「……矢張り心配だな」
呟きに振り返るとそこにはもう見えなくなったジャックと龍亞の去った方向を見つめ続けているドラガンの姿があった。誰が? と答えの分かりきった問いを投げかければ、ドラガンは少し間をおいて、
「……あの、チーム5D’sのピットクルーの少年だ」
と答えた。
「オレは鍛えているからともかくあいつらにはあの寒さは厳しすぎただろう」
続いての台詞に、ドラガンは嘘をつけないタイプなのだと確信した。『あいつ』なんて言葉をドラガンは少年――龍亞相手には使わないだろう。
カップラーメンの箱買いをしようとしたジャックをつけて、ドミノマートの巨大冷蔵庫の中に男四人で閉じ込められてしまったのはつい先ほどの話だ。登山を趣味とするドラガンの知恵と機転によってなんとか自力での脱出には成功したものの、まだ幼い龍亞の身を案じたジャックは彼を連れて病院に一直線に歩いていったのだ。ジャック自身も彼のコートを龍亞に羽織らせていたため、ドラガンやそれこそ龍亞よりも厳しい寒さを感じていただろうに。
だからドラガンも同じ気持ちで、龍亞よりもジャックが心配なのだろう。ジャックは自分の体調不良など強がって気づかない、或いは本当に気づかないような男だ。
「オレたちも行こう」
気になって仕方ないとばかりに、ドラガンは返事を待たずにもう足を踏み出していた。こちらも否定するつもりは毛頭無かったので、コンパスの大きい彼に置いて行かれないよう急いで足を進めた。
ネオドミノシティで一番大きな病院が先ほどのスーパーマーケットから最寄だ。ジャックたちは間違いなくここに入っただろう、そうドラガンに伝えればドラガンも迷い無く自動ドアをくぐる。ドラガンは世界でも有名なライディングデュエルチーム・ラグナロクの一員だ。WRGP開催中のネオドミノシティはどこへいっても決闘者で溢れていて、ドラガンの存在に気づくものも多かったが、彼はそんな周囲の視線や驚きの声にも気づいていないようだった。彼の不自然なまでの余裕のなさが、周囲に声をかける気を失くさせた、と言ったほうが正しいかもしれない。
待合室まで歩くと目立つ金髪の長身はすぐに見つけることができた。流石に傍まで行くのははばかられたのか、ドラガンは巨体を柱の影にうまく隠し、遠くから様子を見守る。
「別に平気だよ、わざわざ病院なんて来なくても良かったのに」
待合室の静寂を龍亞の声が破る。龍亞の身体には未だにジャックの白いコートがかけられていた。ピピピ、と小さな電子音が微かに聞こえる。なにやら龍亞がごそごそと動いた。おそらく体温計だ。
「ほら、三十六度!! ぜーんぜん普通じゃん」
「やはり少し低いようだな」
ジャックは譲らない。
「えー、俺いつもこのくらいだよ〜」
そうこうしているうちに待合室のスピーカーから龍亞の名が響く。診察の順番がきたようで、渋る龍亞を抱えてジャックは診察室まで入っていった。
「……彼はああ見えて子どもに本当に優しくてな」
突如響いた低い声。驚いてドラガンと共に振り返れば、そこにはドラガンよりも体格の良い、褐色の肌をした男がいた。ボマーだ。つい先日ダイダロスブリッジを見学していたときにも遭遇し、タッグデュエルをしたものだが、まさか再びこんな場所で出会うことになるとは。
「私の兄弟にも、サイン色紙を書いてくれたよ」
以前の険悪な雰囲気は一切なく、微笑むボマーこそ見た目に反して穏やかで心優しい男である。
「ボマー」
「ドラガン。それにキミも。どうしたのだ、こんなところで」
「オレたちはその、いろいろあって、あの坊やの体調が心配でな。様子を伺いにきたのだ」
ドラガンはそう言うが、ボマーはドラガンがジャックの方も心配そうなまなざしで見つめていたことを知っているのだろう。僅かに微笑むと、そうか、と大人らしい返答をした。
「お前こそ何故こんな場所に」
道中ボマーらしき人影を見たわけではないので、まさかドラガンと同じ目的ではないと思えたが、ネオ童実野シティに住居のない彼が病院にいるのは不思議であった。旅先で体調でも崩してしまったというのだろうか。
「ああ……体に良いという健康ドリンクが売っていたので買ってホテルで飲んでいたのだがな、どうも合わなかったようで、腹を壊してしまったのだ」
よく見れば彼の大きな手には処方箋が握られている。しかし彼の買った健康ドリンクというものが、どうもあやしく思えてしまうのは、ボマーがたいへんに騙され易い性格をしているからだろうか。
「何、それは大変だな」
「ああ……試飲したときに味はそう悪くは無かったから、結構な量を纏めて買って、ナスカまで送ってしまったのだが……どうしたものか」
矢張り少々騙されているような気配をかもし出しながら、唸るボマーにドラガンも大変だなと頷く。どこか天然じみた二人を前に苦笑を漏らしかけたとき。
「あの、すみません」
ドラガンとボマー、二人を同時に見ながら声をかけてきた男が現れる。決闘の世界では有名な二人を前に、今の今まで誰もやならなかったことをついにやり遂げた男は青い髪に赤茶の目をし、松葉杖をついていた。入院着を着ているところを見るとこの病院の入院患者だろう。見るだけで威圧感を覚える巨体の二人を相手になかなか度胸のある男だと思えた。
「チームラグナロクのドラガンに、ミッドアメリカ不敗のボマーですよね?」
名を呼ばれ、二人は特に嫌悪感も示さず、ああ、と頷く。
「こんな場所でお会いできるなんて……よければサインいただいていいですか?」
「かまわないが……お前はいったい?」
ごそごそとポケットをまさぐりだす男に、ドラガン。しかし男の方はそれを耳に入れなかったようで、
「ああ! 手帳しかないなんて! くそ、こんなことなら色紙とか、ヴァルハランダーの載ってるDホイール写真集を持ってくるべきだった!」
ここが病院だということも忘れているのだろう。一気にまくしたてられて、あまりの勢いにドラガンもボマーもすっかり気圧されてしまっている。一人で云々うなり始めた男にドラガンとボマーがうろたえていると、ちょうど診察が終わったジャックと龍亞が現れた。
「風馬!」
ジャックがそう叫び、鬼気迫る表情でずかずかとこちらに向かい歩いてくる。どうやらこの空気を微妙に読まない男の名前は風馬と云うらしい。
「どうしたんだその怪我は!?」
がしりと風馬の肩を掴み詰め寄るジャックの表情は真剣そのもので、この二人がただならぬ仲なのだと思わせる。
「いや、また捜査中にドジっちまってな……命に別状はないから大丈夫だ」
「お前は少しは自分の身体を心配したらどうだ! 一体何があった。その怪我からして、ただ事ではあるまい……まさか」
「ジャック」
つい、とジャックの口元に差し出される風馬の手。名を呼ぶ声は低く、先ほどドラガンとボマーに一方的に話しかけていたものと同じとは思えない。
「今は俺のことよりWRGPだろ。こんなことで集中力を乱したなんて言ったら怒るぞ」
赤茶の目はジャックの紫の瞳を真っ向から捕らえ、そしておしゃべりなジャックな口を黙らせた。その気迫には龍亞も、そしてドラガンもボマーも唸る。
「……すまなかった」
「それでよし」
まるでいい子いい子と頭を撫でるような風馬の口調とジャックの気落ちの仕方に驚きを覚える。
「……けど残念だよ、WRGPの準々決勝、準決勝見れる予定だったのに見れなくなっちまったし、予定してた決闘もチャラになっちまったしな」
「予定してた決闘?」
「ああ、こっちの話。でも、ここでまさかドラガンやボマーに会えるなんて本当にラッキーだよ」
「オレに会えたのはラッキーじゃないのか」
ジャックがむっと拗ねるのに、龍亞が「子どもじゃないんだからさ……」と慰めを入れるのがシュールだ。
「オレとジャックのあの戦いが生で見れなかったとは、残念なことだな」
ドラガンが胸を張る。確かにあの戦いは見ごたえがあり、観客として観てもとても魅力的な決闘だった。過去の決闘の再現からはじまり、新たなエースモンスターの登場、罠の応酬。思い出すだけで決闘がしたくなる。
「ならば今ここで見せてやろうじゃないか、ドラガン」
にやりと歯を剥き出しにして笑ったジャックは決闘盤を構えた。いつのまにかできていたギャラリーの輪からざわめきが起こる。
「風馬の見舞いがわりだ。折角だからボマー、お前も相手しろ。タッグデュエルだ!」
「えー、ここ病院だよ!? いいの!?」
龍亞が止めに入るがここはWRGPで沸くネオドミノシティ。決闘にはどこも寛容だ。ギャラリーからはいいぞ、だのやれやれ、だのの声が沸きあがっている。
「ものすごく嬉しいけどせめて病院の外でやって欲しいな、ジャック」
風馬に言われ、ジャックはむうと唸ると足を玄関へ向けて踏み出した。振り返り様に手を差し伸べられる。
「オレのパートナーはお前だ! さあ、見せてやろうじゃないか、オレたちのタッグデュエルを!」
言われて俺は金色の決闘盤にデッキをセットする。ドラガンにボマー。相手に不足はない。その上ジャックがパートナーとくれば、楽しい決闘ができそうだ。
TF6は元キンのいないところで元キンがモテモテでとてもおいしかったです!そして風馬はなんで決闘しないんでしょうね解せません。本当にあったチームセキュリティには泣けました。でもとても楽しかったのでサティスファクション!!
Text by hitotonoya.2011