDゲイザーを取り出して、忌々しそうに眺めて握る。

 そうこうしているうちにもう三十分経過だ。とっくに上演時間は過ぎている。もう諦めて凌牙が帰ろうとしたとき、遠くの方から絶叫とともに地響きが聴こえてきた。

「うわああああああーーーーーーーーーーッッ!! 遅刻! 遅刻! 遅刻ぅぅううう!!」

 ……まごう事なき、九十九遊馬の悲鳴である。

 猛スピードで凌牙の前を通り過ぎていった遊馬だが、凌牙に気付いてこれまた凄まじい勢いでバックしてくる。

「シャークっ!! ごめん!! 寝坊したっ!!」
「今何時だと思ってんだよ」

「デッキいじってたら昼寝しちまってさー……」

 しゅん、と頭の跳ねた赤毛をしおらせる遊馬に、凌牙はただでさえ三十分を超える待ちぼうけに疲れきっていたため、怒る気力も失せてしまう。

「で、どーすんだよ。映画なんてもうとっくに始まっちまってるぞ」
「途中から入れないよなぁ……」
「ていうか途中から観てもつまんねぇだろ」
「だよなぁ……」

 改めてチケットを見る。有効期限には今日の日付が刻まれていた。なんでギリギリになってから行こうとするんだと凌牙は舌打ちしつつ、Dゲイザーを取り出す。

「何してんだ? シャーク」
「検索だよ。……十八時からの上映あるぞ。どうする」

 ディスプレイに浮かぶ文字を凌牙は遊馬に見せた。

「え」
「まさか俺に無駄な時間を過ごさせてそれでおしまいってワケじゃないよな?」

 くっと唇を吊り上げて凌牙は悪い笑みをつくる。すると今度は遊馬が気圧されたのか、こくこくと頷いて返す。

「じゃ、それまでどっか行って暇潰すか。責任とれよ遊馬。俺をこんなに待たせたんだからな」
「うー……わかった! シャークの行きたいとこでいいよ!」
「ただし映画館に近いところでな。また遅刻したんじゃかなわねぇ」
「何する? デュエルする?」

 そわそわと訊いてくる遊馬に、凌牙は空を見上げる。まだ空は青く、白い雲がそよそよと漂っている。ぼそりと口が勝手に呟いていた。

「……水族館」
「え?」

 遊馬の素っ頓狂な声に我に返る。凌牙は顔を真っ赤にして駅に向かって歩き出す。

「なんでもねーよ! 映画館の近くの駅についてから考えるぞ! 遊馬、てめぇも考えろ!」
「待てよシャーク〜!」

 映画館の近くには小さな水族館があるのだ。そこで飼われている鮫が見たいと、凌牙は淡い期待を抱いたのだ。

 普段はひとりで眺めるばかりの水槽を、遊馬と一緒に見てみたいと。

 

2011.10.07

プチオンリーで配布したペーパーから。タイトルの元ネタはもちろん監督のツイートからです(笑)

Text by hitotonoya.2011
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