俺のせいで

 濡れた音と鈍い悲鳴が聞こえ、凌牙は目を開けた。

 鈍い痛みが体中を襲い、頭がぼうっとしてなかなか焦点が定まらない。身体を動かそうとして、叶わないことに気づいた。後ろ手に縛られて、両脚もあわせて縛られて、ベッドの上にうつ伏せに転がされている。

 どうしてこうなったのかを思い出す。凌牙は遊馬と一緒にいたはずなのだ。遊馬に何故WDCに出ているのかを問い詰められて、凌牙は誤魔化したはずだった。そのまま遊馬に踵を返して立ち去ったはずだった。そこからの記憶がぷつりと途切れている。

 やはりじんじんと頭が痛む。きっと殴られでもしたのだろう。そうしてこの部屋――やたらと豪華な、ホテルの一室らしき場所に連れ込まれたのだろう。一体誰がそんなことを。凌牙は首を上げる。そこには厭らしい笑みを凌牙に向ける男の姿があった。金の前髪に、後ろに逆立てた赤髪。十字に傷の入った頬。肉食獣の眼光を持つ赤い瞳。凌牙をWDCに出場させた張本人。IVだ。

「ようやくお目覚めですか、凌牙」

 くつくつと後ろを振り返る姿勢でIVは笑う。二人用の部屋なのだろうか。向かいのベッドに彼は座っているようだった。最悪の目覚めだと凌牙は思ったのに、次の瞬間には最悪以上の事態が待ち受けていた。

「シャー、クっ……」

 渾名を呼ぶ、聞き慣れた声があがったのだ。ギシ、ギシ。ベッドのスプリングが軋む音。ぐちゃ、ぐちゃ。厭らしく湿った濡れた音。そして、遊馬の絞るような悲鳴。

 凌牙の目が見開かれる。背中を向けたままだったIVが、よりいっそう口の端を吊り上げると、ぐるりと遊馬ごと身体をこちらに向けて見せた。

「――っひ」

 引きつった悲鳴が漏れたのは凌牙の喉からだ。服を脱がされた遊馬が、IVの下にいたのだ。下半身をむき出しにされて、組み敷かれ、後孔にIVの性器を咥え込まされている。凌牙と同じように腕を縛られ身体を押さえつけられ逃げられず、しかし懸命に抵抗しようともがいている遊馬の姿があったのだ。

 なんで。どうして。遊馬がこんな目に。

 IVは遊馬のことを知らないはずなのに。遊馬と凌牙の間に、どれほどの信頼関係があるかなど知らないはずなのに。だというのに、遊馬が何故、凌牙の目の前でIVに犯されなければならないのか!

 凌牙は自分の身体ががたがたと震えていることに気づいた。息が出来なくなってひゅうひゅうと空気が喉から漏れていく。

「シャークっ!」

 仰向けになった遊馬が叫ぶ。痛いだろうに、苦しいだろうに、遊馬は凌牙にむけて笑って見せた。

「俺は、大丈夫、だから……っ」

 ぐい、と遮るようにIVが腰を押し付け、遊馬の喉を詰まらせた。

「遊馬!」

 凌牙が叫ぶ声を心地良さそうに聞きながら、IVは遊馬の首に手をかける。

「あなたのせいですよ、彼がこんな目にあっているのは」
「がっ……あ、ああっ……!」

 首をゆるく締め付けられ、遊馬が喘ぐ。激しいピストン運動に加え、性器を乱暴に扱かれ、半ば無理矢理射精されて、腹のうえに自らの精液をかけられて、遊馬の小さな身体は壊れてしまいそうなほどに揺れた。

「やめろっ! てめぇ、どうして遊馬を!」
「だから、あなたのせいだと言っているでしょう?」

 至極楽しそうにIVは嗤う。

「今のあなたの大切なもの。それがこの少年。違います?」
「それ、は……」

 言葉に詰まる。否定などできなかった。遊馬はもう凌牙にとってなくてはならない存在になっていたのだ。だから、今度こそ守ろうと、絶対に守ろうと思っていたのに。

「ほら。そうなんでしょう? あなたはまた大切なものがあなたのせいで失われるのを目の当たりにしているというわけだ。何も出来ないまま! あなたのせいで!!」

 IVの好きなようにされている遊馬を見ながら、凌牙は何も出来ない。無力感と絶望感。IVの言葉が胸に突き刺さる。遊馬が悲鳴をあげているのに、苦しそうにうめいているのに。自分は何もできない。まるで『彼女』のときと同じような感覚を、凌牙は再び体験していた。

「俺の……せい……」
「そうです、あなたのせいですよ、凌牙」

 遊馬の身体がベッドの上で跳ねる。ぶるりと身体を震わせたIVがゆっくりと見せ付けるように遊馬の中から自身を抜いていく。それは白濁に塗れていて、遊馬の中がそれで汚されたことがはっきりと分かった。

 凌牙の頬を涙が伝う。
 遊馬はこんな目にあわなくてすんだはずなのに。俺と関わったから――俺のせいで、こんな目に。
 すぅと凌牙の瞳に昏い影が奔る。

「俺の、せいで」
「ち、がう」

 ベッドの上に放り投げられた遊馬が、微かにしかし力強い声をあげる。あそこまで乱暴をされたのに、遊馬の瞳は力強い光に満ちている。何事も諦めない精神を秘めた輝き。凌牙の焦がれた太陽のようなまなざし。

「シャークの、せいじゃ、ない!」
「ゆうま」
「なんだかよくわかんねぇけど……シャークは悪くない。こいつが、悪いんだ。だから、シャークが」

 ぐっ、と再び遊馬の声は彼自身の悲鳴に押しつぶされることになる。IVが遊馬の喉を指で押したのだ。

「彼が悪いんですよ。凌牙がいなければ、あなたはこんな目にあわずにすんだって、最初から言ってるでしょう?」

 このままあなた、彼のせいで死ぬかもしれないんですよ、とIVは遊馬と凌牙を交互に見ながら言う。絶望に打ちひしがれる凌牙とは反対に、遊馬の表情は決して曇らなかった。

「な、あ、シャークっ……!」

 切れ切れの息、よごされた身体。遊馬のその全てが痛々しく、凌牙は耳を塞ぎたくなった。

「シャークの、せいじゃ、ねぇ、から」
「違う」

 遊馬の声を遮ったのはIVではない。凌牙自身だ。

「遊馬……すまねぇ……」

 壊れたように涙をぽろぽろととめどなく流しながら、凌牙は呟く。

「遊馬……遊馬、俺のせいで。俺がいなければこんなことには。遊馬。俺のせいなんだ」

 腕が戒められているせいでぬぐうことも出来ない涙はシーツにどんどん染み込んでいく。その姿に遊馬は何か言おうと唇を動かしかけたが、IVの手に籠もる力が強められ、気を失って力なくうなだれた。目を閉じた遊馬の血の気のうせた顔に凌牙は恐怖する。

「全く、いじめがいのないヤツだ。……その点凌牙、お前は逸材だよ」

 遊馬からようやく手を離し、IVは着衣を正すとベッドから降りる。遊馬の太腿を白濁が伝ったのが見えて、凌牙は怒りを自分自身に向けることしかできなかった。

 俺のせいで、俺のせいで、俺のせいで。――俺がいなければ。

 舌を噛もうと思った。が、それはIVの指が横から差し込まれ防がれる。

「死なせませんよ。あなたは大切なものを二度も守れなかった罪を背負ったまま生きていくんですよ。私の元でね」

 耳のすぐ傍で吹き込まれて、凌牙は身体じゅうから力が抜けていくのを感じた。止まらない涙をIVが舌でなめ上げていく。ぞくりと粟立つ背中。凌牙の中で自身の存在意義が見失われていく。大切なものをどうやっても守れない。そんな自分への無力感と絶望感に飲み込まれていく。

 

2011.10.14

シャークさんはとことんいじめたいキャラになってきましたがIVさんにはとことん土下座して謝りたいです…orz

Text by hitotonoya.2011
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