セプスロなんかに絶対負けない!

 

『隼、ってハヤブサとも読むんだね。カッコイイなあ。鋭い目で睨んだ獲物を逃さない! 大空を華麗に駆ける翼! って感じで! ぴったりだよ、その名前』

 明るい声が隼に語る。その愛しくかけがえのない笑顔に、隼は己の名に誇りを持つと同時に、大空を支配する猛禽達に強い憧れを抱くようになったのだ。

 それは今や何もかも懐かしい、幸せだった、遠い日の記憶……。

「……ここは……って、なんだこれは!!」

 目を覚ますと同時に隼は己の置かれた状況に驚愕した。見慣れない金ピカに輝く椅子(パイプ椅子だろうか、脚はやたらと細い)に座らせられ、胴体と椅子が固定されるように縛られていた。身を捩ってみても椅子は音を立てて揺れるだけであるし、相当きつく縛られているのか、腹がズキズキと痛い。

(そうだ、確か俺は……)

 隼は思い出した。気を失う前の状況を。LDSの者にデュエルを挑みかけたとき、瑠璃によく似た……否、彼女本人にしか思えない少女を目撃し、しかしユートに鳩尾に一発食らわせられてしまったのであった。

「気がついたか、隼」

 そして目の前にいるのはユートである。彼は隼が拘束されているというのにも関わらず至って冷静に、デッキをぱらぱらとめくって確認している。……というか、ユートが持っているのは隼のデッキであった。腰につけていたデッキケースの蓋が勝手に開けられている。そしてここは隼たちのアジトであった。つまり隼を拘束しているのはユートである可能性が非常に高いということだ。

「ユート! これは一体どういうつもりだ! 瑠璃が」

「彼女は瑠璃ではない」

 鋭い眼光でユートにひと睨みされる。ユートも隼以上に瑠璃のことを案じ、そして大切に思っているだろう。そんな彼が否定するのだから、何か理由があるのかもしれない。それを尋ねる前に、ユートは隼のデッキを眺め終えると大きく肩を落としてため息を吐いた。……大変失礼である。流石の頭に血が登りやすい過激派黒咲隼もこれには腹が立った。

「おいユート、人のデッキを勝手に見た挙句何だそのため息は」

「……隼。これから俺たちの闘いは過酷になっていく。LDSにも腕利きのデュエリストはいるだろう。そして奴らは俺たちというか特にお前を血眼になって探している。そのためには一度デッキを見なおしてみる必要があるんじゃないか」

 目の前に置いてあったテーブルの上に、ユートは隼のデッキを置いた。そして向かい合わせになるように座る。ユートもデッキを取り出し、まるで机上デュエルをするような格好になった。

「俺のデッキがLDSの奴らに敵わないとでもいうのか?!」

 愛用のデッキを貶されたように思え隼はユートを睨む。ずっと共に闘ってきた戦友のようなデッキだ。隼はデッキに誇りも自信も持っていた。元にこの世界に来てから隼は何人ものLDS関係者を愛用のデッキで打ち負かしている。

 レイド・ラプター。隼の名が示すハヤブサのように、上空から強襲をかける猛禽たち。

 その翼が、鋭い爪は、瑠璃を救うために磨き続けてきた。

「同名カードの連続特殊召喚で素材3体のエクシーズ召喚なんて、お前はどこの某ナンバーズハンターだ」

 ユートは傍らからカードの詰まったストレージボックスを取り出すと、何枚かのカードを取り出して机に並べる。

「LDSで四十連勝を達成したエクシーズ使いの情報を手に入れた。そいつの愛用するカードがこれだ。セイクリッド・プレアデス」

 セイクリッド・プレアデスはランク5のエクシーズモンスターで、相手の場のカードを手札に戻す強力な効果を持っている。

「さて……お前が自慢のエースモンスターを手札3枚使って呼び出したところで、このプレアデスに一瞬でやられてしまうというわけだ」

「はっ、そんなもの、魔法や罠で対処すればいいことだろう」

「甘い」

 バン、とユートはテーブルを叩く。デッキ構築のことになるとやたらと攻撃的になるのがユートの悪いクセであった。しかもタチが悪いことにユートは自分のデッキに留まらず、他人のデッキや戦術も容赦なく批判してくる。

「素材3体を要求するエクシーズがいかにアドバンテージを稼ぎ辛いか分かっているのか? 除去をされればお前の手札は残り2枚若しくは3枚になる。たったそれだけの手札で態勢を立て直し相手の攻撃を凌ぐことは出来るのか? だいたい今の環境、ランク4ならば殆どの状況を素材2体のエクシーズで対処できる。その中であえて素材3体のモンスターを使う理由はなんだ? アドバンテージをとれるのか。除去ができるのか。相手の戦術を封じることができるのか。そういうことを考えているのか?」

 畳み掛けられれば隼は唸ることしかできない。

「俺のエース……ランク4、ダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴンは素材2体ランク4という厳しい戦場を勝ち抜き一線級で使われる性能だ。殆どのモンスターを戦闘破壊できるからな。それでもあえて素材3体を使いたいというならば……エクシーズモンスター本体以外のところでアドバンテージを取らなければならない」

 さりげなく自分のカードを自慢しながらユートが隼につきつけたのは6枚のカードであった。光属性、天使族のカード。隼は首を傾げた。闇属性、鳥獣族使いである隼のデッキとは到底合いそうもないカードだからだ。

「光天使セプターと光天使スローネ……このカードを使え、隼」

「どういうことだ、なぜ俺のRRデッキにカテゴリが異なるどころか属性も種族も噛み合わないような……!」

「いいから黙ってデッキに入れて使ってみろ」

 ゴン、とテーブルの向かい側からユートが隼の頭を鈍器のようなもので殴ってきた。よく見ればそれはやたらと刺々しく、そして金ピカに輝いていて隼が拘束されている椅子とデザインが似ていた。というかユートに渡されたセプターのカードであった。そしてスローネのほうは、隼が今まさに座っている椅子である。当たり前のように実体化しているが、ユートも隼もそこに突っ込むことはしなかった。彼らにとっては当たり前なのだから。

「使ってみろって……」

「カードのテキストに書いてある通りにプレイするだけでいい。ただし、手札にセプターとスローネが一枚ずつ揃うようにドローしろ。同名カードを3枚初手で揃えられるお前なら楽勝だろう」

 無茶苦茶なことを要求するユートに、隼はしぶしぶ従った。拘束されている上に目の前にはやたら鋭利な箇所の多い鈍器を構えたユートがいる。下手を打てば今度は気絶どころではすまないだろう。

「ますはセプターを召喚してスローネをサーチだ」

「……セプターを通常召喚、効果……デッキからスローネを手札に、そしてスローネの効果でスローネを特殊召喚。デッキから1枚ドロー」

「サーチした方のスローネも、今出した方のスローネの特殊召喚に反応して発動するぞ」

「何?! ……なら、更にスローネを特殊召喚、デッキからカードを1枚ドロー。そして3体のモンスターでエクシーズ召喚!」

 隼は愛用のエースモンスターを召喚する。いつもと同じはずのエクシーズ召喚。しかし今回のそれは普段とはかけ離れていた。

「手札が……減っていない!?」

 隼は愕然とした。自分の左手の中には自分のターンを始めた時と同じ5枚の手札が存在していたのだ。そのうえセプターを素材としたエクシーズモンスターには、場のカード1枚を破壊し、更にドローする効果までを付与する。

「そう……このカードは素材3体のエクシーズを出しても手札が減らないどころか増えるんだ」

 ニィとユートは悪役じみた笑みを浮かべた。確かにこれならば、逆転されたときに態勢を整えることも、若しくは更に相手を制圧する陣を敷くことも可能になる。手札の量はそのまま可能性を示しているのだ。

「こういう手もある」

 今度はユートがセプターとスローネによるエクシーズ召喚を始める。隼の目の前で、流れるようにユートの場が埋まっていく。……そして気づいたときには3体もの素材3体を要求するエクシーズが並び、そのうちの色の支配者ショックルーラー2体の効果で隼はモンスター・魔法・罠のうち2種類もの発動を封じられてしまったのだ。

「……これは……!」

 衝撃的な光景であった。普段手札3枚を使って1体のモンスターを展開している隼からすればそれはまるでインチキかイカサマのようであった。しかし実際に隼はセプターとスローネによる展開を経験した。それはカードテキストに書かれている効果をそのままなぞっただけなのだ。

「どうだ隼。これが俺たちに必要な力。そうと分かれば早速お前のデッキに入れよう」

「だが、俺は……俺のデッキを信じている。愛している。こんな、全然レイド・ラプターにも、鳥獣にも関係ないようなカードを入れるなんて」

「素材3体のエクシーズは出来るだろう」

「ぐふっ」

 ドス、と鈍い音がして、ユートが手にしていたセプターの丸い部分が机の下から隼に突き刺さった。尖った部分が刺さらなくて本当に良かった。流石攻撃力一八〇〇。剣の名を冠するソードよりも攻撃力の高い鈍器である。

「今度は尻に刺すぞ」

 などとユートはのたまうが、柄を刺すのか、それとも先の部分の尖ったどこかを刺すのかさえ分からない。どこを刺されても痛そうだが。

「もう一度やってみろ、隼。セプターとスローネを。そして今度はこのカードも入れてみるんだ」

 ユートが隼に渡したのは、今度は魔法カード……ソウル・チャージであった。

 数回のテストプレイを経て、隼は確かに感じていた。

「セプター……効果、スローネサーチ、スローネ特殊召喚、スローネ特殊召喚……」

 ぶつぶつと呟きながら大量展開されるモンスター、そしてドローの快感。今まで手札に3枚のカードを揃えようやくエクシーズ召喚をしてもその後の展開が大きく制限されていたときとは違う。手札がこんなにある。何をされても切り返せるような気がしてくる。自然と口元がつり上がってしまう。

 違う。こんなのは俺の愛したデッキではない。レイド・ラプター。俺の愛した猛禽達。その爪に、嘴に、大空を美しく飛翔する翼に、憧れさえ抱いて組んだデッキ。それらとは全然違う。レイド・ラプターの力を全く使わなくてもセプターとスローネは関係なく動き、隼の手札を潤し隼の場を埋めた。まるでそのカード達が勝手に動いて隼のデュエルを支配しているようだ。そうだと分かっているのに。

「くっ……こんな……こんなものに、俺は……!」

 隼は切れ長の眦に涙さえ浮かべながらカードをプレイする。ドローを続ける。目の前で腕を組んだユートがその光景を見つめている。

「悔しい……こんなものに、こんなものに俺はっ……!」

 気づけば隼はもう長い間己の魂のカード達、レイド・ラプターを召喚していなかった。手札に来ても、セプターを召喚してしまう。もうすっかり隼はセプターとスローネの快楽の虜になっていたのだ。

 場に並ぶセプターとスローネとスローネの前に、潤沢な手札を持った左手をつき、項垂れる隼。それは彼がセプターとスローネに屈した瞬間であった。

 ユートは立ち上がると隼のデッキを手にとった。その中から取り上げていくのはレイド・ラプターたち。もうこのデッキには不要なものだ。

「……俺はもう誰も傷つけたくない。隼。お前のこともだ。……だから、お前が傷つかないためにも、今のお前のデッキに必要なのはこのカードだ」

 そうしてユートが組み込んでいったのは、光属性、戦士族のカード軍……テラナイトであった。

「本当はセプスロシャドールにしたいんだが、融合は俺の好みじゃない。それに、テラナイトも素材3体を必要とするランク4エクシーズ召喚のテーマだ。隼によく似合う」

 ユートに優しく囁かれながら、隼は落ちていくレイド・ラプターのカード達を見、涙ながらに笑っていた。

 

 

2014.09.14

千バト10の無料配布で配ったんですが当日の放送の次回予告がかっこ良くてデュエルが強そうな黒咲さんでどうしようかと思いました。

Text by hitotonoya.2014
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