惨めにも海へと落下した男を拾い上げたのは誰でもなく、彼に加護する赤き竜の力だった。高架からの落下のショックで男は意識を失っていたが、その身体やD・ホイール、デッキを海水に濡らすことはなかった。
「………」
「……どうした、《ジャック》よ」
長い髭を垂らした老人がちらりと視線を送ってくる。その傍らの椅子に座らされ、ヘッドギアと無数のコードを接続された男の名前こそが『ジャック・アトラス』であった。そして、この《俺》に与えられた役割も、また。
長い髭の老人――ホセは《俺》を造った男だった。
「……いや、なんでもない」
「お前にはもうひと仕事してもらわねばらならん……我々の目的の為にもな」
ホセが言いながら見つめる先は、決して《俺》ではなく、ちからなく椅子に座らせられた惨めな男の方であった。
ホセに軽々と抱えられ、岸壁に造られた檻に囚われたジャック・アトラスは未だ目を覚まさない。されるがままの姿はまさに牙を抜かれ、爪を失った、闘争本能を亡くした家畜そのもので、嫌悪感がこみ上げる。
これがジャック・アトラスか。キングとして君臨していた男の姿か。
まるで自分のことのように怒りを感じるのは、男と《俺》の姿があまりにも似ていたからだけではなかった。その身体に繋がれたコードが。意志のない人形のように力ない姿が、まるで造られたばかりの頃の自分そのものだったのだ。
……そうだ。コイツの方が《俺》で、《俺》こそが《ジャック・アトラス》なのだ。
そう考えれば、男への感情は怒りや嫌悪から哀れみへと変わる。にいと唇がつり上がる。ぎらりとたぎった赤の瞳が気絶した男につけられたヘッドギアに映りこんだ。
コイツがいなくなれば。或いは、《俺》が再び勝利すれば。《俺》は完全に《ジャック・アトラス》となり、コイツが《俺》になるのではないか。
哀れな男に歩み寄り、顎をぐいと掴みあげる。ホセがこちらを見ていたが、何も言わない。――知っているのだ。《俺》は自分がなんのために造られたのかを。ホセは手段や目的を偽ることをしなかった。その態度を王としての《俺》は気に入っていたが、同時に悔しくもあった。
薄く開いた男の唇に、唇を重ねる。舌を差し入れ咥内を蹂躙する。男の口から苦しげな吐息と喘ぎが漏れる。それでもまだ瞼はかたく閉ざされたまま。視界の端で、何本ものコードが揺れる。自らの優位を示すための行為はしかし、《俺》には何の熱も感じさせない。
唇を離すと、だらしなく唾液が伝った。がくりと落ちた首。何が王者だ。何かジャック・アトラスか。お前はただキングである《俺》に蹂躙される偽物でしかないのだ。思い知らせるように見下す。眼下の男は今、ヘッドギアに隠された瞼の裏側で、どんな絶望を感じているのか。
「《ジャック》」
「……分かっている。さっさとお前の望み、叶えてやろう」
ノイズ混じりの声だった。漏れ聞こえた喘ぎには、混じっていなかった機械音。踵を返す。それでもホセの視線の先にあるのは囚われた方の男だ。
《俺》はホイール・オブ・フォーチュンを駆り、夜のハイウェイを疾走する。
さあ、括目せよ。怒りに打ち震えろ。絶望に打ちひしがれろ。お前の目覚めが早いほど、《俺》の夢の実現のときは近づく。
キングは一人、この《ジャック・アトラス》だ。
偽ジャック回大好きですほんと。ホセ←偽ジャックっぽくなってしまいました。てかホセなんで触手プレイした…いいぞもっとやれ
Text by hitotonoya.2010