犠牲者の聖域

 

 不動遊星は自己犠牲心の強い男だ。誰かのために、何かのためにと本当は自分には微塵も関係のないことなのに懸命に動き、奉仕する様は最早健気を通り越していた。彼を突き動かすものは、全てあのゼロ・リバースに対する巨大な責任感と罪悪感。おかしな奴だとジャックは思う。誰もあの未曾有の災害が、遊星の所為などとは思っていないというのに。当時赤子だった遊星に一体何ができるというのだろう。遊星の両親が直接の原因ですらないということも、彼は知ったはずだというのに、ゼロ・リバースは彼の瞳に暗い陰を落としたままだ。そんな彼の元に、スターダスト・ドラゴンが存在したのは必然なのかもしれない。誰が使うより、そのカードは遊星に相応しく思えた。まるで皮肉のようだった。

「どうしたんだ、ジャック」

 遊星のデッキのスターダスト・ドラゴンを眺めていたジャックに、遊星がぽんと肩を叩いた。オイルのにおいがする。Dホイールを弄っていたのだろう。遊星は昔から頭が良く、手先が器用で何でもできた。シティで育っていたのならきっと今頃、父親の後を継ぐように研究者になっていたに違いない。遊星はあの災害で多くの可能性を潰された。なのにどうして、他人ばかりに気をやり、自らの不幸を覆い隠してしまうのか。

「お前とスターダストは似ているな」

 言うつもりはなかったのに、唇が勝手に動いていた。遊星は苦笑する。嬉しそうに見えた。馬鹿者が。こちらは『悪い意味で似ている』と言っているのに。

「お前とレッドデーモンズも似ているよ」

 フン、とジャックは両腕を胸の前で組み、得意げに背を反らせる。しかし遊星は哀れむような、悲しむような目でこちらを見ていた。

「……なんだ、その目は」

「気づいていないのか」

 それはお前の方じゃないか。

 

 

 

 ジャック・アトラスは自己中心的な男だった。そして守りに入るのが嫌いな男だった。常に走り続けていなければならないと生きていられないというような、その生き方は少し鬼柳に似ていた。ただ決定的に違うのは、彼には鬼柳のような行動力と主体性がなかったことだった。いつからかジャックは決闘する以外はずっと海を、その先のシティを眺めるようになった。彼の腕には生まれたときから翼があったが、空を飛ぶことは出来なかった。ただ、彼の手の中には、レッド・デーモンズ・ドラゴンがあった。サテライトの止まった時間、高みの見えない日々。それらの高くそびえる壁をその豪腕で破壊し、彼はシティへとひとり飛び去っていった。そのとき彼のとなりには誰もいなかった。あまりにも攻撃的で不器用なその性質のためだ。そんなジャックが、仲間と共にある事を望んだとき、とる手段はひとつしかなかった。

 チーム太陽との戦いで、ジャックがレッド・デーモンズ・ドラゴンにショック・ウェーブを発動したのを遊星は見た。彼は不器用なことに、自分を殺すことでしか、その道を探せなかった。皮肉なことだ。仲間を見捨てていった先にあったのは道化の生。そしてそこから解放されても、自分を殺さなければ彼は仲間の隣で歩けない。

「ジャック」

 じいと見上げれば、ジャックが少したじろいだ。

「何だ」

「WRGPが終わったら、どうしたい」

「何かと思えば、何を腑抜けたことを! 今はそんなことを考えている場合ではないだろう! チーム・ラグナロクを倒し、イリアステルを倒す! それだけを考えろ、遊星。余計なことを考えるな。いいな」

 ジャックはまるでこちらを諭すように言った。ゼロ・リバースの件、そしてイリアステルが呟いた呪いの意味。それらを考えるなとジャックは言っているのだ。傲慢に聞こえる彼の言葉の裏のやさしさを、遊星は知っている。知っているけれど。

「……わかった」

 遊星は言葉を飲み込んだ。どうすればジャックを救えるのか、遊星には分からなかった。

 

2010.08.15

お互いがお互いのことを一番分かっていると思っていて、同時にお互いが自分のことを一番分かっていない。遊星の頑ななまでの自己犠牲心、償いたいという衝動はジャックに対して一番発揮されているんじゃないかなと妄想しました。

Text by hitotonoya.2010
inserted by FC2 system