ダウン・トゥ・ヘル

 ネオンサインの煌く夜の道を行く当てもなく凌牙は歩いていた。出席だけとって学校を抜け出したはいいものの、家でぼうっとしてるなんてできなかったのだ。昼間の、あの男のせいで。

 手を突っ込んだままのズボンのポケットの中にはハートピースがある。人気のない、ベンチしかないような公園に入ると凌牙はそれを取り出して眺めた。ハートの形の金縁の中に、赤いガラス球のかけらがはめ込まれている。WDCの参加資格。出場する気などなかった表舞台の大会に、凌牙は心惹かれていた。理由はデュエルチャンピオンを再び目指したいとかいう、そんな生易しいものではない。――あの男と。一年前に凌牙を陥れた男と再びデュエルするため。昼間に男に告げられたことを思い出すと凌牙の眉間には自然と深い皺が刻まれた。ぎりと歯を鳴らす。悔しさや、今はまだ行き場のない怒りが身体の奥底から滾々と湧き上がって止まらない。手にしたハートピースを握り締めた。鋭角になった部分が肌に突き刺さり皮膚をへこませる。痛みは最早凌牙に更なる闘志を与える燃料だ。

 WDC。出場してやる。あの男と再びデュエルができるというならなんだってしてやる。

 頭上では雲が割れさぁと月が顔を出す。手の中のハートピースがその光を受けて輝く。そして。

「おやおや、また会いましたねぇ、凌牙」
「……貴様!」

 いつの間にか凌牙の背後には、一人の青年が立っていた。月の光に金の前髪を輝かせ、獰猛な赤いまなざしを凌牙に遠慮なく向ける。慇懃無礼な口調は他の何でもない、ただ凌牙を煽るためだけに発されている――昼間凌牙にハートピースを渡した男、IV。偶然だとばかりに両手を大げさに広げて彼は言うが、偶然にこんな場所で出会う確率などたかが知れている。明らかに凌牙がいると分かってここに来たとした思えなかった。尾けられたのか、それとも発信機でも仕込まれたか。

「WDCに出場する覚悟はできたんですか?」
「………」

 凌牙は沈黙を保ったまま、IVを下から睨みあげる。本当は今この場で殴りかかってやりたい衝動を押さえつける。相手は凌牙より年上で体格差もあるが、運動神経で負ける気はしなかった。だが喧嘩でこいつに勝っても仕方ないことは凌牙が一番良く知っていた。デュエルで決着をつけなくてはならない。そして決着をつける場所はWDCだと、IVの方から指定された。

 くつくつと笑いながらIVは凌牙との距離を縮める。手が伸ばされ、凌牙の顎をくいとすくう。

「いい目だ。絶望と憎しみに塗れた色をしている。……その目が更なる絶望に打ちひしがれるのを目の前で見れるのかと思うと、堪らないですよ」

 至近距離で性質の悪い笑みを見せられるのは苦痛にしかならない。しかしIVは当然凌牙の気持ちなど知る由もなく、それどころか更に顔を近づけてきた。

「WDCの前に、もう少しあなたをいじめたくなりましてね」

 そう囁かれ――伸ばされたもう片方の手に腰を引き寄せられる。気づいたときにはもう唇に唇が重ねられていた。

「ふ……っ!」

 突然のことに凌牙が目を見開いて驚いている隙を見て、IVは舌まで差し込んで凌牙の口内を蹂躙してくる。乱暴に、痛めつけるように。

「んんっ」

 身体の力が抜けていく前に、凌牙は舌をかんでやろうと掴まれたままの顎を無理矢理開く。しかし感づかれたのか、IVは唇を離すと口角を吊り上げた。

「暴力はいけませんと言ったでしょう?」

 凌牙は今すぐにでも唇をぬぐいたかったが、身体をすっかり抱き込まれてしまっていて身動きがとれない。身をよじり脱出しようとするが叶わない。未だ成長しきれていない己の身体が憎らしく思えた。IVはそんな凌牙の様子を見て至極おかしそうに笑うと顎を掴んでいた手をずらし、鼻ごと口をふさいできた。

「ぐっ!」

 くぐもった声が漏れる。酸素が足りない、呼吸ができない。苦しさに身体の動きが鈍くなる。

 そのままIVは凌牙を公衆トイレの中に引きずり込んだ。狭い個室の中、蓋のしまった便座の上に、凌牙は突き飛ばされる。

「うあっ!」

 胸を打ったが、ようやく呼吸は解放された。ぜぇぜぇと肩を上下させて空気を精一杯吸い込む。掃除が行き届いているのかトイレの中がそれほど臭わないのがせめてもの救いだった。何が暴力はいけません、だ。

「さ、お楽しみはまだまだこれからですよ?」

 凌牙が体勢を整える前に、IVは凌牙の身体を便座に押し付けるように掴むと上にのしかかり鼻で髪をかきわけてうなじに噛み付いてきた。

「いっ!」

 短い悲鳴を上げる凌牙だが、次の瞬間にはIVは歯を離し、便座を支えにして身体を起こそうとしていた凌牙の腕を背中にまとめると紐でくくりあげてしまう。引っ張っても解けないそれに凌牙がいらだちの声を上げる。

「ほどけ!」
「ほどくわけないでしょうが」

 懸命に後ろにいるIVを見ようと首と瞳を動かす凌牙だが、身体の一部しか視認することは出来ず、唇を噛む。これから何をされるだろうかということは、もう凌牙にはだいたい分かっていた。分かっていたからこそ、抵抗する手段があまりにも少ないということも理解できてしまう。

 IVは凌牙の睨んでくるまなざしに恐怖の色が混じったのを見ると、舌なめずりして笑う。憐れな小動物を狙う狩りをしている気分を味わっていた。凌牙の両脚の間に身体を入り込ませ、蹴りを許さない体勢をとる。そして凌牙のズボンのベルトに手をかけると、かちゃかちゃと金属の音を鳴らしながらあっという間にそれを外してしまった。がちゃん、と音を立てて床に放り投げる。そのままファスナーに手を伸ばし、それを開けるとパンツの上から股間に手をあてた。

「っ!」

 ズボンごとパンツを下ろされる屈辱に、凌牙は耐えるしかできない。脚を開かされているせいで中途半端なところで止まったものの、尻は剥き出しで外気に晒されている。ひんやりと冷たい夜の空気。IVの哄笑が響く。

「くくくっ、さ、どうしてやろうか?」

 することなどひとつしかないのに、まるで選択肢があるかのようにIVは凌牙に言う。左からIVの手が現れ、凌牙の口の中に突っ込まれる。舐めろという意味だ。

「本当はね、あの時もこうしてあなた自身に手を出そうかなんてことも考えていたんですよ」

 暴力じみたセックスは、精神を傷つけ屈辱を与えるこの上ない手段だ。だが、『彼女』のことを考えれば、凌牙にとってはそちらのほうが都合が良かったのかもしれない。指を噛み切ってやろうと思った。けれどそんなことをしたら何をされるか分からない。そう思わせる狂気がIVからは溢れていた。そのうえ、IVとのデュエルができなくなる可能性がある。それだけは避けたかった。屈辱を受ける前に凌牙が自分の舌を噛まないのも、その理由からだ。今の凌牙にとって最も優先順位の高い事象は、今まさに彼を組み敷いている男との再戦なのだ。

 促される前に、凌牙はIVの指を舐めた。しっかりと唾液を絡ませないと辛いのは自分だということを良く知っていた。ほう、とIVが感嘆の声をあげる。ぴちゃ、くちゃ、と湿ったいやらしい音が個室に響く。耳をふさぎたかった。

 IVの指が口から抜かれる。唾液が糸を引いた。そしてそのまま凌牙のむきだしの尻へとそれはあてがわれる。冷たい水が落ちて皮膚にあたる。凌牙の唾液で濡れた指が、凌牙の中へと挿入される。

「―――ッ!!」

 声にならない悲鳴。とっさに凌牙は唇を噛み声を上げるのをこらえた。遠慮を知らない指は窮屈な内側を押し広げ、性急に奥を目指していく。指の数が一本から二本、二本から三本へと増えていく。好きでもない、むしろ憎んでいる相手を簡単に飲み込んでしまう自分を凌牙は悔しく思った。こんな気持ちになるのははじめてだった。

 歯の隙間からふーっ、ふーっとまるで猫の威嚇のように空気が漏れる。上ずった声を上げてしまいそうなのを必死に耐える。IVは声を上げない凌牙がつまらなく感じたのか、ついに内側を蹂躙していた指を全てぬきとった。ぽっかりと穴が開いたような感覚に凌牙は襲われる。

「……ああ」
「?」

 見ないようにしていた後ろを振り向く。ようやく見えたIVの顔には昏い微笑が張り付いていた。

「もしかしなくても、はじめてじゃないんですか?」
「ッ!!」

 息を呑んでしまった。凌牙は自分の反応に舌を打つ。これでは頷いたも同然だった。ほらみろ、とばかりにIVは歯を剥き出しにして爆笑をあげた。

「ッハハハハハハッ!! 凌牙! 落ちぶれたとは思っていたが、まさかここまでとはなぁ!!」

 おかしくてたまらないとばかりにIVは笑い続ける。慇懃無礼な口調がとかれる。凌牙の尻を叩き、赤く腫れるそれを見て更に笑う。

「触ってもいないのに勃起してるじゃねぇか。好きでもない、しかも男相手にな! とんだ淫乱だったってわけだ!」

 凌牙の顔が羞恥と怒りで赤く染まる。IVはよほど凌牙を煽るのが好きらしい。至極楽しそうな笑みを浮かべ、凌牙の尻を押さえ割り開く。

「だったらこのくらい、痛くも痒くもないってことだよな……?」

 あてがわれる、IVの性器。粘膜から伝わる熱に凌牙はひっ、と喉を引きつらせる。ずぶり。肉を割くように侵入するIVの性器に、凌牙はいよいよ悲鳴をあげた。

「うぁっ、ああっ――!!」

 痛みはそれほどなかったが、胸がとても苦しかった。

 こんなやつに、内側を犯されるなんて。

 凌牙は自分の頬に涙がつたっているのを感じた。前は不本意なセックスをされても、泣いたことなんてなかったはずだったのに。それほどIVが憎い相手だというのか。否、違う、この気持ちは。

「こんなに締め付けてよ、今までどれだけ咥えこんできたんだ?!」

 そんなこと、覚えていないというのに。ぽろぽろと壊れたように涙を流し喘ぐ凌牙を見て、IVは歯を剥き出しにして笑っていた。IVが内側でうごくのに、腸壁はきゅうきゅうとまるで恋しそうにしめつけてしまう。そんな自分の器官を凌牙は恨んだ。ぴゅっ、とはじけた音がして、凌牙の性器から快楽の証である白濁が溢れ便座を汚す。

「なんでっ、どうして――っ! あっ、ああっ――!!」

 セックスに慣れきった身体に思考がついていかない。らしくもなく混乱する凌牙の姿はまさにIVの望むものだった。指を入れて慣らしていたときとはまるで違う反応に、IVも次第に興奮を増していく。

 ついに凌牙の中に射精を果たし、IVは性器を抜いた。ぐったりとした凌牙を見、もう抵抗はできないと判断したのか腕を戒めていた紐を解く。解放された腕はだらりと垂れ下がっただけだった。

「てめぇ……だけは」

 着衣を整えるIVに、凌牙は息を切らせながら、嗄れた声をあげる。

「てめぇだけは、絶対に……ゆるさねぇ……」

 精一杯の気力と憎しみを籠めた目で睨むが、しかしIVから返って来るものはやはり嘲笑だった。

「本当にいい目だぜ、凌牙。地獄に落としてやるのにぴったりだ。……WDC、楽しみにしてるぜ」

 便座に身体を乗せたままの凌牙をおいて、IVは去っていく。沈黙に包まれる。ぐしゃぐしゃに濡れた下半身が気持ち悪い。散々声をあげた喉がいたい。それでも凌牙はあの男と戦わなければならなかった。なんとか立ち上がろうとする。生まれたての小鹿のように、身体がバランスをたもてずくずおれる。

 畜生――。

 急激な眠気に襲われ、凌牙の瞼が自然に閉じられていく。

 ゆうま、と小さく、名を呼ぶように唇がうごいた。

 

2011.10.11

26話のデッキ編集シーンになんでシャークさん映してくれないんだよ!!見せられないような何かがあったのか!!そうか!!という妄想の産物。IVさんまじ酷い扱いですみません口調難しいです。

Text by hitotonoya.2011
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