揺り籠の中で狂う

「あ゛……う、あ……」

 闇の中で醜い声が聞こえる。ついでに、荒いしかし力のない呼吸音。そして身体の内側からさえ響いてくる、機械の断続的に振動する音。

 おそらくオレは今、床に惨めに這いつくばっている。

 本当は逃げ出そうとしたのだ、この部屋から。なのにもう何日も何日も――日付の感覚などとうに奪われどれだけこうしているかは分からないが――あらぬ場所へ、いわゆる玩具を埋められ、性器にも小さなそれをはりつけられて、すっかりと足腰が立たなくなっていた。それらを外せぬようにか背中のうしろで両手をまとめられていれば尚更だ。寝かせられていた柔らかなベッドから転げ落ちる。その衝撃で身体に施されたもののなにかひとつでも外れればよかったのだが、そんな偶然は起こらなかったらしい。ベッドの上にも戻れず、床らしきものの上でもうかなりの時間を過ごしている。それでも動きを止めない前後のふたつの機械に、延々と喘がされている。部屋じゅうに響く自分自身の甘い声に、吐き気がこみ上げた。それでも、嘔吐する自由すら自分には与えられていない。

 早い話が、監禁されているのだ。イリアステルに。正確には、その一人、リーダーを名乗った巨躯の老人、ホセに。

 どうしてこうなってしまったのかの記憶は曖昧だった。ホセの機皇帝の莫大な攻撃力の前に、手に入れた新たな力は粉砕された。そこまでは覚えている。その次の記憶はもう既に、この部屋で目を覚ましたときのものだった。

「あ゛、あ゛ー……んぅっ」

 びくびくと身体が小刻みにふるえる。まるで自分の身体ではなくなってしまったかのような感覚に不快になる。開けっぱなしの口からだらだらと涎が垂れて床をぐちゃぐちゃに濡らしていく。咎めるものは誰もいない。助けてくれるものもいない。ただひとりこの部屋で、オレはオレを監禁している男が来ることを待つことだけしか出来ないのだ。

 ホセはオレの傍から離れるときは、必ず目隠しをされた。ここが奴らの本拠地であるならば、敵であるオレにその所在を明らかにさせないためには効果的な方法なのだろう。そしてオレがここから逃げ出すことも防ぐことができる。ついでに口にくわえさせられた、呼吸のための穴がいくつも開いた小さな球体で言葉を奪ってしまえば、放っておいても害はないと判断されているのだろう。忌々しい。悔しい。腹が立つ。

 オレの身体から発せられるたくさんの醜悪な音に、違う音が混じったのが聞こえて、なんとか音のした方向にあたりをつけて首を上げる。何も見えないが、唐突に現れた気配で奴が来たのだと確信した。長いローブが擦れる音、重々しい機械が動くような足音。頭をがしと掴むものはホセの大きな手だ。目隠しを外される。視界いっぱいにうつるホセの顔。もうこの顔以外を、長い間見させてもらっていない。

 玉口枷を外される。ようやく呼吸が自由になる。今日こそ何故こんなことをするのか、いい加減解放しろだとか問い詰めてやりたかったのだが、怒鳴る気力が殺がれてかすかなうめきしか出てこない。涎でぐしゃぐしゃだった顔を柔らかな布で、巨体に似つかわしくない丁寧で優しい動作で拭われる。この瞬間が、もっとも屈辱的だった。まるで少女が人形遊びをするように、ホセはオレを扱うのだ。腕の拘束も解かれるが、長時間同じ体勢を強いられたせいで痺れてうまく動かせない。カードの一枚すら、手に取れそうにないほど弱弱しく指先が痙攣している。ホセは軽々と倒れたオレの身体を抱き上げるとわざわざ横抱きにし、傍のベッドの上まで移動させる。言っておくが、オレは男であるし、その中でも相当体格がいい。自分が見上げるほどの身長をもつものなど滅多に見ない。なのにこんな風に、いとも簡単に片腕の中に抱え込まれてしまえば、自分がとても小さな存在になったかのように錯覚してしまう。見下ろされるホセの金色の視線に恐怖すら感じてしまう。人を見下ろすことに慣れてはいたが、される側に立つといつまで経っても慣れない。遊星やクロウもオレと対峙していたときはこんな気持ちだったのだろうか。否、それよりも龍亞や龍可か。龍亞はともかく、龍可の方はそういえば確かにオレと視線があうとすこし怯えたように瞬きをしていた気がする。今度からもう少し、目線を下げてやらなくては。

 ホセのゆっくりとした歩調に合わせて身体が揺れる。地に足のついていない、とめどない恐怖に襲われ、ひしと目の前にあった白いローブを縋るように握り締める。長い顎鬚がそよそよと肌を撫でる。鉄製のマスク越しに、ホセの笑う息の漏れる音が聞こえた。

 ホセはベッドの淵に座ると、膝の上にオレの身体を置き、直腸に埋められた玩具をゆっくりと抜いていく。抜かれる快楽にぶるりと身震いがおこる。抜き放った後、ようやく電源が切られ、玩具が動きを止める。耳障りだった振動音がようやく消える。詰まっていた呼吸が少しだけ楽になる。そして次に、性器にくくりつけられていた方の玩具も外される。その際に裏筋を撫でられる刺激で達してしまう。ホセのグローブに白濁した液体が飛び散るのをぼんやりと視界の端でとらえる。この光景ももうすっかり見慣れてしまった。この後は、ホセの太い指が確かめるように後ろの感触を探り始めるのだ。体格に見合った指は、はじめは入るわけがないと思っていたが、玩具に散々にならされて、時間をかけて広げられて、もう中指の一本を飲み込めるようになっていった。ホセがいない間、後ろに突っ込まれる玩具はだんだんと太さを増していっている。片腕でオレの身体を支えながら、ホセは傷つけないようにゆっくりと後ろに指を埋めていく。単調な振動しかしない玩具に比べれば、人外の存在とはいえ人間じみた動きは憔悴した神経を落ち着かせてくれる。ホセがこちらに注ぐまなざしをしっかりと開いた視界で味わうことが出来る。口から漏れる声は相変わらず言葉になってはくれないが、くぐもってはいない。ちゃんとこの男の名前を呼ぶことも出来る。

「ホ、セ……っ」

 名を呼ばれて気を良くしたのか、内側で動くホセの指が、しっかりと感じる場所を押し上げてくれる。あとどれだけこんな行為が繰り返されるのかは分からない。だが、今の、ホセといる限られた時間が、オレが人間として自由になれる時間になっている。あんなに逃げ出そうとしたことも忘れ、手はしっかりとホセのローブを握り締めて離さない。

 世界を滅ぼす敵の腕の中、内臓の内側を弄られながら、オレは今、恐怖を通り越した先の安堵を得ようとしている。

2010.10.24

まさにやおいとしか言いようがないけどホセならやってくれます(酷)

Text by hitotonoya.2010
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