「……もしかして、初めてだったか?」
「なっ……!」
白い肌を真っ赤に染め上げて、口をぱくぱくと動かして動揺を露わにするジャックの様子は、とても素直で純粋で、かわいらしいものだった。
キスをしようと持ちかけたのは風馬の方からだった。一瞬ばかり戸惑いを見せたジャックの表情は、次の瞬間には普段どおりの尊大さすら感じさせる自信に満ちた笑みに変わっていて、しゃらりと両耳のピアスを鳴らして頷いてくれた。
ジャックは有名人だ。直接言葉を交わし、こういう関係になったのはつい最近のことであるが、風馬はそれよりずっと前からジャックのことを知っている。三年前、ジャックがキングとしてシティに君臨しはじめた頃から。セキュリティの一員として、彼の出場する大会の警備を行ったことも何度かあった。だから今はセキュリティの特別捜査課長を務めるの狭霧が当時ジャックの秘書として宛がわれていたことも知っている。そして彼女がジャックに対して恋心を抱いているということも、同僚の牛尾から耳に胼胝ができるほどに聞かされている。
「……っ」
そっと唇と唇を重ねるときに、ふと狭霧への罪悪感が芽生える。風馬は胸の中で首を振った。何も、キスのひとつやふたつで胸を痛めるほどのことではないだろうと。例えば、今まさに唇を重ねているジャックも、まさかファースト・キスがこれではないだろうと風馬は思ったのだ。
軽く閉じられた唇の間を舌で割り開き、歯列をなぞる。ジャックは歯並びもいい。サテライトの劣悪な環境で育ったはずなのに、それを感じさせぬほど、二年の間シティの上流階級の出だと偽り続けられるほど、ジャックの容姿は整っていた。
「……ふ、ん」
吐息が漏れる。開いた歯の間から咥内へ舌を侵入させる。無防備なジャックの舌を撫でれば、手を添えていた肩がびくりと大袈裟すぎるほどに震えた。そこでようやく風馬は違和感に気付く。
すらりとした長身に白い肌。しなやかな金髪に、まるで宝石のような紫の瞳。そんな恵まれたルックスを持ち、王たる振る舞いを身につけているジャック・アトラス。今も昔もファンの女の子に囲まれて、王であったときは恋心を抱く美人秘書まで宛がわれて。そんな事実が、風馬に『ジャックは慣れている』と思わせていた。たまに見せる不器用な面は、王ではなくひとりの男になった際の変化と、そして相手が風馬走一という『男性』であるからなのだと考えていた。
しかしどうだろう、今腕の中にいるジャック・アトラスは。
舌を絡ませ返すどころか、風馬の不器用なキスにすっかり翻弄され、まるで逃げるように長身を捩じらす様は!
『慣れている』と思わせられていた男のキスの実力は、それどころかあまりにも初心すぎて、風馬の欲を煽るのに十分すぎた。
当然、追いかけることを仕事とする風馬がジャックを逃がしてくれるはずもなく。呼吸を忘れたジャックの顔が紅潮し、眦に涙が浮かぶようになった頃、ようやく唇を離した。
すっかり体勢を崩したジャックは肩で呼吸をし、珍しいことに上目遣いで風馬を見上げてくる。つい最近二十歳になったばかりだというジャックは、その恵まれた体格に反して随分と子どもっぽく見えた。――実際、風馬から見れば二十歳などまだまだ子どもの域を出ない年頃なのだが。
そうして風馬が今の口付けがファースト・キスであったかを聞けば、ジャックはたいへん分かり易く答えを態度で表し、今度は羞恥で顔を真っ赤にしているのだ。ああ、本当に可愛らしい。数年前、警備の最中に見た顔色ひとつ変えないデュエルキングが、今自分の目の前で表情をころころと変えているのだ。
くすりと笑い声が漏れる。顔の筋肉が綻んで、ついつい腹を抱えて笑ってしまう。
「何がおかしい! 風馬!!」
「いや、ジャックはかわいいなって思って」
「かっ、かわいい、だとっ!」
今度は耳まで真っ赤にして、何か掴みたげに宙に手を彷徨わせる。そんなジャックの指の間に指を滑り込ませ、ぎゅっと握って、風馬はそのままジャックを押し倒した。
今のジャックの方が人間味があって好きだと風馬が思っていれば良い…二十すぎてりゃ犯罪じゃないよなとか思っていれば良い…風馬マジイケメン。
Text by hitotonoya.2010