闇よ、はやくきて

 

 ごめん遊星、ごめん遊星とラリーは言う。気にしなくていいのだとその度に俺はラリーの頭を撫でる。遥か遠くに臨むシティの摩天楼を睨みながら、ナーヴが、タカが、ブリッツがジャックを貶める。ロープで縛られ海に流されたラリーがそれでも「ジャックは悪くない」のだと叫ぶ声に、俺は無言のまま、そうだと心の中でだけ同意していた。

 スターダスト・ドラゴンの白銀の翼を天にはためかせるのだと、その両翼と同じ色で塗装した白いDホイールがあった場所には、今はいくらかの廃材しか残されていない。カードごと、ジャックが奪っていってしまった。遠い海の向こう、わたることの出来ぬ壁の向こうへと。幼い頃からずっとサテライトでジャックと一緒にいた。だから、ジャックがどれだけサテライトを忌み、シティに焦がれていたかは痛いほどに良く分かる。

 元はといえば、俺がゼロ・リバースでジャックをこのサテライトに押し込めてしまったようなものだ。サテライトは人をおかしくする。全てを諦め生きた死人になるか、押しつぶされることを拒んだ結果花火のように弾けて燃え尽きてしまうか――。ジャックはおそらく後者になるのだろうと、最悪の想像が何度か頭の中を駆け巡った。鬼柳がそうだったように。ジャックと鬼柳は根本的なところでどこか似ている。鬼柳のように、ジャックを死なせたくなかった。

 だからジャックが生きるためならば、スターダスト・ドラゴンも、白いDホイールも、奪われてもかまわなかった。スターダスト・ドラゴンは一番大切なカードだった。翼を広げ飛ぶ姿を見てみたいと心から思っている。それは今も変わらない。けれど、それが少しくらい伸びてしまったことは、ジャックが死んでしまうことに比べたらどうってことはなかった。

 泣いて謝罪を続けるラリーのためにも、もう一台、一からDホイールを作ることにする。白いDホイールもなかなかの自信作だった。未だテスト走行中だったが、きっとジャックをうまくシティへ運んでくれたに違いない。ジャックの命を守ってくれただろう。ジャックには白がとても良く似合った。彼も白を好んでいた。だからきっと、シティの町並みの中を、今もジャックと一緒に走ってくれているに違いない。ジャックはライディングデュエルがやりたいとぼそりと呟いていた。シティの大会に出て、強い決闘者と戦いたいのだと。そうしてキングになるのだと。子どもみたいな夢を、ずっとずっと抱いていた。――その夢を、かなえてほしいと心から願う。目を瞑れば、そこはシティのスタジアムで、白いDホイールに乗って歓声のなか決闘するジャックの姿は容易に想像できる。

 ひんやりと冷えた空気が肌を刺す。濁った空が僅かに明るくなっている。集めた部品を切ったり曲げたりしながらベースを組み立てているうちに、もう夜明けが近づいていたようだった。

 なあジャック。

 地下鉄の廃駅からは決してシティは見えないが、その方向を見上げ空に語りかける。

 シティでならお前は生きられるか? シティはどうだ? 俺のDホイールは、スターダストは、お前の助けになれただろうか?

 きっといつかこのDホイールを組み上げたら、俺はお前に会いに行く。そのときはスターダストを返してくれよな。白いDホイールは、お前のものでいい。俺は今度のDホイールは赤く塗ろうと思う。お前のレッド・デーモンズ・ドラゴンの翼の色だ。そうしたら一緒に走ろう。決闘しよう。一緒にスターダストを見よう。レッド・デーモンズを見よう。

 それまでにきっと、俺はお前を満足させられるくらいに強くなる。

 きらめく明星に願う。きっとあの海をわたる橋をかけるのだと。

 

 

 

 それから数ヵ月後、テレビにジャック映っていた。ライディングデュエルの大会だった。シティの大きくて綺麗なスタジアム。満員の観客。湧き上がる歓声。想像したとおりの光景が、ボロっちく埃をかぶった箱の中にあった。今回の大会も王者が挑戦者を破ったらしい。若きデュエルキング、ジャック・アトラス。MCの声が響き渡る。手を天へ掲げ、観客へ己の力を誇示する。ジャックは夢を叶えたのだ。ジャックはいきているのだ。こみ上げる喜びに、スパナを握っていた手に自然と力が篭る。次の瞬間、勝者の顔がアップになる。絶句した。握り締めたばかりのスパナがごんと重い音を立てて足元に落ちる。

 ジャックの顔はたしかに尊大な笑みを浮かべてはいたが、サテライトにいたときよりもずっとつまらなさそうで、綺麗な紫色の瞳は生への渇望に乾き死んでいた。

 その隣にあるDホイールは、白い色をしていたが、遊星のつくったDホイールではなかった。

 

 

 

 

 

 

 Dホイールの運転なんて、遊星のものの試験走行をほんの1、2回こなしただけだった。当然ライセンスなんて持っていないし、運転の仕方を教わったわけでもない。そしてこのDホイールは遊星の身体にあわせてつくられたものだ。所詮オレのものではない――友を裏切り、奪ったものなのだ。

 閉まりかけたゲートになんとかDホイールと身体をくぐらせた。シティの奴らの排出したゴミに押し流されてサテライトに送還という最悪の結末は免れたが、身体じゅうに奔る痛みが安堵することを許してくれない。

 派手な音を立ててクラッシュした遊星のDホイールはどこに言っただろうか。うつ伏せに投げ出されたからだを起こそうとする。サテライトとは違い、地面は綺麗過ぎるほどに舗装されていて、凹凸などひとつもなかった。

 かっとパトライトに照らされて目が眩む。オレの前にはひとりの男がいた。あの道化師のような男ではない。白髪を肩まで伸ばした、スーツを着た男がオレを見下ろしている。薄気味悪いほど感情のない笑みを顔にべったりと張り付かせてわらっている。

 ――ようこネオドミノシティへ、未来のキング。

 そんな声が聞こえて、振り返ることも許されないまま車の中に押し込められる。

 遊星のDホイールは、もうどこにも見えない。

 シティの夜は明るすぎて、サテライトの明かりなどより暗雲に隠れた星のほうがずっと輝いて見えた。

 スターダスト・ドラゴンのカードを取り出す。白髪の男は目を細め、オレがそれを恋しそうに撫でるのを見ていた。

2010.12.21

遊星がいい子すぎるけど、このくらい遊星はジャックに夢見ててもいいと思う。そして私もジャックに夢見すぎなのです。

Text by hitotonoya.2010
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