ヴァイロンとの戦いは原住民族連合軍の勝利で収束を見せたが、勝利を祝う気には到底なれなかった。
ディシグマとの戦いで遊馬は重傷を負った。俺が守れなかったからだ。俺が遊馬を守らなくちゃいけないはずだったのに、遊馬はディシグマの攻撃から俺を庇ったのだ。あれから遊馬を見ていない。話してもいない。触れてもいない。きっと霞の谷のガスタの里で治療を受けているのだろう。ガスタの民の魔力は相当だ。大丈夫、遊馬はきっと生きている――。
そう自分自身に言い聞かせながら、気付くと足が勝手に動き、儀水鏡を祀る海底神殿の奥へ奥へと進んでいた。
今頃海の外の世界では原住民族たちの祝勝会が開かれている筈。しかし遊馬がいないその場所へ、行く意味なんてまったくない。リチュアの民は狡猾だ。原住民族同士同盟を組んだと見せかけて、その実、相手の戦力を調査しつけいる隙を見つけているのだ。ガスタを元から狙っていたヴァニティやノエリアからは、遊馬と仲良くなった俺は期待されていた。でも今は覇権争いなどどうでもよかった。ただ単に遊馬が心配で、ただ単に俺は遊馬ともっと仲良くなりたかった。策略とか陰謀とか、そんなのを全て抜きにして。
遊馬。遊馬。守りたかった。守れなかった。どうして? 俺に力がなかったからだ。もっと俺に力があれば、きっと何かが変わったはずだ。腰に佩いた剣の柄を握り締める。もっと力が欲しい。強大な力が。遊馬を守れる力が。
『チカラが欲しいか』
瞬間、頭の中に声が響いた。くぐもって、誰のものかは分からない声。男か女かすら判別できない。
「誰だ!」
あたりを見回す。ふと目に入ったのは儀式場へと続く扉。
『チカラが欲しいのだろう』
また声が響く。儀式場のほうからそれは聞こえたような気がした。普段は封印されているその扉にはなぜか鍵がかかっておらず、簡単に開くことが出来た。俺は何の疑問も抱かずに、部屋に足を踏み入れた。
ぼうと燭台に赫い火が灯る。儀式の際にしか灯ることのない炎。おかしい、普段は蒼の炎のはずなのに。床に描かれた紋章の中心には、一枚の鏡がキラキラと浮いていた。
「儀水鏡……? いや、違う」
その鏡は儀水鏡ではなかった。金と、そして黒で縁取られた鏡。鏡の中には赫く儀水鏡の紋章が映りこんでいるのが見える。一度ノエリアに連れられて安置されていたのを見たことがある。リチュアに伝わりし、写魂鏡。覗き込んだものの魂の姿を映し出すという鏡。
『チカラが欲しいなら、我を覗いてみろ』
声はこの鏡から聞こえてくるようだった。邪悪な気が写魂鏡からは伝わってくる。本当に触れてもいいものなのか、息を飲む。しかし、この鏡の言う通り、チカラが欲しいのは俺の魂からの渇望のはずだ。
操られたように写魂鏡に向き合い、手を触れる。風もないのに赫い炎が揺らめく。次の瞬間、そこに映っていたのは俺の姿ではなく、一匹の龍の姿だった。紺の翼を持った、獰猛な龍の姿。伝説の生き物、リヴァイアサンを思い起こさせる。
「これが……俺の魂……?」
醜悪な龍の姿はとても自分自身の魂の形だとは思いたいものではなかった。
『そうだ、それがお前の本来の姿だ。嫉妬を司る悪魔の龍、リヴァイアサン』
嫉妬を司る。俺が何に嫉妬をしているというのだ。目を逸らそうとするが、なぜか鏡の中の龍から目が逸らせない。赫い瞳と目があって離れない。俺の瞳にその赫がうつっていく。だんだんと鏡の中の龍と自分が一体になっていく錯覚に襲われる。
嫉妬。俺は嫉妬なんてしていない。俺はただ遊馬を守るチカラが欲しいだけ。
『本当にそうか? お前はあの少年に嫉妬しているのではないか?』
その声に身体中が焼けるように熱くなる。遊馬に嫉妬? 俺が? どうして。
遊馬の屈託の無い笑みが思い出される。かけてくれた無垢な言葉。差し伸べてくれた手。あたたかい友情。そういったものに全く縁のなかった俺を海底から救い上げてくれた遊馬に、俺は――そうだ、嫉妬していたのだ。
俺にないものを遊馬はたくさん持っている。家族や、相棒、あたたかい場所。遊馬は俺のほしいものを全て持っている。遊馬が羨ましい。遊馬が妬ましい。俺のほしいものすべてをもっている遊馬が憎い。遊馬、遊馬、遊馬!
感情が反転させられ、喉から突き上げるような慟哭があがる。赫き炎がまるで嫉妬に煽られたようにめらめらと勢いを増し輝く。カラダが熱い。俺が俺でなくなっていく。――否、俺が本当の俺になっていく。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ―――!!」
その叫びにほくそ笑むリチュアの参謀たちの姿を、俺は知る由はなかった。
「う……ん」
目をあけると相棒の鳥獣であるアストラルが心配そうに俺を覗き込んでいた。随分と長い間寝ていたような気がする。
「よっ、っと……って、イテテテテ! めっちゃいてぇ!」
身体を起こそうとして、身体中が痛んで悲鳴を上げる。良く見ると包帯があちこちに巻かれていて、自分が大怪我をしているのだと分かった。アストラルがぱたぱたと部屋の扉の向こうに飛んでいく。
目を閉じて、思い出す。そうだ、ヴァイロン・ディシグマとの戦いで、俺はシャークと一緒に戦っていて。ディシグマの攻撃がシャークにあたりそうになったから、思わず飛び出して――。そしてこの大怪我を負ったのだろう。
「そうだ、シャークは!」
「リチュアの子? 彼なら無事って聞いてるわ」
「カーム姉ちゃん」
アストラルが連れてきたのはカームだった。盆に水の入ったコップを乗せて、俺の傍に座るとそれを差し出してくれた。ごくりと飲む。いつの間にか喉がすっかり乾いていたらしく、とてもおいしかった。
「俺、どうなって」
「ディシグマの攻撃で意識不明ってきいたときは里じゅうの皆が心配したわ。目が覚めてくれてよかった――シャークくんのお陰ね」
「シャーク?」
「彼があなたを里まで運んでくれたのよ」
シャークがまさか俺のためにそんなことをしてくれるなんて。とても嬉しくなった同時に不安が胸に押し寄せる。
「シャークは今何してるのかな」
「今日は原住民族連合軍の祝勝会だから、そっちに出てるんじゃないかしら。私はあなたの看病がてらお留守番。遊馬もだめよ、まだ動いちゃ。あとでおいしいものはたんとつくってあげるから」
カームはそう言ってくれるが、どうしても不安が拭えない。だって。
「さっき、シャークの苦しそうな声が聞こえた気がしたんだ」
アバンスの服シャークさんに似合いそう!という妄想から始まってガスタの希望遊馬とリチュア・シャークさんまで発展しました。アストラルはガスタ・ファルコ。カームは明里姉ちゃんのイメージ。ここに至るまでの話は書きたいけど続きが見つからない。希望は遊馬のナンバーズだし、リヴァイアサン=嫉妬はシャークさんのナンバーズだしてぴったりだと思うんですよー(妄想)
Text by hitotonoya.2011