緋色の淵

 

 目を開ける。目に入ってきたのはポッポタイムの見慣れた天井だ。未だ暗く、カーテンを閉め忘れた窓の外は夜闇が広がっている。星は、見えなかった。首を動かしたとき、自分の腕が目に入って、ジャックは違和感に気づく。両手を頭の下に敷くようにして寝るのは、サテライトで暮らしていたときからの癖だ。あの頃は、柔らかなベッドなんて当然のこと、枕さえない日の方が圧倒的に多かったのだから。だから、手のひらは頭の下にあるはずなのだ。しかし、今、手のひらはどこにある。指先を動かしてみる。宙を彷徨うだけで何にも触れることはない。腕を身体の横に戻そうとすると手首がくんと何かに引っ張られ妨げられる。左右の手首がくっついていることに今更気づく。布か何かで両腕を拘束されているのだ。

「な、んだ……これは」

 声は出た、が同時にどっと身体じゅうを倦怠感が襲う。何が起こったのか皆目見当がつかない。誰かが部屋に入って自分の身体に触れたとすれば、目を覚まさないはずがないというのに。遊星やクロウ、ブルーノは無事だろうか。物取りの犯行だとしたら、ガレージの機材や皆で懸命に作り上げたD・ホイールも。部屋の入り口の扉は閉まっていたが、何が起こったのか、確かめなければならない。たとえ両腕を拘束されていても、身体くらいは起こすことが出来るはずだ。妙なけだるさを覚える身体を腹筋で持ち上げるため、頭を上げ、腹に力を入れたとき、すっと何かがジャックの頬をかすめた。

「っ!?」

 そして視界が黒に染まる。ぱちんと頭の後ろでゴムがはじける音がする。恐らくアイマスクだ。外そうとしても手を封じられているため叶わない。それより問題なのは、一体誰が自分にこんなことをしているのかということだ。相手は一切ジャックに気配を感じさせなかったのだ。ありえない。こんな至近距離だというのに、自分以外の誰かがいるなんて思いもしなかったというのに。

「貴様っ……何者だ! 何が目的だっ!?」

 口の中に何かを突っ込まれる。口内の水分をあっというまに奪っていったそれも恐らく手首に巻かれているものと同じく布でできた何かであろう。怒鳴る声も封じられ、いよいよジャックは身の危険をひしと感じることになる。たらりと頬を嫌な汗が伝っていく。相手がどこにいるのかさえ見当が付かない。拘束を受けていない足を振り回そうとするが、身体が重く叶わない。足を持ち上げようとしても、震えるばかりでうまく動かない。視界を奪われれば、頼りになるのは触覚と聴覚だ。侵入者は足音ひとつ立てず、衣擦れの音さえ闇に溶け込ませている。聞こえるのは己の立てる苦しげな呼吸音とベッドの上でもがく音ばかりで情けなくなる。それでもジャックは少しでも相手の情報を得ようと、耳を欹て、相手の出方を待つ。相手は何も言わない。言わずに、おそらくはジャックを見下ろしている。射抜くような視線が、肌を刺すのだ。何をされるか。ナイフで刺されるか、首を絞められでもするか。物騒な想像しか出来ず、ジャックは内心で自嘲する。

 しかし相手の行動はジャックの予想に反したものだった。ゆっくりと降ってきた手のひらは一度頬を撫でると、頭の上でまとめられたジャックの手に伸びていった。そっと指を絡めるように握られる。無骨な、男の手のひらだった。ジャックのものよりも小さな手のひら。そこに殺気などひとかけらも感じられず、嫌悪感すら沸かない。それどころかジャックはこの手を繋いだときの感触を知っているような気がしてしまった。――似ている。あまりにも。ジャックがその手のひらの持ち主を頭に思い描きかけたとき、名を呼ぶ声がどこからか聞こえた。

『ジャック』

 とたんに脳裏の映像が鮮明になる。奪われた視界が映し出したのは幼馴染の姿だ。幼い頃から聞きなれた声。何度も繋いだ手のひらの感触。間違えるはずがないそれらを、しかし今ジャックに与えているのは謎の侵入者だ。まさか遊星の悪戯だろうかとジャックは思う。遊星ならばジャックに悟られず部屋に入ってきてもおかしくはない。しかし遊星は基本的には大人しい性格をしており、こんな悪戯を好んでするような男ではなかった。そして。

「――んうっ!?」

 男の手は掌から離れて行き、ジャックのタンクトップを捲くるとその下の肌を撫で始めたのだ。まるで女に愛撫するように。気持ちの悪いほどに優しく、厭らしい手つきで。

 ジャックは布の下で目を見開いて驚きながら、次には拳を握り締めた。一瞬でも遊星かと思った自分が憎らしい。

「んぐっ、ん、んん――っ!!」

 止めろと叫びたいが、声を封じられているためくぐもった情けない音しか出ない。手は好き勝手にジャックの肌の上を這い回る。乳首を引っかかれ、ズボンの上から性器を揉まれる。何をされているのか分からないわけがない。出来ることならすぐに止めさせたいし相手を蹴り飛ばしてやりたい。だがジャックにはそれが叶わない。先ほどから襲う倦怠感の正体は眠気だけではないだろう。懸命に脚に力を籠め、相手のいるだろう場所へ向かい思い切り動かす。が、男の手はぱしりとそれを受け止めた。そうして脚を掴んだまま、ずるりとズボンを脱がされる。いよいよ身の危険を感じたジャックであったが、おかしなことに気づく。――身体が、喜んでいるようにしか思えないのだ。男の手に撫でられるたびに心地よい痺れが神経を奔っていく。信じられず、ジャックは闇の中でなお瞼をきつく閉じた。誰がどんな顔をして、こんなことをしているのだ! 不安から逃避しようとする本能はジャックに都合の良い妄想をつくりだす。一度でも「そう」思ってしまったのが失敗だった。ジャックの脳では、既にこの相手は「不動遊星」になってしまっていた。そうであるはずがないと言い聞かせようとしてもうまくいかない。下着が下げられ、性器に直接指が絡まされる。まるで猫のような舌で乳首を舐められる様も、遊星の姿で想像されてしまうのだ。そうしてそれが恐ろしいことにジャックから嫌悪を剥ぎ取り、快楽を与えていく。見えなくとも、男の指に触れられて性器が勃起していくのが分かるのだ。

 ――たとえ遊星でなくても、相手が見知らぬ男でも、この身体は簡単に勃起してしまうというのか? 違う、遊星だから――違う。遊星のことは確かに嫌いではないが、こういう意味じゃない。遊星は断じてこんなことをしないし、俺も遊星にこんなことをされて善がるはずがない。ならば何故、こんなことで勃起してしまっているのか。

 身体を上からなぞるように降りていた片手が、脚の付け根までやってきた。両脚をぐいと広げられる。その間に男の身体が入り込むのが分かった。おそらく相手はジャックよりも体格は劣っているのだとも知れた。身体の自由がきけば簡単に伸してしまえるだろう。ちょうど遊星くらいの身長だと考え、てしまったところでジャックは思考を打ち切る。否、打ち切らざるを得なくなる。男の指が、尻を割り、あらぬところをつついてくるのだ。

「ふっ――!!」

 身体を捩ると、指が離れる。諦めたのかと安堵しかけたとき、もう一度指がそこに触れた。ひやりと冷たい。何をつけたのかは知らないが、濡れていた。おそらくは本来の用途から外れた使い方をしようとしている場所の、滑りをよくするために。

「んむっ、んん、ん――」

 振りほどこうとしても脚をがっちりと押さえ込まれている。視覚を奪われているためにいつどういう風にされるのかが分からない恐怖が余計に感覚を敏感にさせる。なぞられた皺の一本一本の動きさえ頭から爪先まで電流のように伝わってくるようだった。何度か軽く押され、ついにそれは侵入を果たす。身体の芯を貫かれる痛みに、ジャックは闇に包まれているはずの目の前が真っ白になった気がした。

 ぐちゅぐちゅと男の指が身体の内側を荒らしていく。狭く窮屈だろうに、節くれだった指は器用に動き、痛みに慣らし、内側を広げていく。器用、という頭が思い描いた言葉に身体が反応する。嗚呼、また遊星を思い出すのだ。

「ぐぅ、ん、んっ……!」

 痛みに耐え切れずくぐもった声が出る。首を横に振る。遊星がこんなことをするはずがないのに、ほんの少しの共通点を見つけ出しては自分を抱く男を遊星に置換しようとする、自分の脳が憎たらしくて仕方ない。どこの誰とも知らぬ輩にいいようにされている自分のプライドを、遊星も共に落とすことで保とうとしている自分が情けなくて仕方ない。首を横に振る。遊星に抱かれているなどという妄想を振り払おうと。

「んんっ……!」

『知らぬ男』に蹂躙されているはずなのに、身体は何故か快楽に震えだす。内側を這う指の異物感にも最早慣れを見せ、排除しようと動いていたそこはいつの間にか相手を奥へと導こうとしている。指の数が増えている。二本、否、三本。もうそんなに入ってしまっているのかとどこか客観的に驚愕する。何をされているのか見えないのは、幸か不幸か。性器に絡まった指が、動きを早める。もうすぐにでも達してしまいそうだ。

『――ジャック』

 そのときもう一度、囁くような遊星の声が聞こえた。ずるりと内側に入っていた指が抜かれる。性器に絡み付いていた指が解かれる。口の中に突っ込まれていた布がようやく出され、空気が素直にジャックの咽喉へ入っていく。

「……ふ、ざけるなっ!! 違う、断じて違うっ!!」

 ジャックは否定したかった。今しがた名前を呼んだ声が、自身の鼓膜を震わせていたということを。

 片手が脚を掴んでいる。尻を持ち上げるように。先ほどまで入っていた指よりも太い、熱いものが、そこに触れている。脚を持っていないほうの手が、頬に触れる。すこしかさついた皮膚。嗅ぎなれたオイルのにおいがする。ジャックはこれほどまで自分を忌々しいと思ったのははじめてだった。ようやく解放された声に出して、自分に言い聞かせる。

「違う……っ遊星じゃないっ! 遊星が、こんなことするはずなど」

 ぐいと強引に目隠しが剥ぎ取られた。頭がベッドの上で一度バウンドする。暗闇に慣れた曖昧な視界が輪郭を鮮明にさせていく。ジャックは目を見開いた。嘘だありえないこんなこと何故どうして

「ゆう、せ」

「……酷いな、ジャック」

 ふっと僅かに口角を吊り上げた男はジャックの良く知る不動遊星の姿かたちそのものをしていた。不動遊星のかたちをしたものが、ジャックの両脚を割り開き今にも性器をあらぬ場所に突っ込んで犯そうとしている。

 呼吸すらできず驚愕にまるで時間が止まったかのように動けないでいるジャックの中に、遊星はかたい雄の象徴を捻じ込んでいく。ずぶずぶと押し込まれていく質量に胃酸が逆流しそうになる。なのにどうだろう、ジャックの身体はまるでそれをずっと前から待ち望んでいたかのように受け入れ、喜びに震えているのだ。

「ひっ……」

 咽喉が引きつった声を上げる。遊星のかたちをした何かの蒼い深海のような底なしの闇を秘めた瞳が恍惚のいろを滲ませている。視線を絡めとられれば、離れることなどできない。

「ジャック、ずっと前から、お前をこうしたいと思っていた」

 口では謝りながらも遊星の動きは止まらない。腰を前後させ、まるで獣のような激しさと熱を以ってジャックを犯している。その顔には余裕さえ見て取れた。その大きな瞳に映り込んでいる金髪の男には、微塵の余裕すらないというのに。

「嘘、ぐあっ、んうっ、……嘘だぁっ!! 遊星が、こんなことするはずなど……っ!」

 ありったけの力を籠めてジャックは叫んだ。腹に響いてえもいえぬ感覚が襲う。裏返った声があがるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「嘘じゃない。ジャック。お前だって、こんなに善がってくれてるじゃないか」

 つうと撫でられたのは勃起した性器の裏側だ。

「俺にこうされたい、って思っていたんだろ?」

 遊星の顔が近づいてくる。腰をぐっと折り曲げられて、腸壁を擦り上げられる。遊星の唇が頬に触れる。ジャックの身体は確かに喜んだようにうちふるえ、反応を示しているが心の方は正反対だった。

「だから、気づいてくれていたんじゃないのか。目が見えなくても。俺だって、分かってくれたのは、俺にこういうことされたいって思っていたからだろ?」

 ぎちぎちと骨が軋む。爪が皮膚に食い込む。遊星の低い声が鼓膜さえも愛撫していく。咽喉がうまく動かず声が出ないのは、男同士の性交による痛みのためだけではない。寧ろ裂かれるように痛いのは、身体ではなく。

「ジャック。あいしてる」

 脳を溶かすように甘い響きをジャックに降り注がせながら、遊星の唇がジャックの唇に優しく重なる。不規則な生活が続いているためかかさついた唇。押し付けられる。深淵まで続く闇のにおいにぐんと身体が墜落していくような虚脱感。遊星の舌が、唇を割り咥内からをも内側を侵略せんとする。ジャックは瞼を伏せる。金色の睫に紫の瞳が完全に隠される。自らの視界を闇へと明け渡す。そして。

 

 ぶちと肉の千切れる音がした。反射的にジャックから唇を離した遊星の唇から、大量の血が溢れている。毒々しいまでに緋い血だった。

「お前は遊星じゃない……。何のためかは知らんが……遊星を穢すな」

 紫の鋭い眼光が射抜く。ジャックが睨みつけた遊星のかたちをしたものは、手の甲で血をぬぐうと赤に染まった唇をニタリと厭らしく吊り上げる。遊星の顔に全然似合わぬ表情。蒼色の瞳が中心から浸み出すように真紅へと変貌を遂げる。共鳴するようにジャックの腕に刻まれた翼が輝いた。その鮮烈さに霞がかった思考が、身体を包んでいた倦怠感が晴れていく。瞳が真実をようやく映し出す。

 目に入ってきたのはポッポタイムの見慣れた天井だ。未だ暗く、カーテンを閉め忘れた窓の外は夜闇が広がっている。星は、見えなかった。――そして、視界の端を真紅の何かが蠢いている。両腕を頭の上で縛り上げていたものの皮膚に触れる感触は、既に布のそれではなかった。赤黒い、蛇のような生き物。腕だけではない。それがジャックの身体じゅうに巻きついている。タンクトップの下、大きく開かれた脚。今まで遊星のかたちをしたものが触れていた、達する直前の性器にまで。目で追えば遊星のかたちをしたものにそれらは繋がっていた。主の意志に従うようにジャックの身体を蹂躙している紅蓮の蛇。その正体など、簡単に知れた。

「紅蓮の、悪魔……」

 遊星のかたちをした悪魔は笑う。ジャックははっきりと嫌悪を感じた。ジャックの知る遊星とはまりにもかけ離れすぎている。その嫌悪感は嘗て己の偽者と対峙したときよりも遥かに強い。言葉を発さず、ただジャックを舐めるように見据えてくる。

「……ふざけるなっ!!」

 身体の自由は奪われたままのため、情けない格好だったが、ジャックは怒りを露にし叫ぶ。紅蓮の悪魔。遠くナスカの地でジャックの身体を狙い、ジャックがカードとして封印した地縛神。しもべに代行させた決闘で敗北したにもかかわらず、未だ負けを認めないのか、それとも封印を施したジャックの力が足りなかったのか。今でも隙あらばとジャックの肉体を狙っているのはスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンのカードより伝わる闇の波動により明白だった。――だが。まさか。こんな方法をとられるとは!

 うねうねと蠢く蛇がちらつく。紅蓮の悪魔の得体の知れぬ力が働いていたとはいえ、こんなものを、遊星なのだと一瞬でも思ってしまったことが信じられない。ジャックは眉間に皺を寄せ、ぎりと歯を軋らせる。今のジャックの中では、怒りがどの感情よりも強かった。

「貴様が敗北を認めるまで、何度でも俺は闘ってやる。これは俺とお前の闘いだ。……他人を、遊星を巻き込むな。その忌々しい姿をさっさと消せ!!」

 悪魔を睨みながら、動かせない腕の代わりに首を横に振る。遊星のかたちをした紅蓮の悪魔がその眼を光らせると、ジャックにまとわりついていた蛇たちが霧となって消える。無理な体勢を強いられていた腕と脚ががくりとベッドに沈む。遊星の目でジャックを見据えていた紅蓮の悪魔の身体を真紅の瘴気が包む。膨とふくれあがったそれはヒトの形を保てず、立ち上る炎のように舞い、ナスカで見た紅蓮の竜を再びジャックの目の前に具現させる。天井を突き抜け星のない空へ飛び立つように、紅蓮の悪魔の残滓は消え、赤き光に包まれていった。それでも最後まで悪魔の浮かべていた、厭らしく、嘲笑うような笑みは網膜に焼きついたままだ。

 ジャックは肩で息をする。意地の悪いことに、与えられた熱と快楽も、身体に残されたままだったのだ。

 

 

 処理をするために廊下を進む。疲労が激しく壁に手をつきながら、明かりもつけずにジャックは歩いていた。ふと、人の気配を感じて立ち止まる。さあと晴れた雲の隙間から月明かりが差し込む。窓から零れる柔らか光が照らし出したのは、よりによって、不動遊星の姿だった。

「……ジャック」

「……遊星」

 少し眠そうな目をした遊星の深い青の瞳が見ていられない。

「……さっき、赤き竜の痣が疼いた」

 右腕を持ちあげながら、遊星は低い声で呟く。恐らくは、紅蓮の悪魔を退けた際のジャックの痣に共鳴したのだろう。ジャックが答えに詰まり、何も言えないでいると遊星が顔を覗き込んできた。はっ、と息の音がした。

「ジャック。顔色が良くない。何かあったのか? 痣が疼いたのは、もしかして」

 その唇から発される声が、つい先ほどまでの出来事を嫌でも思い出させる。

 ――あいしている。

 耳に残る響きを振り払うために口を開く。

「いや……? 俺には何もなかった……お前の気のせいじゃあないのか?」

「ならどうして」

「……ただ用を足しに行くだけだ。お前も早く寝ろ。瞼が今にもくっつきそうな顔をしているぞ?」

「……そうか、なら、いいんだが」

 少しかみ合わない会話をして、足を前に踏み出そうとしたところで体勢を崩してしまう。無様にも床に落ちかけた身体を支えようと、遊星の手が伸びてくる。

 ――俺にこうされたい、って思っていたんだろ?

 頭に降って来た悪魔の声に、目が見開かれる。

「――触るなっ!!」

 ぱちんと乾いた音をさせて、手が勝手に遊星を振り払っていた。遊星が目を丸くしてこちらを見ている。すまない、と呟かれ、おずおずと引っ込められた手に、罪悪感がどっとジャックを襲う。

「……っ、すまん」

 叫んでしまったジャックの声で、クロウやブルーノが起きてこなかったことがせめてもの救いだった。

「すまない、遊星。……ほら、もう、早く寝ろ……。俺のことなぞ構う前に、自分の身体の心配をしろ」

 もう一度遊星に謝る。視線をまっすぐに合わせられない。顔が火照って重く、足元を見ながらジャックは遊星とすれ違う。トイレのドアを開けるまでずっと、遊星の心配そうな視線が背中に刺さり続けていた。

 ――しばらくは、遊星の顔をまともに見られそうになかった。

 

2010.09.08

「遊星はこんなことしない!」がテーマ。ジャックにとって遊星は未だ「大切な仲間」。この後トイレに遊星が突撃してきて遊ジャが本格的に開始されるか、遊星をオカズにしちゃって自己嫌悪に陥る元キンのひとりごにょごにょかはお好きな方をお選びください。

Text by hitotonoya.2010
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