The Other Side of the Fortune

 

「おおー、すっげぇー!!」

 熱気に包まれた会場に入るや否やの歓声に、龍亞のすぐそばにいたアキがさっと手を伸ばす……が、彼女の手はむなしく宙を掻いた。

「ちょっと、龍亞ー!」

 人混みに突進していく双子のきょうだいを追って、もうひとりも小走りで大人をかき分ける。

 フードを掴もうとした手もそのままで、アキは風馬と顔を見合わせると苦笑いをこぼした。

「ごめんなさい、私ふたりを追いかけてくるわ」

「構わないよ。あとで携帯に連絡入れてくれれば迎えにいく」

 同じ類の笑顔でそう返されたのにもう一度礼を言うと、アキも「るあー、るかー!」と人混みに消えた。

「先行きが思いやられるな……」

 そう溜息をつき、眉間を揉んでいたジャックの肩にぽんと手が載せられた。

「残念だがジャック、そいつは少々遅すぎるぜ」

「何だと?」

 クロウの言葉に周囲を見回し、そこで初めて、さらに1名行方不明になってる事に気がついた。

 まさか、と後ろを振り返り、人の合間に目をこらせば。

 ――入口に近い、エンジンメーカーのブース。見慣れた(そうでなくても非常に特徴的な)髪型の青年が、実機の前で根でも生えたように立ちつくしていた。遠目からなので表情は伺えないが、

「……あれはもう動かんな」

「ああ、同感だ」

 幼馴染みならではの実感がこもった感想だった。

「つー訳で、俺も離脱するわ。なんかあったらジャックの携帯に1本入れる」

 「何かあったら」というフレーズが何とも恐ろしい。日頃は人畜無害で知られる遊星だが、一旦興味のあることにのめり込むと途端に周囲が見えなくなるのだ。

 去り際、クロウは「しっかりやれよ」と不敵な笑みと共にぐっと親指を立てていった。風馬の微笑が微苦笑になったが、ジャックは眉を寄せるだけだった。

 この2人だけが、人混みの中に取り残される格好になった。

「まったく、どいつもこいつも……」

「……まあ、これで当初の予定通りではあるかな」

「?」

 歩き出しながらぼそりと漏らした風馬を、ジャックが不思議そうに見遣る。

「最初は、ジャックを誘ったつもりだったからさ」

「む……」

 にっこり微笑んでの言葉に、しかしジャックは難しい顔で黙り込んだ。

「どうしたんだ、ジャック?」

「いや……ただでさえお前の取ったチケットで、大勢で押しかける事になった挙げ句がこれでは、さすがにすまないと思ってな……」

 ジャックらしからぬ殊勝な言葉に、風馬は「ああ、」と相槌を打った。

 以前ひょんな弾みから遊星たちにDホイールの展示会の話をした風馬だったが、几帳面な事にその時の口約束――「上司のツテでチケットが手に入るから、今年のDホイール・ショーとか行ってみないか?」というのを覚えていたらしく、巡回のついでにその申し出を持ってきたのが、確か十日前だっただろうか。

 その時玄関に出たのはジャックだったが、元はと言えば遊星とクロウ相手に切り出した話である。当然、2人にも『お誘い』が掛けられた――そこまでは風馬もジャックも予想していたのだが、人一倍仲間を大切にする遊星が他の面子を誘う事まで考えていなかったのは、デュエリストとしてあるまじき浅慮だったかもしれない。

 彼には彼なりの『お目当て』があるらしく、風馬は林立する人を躊躇なく掻き分けていく。栄えある第一回目のWRGPを終えて間もない展示会は、上背のあるジャックでも傍をついて歩くのがやっとの盛況ぶりだ。

「それを言われると、俺の甲斐性のなさも槍玉に上がっちゃうな……」

 味気ないパネルの並ぶ展示の前でようやく人が切れた。

「本当は内覧会のチケットが取れれば良かったんだけど。人も少ないし、もっと静かに落ち着いて見られた」

 慣れない人波に大きく息をついたジャックを慮ってか、風馬が足を止める。

「――っていうか、俺はそのつもりだったけどな。4枚くらいは何とかなるはずだったんだけど、さすがに倍に増えちゃうと……」

「風馬」

 見るともなしにパネルに目をやりながらの風馬を、鋭い呼びかけが遮る。

「お前はオレを安堵させたいのか、それとも萎縮させたいのかはっきりしろ」

 腕を組んで言い放つジャックの真意を酌める程度には、風馬もジャックと親しくなっていた。

「……そうだな。悪かったよ、今日は楽しんでもらおうと思って連れてきてるんだものな」

「安心しろ。少なくとも、勝手についてきた連中は存分に楽しんでるだろうからな」

「ありがとう。じゃ、今度は主賓を満足させないと」

 肩の荷が下りた顔で再び歩き出そうとした風馬の手を、暖かな手が握り締める。

 驚いて振り返った風馬に、どこか気後れした面持ちのジャックが小さく返した。

「……こう人が多くてはオレもはぐれかねん。こんな右も左も分からんような場所でひとりにされては、敵わんからな」

 思わず二・三度まばたきしてしまった風馬だったが、次第に相手がむっとしてきたのを見て取ると「そうだな」と笑顔で肯定だけして歩き出した。

 何でもない風を装ってはみたが、「珍しい事もあるものだ」と内心ひそかに感激している風馬である。だが確かに、これだけいる人間は皆ステージやブースの方を向いていて、彼らを気にかける者などまずいない。

(混雑してて正解だったのかもな……)

 つい口の端が上がってしまう。

 そうして人知れず手を繋ぎながら、人の密度と熱気が一際すごい場所に出た。つい、と握られていた手が引かれる。

「風馬、あれは何をやっているんだ」

 足は止めず、ちらりと視線をやって即答する。

「ああ、イベコンとそれ目当てのカメコだろ」

「イベ……?」

「ジャックが気に掛けるほど面白いものじゃないから」

 そんな具合で投げかけられる質問を煙に巻きつつ、ずんずん突き進む風馬だったがやがて目的地に着いたらしく足を緩めた。

「ここは……」

「そう」

 きらびやかに飾られたロゴを見上げるジャックの隣で、風馬が頷く。

「ジャックの『ホイール・オブ・フォーチュン』の、大元の開発元。で、俺の一番のお気に入りメーカーだったりもする」

 お、新型だ。などと言って早速ステージに近付いていく風馬の後を、視線を戻したジャックが追う。

「さすがにもうモノホイールはやらないか……WRGP効果で、また開発始まるかとちょっと期待したのに」

「また?」

「ああ。当時、初めてモノのDホイールを試作したのがここのメーカー。懐かしいなぁ……ちょうど3年前だ」

 濡れたような艶を放つ黒い車体を堪能して「ミラーの形が気に入らない」「でも6ストは魅力的だな」と明らかにジャックに向けた物ではない感想をこぼし、風馬はゆっくりとステージを離れた。

「3年前のこのショーでさ――あ、その時は俺メーカーパスで来たんだけど。あの時は驚いたよ、ここのブース来たらそれまで全然情報出てなかったモノホイール車が参考展示で出てるし」

 話すだけにしてはいやに遅い歩調だったが、ふっと風馬から目線を外してジャックも気が付いた。パネル展示にしては人を集めているコーナーで紹介されていたのは、まさにそのモノホイール車の開発記録だった。

 いや、ただのモノホイール車ではない。これは。

「ネットはその話で持ちきりだったな……でも、次の日の一般公開に行った奴らはさ、『そんなの出展されてなかった』って言うんだよ。俺含め、見た奴はみんな内覧会だったからさ、写真も撮れなくて。ちょっとした都市伝説みたいな感じになっちゃってた」

 時折、設計図に混じって現れる見慣れたシルエットと、風馬が言った『3年前』という時期が頭の中で結びつく。

「――内覧会にやって来てたとある人物が、その場で出展者に問い合わせて現物を押さえた。って真相をうちの部長経由で聞いたのは、それから少ししてだったかな」

「――そうだ。確かゴドウィンがあの話を持って来たんだ。『まだ市場に出てないタイプのDホイールだが、オレが気に入りそうなモデルだから』と」

 シティ行きのチャンスを掴ませてくれたとはいえ、当時からどうにも信用できなかった男の言う話だ。初めのうちはジャックも渋っていた。なのに一瞬で叛意させられたのは、悔しい事にそのDホイールが本当に『気に入るモデル』だったからに他ならない。

 世界に一台だ何だという大量の能書き以上に、無駄が一切ないそのフォルムに心を奪われたのだ。

 このDホイールに乗れたのなら、自分は頂点に立てる。興奮に浮かされた頭で、そう確信したのを良く覚えている。

「実を言うと」

 ジャックの表情から、彼をここに連れてきたかった訳を納得してもらえたと知った風馬は、隠し事を打ち明けるようにこっそりと切り出した。

「一目見た瞬間、『市場販売始まったら借金してでも買ってやる!』って本気で思った。なのに、メーカーの方からは『諸般の事情により市販化は見送られました』。後継の開発も全然音沙汰なしで、……うん、二度目に見た時は、結構本気で恨んだよ」

 ――その焦がれたDホイールを我が物顔で駆って現れた、年若きチャレンジャーを。

 そんな事になっていたとは知らなかった――と、事実と一分も違わない言葉を、しかしジャックは口にしなかった。事実がどうであろうと、それを言う資格は己にない。

 一方で『ゴドウィンならやりそうな事だ』と納得する気持ちもあった。世界初の新機構、そして唯一無二のDホイールを巧みに操るデュエルキング。世間の話題を集めるには十分だ。そして彼は、それを実現させるだけの権力も持っていた。

 「本当に欲しかったんだよなぁ」と呟きながら当時の写真を眺める風馬の目は、純粋な憧憬とほのかな執着で熱を帯びていた。

「……今でも、か?」

 無神経だとは思ったが、ジャックは確かめるように尋ねてしまった。

「んー……そうだなぁ」

 ふ、とかすかに笑ったような息をもらし、目蓋を開いて向き直った風馬はもう、ジャックのよく知る風馬走一だった。

「今は……そうでもないかな。だって、あのDホイーラーがあのモノホイールに乗ってなければ――」

 そこまで言うと、何故か風馬は言いよどんだ。

「ほら……なぁ? その……」

 わざとらしく目をそらし、パネルの説明を読むふりを始める。が、そこはジャックもデュエリストだから敏感に察する。

「乗っていなければ、何だ?」

「いや、そこはアレだよ、アレ」

 曖昧な言葉で逃げ切りを図る風馬だったが、数度目に携帯を開いたタイミングでジャックが忍び笑いをもらした。

「……風馬。アキからの電話なら掛かってこないぞ」

「え」

 にまにまと風馬を見据え、ジャックは自身の携帯をかざして見せた。

「先程アキとクロウにメールを入れておいたぞ。集合した所で、すぐにまたバラバラになるのは目に見えてるからなぁ……『3時間後に出口で待ち合わせよう』とな」

「いつの間に……」

 呆れ混じりの呻き声を聞きながら、ジャックは気分良さそうに携帯をしまった。

「当初の予定が狂ったのはこちらも同じだ。――という訳で、お前が気にする時間はない。大人しく『乗っていなければ』の続きを吐け風馬」

「俺はその『当初の予定』について聞きた――」

「風馬。さっきお前は誰が主賓だと言った?」

「……分かったよ、サレンダーするから勘弁してくれないか?」

 そう言って両手を挙げる風馬だったが、言葉ほどには悔しそうではない。むしろ、楽しげとすら取れるほどだ。

「だからさ、その……自分が欲しかったDホイールじゃなかったら、あれほど熱心にジャックのデュエル見なかったって話。あ、きっかけは『ホイール・オブ・フォーチュン』だったけど、その後ジャックのファンやってたのはそれだけじゃないからな。二部リーグで四連勝してた時にはもう、ジャックの方を見てたし」

「……」

 今度はジャックが言葉に詰まる番だった。

 取って付けられたような弁解が素直すぎて、聞いている方が気恥ずかしい。

 何かないかと見回してみても、周囲はDホイールばかりだ。

「……お前といると、Dホイールかデュエルの話しかせんな」

「え?」

 よくよく思い返してみると、風馬といる時の話題は大抵そのどちらかだ。

「ん……まあ、俺とジャックの共通の話題ってその辺だしな……」

「それは認めるが。たまには他の話をしようとは思わんのか」

「例えば?」

「……風馬の、事とか」

「それ、ジャックの事とかでもいいのか?」

 意表を突かれて怯むジャックだったが、少し考え。

「……Dホイールの話よりはマシだな」

「あ、本当に?」

 「何を馬鹿な事を」と怒られると思っていただけに、あっさりと交換条件を呑まれて拍子抜けする。

「ところで風馬。先程も言ったが、待ち合わせまの時間までまだだいぶあるんだが」

「え? ああ、そうだな」

「……お前は3時間も、こんな人混みの中で立ち話をする気なのか?」

 今度はあからさまにむっとした顔で言われて、風馬はようやく把握した。

 ジャックの物言いは、時に分かりづらい。

「確か、ホールを出たところに喫茶店があったかな。あとは上のホテルにも」

「どっちでもいい、お前に任せる」

 口ではそう言ってるが、この流れで一般客であふれるチェーン店に連れて行こうものなら、間違いなく雷が落ちるだろう。

 ちら、とパネルを横目に考える。

 最後のパネルは『試作機』の最近の活躍ぶりを紹介したものだ。ひときわ目を引く大判の写真では、モノホイールの車体とその所有者が、チームメイトらとともに優勝式(決勝戦からだいぶ日が空いてしまっていたが)で表彰を受けている姿が写っている。

(……あの時の危険手当もまだ残ってるしな)

 その金でジャックにコーヒーを奢るというのは、そんなに悪い考えではない気がした。

「じゃあ一旦出ようか、ジャック」

「ああ。時間はたっぷりあるからな。ゆっくりお前の話を聞かせてもらおうじゃないか」

 目線一つ高いところにある顔がにやりと笑う。

 ――そうだ、そういえばまだジャックの活躍について聞いていなかった。

 まずは何から聞こうか。いきなりあのDホイールの話を聞いたら機嫌を損ねるだろうか?

 出口に向かって歩き出しながら、風馬はじっくりと手順を練ることにした。

 

2011.01.13

緋河さんに誕生日(1/12)プレゼントに頂きました!ありがとうございますジャックかわいいよ風馬イケメンオタクだよ

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